第49話 片田舎のおっさん、見届ける
「……なんだ、ガキじゃねえか。どうした嬢ちゃん、迷子か?」
怒声を浴びせてきた男はルーシーの容姿を一目見て、少しばかり対応を改めていた。
曲がりなりにも中央区に拠点を構えている連中だ。表立って騒ぎを起こしたくない、という目論見はあるのだろう。
こちらとしても、今やったのは玄関の扉を派手に開け放っただけである。人の目もある以上、ここでの悪目立ちはあまりしたくないところだ。
ていうか鍵くらいかけておけよ。推定盗賊のくせに不用心だなあ。
しかし、ルーシーって実はあんまり世間に知られてなかったりするのかな。こんなナリで魔法師団の団長って立場なら物凄く目立つと思うんだが。
応対を行っている男は、ルーシーの事を魔法師団の団長と認識しているようには思えなかった。
「……ふむ。お主らが『宵闇の魔手』か?」
「――ッ!」
「おろろろ?」
「あっ……」
ルーシーが次の言葉を放った直後。男の動き出しは実に早かった。彼女の首根っこを素早く掴み、室内に放り込んだのである。
それからすぐに、バタン! と音が響き、玄関の戸は固く閉じられてしまった。
「――ったくもう! 世話が焼けるなあ!」
考えなしに突っ込むからそうなるんだよぉ!
慌てて扉に張り付いてみるが、どうやら閉めると同時に施錠されたらしい。押しても引いてもうんともすんとも言わなかった。
「うーん……蹴破るか? いや……」
いきなり扉をぶち破ってしまうのはちょっと外聞が悪い。
耳を澄ませば中の音も拾えなくはないが、街中というのはそれなりに雑踏があるものだ。室内の音だけを選んで拾えるほど、俺の耳は上等じゃなかった。
「うぎゃああああッ!!」
が、しかし。
迷っている時間をあざ笑うかのように、俺の耳がどうこうのレベルではない音量で、野太い男の叫び声が扉越しに響く。
「~~~~ッああ、もう!」
中で何が行われているのかは分からない。
聞こえてきたのがルーシーの悲鳴ではないから、彼女が何かされているってことはないだろう。ただ、悲鳴が響いた以上、迷っている猶予はなかった。
「ミュイ、下がって!」
「お、おい!?」
太腿に力を入れ、ガン、ガン、と、全力で扉に蹴りを入れる。
剣があれば木製の扉くらい簡単にぶち破れるんだが、今手元にあるのは木剣だけだ。原始的な手段に頼らざるを得ない現状、そして、そんな状況を作り込んでしまったルーシーの動きに気を揉む。
どうやら、備え付けられた扉の鍵はそこまで頑丈なものではなかったらしい。何度か蹴りつけると、ミシミシと不吉な音を立てながら少しずつ歪んでいく様子が分かる。
「……開いた!」
正確には壊れたとも言う。
息を入れて蹴り込んだところ、バギン、と不快な音を立てて、扉の鍵が壊れる音がした。すかさず扉を開け放ち、中へと侵入する。
慌てて中に入ってみれば、一人の男がもんどりうって倒れていた。声をあげて転がっている男は両手で顔面を覆っており、うっすらながら煙が出ているようにも見える。
あーあー、これはルーシーさん、やってしまいましたかね。
多分、顔面燃やしちゃったんじゃないかな。悪人かつ他人ながら、大火傷にはなっていませんように、と思わず心中で祈る。ああはなりたくないもんだ。
「な、何モンだてめぇら!」
一部始終は見れていないが、どうやらルーシーが何かを仕掛けたのは事実らしい。にわかに色めき立つガラの悪そうな男たち。
見回してみると、玄関をくぐった先のここはどうやら居間のようで、そこそこ広いスペースがあるようだ。部屋の中央に楕円型のテーブルが鎮座しており、人数分あったであろう椅子は散乱していたり、脚が砕けてたりしていた。
