第42話 片田舎のおっさん、再会する
「では、確かにお預かりいたしました」
「うん、よろしくお願いします」
本日の鍛錬を終えた後。
俺は庁舎入口の横にある、騎士団の詰め所みたいなところに拾い物のペンダントを届けていた。
どうやら庁舎の警備と人々からの問い合わせ窓口なんかを統合した部署らしい。数人の騎士が比較的ラフな恰好で詰めていたが、俺が訪ねると皆一様に姿勢を正していた。
いや別にそんなに緊張せんでも。ちょっと落とし物を届けに来ただけですから。
今詰め所に居る彼らも含め、鍛錬の方は順調である。
無論、短い期間で飛躍的に技術が向上するわけではないが、それでも俺程度が教えられることはまだいくらかあったようで、充実した時間を過ごせているとは思っている。ヘンブリッツ君もますます鋭さを増しているしな。
一方、俺は現時点で頭打ちだ。
これでも小さい頃から人並み以上の修練に身を置いてきた自負はある。それでも俺は、英雄だとか勇者だとか、そういう類の人間には成れなかった。
年齢的な限界もある。俺のおやじ殿なんかは今でも元気だが、それは置いといて剣士としては今後衰えていくか、現状維持が精々だ。
剣術道場の一師範から一転、レベリオ騎士団の特別指南役とかいう大層なポジションを仰せつかったことは、一般的には成功したと言うべきなのだろう。
これ以上は望むべくもない。この地位自体、アリューシアが意味の分からない積極性を発揮しただけに過ぎんのだが。
「さて……帰ろうかな」
いかんいかん、今更感傷に浸っても何も良いことはない。
やることはやったし、後は宿に戻ってのんびりするか。
そうそう。
バルトレーンに来てからずっと使っている宿屋ではあるが、いい加減俺もここでちゃんとした家を探した方がいいんじゃないかと思い立ち、こういう時間が出来た時にちょこちょこ物件を見て回ってはいる。
ただ、やはりというか何というか、中央区かつ利便性がある程度担保された場所ってメチャクチャ高いんですよね。俺の貯蓄じゃとてもじゃないが手が出せない。
騎士団からはお給金も出ているので、別に今すぐ引っ越さなきゃいけないってわけじゃない。いずれ金が貯まれば引越しも考えるべきなのだろうが、今はまだちょっと諸々の視点から目処が付かないってのが正直なところだ。
まあこっちはこっちで急ぐもんじゃないし、良い物件があればいいな程度で見回っている。今では随分と宿の店主とも仲良く接せられるようになったことだし。
しかし世話になっているというのは事実ではあれど、向こうも言っちゃえばビジネスだからなあ。居心地も悪くないだけに少しばかり後ろ髪を引かれる気持ちにもなるが、今後ずっとバルトレーンに住むかもしれない、と考えれば拠点を持つこと自体は悪いことじゃない。
いや、正確に言えば嫁を見つければ実家には帰れるはずなんだが……そっちは進捗がまるでダメなので、期待を持つ方が間違いである。
「おやじ殿は今更何を期待してるんだろうな……」
そんな呟きが思わず漏れてしまうのは致し方ないことなのだろう。
いや本当に何を思って俺を追い出したのか。当時は勢いやら何やらあって流されてしまったが、俺何も悪くなくない? 今更ながら不満が少しずつ湧いてきた。
とは言え、別に今の生活に言うほど不満を持っていないってのはあるんだが。何だかんだで道場と違った空気は新鮮だし、教えていて悪い気もしないしね。
そんなことを考えながら中央区の道を歩く。
まだ日は高く、決して少なくない人の通りが見受けられる首都バルトレーン。様々な店もあり、十二分に活気が感じられる光景だ。
ちなみにだが。レベリス王国は、その名の通り王制である。
初代の王、スピキノ・アスフォード・レベリスがガレア大陸の北の端に王国をぶち上げたのが始まり、とされている。俺も歴史にそんなに詳しいわけじゃないが、一般教養として初代の王の名前くらいは教えられた。
領土に肥沃な大地を多く持ち、農業が盛ん。事実、この首都バルトレーンにおいても南区は一帯まるっと農業地区だ。
森林は少なく、山と平野が多い影響で原生生物も多種多様で、また海に面していることから海の恵みも大きい。一言で言って恵まれた国であると言えるだろう。
だからこそビデン村のような片田舎でも、野生動物やモンスターの襲撃を除けば飢饉や不作なども少なく、かなり平穏に暮らすことが出来ていた。
ただ、何処の国でもそうだと思うが、国民全員が富んでいるかと問われればそうではない、というのが現実だ。
ビデン村には居なかったとはいえ、国政のセーフティラインから外れてしまった者は少なからず存在する。
まあ一言で言えば盗賊だとか山賊だとかならず者だとか、そういう連中だ。
この首都バルトレーンでもあまり表立っては出てこないものの、一定数は居る。昨日のスリなんかは正にそうだろう。
噂では、そのような連中が屯している地区もあるとかなんとか。中央区ではないと思いたいが、奴らは何処にでも出てきそうだからなあ。
「……うん?」
この国について色々と考えながら歩いていたところ。
道の端っこの方で膝を折り、地面を凝視しながらじりじりと動いている人影を発見した。
何だろうな、別に物乞いって訳じゃなさそうだ。
道行く人々も物珍しそうに一瞥はするが、特別何かアクションを掛けるわけでもなく過ぎ去っていく。
「ない……ない……! 何処で落とした……!」
距離が近付くと、その人物が漏らした声も聞こえてくる。
周りからの視線なども一切気にせず、地べたを這いずるかのように動いている人物。
顔は分からないが、その上半身は襤褸のようなローブで覆われている。首都バルトレーンの通りには、言ってしまえば些か不似合いな恰好である。
さて、俺は別に彼女を道行く人々と同様に無視してもいいんだが。
聞こえてきた声、そして見た目の服装が、昨日俺に仕掛けてきたスリと同じなんですよね。
「……何か探し物かい?」
「るっせえ! アタシに構う……な……!?」
念のため少しだけ距離を取って声を掛けてみれば、返ってきたのはいかにもな声色と内容。多分俺以外の、声を掛けてきた全員にこういう対応を取っていたんだろう。
勢いよく振り返ったその顔は、俺の顔を見て分かりやすく『しまった』みたいな表情をしていた。
ほほーん。
その反応を見る限り、俺の顔も昨日見えていたのかな。まあ夜だったとはいえ、明りが皆無という訳ではなかった。向こうは俺以上に注意を払っていたはずだから、見えていても不思議ではないだろう。
彼女の表情は見るからに逼迫しており、焦りが前面に押し出されたようなものだった。
ローブから僅かに覗く、くすんだ青髪。年齢は多分だが十代半ば程度だろう。少なくともクルニやフィッセルなどよりは年下に見えた。
「……んだよ……何か用かよ……?」
数瞬の間で外面を取り繕った彼女は、ぶっきらぼうにその先の言葉を紡ぐ。
恐らく、俺が昨日の出来事を覚えていない方向に賭けたと見える。声を掛けてきた親切なおっさんの線に持っていこうという魂胆だな。
「もしかして、探し物はペンダントだったりするかい?」
「……てめ……ッ!」
ところがどっこい、そうはならんのですよねえ。
俺の発した言葉に、眼前の少女は憎らしそうに眼を細めた。
不審な少女vs住所不定のおっさん ファイッ




