第44話 片田舎のおっさん、話を聞く
「端的に言うと、ちょっとワケありでね。アリューシア、少し時間貰えるかな」
「それは構いませんが……」
外で立ち話をするのも何だかもの寂しい気分になるし、とりあえず庁舎の中で話をしたい。
そういう願いもあってアリューシアに時間を頂戴出来ないか聞いてみたところ、まあそこの問題はなさそうだった。
「…………」
ただ、もう一人の少女の方はそう素直には従ってくれなさそうなんだよなあ。
彼女はアリューシアを見て、更に表情を歪ませていた。そりゃスリの身からしたら、レベリオ騎士団の団長なんて目を合わせたくもないだろう。
それは逆に、そういう類の人種にもアリューシアの顔は知られている、ということでもある。しっかり警戒されているということは、騎士団は常日頃から十分に役目を果たしているとも取れる。
しかし何にせよ、このままでは埒が明かない。
何とかしてここから移動したいんだが、付いてきてくれるかな。
「何も拘束しようって話じゃないよ。これは後でちゃんと返すから」
「……ちっ、分かったよ。手短に済ませろ」
俺の言葉に少女は少しの間逡巡した後、渋々ながら首を縦に振る。少なくとも危害を加えるつもりはない、ということくらいは伝わっただろうか。
普通のスリであれば、今は逃げるチャンスだ。
誰も彼女を拘束していないし、何なら警戒もしていない。ちょっと服が汚れている少女がおっさんの隣に付いてきているだけである。
それでも逃げないのはやはり、俺の持っているペンダントがあるからなのだろう。下手をしたら捕まるかもしれない。けれどそのリスクを呑んでまで、彼女はこのペンダントを取り返したいと考えている。
これが実はとんでもない値打ちものでした、という線もなくはないだろうが、それはちょっと考えにくい。
というのも、もしそうであればとっくに売り捌いているはずだからだ。スリを働くくらいなのだから、金目の物を換金せずに持っておく必要がない。
まあ結局、俺がどれだけ考えても正解は分からないんだけどさ。
「それでは、応接室を使いましょうか」
「分かった。ほら、おいで」
「うるせえ。ガキ扱いすんじゃねえ」
どう見てもお子様なのだが、そこは突っ込まないであげよう。
そして少女の反応を見て、アリューシアがピクリと眉を動かしたのを俺は見逃さなかった。いいぞ、その流れでキツいお説教を据えてやってほしい。
で、庁舎内を歩くことしばし。
俺が実家から追い出された時の相談にも使っていた一室に、三人が足を運ぶこととなった。
「それで先生。その子は一体……?」
全員が椅子に腰掛けたところで、アリューシアが口を開く。出てきた疑問は、一番気になるであろう少女の存在についてだった。
「結論から言うと彼女はスリで、昨日俺の財布がスられかけた。で、このペンダントを俺が拾ってね。どうやら彼女のものらしくて、回収に来た」
「な……」
「ただ、俺は彼女を突き出そうとは思っていないよ。今のところはね」
勿体ぶっても仕方が無いので、端的に事実のみを告げる。
俺の言葉に一瞬言葉を失うアリューシア。中々に珍しい表情だ。だが騎士団長としての矜持か、そんな珍しい顔は早々に鳴りを潜め、次いで冷ややかな視線が隣の少女を見つめる。
「……んだよ……」
その少女はそれなり以上に緊張していた。借りてきた猫みたいになっている。
そりゃそうだろう。いきなり訳の分からないまま正体不明のおっさんとレベリオ騎士団長と、密室で密会である。緊張するなと言う方が無理な話である。
「はあ……先生がそう言うなら、ここでの拘束はしませんが……」
一つ息を吐き、アリューシアが仕方なくと言った体で言い放つ。
まあ、現状だとやろうと思っても出来ないんですけどね。
この国の法は割と平和的というか、余程の犯罪でなければ基本的に現行犯か親告じゃないと効力を発揮しない。