ざっと視界に入る中では、転がっている者も含めて男が五人、女が一人。奥には階段が見えるから、上の階にもまだ居る可能性がある。
「おぉベリル、ご苦労さん。しっかし無礼なやつじゃのー、いきなり放り込みおってからに」
騒ぎの中心であるルーシーからは、焦りは見られない。それに、罪悪感も見られないようだった。
倒れている男は呻き声こそ収まっているが、ゴロゴロと床を転がりながら顔面を押さえたままだ。
「あァ? おいてめェこのガキ……!」
周りを囲んでいる男の一人から、声があがる。それは、十分に非難と苛立ちの色を帯びた音であった。
しかし、突然起こった不可解な出来事を前に、盗賊どもは動けない。うーん、まあいきなり飛び掛かられるよりはマシなのかな。
「けったいなガキ二人とおっさんかよ……ん?」
もう一人の男が、呟きながら視線を飛ばす。
その先が、ミュイのところで止まった。
「おい、そっちのガキ……お前、見たことあるぞ……」
その声色は、迷いから次第に確信へと変わっていく。
「……ッ」
指をさされたミュイが、少しだけ強張る気配を感じた。
「相手にしなくてもいい。君は正しいことをやっているからね」
ぽん、と、彼女の頭に手を置く。
ミュイが自分を責める必要は何処にもない。仮にこれが間違った行動だったとしても、それを推し進めたのはルーシーであり、俺だ。行動の責任を取るべきは俺たち大人どもであって、決して彼女じゃあない。
流れでつい彼女の頭に手が行ってしまったが、これ肩とかの方がよかったかもしれないな。おじさん小さい子にあんまり嫌われたくないんだよね。
いや、今の関係値が既にあまりよくないものだとは思うけどさ。
「お、お前、まさか……!」
ミュイを指差した手が、微かに震える。
その視線と非難の色が混じった声を受けて、ミュイはたまらずといった様相で視線を切り、俯いてしまった。
「……このクソガキがッ!!」
突然現れた敵対勢力。そしてその近くには顔に覚えがある同業。それらの事実から、何かを察したのだろう。激高した一人の男がミュイに飛び掛かる。
しかし残念。
掴みかからんと伸ばされた手を、俺は腰の木刀で叩き落とした。
「ぐおっ!?」
「悪いけど、それなりには手を出させてもらうよ」
「いいぞベリルー。やってしまえー」
短い交戦の間、緊張感のないルーシーの声が交じる。
お前も働くんだよ。ちゃんとしろよ。いややっぱり適度に加減して欲しい。魔術師ってのは使いどころが難しいな本当に。
しかし、狭い室内だと木剣が振りにくくて仕方がない。襲ってきた男の力量から察するに、そこまで戦闘に長けているわけじゃなさそうだから何とかなりそうだけども。
「――なんだ、騒々しい」
飛び掛かってきた男を退けた直後、奇妙な沈黙が数瞬場を支配したところ。
奥の階段から、大柄な一人の男が顔を覗かせた。
「ボ、ボス! 侵入者です!!」
賊の女が、甲高い声で事実を端的に報告している。
ボスってことは、あのデカい男がこいつらのまとめ役かな。あれが宵闇さんだったら話は早いんだけど、どうだろうね。
「……宵闇……!」
なんてことを考えていたら、ミュイが重苦しく呟いた。
おお、じゃああいつが宵闇で確定か。とっととしばき倒して撤収と行きたいところだ。後始末なりなんなりは騎士団に任せれば何とかなるだろうし。
「なんだお前ら。随分なご挨拶じゃないか。ここは王都のど真ん中だぜ?」
階段を下り切った男は、その図体からは想像も付かぬほど鷹揚に言葉を紡ぐ。
……デカいな、俺より上背がある。衣類の上からだが、身体つきも相当にしっかりしていると見えるな。男が歩く度にジャラジャラと、金属が擦れ合う音がする。見ればネックレスやブレスレットなど、幾つもの装飾品を身に付けているようだ。
