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片田舎のおっさん、剣聖になる ~ただの田舎の剣術師範だったのに、大成した弟子たちが俺を放ってくれない件~  作者: 佐賀崎しげる
第十章

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第289話 片田舎のおっさん、相談する

「――っていう話をフィッセルから聞いたんだけど」

「ほぉーん」


 魔術師学院剣魔法科の講義を終えて。俺は今、ルーシーの居座る学院長室にお邪魔していた。

 まあ居るかどうかは半分賭けだったけれどね。彼女は魔法師団長と魔術師学院長を兼任しており、更に自宅でも研究に勤しんでいるということで、普通に忙しい。俺みたいに一日一つのお勤めをこなせば終わり、というわけにはいかない立場の人間だ。

 そんな人間が私情たっぷりに西方都市ヴェスパタくんだりまで足を運んでいたのも、これもまた普通に考えればおかしい話なのだが。今となってはそれを蒸し返すのも野暮だろう。


 というか、ルーシーの反応があまりにも渋い。ありありと「そんなこと知らん」みたいな空気を醸し出している。いやアポイントメントもなく学院長室に突っ込んだ俺が悪いと言われればそれまでなんだけれども。

 

「どうなの、魔法師団長様の見解としては」

「見解も何も、その通りじゃろ。お主に対する魔力の影響はとっくに抜けておるよ」


 でも別に気にしない。だって相手がルーシーだから。

 フィッセルを疑っているわけではないけれど、より見識の深そうな相手が居るのなら聞いておくに越したことはない。それくらいの軽い気持ちであらましを伝えたものの、返ってきた言葉は実にあっさりしたものであった。

 いやまあ、予想通りと言えば予想通りではある。なんとなく分からん、を放置しておくのが心情的にちょっと引っかかっただけで、ルーシーに聞いたのは念のためという気持ちが強い。


「そっか、ありがとう」


 しかしまあなんだ。

 念のために、とかなんとなく、とか。そんな軽い感情で彼女に話を聞いておくかと思える辺り、俺の中では結構気心の知れた人物と呼べなくはないのかもしれない。

 実際、ルーシーに対する遠慮ってほとんどないんだよな。勿論無理難題を吹っかけるつもりはないけれど、俺の中でかなり雑に扱っていい枠に入ってしまっている。まあこいつも俺を雑に扱うからどっちもどっちというやつだ。

 アリューシアやスレナが相手だと、なんだか師として年長者として振舞わなければならない、みたいな気持ちがちょっと出てくる。でもルーシーにはないからね、そんなもんは。


「ちなみに聞くんだけどさ。魔力の影響が抜けた後でも、本人の身体に変化が残ることってあるのかな」


 ただ一方で、多忙なルーシーを捕まえられる機会ってやつはそれなりに貴重だ。なのでこの際気になったことは全部聞いておくことにする。

 こと魔法のことに関して、俺は彼女以上の有識者を知らないし、少なくともこのレベリス王国内には存在しないだろうから。


「これまでの前例が皆無、とまでは言わんが……極めて稀かつ、再現性はない。更に劇的な変化も少ない。そんなものがあればとっくに何かしらの研究が進んでおるし、第一わしが放っておかん」

「そりゃそうだよねえ……」


 誰かに魔力を行使した影響が、恒常的に残る現象。ルーシーも絶対にないとまでは言わないまでも、まあ頻繁に起こってたまるかという話は尤もでもある。

 言う通りそんなもんがあれば皆こぞって研究するだろうし、この世の中にはもっと超人が溢れかえっていていいはずだ。結論、そんな甘い話は転がっていない、ということだね。


「さっきの話を聞く限りじゃと……目のことか?」

「まあ、ね」


 身体の不調が魔力の影響ではなかったとして。じゃあ突如として予知めいた絵が垣間見えたのは何故だという話。

 これがなー。魔力の影響で俺の目が更なる力に覚醒した、とかならなー。俺もまだロマンを感じることがあったかもしれないんだけどなー。これもまた、甘い話はないということなんだろう。


「わしの見立てでも、お主に魔力の残滓はない。フィスが感じたのは魔術師としての素養もあるが、剣士としての勘、みたいなもんじゃろうな。それは恐らく、お主も経験があろう」

