第4話 片田舎のおっさん、首都へ行く
ガタゴトと揺れる馬車に身を委ね、馬車の外へと視線を投げる。
見える景色はそう変わらない。
道沿いになだらかな平野が続き、遠くには山々の影も見受けられる。時折川が走っており見目にいくらかの新鮮さを与えてくれるものの、総括して変化に乏しい景色をずっと眺めているには、この道程は些か長過ぎた。
ビデン村は田舎も田舎だ。
日常生活に困ることはないが、お世辞にも華やかさはない。
なので、そんな村から首都へ赴こうと思えば、都市部に近付くまでは似たような閑散とした景色が続く。
「首都まで赴くのは随分と久し振りになるね」
「これからは機会も増えますよ」
直ぐに手持無沙汰になった俺は、馬車の隣に座っている女性を視界の端に収めて言の葉を落とす。目敏くそれを拾ったアリューシアが返答を返した。
アリューシアの横顔は、端的に言ってとても絵になっていた。
長く生え揃えた銀髪に、やや切れ長と言える目。彫像がそのまま動き出したかのような端正な顔付きは、俺の知る最後の記憶から順当に女性らしさと落ち着きを増したと表現出来るだろう。
元から器量は良かったが、美人になったものだなあ。流石に元弟子に対して邪な気持ちを抱いたりはしないけど。
そうそう。
レベリオ騎士団と言えば、大変に厳しい選抜試験があることで有名だ。
片田舎に住んでいる俺ですらそのことを知っているのだから、逆説的に騎士団の認知度も分かるというものだろう。
この騎士団は、レベリス王国を象徴する団体でもある。
伝統と格式があるというのは勿論、実力的に見ても王国直轄の最大戦力ということで外交時にはけん制の役目も担う。
単純な戦力という面だけで見れば熟練の傭兵や凄腕の冒険者などもそれに当て嵌まるが、彼らは国家に帰属しない。無論、レベリス王国を贔屓してくれる連中も中には居るだろうが、有事の際に必ずしもアテに出来るとは限らないのである。
騎士の実務の面では都市の治安維持から大型モンスターの討伐まで、その働きはとかく幅広い。
市民からの人気も絶大で、アリューシア以外でも騎士団入りを目指すために俺の道場の門を叩く者も多数居た。そのうちの何人が騎士団に入団出来たのかまでは分からないけれど。
と、田舎者の俺がここまで詳しいのも、そういった広報の類がこんな辺鄙なところにまで届くのが理由の半分。アリューシアからの手紙によるものがもう半分だ。毎度毎度結構な文量で届く彼女からの手紙、そんな暇があるのかと改めて問い質したい。
そんな国の重要機関であるレベリオ騎士団、そしてその団長ともなれば当然実力、人気、人柄全てにおいて大変に優れていないと務まらない。正しくアリューシアは英俊豪傑に足る人物なのだろう。
「それで、その、モルデアさんが仰っていたのは……」
「ああ、それこそ戯れさ、気にしなくていいよ」
先程の俺の呟きを会話の糸口と見たか、アリューシアが話を振ってきた。
モルデアってのは俺のおやじ殿の名だ。
齢はもう六十の半ばを超えようというところだが、まだまだ肉体的にも精神的にも元気な父親である。最近はちょいちょい腰痛が気になるらしい。
首都に行く、と一言で言っても、距離はそこそこにある。馬車で半日は軽くかかるだろう道のりだ。
いくら道場が休みの日とは言え、突然家を空けるわけにもいかなかった俺はおやじ殿に事情を話した。嘘を吐いても仕方がない内容なので、アリューシアを伴って一から十まで全部、だ。
「はははは! 名誉なことじゃないか! そのまま都会で嫁の一人でも見つけてくるがいいぞ。お隣のべっぴんさんはどうなんだ?」
で、そのおやじ殿が放った言葉がこれである。
全くデリカシーというものがなっちゃいない。これでよくお袋をゲット出来たもんだなと呆れ返るばかりだ。
いい歳こいて独身を貫いている俺を心配してくれているのは分かるが、それにしたってアリューシアを引き合いにだすのはどうかと思う。
見目も地位も実力も、何もかも俺なんかとは釣り合っちゃいないのだ。
「そうですか、戯れですか……私は別に――――」
「うん? 何か言ったかい?」
「いいえ、お気になさらず」
「そうか。まったく、うちの父がすまないね」
身内の恥を謝罪したところで、改めて外の景色に視線を預けた。
おやじ殿の言葉を肯定するわけじゃないが、折角の首都バルトレーンなのだ。俺もある程度羽を伸ばしてもいいかもしれない。
出会い云々は置いておくにしても、両親に土産の一つくらいは買っておくべきだろう。あとついでに、質の良い剣があれば一つ拵えておくのも悪くない。
稽古以外で振るう機会は最早無い剣だが、それでも良いものは良いのだ。他に目立った趣味も持ち得ていないため、そこにしか金銭を費やす理由がないとも言える。
剣一筋で生きてきた冴えない四十路のおっさんに今更貰い手が居るわけもなし。必要以上の金を懐に仕舞い込んだところで意味はないのだ。
「そう言えば、首都に着いたらどうするんだい」
「まずは騎士団の面々と顔合わせですね。その後指南の日程調整をして、余裕があれば少し稽古も見てもらおうと思っています」
「分かった。父がうるさいだろうから、出来れば土産の一つでも買」
「では到着次第早急に詳細を詰めましょう。お店は私が案内します」
「あ、ああ」
何かメッチャ食い気味に来たんだけど。怖い。
今日早速騎士団の稽古を見る可能性がある、というのは少し緊張するが、それも着いてみなくては分からないことである。
進んでしまった時計の針は止められはしないし巻き戻せもしない。未来の問題は未来の俺に丸投げするとして、楽しいことを考えよう。
折角俺には勿体無い程の美人が隣に居るのだ。少しばかりいや正直言うと結構怪しいところも見え隠れしているが、可愛い元弟子でもある。
「土産と言えば、モルデアさんは好みのものとかあるんですか?」
「ああ、うちの父はいい年して饅頭が好きでね――」
そうして馬車が首都バルトレーンへ到着するまでの間。
俺はアリューシアとの取り留めのない歓談に耽っていた。




