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第38話 片田舎のおっさん、折れる

特別討伐指定個体(ネームド)だと? お前いつの間にそんな大物を……」

「つい先日だ。やっと素材の回収が完了してな」


 バルデルがカウンターに置かれた爪や皮、骨などをまじまじと観察しながら、思わずといった体で声を漏らす。その声を受け取ったスレナはどこか誇らしげであった。


「ふむ……硬えな」


 素材を手に取り、指で弾き、それでは満足出来なかったのか、小振りの槌で叩きながら一言。

 ゼノ・グレイブルは確かに硬かった。外皮だけでも傷つけるのがやっとだったから、その骨や爪なんかは相当な硬さを持つはずである。


「だがお前、何でロングソードなんだ」


 当然の疑問をバルデルが放つ。

 俺としては何となく嫌な予感がしていた。いや、嫌なというのは失礼か。何にしろ、あまりよくない予測が当たりそうだったので口を噤んでいたのだが。


「先生にお渡ししようと思っていたんだがな、ここに居らっしゃるのなら話が早い」

「スレナ、それは断ると俺は言ったじゃないか」


 ほらあ。やっぱりそういう話になってんじゃん。

 いやね、ありがたいことには違いないんだよ。実際今は手持ちの武器が無いわけだし、特別討伐指定個体の素材から作られる剣に興味がないとは言わない。正直に言ってそそるものがあるのは認める。


 しかし、だ。

 ゼノ・グレイブルを倒したのはスレナだし、その管轄は冒険者ギルドにある。横からしゃしゃり出てきたおっさんが、その成果物だけ掻っ攫って行くってのはどうにも気が引ける。

 あと冒険者ギルドにそういう類の借りを作りたくない、というのもあるな。これは前にも言ったが。


「だがよ先生、こいつぁ上物だぞ。俺の腕次第だが、相当のブツが出来上がる予感がする。折角の話だ、貰っとけばいいじゃねえか」

「ん? 先生? バルデルもなのか?」


 バルデルがゼノ・グレイブルの素材を目に、忌憚のない意見を言ってくれているところ、スレナが突っ込んだ。そういえば説明していなかったというか、それを知っている人間が少ないからな。


 そもそもスレナは、正確に言えば俺の弟子ではないわけだし。

 剣を教えていたのは事実だが、師匠と弟子という間柄ではないと思っているんだけどな俺は。いつまでも保護者視点が抜けないのはそういうところもあったりする。


「ああ、バルデルも俺の道場出身者だよ。居たのは一年と少しだけどね」

「そうだったのですか。道理で鍛冶師にしては剣士の感覚に近いなと」

「まあそのために弟子入りしたようなもんだしな」


 返ってきた反応は、少しの驚愕と大きな納得。

 バルデルも言っている通り、そのためにこいつはビデン村まで来てたからな。つくづく物好きというか、変わったおっちゃんである。

 他に剣術道場くらい幾らでもあると思うが、どうしてあんな片田舎を選んだのか。本人が後悔していないのならそれはそれでいいことだけど。


「ただ先生、一つ訂正しておきたいのですが。これに関して、冒険者ギルドは既に関係がありません」

「と、言うと?」


 俺が渋っていることはスレナも把握しているはず。

 それでもなお、俺にゼノ・グレイブルの素材で作った武器を勧めるということは、何かしら俺の懸念を払拭したということだろうか。


「これらは討伐報酬として既に私個人の所有になっています。それに先生は、ゼノ・グレイブルの討伐褒賞金も受け取っていません」

「討伐したのはスレナだろう。俺が貰う筋ではないと思うけど」

「いえ、臨時とは言えチームを組んでいた全員が貰うべきものです。ポルタたちも発見報酬は受け取っていますよ」

「ふむ……」


 むむ。そう言われるとちょっと弱い。

 確かに特別討伐指定個体には、討伐の褒賞金が出ることも聞いている。俺には関係ないことだと思って詳しくは耳にしていなかったが。

 ポルタたち新人冒険者も貰っているとなれば、俺が固辞する理由もなくなる、か? よく分からん。何にせよギルドから金を貰うつもりはないんだけども。


「褒賞金のことを抜きにしても。あくまでこれは私個人の感情から、先生の剣を折った弁償として作る……そういうことです」

「そこまで言われるとね……」


 気にしなくていいっつったのに、スレナはまだ俺の剣を巻き込んでしまったことを気にしているのだろうか。


「こうまでされて逆に受け取らねえってのは失礼だぜ、先生」

「……そうだね」


 ここでバルデルが会話に参加してくる。

 まあ確かに、ギルドからの恩賞とかそういうのじゃなく、スレナ個人からの贈り物と考えればまだ俺の気持ちも収まりがつく、か?