この子の場合で言えば、直近で直接の被害者である俺が突き出すか、スリの現場を押さえられないと逮捕が成立しないのである。
言ってしまえばたかが盗みだ。
表現は悪いが、人命が直ちに危険に侵されるわけではないので、こういうところは割と緩いというか穏当な国家なのである。
ただ、俺が彼女を突き出さないのは一応他にも理由がある。
「それでまあ、俺はスられちゃいないんだけど。とっ捕まえようと思ったら、魔法で反撃を食らってね」
「魔法……ですか?」
次いで、気になったところを伝えておく。アリューシアならこれだけで、俺が何が言いたいかは分かるはずだ。
ヘンブリッツ君との話では、可能性は低いものとして結論付けていた。俺も低いと思う。あの時はそれで納得していたし、筋も通っている。
だが魔装具ってやつは魔法の使い手ほど貴重ではないにせよ、それなり以上に値が張るものだ。以前クルニやフィッセルと西区の商店を覗いた時に痛感した。魔装具、お高いんですよ。
更に、直接攻撃的な効果を発揮する魔装具はことさら数が少ない上に高級品である。そんなのがありふれていたら、犯罪の温床になっちゃうからね。
となると、スリ程度が何故そんな魔装具を持っているのかという話になる。
盗んだのか、誰かからの譲り物か。普通の物品よりも足は付きやすいだろうから、売り捌くのも難しいと、判断して盗んだ物をそのまま利用している可能性もあるが。
俺を退けたあの炎の出どころは、果たして魔法か魔装具か。
これ多分、地味に重要なところだと思う。おっさんの勘がそう告げている。あんまり当たったことはないけれども。
「貴方、魔法が使えるんですか?」
「……教える必要ねーだろ」
「あります。この国を預かる騎士の一人として、魔法の才を持つ者を野放しにするわけにはいきません。それは貴方も知っているでしょう」
おお、思ったよりグイグイ行くなアリューシア。
少女も否定しないあたり、本当に魔術師の卵である可能性が出てきた。ローブの下に装備していたのなら分からんが、見る限りそういう類の装飾品も見えないしな。
「貴方がもし魔法を使えるのなら、身を窶す必要はありません。何より、貴方のような少女が憂き目に遭っていること自体、我々としては看過できません。我々が味方になれるかは分かりませんが、少なくとも敵ではないですよ」
「…………うるせえ」
アリューシアが攻め落としにかかっている。怒涛の勢いだ。
仮にここでアリューシアがこの少女を魔術師学院に推薦したとしても、アリューシア個人の懐は何も温まらない。にもかかわらずここまで押すというのは、偏に彼女の人格が表れていると言えるだろう。
「最初にも言ったけど、俺は君を陥れたいわけじゃないんだ。スリ未遂から始まった奇妙な関係だけどね」
おじさんもここで援護射撃を飛ばしておく。
隣に座る少女から感じられる感情は、緊張と不安。ただ、警戒の色は大分薄れているようにも思えた。
しかし言う通り、変てこな縁である。スリを働いた子をしょっ引くわけでもなく、何とかしてあげたいと思っているんだからな。
残念ながら俺は英雄じゃないし聖人でもない。貧困に悩んでいる子供たち全員を助けるなんて不可能だ。
ただまあ、たまたま手の届く範囲にそういう子が居て。
たまたま何とか出来そうな手段が転がっていたら、そりゃ何とかしてあげたくなるのが人情というものだろう。
「……足りねえんだ」
「うん?」
しばらくの沈黙の後。
意を決したような声色で紡がれた言葉。
「……姉さんを生き返らせるには、金が足りねえんだよ」
少女の顔には、決意と苦痛が入り混じっていた。
え、何? そっち系の話?
おじさん魔法はさっぱり分かりません。思わず目を少し見開いたが、特に取れるリアクションもなく、無言の間が続く。
うーん。生き返らせるときたか。
随分とキナ臭い予感がするけど、どうなんだろうね。
おじさん「( ゜д゜ )?」