「うん」


 ルーシーは純粋な魔術師だ。剣術の心得なんてこれっぽっちも持ち合わせていない。それは突如吹っかけられた戦いが切っ掛けだったとはいえ、俺にだって分かること。

 けれど、彼女の言わんとしていることは分かる。俺にも、普段の雰囲気と何かが違う、何かが変わった、みたいな感覚を他人に持つことはある。そしてそれは、立ち合いの時が多い。

 大体そういうのは気の持ちようが変わったり、不退転の覚悟を腹に決めた者が放つ類のもの。殺気と言い換えてもいいかもしれない。それらを肌で感じることは稀にだが存在する。


 剣士に限らず、近接術で戦う人間が感じるものが殺気や雰囲気。魔術師が感じるものが魔力ということなのだろう。フィッセルはその両方の素質を高いレベルで持ち合わせているから、俺の微細な変化を感じ取ったのかもしれないね。


「とはいえ、じゃ。影響が微塵もなかったと断ずるのも早計やもしれんな」

「というと……?」


 じゃあこれで話はおしまいかと思っていたところ。ルーシーが少しばかり片眉をあげて話を続ける。

 特段観察しているつもりはないけれど、彼女は話題を転換したり己の興味のある領域に話が及んだ時、眉が跳ねる癖がある。ルーシーのことだから、それが無意識下の癖なのか、あえてやっているのかは分からないが。


「特に強化魔法や回復魔法を行使された時にありがちじゃが……以前より身体の調子が良くなった、のような報告例は割とある。まあ、そのほとんどは身体の凝りが軽くなっただとか、寝つきが良くなっただとか、そういう類のもんじゃが」

「でもそれって、回復魔法を受けたんだからそういうものじゃないの?」

「基本はな。しかし回復魔法で不眠は治らん。疼痛で眠れんかったというなら話は別じゃがの」

「ふーむ……」


 論理は全く分からないが、興味はひく話だ。

 別段俺に、身体の調子が良くなった自覚はない。大怪我を治された後はむしろ、その違和感を取り除く方に必死だった。それらが落ち着いた今も、身体が昔より動くようになった、みたいな感覚は皆無だ。流石にそこのズレがあればすぐに気付く。


 ただし。身体の調子自体は変わらなくとも、目に何らかの影響が残った可能性がある、ということか。

 でもそれにしたって、以前より視力が良くなったわけでもない。動体視力だって変わらないはず。これも身体の調子と同様、今までとの違いがあれば日常生活上ではともかくとして、模擬戦などを行えばすぐに分かる。そしてヴェスパーとの立ち合い中、その類の違和感はなかった。


「繰り返すが、お主に魔力はない。その年で目覚めぬのなら、魔法を使えるようになることは一生ないじゃろう。しかし、わしの回復魔法が何かしらの影響を及ぼした可能性……これを否定はしきれん、といったところか」

「なるほどねえ……」


 結局として、ルーシーの導き出した結論はフィッセルのものと大差ない。俺に魔力はないし、今後も生えてくることはないだろう。別にそれ自体は期待していたわけじゃないから問題ない。

 まあこればっかりは仕方がないと、落ち着かせるしかなさそうだな。変化してもしていなくても、それを結果として受け止めるしかないわけだ。

 となると、やっぱり単純な老いの可能性がちょっと残ってしまう。うーん、出来ればもうちょっと現役を続けたいところだが、これもまた、嘆いていても仕方がない現実である。


 結局物事ってやつは、収まるところにしか収まらない。

 俺がヴェスパーに敗れた過去。こいつはもう消しようがないので、その原因が一時的な不調なのか、何かしらの影響なのか、ただの老化なのか。それは根気よく、俺自身の手で探っていくしかなさそうであった。


「あるいは……血か」

「血ぃ?」


 話が一段落ついたと思わせておいて、ルーシーが追加の言葉を放った。

 血。まあ血筋とか血統とか、恐らくそういう文脈かな。でも俺にどこそこの高貴な血が流れているとかそんな話は聞いたことがないし、おやじ殿もお袋もそんなわけはないだろう。いや別に直接聞いたこともないんだが。


「こう言ってはなんじゃが、お主ももう下り坂じゃろ?」

「うっ……まあ、それは否定しないけどさ……」


 どんな話が続くのかと思ったら、いきなりお前もうトシだろみたいなことを言い始めた。うるさいよ、これでも自覚は持ってんだよ。


「先程の前例じゃが。大規模な回復魔法や強化魔法を施された後に、成熟した肉体が覚醒する事案は歴史上ゼロではない。ただしそういうものは大抵、ご先祖の才能やら才覚やらが絡んでおる」

