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片田舎のおっさん、剣聖になる ~ただの田舎の剣術師範だったのに、大成した弟子たちが俺を放ってくれない件~  作者: 佐賀崎しげる
第十章

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第293話 片田舎のおっさん、のんびりする

「ごちそうさまでした」

「ん、ごちそうさま」


 とある日の早朝。今ではすっかり日常となったミュイとの朝食のひと時。日中は相変わらずクソ暑いが、午前中はまだギリギリ暖かいと言える気温。パンとスープで手早く腹を満たし、一日への活力とする。

 この季節は食材の足も早いし、何より食欲が失せがちになる。それはおじさんである俺も、子供であるミュイも変わらない。

 だけど何も入れないと本当にぶっ倒れてしまう危険があるからな。少しでも何かを食べておくことは大事なのだ。だから食べやすいものを選ぶ。いやまあ、二人揃ってあんまり料理に積極的ではないという理由はあるにしてもね。


「そんじゃ準備してくる」

「忘れ物しないようにね」

「しねーよ」


 朝食を終えたミュイが登校の準備を始めたところ、俺はゆっくりと食器の片付けに入る。

 こうやってともに朝食を摂り、ミュイを家から送り出すシーンというのはあまりない。理由は単純で俺がほぼ毎日騎士団庁舎の方に顔を出しているからだ。その時は俺が家を出る方が遥かに早い。

 あとはまあ最近はなんだかんだで遠征が多かったからね。こうやってのんびり朝の時間を過ごすのも、たまには大事というわけだ。


 ちなみに俺は今日はお休みである。だから食事の後片付けも今日は俺の仕事となる。

 ほぼ毎日といった通り、別に俺は常に騎士団庁舎に出張っているわけではない。羽休めというには微妙だが、たまにこうして一日のんびりする日を作っている。

 勿論体調不良や怪我などに見舞われた時は都度休むが、それ以外のタイミングでもちょこちょこと休日は差し込んでおかないといけない。

 なんというか、常に張り詰めても良いことは一つもないからね。当然、張り詰めないといけない時期だってあるんだから、こういう平時にこそ適切な息抜きは大事なのだ。


「……あ、そうだ」

「うん?」


 すっかり朝食のお供となった紅茶のお代わりを注ぎながら、椅子でのんびりしているところ。手早く登校の準備を終えたミュイがふと零す。


「今日、ちょっと帰り遅くなるかも」

「そうなんだ。何か行事でもあるの?」


 齎されたのは、今日の帰りがちょっと遅くなるかもしれない、というもの。

 ミュイは基本的に道草を食わない。講義が終わったらさくっと帰ってくる。お金は渡してあるから時折買い食いくらいはするのだろうが、それでもしっかり日が落ちる前には帰宅している。案外真面目というか融通が利かないというか、一度これと決めたものを動かすのはあまり好きじゃないらしい。


「いや……シンディとフレドーラが遊ぼうっつってたから……」

「分かった。楽しんできなさい」

「……ん」


 何かしら魔術師学院の方で用事があるのかなと思ったのだが。

 どうやら学友たちと放課後のお楽しみが待っていた様子。これをダメだと言い切ることは俺には出来ないね。存分に年齢相応の付き合いと遊びを楽しんでほしいものである。


「あ、いくらか預けとこうか?」

「いらねーって。……十分あるし」

「そうか」


 お友達と遊ぶなら軍資金は必要だ。そう思って提案してみたものの、それはすげなく断られた。

 お小遣いは渡しているけれど、少なくとも無駄遣いはしていないようで何より。まあ彼女はお金の価値ってやつを良くも悪くも分かっているからな。その辺はどっちかと言えば、俺の方が怪しいかもしれないくらいである。


「晩飯は?」

「要る」

「分かった、作って待ってるよ」

「うん」


 帰りが遅くなると言えど、飯は要るらしい。その方が作り甲斐もあるというものだ。沢山遊んで沢山食べて、心身ともにでっかくなっていただきたい。


「んじゃ、いってきます」

「はい、いってらっしゃい」


 短い会話を重ねながら着々と準備を進めていたミュイを、玄関先で送り出す。

 やっぱり、ミュイを送り出す立場になるのは未だにちょっと新鮮だな。これが母親なら慣れたものなのかもしれないが、俺は俺で幸いながら食いっぱぐれない程度には仕事があるし。