 いや、あんまりつかないな。スレナに奢ってもらう理由がない。


 とは言え客観的事実として、スレナが俺の剣を叩き折ったのは間違いではない。それに対して本人が償うと言っているのに断り続けるのは、あまりよろしくないのだろうか。

 ここら辺、そういう心の機微ってのはイマイチ俺には分からない。ずっと片田舎に引っ込んでいた弊害かもしれん。


「うーん、まあ……そこまで言うなら、ありがたく頂戴しようか」

「はい! 是非受け取ってください」


 何にせよ、俺が一番気にしているのは冒険者ギルドとの必要以上の関わりだ。そこの懸念がないのであれば、武器が欲しいのはその通りだし、お言葉に甘えておくのも悪くないのかな。


「先生の剣! こいつは腕が鳴るぜ!」


 素材を見つめながら、バルデルが吼える。

 まあ彼の腕の良さはここにある武器が証明している。せめてキワモノが出てこないことを祈るばかりだ。


「普通の剣にしてくれると助かるよ」

「おうよ、変なモン打つつもりはねえから安心してくれ」

「彼は腕の良い鍛冶師だと思いますよ。剣を見ていれば分かります」


 アリューシアはどうやら俺たちが会話している間、クルニと一緒に店の武器を見ていたようだ。彼女のお眼鏡にも適ったようで何よりである。

 その流れで君も剣を新調してくれるとおじさんは大変嬉しい。

 ダメか。ダメっぽいな。ちくしょうめ。



「そうさな……素材の加工もあるから、一週間は欲しい。一週間後に取りにきてくれ。代金はスレナ持ちでいいんだな?」

「ああ、それで構わん。金に糸目は付けんぞ、全力でやってくれ」

「がっはは! 了解だ!」


 俺の剣のことのはずなのに、俺抜きで話がガンガン進んでいた。

 本当に変なの出てこない?

 それにお金大丈夫? おじさんちょっと心配。


「まあ、楽しみにしておく……でいいのかな?」

「おう、楽しみにしといてくれよ先生。じゃあな皆」


 言いながら、早速バルデルが素材を持ってカウンターの奥に引っ込んで行く。

 多分、俺の剣どうこう関係なく武器を打つのが楽しいんだろうな。それに素材も一線級となれば、鍛冶師としては正しく腕の見せ所だろう。

 クルニやスレナの用事も終わったようだし、俺たちもお暇するか。


「じゃあ先生、修練場に戻るっす!」

「おっと、そうだね」


 俺の脇ではツヴァイヘンダーを背負ったクルニがにっこにこで控えている。

 何だかんだで彼女も新しい武器、というものが楽しみでもあるのかもしれない。これまでとは扱いが異なるし、その辺を重点的に教え込むか。元の筋は悪くないから、基本さえ押さえればあとはある程度勝手に伸びていくはず。


「では先生、私はこれで」

「ああ、ありがとうスレナ。出来上がったらありがたく使わせてもらうよ」

「いえ、とんでもないことです。それでは」


 一通り素材を預け、身軽になったスレナがバルデル鍛冶屋を後にする。

 憑き物が落ちたような、随分とすっきりした表情をしていた。それほどまでに俺のロングソードを折ってしまったことを気にしていたのだろうか。

 彼女の心境を考えれば、ここで断るのはかえって要らぬ感情を抱えさせることになっていたかもしれない。俺も割り切って、出来上がりを楽しみにさせてもらうとしよう。


「それじゃ行こうか。鍛錬の後だから、今日は軽めにね」

「はいっす!」

「では私も戻ります。少し執務がありますので」


 その状態で俺に付いてきたのかよ。滞ってなければいいんだけども。

 まあアリューシアも普段から忙しそうだし、俺とクルニの剣探しが少しでも彼女の息抜きになっていれば幸いだ。


 さて、大剣の扱いを仕込むのは随分と久し振りになるな。

 俺の道場は道半ばで飛び出してしまったクルニだが、こうやって再び指導の機会に恵まれるのは、元師匠としてはありがたい限りである。

 よーし、おじさんほどほどに張り切っちゃうぞ。

おっさんの火力不足がこれで解決、するといいなあ。


書籍化に関する諸々については、早ければ今月中、遅くとも来月初旬には続報がお出し出来ると思います。

のんびり進行の本作ですが、どうぞこれからもお付き合いください_(`ω、」∠)_

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― 新着の感想 ―
かなり追い詰めたけど、とどめを掻っ攫われて拗ねてる人にみえる
・ここら辺、そういう心の機微ってのはイマイチ俺には分からない。 ・ずっと片田舎に引っ込んでいた弊害かもしれん。 いえ、あなた個人の資質です。 逆の立場だったらどう考えるか、そういうのは無いのですか。…
[一言] コミックの方が良いストーリーなんだよね 主人公の性格に不満とイライラでストレスが溜まる
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