「あー……なるほどねえ……」


 本人に流れているはずの才能。それが魔術をきっかけに開化した。言われてみると、まああり得なくはなさそうだな、という話にはなる。

 俺の目の良さはどちらかと言えばお袋譲りだが、それでもこんなバカげた力をお袋が持っているわけじゃない。せいぜい山の天気が分かるくらいで。


 ……いや、そもそもそれが才能か? それが何かしら変化して違う形で俺に引き継がれていて、ルーシーの回復魔法を受けて発現した、とか。

 うーん。仮説として立たなくはないんだろうけれど、当てずっぽうすぎるな。根拠が薄すぎる気もする。


「……あり得るのはお袋くらいかなあ?」

「ほぉ? 初耳じゃな」

「そりゃ言ってないからね」


 ルーシーに俺の家族のことを話す理由も機会もびた一文なかったからね。彼女が初耳なのは仕方がない。


 しかし才能、血筋かあ。仮にその可能性を考慮するにしても、じゃあ結局どうすりゃいいんだ、という悩みの本質は変わらないのが困りどころであった。

 結局こいつは、俺のあずかり知らぬところで突如として働きだした。何かに裏付けされたものであろうがただの偶然であろうが、いきなり現れた変化であることには違いない。それも今のところ、一概に良いものだとは言えないのも困る。だって俺はこの目に戸惑ってヴェスパーに不覚を取ったわけで。


 仮にお袋の血から得た能力だったとしても、お袋に戦う力はない。それは断言出来る。どうすればいいか、なんて質問を携えてお袋に聞きに行っても恐らく無駄足だ。それこそ「知らん」で終わるだろう。

 まあ結局のところ、俺個人が頑張って解明していくべき類の現象なのだろうな。この決断を他人に委ねるわけにもいかないし、俺自身の目と感覚で見極めていくしかないってことだね。


「まあよい。しかしお主、そんなことをわざわざ聞きに来たのか」

「別にいいじゃないか。気になるといえば気になることだったし」


 今度こそ話が一段落し、ルーシーが紅茶を優雅に飲みながら一言。

 でも言った通り、気になったから聞きに来た以外の返答が出来ないんだよなこっちは。彼女の仕事を邪魔したのならそれは謝るべきところだけどさ。


「……あ、そうだ。ついでにもう一つ聞いておきたいんだけど」

「なんじゃ?」

「剣魔法科の臨時講師についてだけど。いつまで続ければいいのか、ちょっと気になっていてね」


 ついでと言ってしまうとやや表現が悪いが、思い出したことを聞いておく。フィッセルと話をしている時にも感じた、この役職の期限みたいなやつについてだ。

 先ほども剣魔法科の講義を見終わったところだが、正直俺に出来ることは、成長した皆と剣を交えるくらいしかない。剣魔法について教えられる技術と知識が俺に備わってなさすぎる。

 で、当初の主目的だったフィッセルの育成という面でも、おおよその目処はついた状態である。一応この件に関しての雇い主は実質的に彼女なので、今後のプランについて伺いを立てておくのも不思議ではないだろう。