「ふー」


 とはいえ、今日はのんびりすると決めた。別に急にサボったとかそういう話ではなくてね。騎士団の方には「明日はちょっと休むよ」とちゃんと伝えてある。

 アリューシアが最初に伝えてくれていた通り、この特別指南役という役職はなにも、俺を縛る類のものではなかった。むしろ割と自由気ままにやらせてもらっているくらいだ。前回ヴェスパタまで赴いた時だって、いきなり長期の休暇を申請したわけだしね。まあそこにはアリューシアの助力も大いにあったが。


「とりあえず片付けからしておくかな」


 まあ休むといっても一日中だらだらするわけにもいかん。今日は俺が家に居るのだから、家事はすべて俺がやるべきである。

 とりあえず朝食の片付けと、自分が食べる昼飯の準備、あと洗濯やら掃除やらをやっておこう。これだけで午前は潰れるのだから、なんだかんだでぼけっと過ごす一日というにはほど遠い。


 ミュイの家事スキルは順調に上がっているように俺の目からは見えるが、俺自身のスキルが上がっているかどうかはいまいち分からない。ミュイもわざわざそれを指摘するタイプでもないし。

 俺なりに頑張ってはいるけれど、幻滅はされないようにしたいよね。これは人道的にも、俺の矜持的に考えてもそうなる。誰だってしょぼくれたダメなおっさんに成りたくはないのだ。


「よ……っと」


 椅子から立ち上がる時、なんとなく気合の声が漏れるようになってしまった。昔はそんなことなかったのにね。これも寄る年波の影響だろうか。おやじ殿も割とでけぇ声とともに立ち上がっていた記憶が、ほんのり蘇る。


 桶に水を張り、食器を洗う。ざぶざぶ。こういう作業は本当に無心で出来るから案外悪くない。

 道場の掃除とかもそうだが、ああいうのは日頃のルーティンに組み込んで無心でやるのが一番いい。考えなくていいからね。考えるのは剣を振る時と、ミュイと接する時で俺にとっては十分だ。


「よし、次は――」


 一通り洗い終え、次はそのまま昼飯の支度に入る。速攻で前提が崩れてしまったが、ちょっと考えてしまう。何を食べようかな、と。

 勿論休日なのだから、外で適当に食ってもいいし買ってきてもいい。休日というのはそういうものだ。この日この時間に限り、独り気の赴くまま生活しても良いのである。


「……うん、作るか」


 で、少し考えた末に自炊を決めた。これが食材が残り僅か、とかなら外出の選択肢もあっただろう。でも今日はのんびりすると決めたので、のんびり昼飯を作るのだ。

 そうと決めたら食材を準備しないと。塩漬け肉がまだあったはずなので、それと芋や根菜をカットしていく。こういうのは適当に煮込んでおけばそれっぽくなるんだ。肉と芋で腹持ちもいい。完璧だな。

 相変わらず我が家の食卓事情は貧しくはないものの、レパートリーにやや乏しい。こればっかりはあまり変化がないままであった。


 といっても、俺もミュイも常人よりは運動している。エネルギーが必要なのもまた変わりないことではあるので、これでいいと言えばいいのだろう。もっとオシャレな手の込んだ料理はそれこそ外に食べに行けばいい話でね。


「……」


 食材を煮込む間というのは、恐らくこの世で上位に入る暇な時間である。火から離れるわけにはいかないし、かといって注視するものでもない。時折思い出したかのように中身を混ぜる。それだけ。

 お袋がやっていたことはやはり、色々な意味で結構な重労働だったんだなあと。今更ながら感じ入るばかりだ。お偉いさん方が人を雇うのも今ではちょっと分かるよ。面倒なことはお金を払って他人に押し付けるに限る。いやこれは些か表現が悪いけれども。