その腰には、年季の入った小振りなショートソードが携えられていた。
「君が"宵闇"かい」
「答える義理はねえなあ」
念のため聞いてみるも、長髪を後ろに結った大柄な男は飄々とした態度で答える。
まあ否定しなかった時点で確定なんだけどね。というか侵入者ですとか叫んじゃった部下さんのおかげで、ここが盗賊団の根城ってことは確定している。
更にそこの女がこの男をボスと呼んでしまったので、彼がこいつらのまとめ役であることも確定してしまっていた。
つまり、仮にこの男が宵闇であろうとなかろうと、彼らをひっ捕らえる大義名分が出来上がっているわけである。
一番不味いパターンは、これがミュイの嘘あるいは勘違いで普通の市民を痛めつけてしまうことだったが、その事態は免れたようで何よりだ。
善良な市民を無下に扱ったとなれば、騎士団や魔法師団にもよくない話だろうしな。特に魔法師団はルーシーが出張ってきているから余計に。
「……おん? お前、なんつったか……あー……確か……ミュイ、だったか。何してんだお前」
「……」
宵闇と思われる男が頭をがしがしと掻きながら、思い出したようにミュイの名を呼ぶ。
「ああ、そうだそうだ。どうしたよお前、こんな物騒な連中連れて来てよ。蘇生魔法で姉ちゃんを生き返らせるんじゃ――」
蘇生魔法。
その単語が出た途端、場の空気が変わった。
より具体的に言えば、ルーシーが明確に殺気を纏った。
「――魔法を愚弄しとるのは、貴様か」
底冷えした声が、室内に響く。
「あん? なんだチビ……お前、ルーシー・ダイアモンドか?」
余裕を持っていた男の態度も、あわせて変わる。
どうやら彼はルーシーの正体というか、彼女の立場を正しく認識しているようだった。しかし、口ぶりは疑問形である。どういう確度でルーシーのことを知っているのかが、ちょっと引っ掛かった。
「ふん、賊ごときにもわしの名は知られとるようじゃな」
「ははは、お会い出来て光栄だ。お前か、うちのミュイを誑かしたのは」
「誑かしておるのは貴様らじゃろうが」
「おぉ怖い怖い。ひでぇ話だぜそりゃあ」
互いに口撃は緩めない。
言葉でのけん制を図りながら、じわじわと距離を詰める宵闇。
どうする。ここは俺が前に出た方がいいか?
ルーシーの強さは俺が語るまでもないし、守るまでもないってのは俺も理解している。ただ、ここは室内で空間も広くはない。
室内でド派手に魔法をぶっ放すわけにもいかないだろう。それでは周囲への影響が大きすぎる。手合わせと称して俺とやり合った時は、中央区でも建物が少なく人も居ない、だだっ広い場所だった。
宵闇の手の内は未だ不明なままだ。何が出てくるか分からない。
奴が仮に戦士の類であれば、距離を詰められればその分打てる手も増える。不用意に距離を詰めさせるのは少し危険じゃなかろうか。
そうこう考えているうちに、互いの距離はあと一歩近寄って手を伸ばせば触れられるほどにまで縮まっていた。
「じゃあまあ、とりあえず……死んどくか?」
宵闇の眼光が、鋭く奔る。
ルーシーの眼前まで歩を進めた宵闇は、右腕を掲げる。ジャラリと、金属質な音が室内に響き渡った。
周囲の取り巻きどもは完全に見の姿勢だ。その表情は安堵や蔑み、余裕など様々である。余程ボスさんの腕前に自信があるということだろう。
さて、宵闇は、ルーシーは、どう出るのか。
視線が二人に集まる。
俺も含めた室内に居る全員が、二人の動向を見守っていた。
先に動いたのは、ルーシー・ダイアモンド。小さなため息と同時、彼女は右手を翳す。
「――おごぅぇ」
次の瞬間。
宵闇の目がぐるんと回り、身体は力なく膝を突いていた。




