第34話 片田舎のおっさん、鍛冶屋へ立ち寄る
レベリオ騎士団の修練場は、どの時間帯でも常に一定の人が居る。
この時間からこの時間まで、といった明確な鍛錬の時間が決められておらず、各々の騎士が自身の予定とやる気を勘案してやってくる場所だ。
まあそれでも、夜に近付けば近付くほど人は少なくなる。騎士は朝が早い分、夜も早いのである。
俺も指南の予定をぎちぎちに決められているわけではないので、割かし顔を出す時間ってのは疎らではある。自分の中で午前中から昼過ぎ、くらいにざっくり決めてはあるけどね。
俺が来るようになって、日中の訓練者の数が増えたとかなんとか言っていたのは確かアリューシアだったか。
騎士になるくらいだから、皆真面目で誠実だ。才能の多寡は一先ず置いておくとして、剣だって勿論、真面目に振り続けたやつの方が上手くなる。
教える身としては喜ばしい限りだ。
俺はと言えば、騎士の剣筋を見てアドバイスをしたり模擬戦をしたりと、まあ剣術指南役っぽいことをやらせてもらっている。
ここは道場ではないから、全員集めて型を繰り返す、なんてことはしていない。
彼らの剣は乱暴ではないものの、より実直に強さを追い求めているが故、どうしても模擬戦など実戦に近い部分の指導が多くなってしまうのは致し方ないことか。
まあ、それはそれで新鮮だ。
彼らもよく言うことを聞いてくれているし、今のところ大きな問題は見受けられなかった。
「よし! 先生、行きましょうっす!」
「はいはい、着替えてからね」
本日の訓練メニューを終わらせたクルニが、またも汗だくになりながらこちらへと話しかけてくる。
彼女はいっつも汗だくだな。元気なのは良いことではあるが。
今朝話をしていた通り、今日は鍛錬終了後にクルニがお世話になっている鍛冶屋に顔を出す予定である。
本来であればそこまで期待値を持つものでもないのだが、そこの店主がバルデルと聞けば、俺の期待も膨らむというもの。
「先生、私もご一緒してよろしいですか?」
「アリューシア……いや、うん、断る理由はないよ」
今日は俺と同じく騎士団への指南役として汗を流していたアリューシアが会話に合流する。
いや別に来ること自体は構わんけどさあ。来る意味ある? 俺はあんまりないと思う。わざわざそれを言ったりはしないけど。
「先生の剣選びとなれば当然のこと最高級の剣を打って然るべきですしその鍛冶師の腕前というものもしっかりチェックせねばなりません当然です」
「分かった分かった。一旦落ち着こう。な?」
うわ、ダメな方のアリューシアが出てきた。
一旦落ち着かせよう。
アリューシアはずっと、俺が渡した餞別の剣を扱っている。
もっと上物なんて幾らでもあるだろうに、彼女は頑なに新しい剣へと手を伸ばそうとしない。興味がないわけではないのだろうが、騎士団長という立場なのだから、もっと質と見栄えの良い剣を掲げて欲しい、というのはお節介な親心だろうか。
折角なのでこの機会にアリューシアにも剣を新調してもらいたいところだ。
骨折り損になる可能性も高いけどさ。
「じゃあ、全員着替えた後に庁舎前で集合しようか」
「分かりました」
「はいっす!」
そういうことで、クルニお勧めの鍛冶屋には俺、クルニ、アリューシアの三人で赴くこととなった。高々俺の剣を見繕う程度なのに、相変わらず落ち着かない面子だ。
俺もいい加減視線に慣れなきゃいけないんだろうなあ。やだやだ。
「お待たせしました」
「お待たせっすー!」
やっぱり男と女では男の方が着替え等の諸々の準備は早く終わる。
庁舎前で一人待っていると、しばらく後に着替えの終わったアリューシアとクルニがやってきていた。