 そう思うと、ルーシーはいい生活をしているな。ハルウィさんを筆頭に家政婦たちが色々とやってくれているそうだし、何より自分の研究に没頭出来る。

 俺個人が人を雇った経験はない。強いて言えばランドリドがそれにあたるのかもしれないが、あれはおやじ殿が無理やり話を持っていったともとれる。承諾してしまうランドリドもランドリドだが。


「……っと」


 そんな詮無いことを考えていれば、具材のひと煮立ちのタイミングはすぐにやってきた。コポコポと泡立ってきた鍋の中身をゆっくりと回していく。

 のんびりすると決めた通り、たまにはこういう雑多な考えで頭をくるくるさせるのも、まあ悪くはないだろう。心身ともに息抜きしてナンボの休日だしね。


「うん、悪くない」


 味見のために一掬い。感想としては漏れ出た通り悪くない。この辺り、良くも悪くも俺の舌は高級志向になっていないようで何よりである。


「さて、飯を食ったら掃除して……ちょっと素振りでもしておくかなあ」


 休みと決めた日でも、最低限の運動はしておきたい。本当にちょっと振って感触を確かめるくらいではあるけれど。これは俺の中で鍛錬ではなく「のんびり」の延長線上にある。

 技術や筋力の向上、あるいは維持。そして後進への教育。これらが絡まなければそれは休みなのだ。そこに責任はないし、気楽に気の向くまま剣を振る日も、それはそれで大いにありだと思う。


「とりあえず、いただきます、と」


 まあそれらも、まずは腹ごしらえをしてからだ。掃除にしても息抜きの素振りにしてもね。

 そこそこの出来になったスープを味わう。うむ、味見した通り悪くない。肉と根菜の旨味が短時間でほどほどに染み出ている。

 これを数時間煮込み続けるともっと柔らかくてもっと味わいの深いポトフになるんだが、俺個人が済ませる食事ならこんなもんで十分だ。


 折角だし、このスープをもとにして更に煮込んでポトフにしてしまうか。ミュイが帰ってきた後の晩飯に丁度いいな。一人分を作るより、二人分を作る方がどんぶり勘定が出来てある意味楽でもある。まあこんな思考だから料理のレパートリーが増えないんだろうなとも思うけどさ。


「ふー。ごちそうさま」


 適度に飛び散らかった思考を纏めながら昼飯を終える。独りで食べると喋ることもないから、すぐに終わっちゃうね。悪いこっちゃないが。


「さーて、と……」


 腹ごしらえも済んだし、自宅の掃除と余った時間で適度に運動と洒落込もう。これが優雅な休日というものよ。

 そういえば、アリューシアやスレナたちは休日をどのように過ごしているんだろうか。どちらもあまりゴロゴロしている姿は想像出来ない。

 その姿がいの一番に思い浮かぶのは、やっぱりというかルーシーであった。むしろ常にゴロゴロしているイメージがなくもない。

 想像しやすいが、一方で読みづらい。なんとも不思議な人間である。人間としてカウントしていいのかもちょっと疑問ではあるけれど。


「よし、まずはリビングの掃除から――」


 考えるのは動きながらでも出来る。故に、まずは動いてから考えよう。

 そう思い直して、掃き掃除から始めることにした。


 一通り掃き終えて、水拭きをする。うん、かなり綺麗になった実感がある。

 じゃあ気分転換に素振りだ。庭で自身の感触を確かめる。

 日も西に傾き始めた。そろそろ晩御飯の仕込みに入るとしよう。ミュイもなんだかんだで腹を空かせて帰ってくるだろうから。

 渾身のポトフが完成。我ながら今回はいい塩梅である。ミュイも喜んでくれるといいが。

 西日が差し込む。夏の陽射しが薄れ、涼やかな風が微かに流れ始めた。日中がカラッとしていると、夏でも夕暮れからは過ごしやすくていいな。

 日が沈む。夜になると一層過ごしやすくなる。街から急速に光が消えていく。


 ――ミュイはまだ、帰ってこない。

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― 新着の感想 ―
晩御飯はいるって言ってたしなぁ…
ホラー小説を読んでいるかのような一文が
なんだか随分と、なんでもない日常の話珍しいなぁたまにはこういうのもあるよねーって読んでたら最後に一気に不安になった…
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