「ふむ。飽きたか?」

「いやいや、そういうんじゃないよ。剣を教えること自体は楽しいさ」

「ならよいではないか」

「えぇ……?」


 今度は少々投げやりな溜息とともに、彼女は紅茶を一口含んだ。マジで俺に対する扱いが雑過ぎるだろ。それで助かっている面もあるから強くは言わないけれども。


「そもそも、お主は非常勤じゃ。報酬も出来高となっておる。お主が講義に参加した回数もフィスが記録しておる。なんの問題もなかろう?」

「まあ、それはそうなんだけどさ……」


 ルーシーが並べ立てた理屈に、俺は頷きを返すことしか出来なかった。

 そうなんだよなあ。俺と魔術師学院との契約では、剣魔法科の講義をこなした回数に応じて報酬が決まっていて、期限も定められていない。都度相談みたいな形になっている。

 なので俺がはっきりとした意思を持って「辞める」と伝えるか、ルーシーやフィッセル、あるいは生徒たちから不要の烙印を押されるまでは居ていいということだ。


「相変わらずみみっちいというか、つまらんことを気にする性質じゃな、お主」

「それはルーシーが細かいことを気にしてないだけじゃないか」

「そうじゃが? 上に立つ者は大局を見るべきであって、下の仔細にいちいち首は突っ込まん。無論、現場からの声があれば聞くがの」

「あ、そう……」


 ルーシーは「つまらんことを気にするな」という。事実、彼女の立場からすればそうかもしれない。

 しかし俺にとってはつまらんことではないのだ。それなり以上の給金を貰っている以上、今のままでいいのかという確認は都度しておくべきだと考えている。

 まあここら辺はどっちが良い悪いじゃなくて、考え方と捉え方の違いだろうな。別にそのつもりはないが、やっぱり俺は上に立つ人間じゃないなとつくづく思うよ。


「……ん? それなら俺の意見は現場の声ってやつじゃないの?」

「じゃーから一応聞いてやったんじゃ。そして問題ないと判断した。問題あるか?」

「あぁ、はい……ない、かな……」

「納得したならよい」


 なんだかうまいこと言いくるめられている気がしないでもない。が、彼女の理屈に対し、俺の頭では反論が浮かばない。ということは、それでいいということになる。


「お主、もう少し上に立つ者としての自覚と視座を持った方がよいぞ」

「あのね。俺は剣を教える人間ではあるけれど、政の上に立つつもりはないよ」


 上に立つ者の自覚と視座。そりゃないよりはあった方がいいだろうことは分かる。

 けれど肝心の俺にその心積もりがない。アリューシアもそこまで祭り上げるようなことはしないはずだ。仮にそうなったとしても、流石に拒否する。

 これが王命とかならまた話は変わってくるんだろうが、サラキア王太子妃の、俺に兵を率いさせる案も断れたわけだし、そんな無茶な話もそうそうあるまい。


「お主が組織を率いるのに向いておらん性分なのは分かっておる。しかし、そうも言っておれん状況に追いやられたらどうする。わしにそのつもりは今のところないが、考慮はしておくべきじゃろ」

「今のところって……勘弁してほしいな、それは」


 様々な将来を見据えて考えておけ、という言論自体は分かるよ。そりゃ御尤もだと思う。

 でも俺に言わせれば、将来魔力に目覚めるかもしれないから魔法の勉強もしておけ、と言われるのと同等くらいには詮無いことのように映る。

 剣の道を導く教育者として精進していかなければいけないのは当然。ただし、その心意気と組織の上に立つ者の心構えを学ぶことはイコールではない。


 アリューシアやヘンブリッツ君から、そういうものを学ぼうという意識はある。あるが、それは俺自身が剣を教えるだけでなく、特別指南役として恥ずかしい姿を見せないようにという意味合いが強い。決して政治家や領主になりたいわけじゃないのだ。


「……ま、その辺りはそれこそなるようにしかならん、か。しかしまあ、そうじゃな……ひとまずお主の中で区切りを設けておくのは悪いことではなかろう」

「区切りか……」


 やや脱線しかけた話を、ルーシーが戻す。

 区切りかあ。確かにそれは悪くない案かもしれん。この剣魔法科の臨時講師は実質的に無期限だ。だらだら続けるつもりはないにせよ、どこかに仮目標を設置することは妥当な考え方だろう。


「差し当たって、ミュイが卒業するまでは続ける。どうじゃ?」

「……うん、そうだね。それがいい」


 彼女はまるで、最初から答えが分かっていたかのように淀みなく提案を告げた。

 ――悪くない。ミュイが剣魔法科の講義を修了し、学院を卒業するまでは続ける。そこから先は改めて考える。

 妥当……というか、それ以上の最適な期限の切り方が、俺の頭では導き出せないくらいであった。


「うむ。ではそのようにするがよい」

「ああ、ありがとう」


 ルーシーは最後にそれだけ言うと紅茶を含み、視線を落とした。つまり俺からの話題がこれ以上なければ、彼女からの言葉はもうないということ。

 俺も今聞きたいことはこれで全部かな。追々出てきたらまた聞きに行くんだろうけれど、差し当たっての疑問は解消されたと考えていい。


「それじゃ、邪魔したね」

「まったくじゃ。次はもっとマシな話を持ってこい」

「はは、悪いね。性根が田舎のおじさんなもので」


 最後にルーシーからお小言を頂戴して席を立つ。

 マシな話っつってもなあ。俺から出せる話題なんてごくごく庶民的なものでしかない。まあそこも含めて、もっと視座を高く持てという忠言なのだろう。彼女の希望がいつ叶うかなんて、俺には知ったことではないがね。

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