クルニは相変わらず動きやすそうな格好だが、アリューシアは何というか、派手ではないものの身体のラインがよく分かる格好だ。
ただでさえ注目を集める立場の存在である、恥ずかしくないのだろうか。いやまあ、本人がそれでいいなら俺が口を出すことではないんだが。
クルニは俺やアリューシアより幾らか刀身の短い、いわゆるショートソードを帯剣している。きっとこれを研ぎに出すのだろう。
小柄なクルニにはよく似合っているな。
「じゃあ行こうか。道案内は任せるよ」
「はいっす! バルデルさんのとこは中央区にあるんすよ」
合流を終え、いざ鍛冶屋の下へ。
とはいえ俺は場所が分からないので、先導はクルニに任せる形だが。
「先生はやはり変わらずロングソードを?」
「うん、その予定だね」
歩きがてら、アリューシアが振ってきた話題に答える。
もう随分とロングソードの長さと重さに慣れてしまったので、今更他の武器種に変更するってのは考えていない。
この年で新しい武器に馴染むってのもしんどい話だしな。
ゼノ・グレイブル戦では火力の無さが浮き彫りになってしまったが、俺はそもそもそういう連中と戦う立場でもない。あれは完全にイレギュラーだった。
願わくば、あんな鉄火場におっさんが放り込まれる事態など今後は無いことを祈りたい。まあ騎士団の指南役って立場なら早々あることでもないだろう。
西区の喧噪とはまた違う、しかし確かな活気を感じる中央区を練り歩く。
見た感じ、割とお堅い服装の人たちが多いようにも思う。冒険者ギルドや騎士団等、国の中枢を担う組織が幾つか入っているから、それ関係の人も多いんだろう。
正確に言えばギルドは国の管轄ではないが、国家の枠組みを超えて世界中に入り込んでいる。特に治安維持に関して、程度の差はあれど世界の国々はギルドに依存しているのが現状だ。
……そういえば、魔術師学院って結局何処にあるんだろうか。
今のところ特に用事はないもののルーシーには改めて文句を言いたいので、また時間が出来たら場所を調べて足を運んでみてもいいかな。
「着いたっす。ここっすね」
「ふむ」
しばらく歩いた後。
目についたのは、一軒家をそのまま鍛冶屋に改装したような、言ってしまえば変哲も無いシチュエーションだった。
扉の上には大きく、店の名前が描かれた看板が掲げられている。
バルデル鍛冶屋、か。そのまんまだね。
うんうん、シンプルなのは良いことだ。
「バルデルさーん!」
扉を勢いよく開き、中に入る三人。
クルニが大声で店主であるバルデルの名を呼ぶ。
「おーう! いらっしゃ……なんだ、クルニか」
「む! 何だとは失礼っすねー! これでも客っすよ!」
「がっははは! 悪い悪い!」
呼びかけに応え店の奥から出てきたのは、引き締まった身体を持つやや老齢の男性。
渋みのある声。短く刈り揃えられた銀髪に加え、整えられた髭がダンディさを一層引き立てている。肌着から覗く逞しい二の腕、服の上からでも分かる精悍な胸筋。いい意味で年齢に不相応な肉体を持つ偉丈夫だ。
歳で言えば俺よりは上、おやじ殿よりは下。
豪快とも言える笑い声とともに、クルニとの挨拶を交わす。
「おっと、シトラス様もご一緒で。んで……おぉッ!?」
「久しぶりだね、バルデル」
クルニ、アリューシアと視線を流した後、俺の顔で視線が止まる。
「……ベリル先生じゃねえか! 久しぶりだなあ!」
その声色と表情には、分かりやすい驚愕と喜色が現れていた。
世間はクリスマス、そして年末ですね。
本作に関しては現実の流れは置いといて、今後ものんびりと進められればと思っています。
諸々の続報に関して、年明け以降に色々とお伝え出来ればと考えていますので、今後とも是非ともお付き合いの程宜しくお願い致します。




