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片田舎のおっさん、剣聖になる ~ただの田舎の剣術師範だったのに、大成した弟子たちが俺を放ってくれない件~  作者: 佐賀崎しげる
第十章

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第283話 片田舎のおっさん、定める

「――ふしっ!」


 夜空が淡い星の瞬きを残す他、明かりが乏しいバルトレーンの夜。もうちょっと賑わっている通りに出れば酒場や宿場等の輝きも見つかれど、ルーシーから譲り受けた家はそれらの喧騒からはやや離れた位置。

 そんな空の下、随分と静まり返った時間に、俺は自宅の庭で剣を振っている。


「ふぅ……」


 大体数十回は振ったかな。じんわりと汗が滲んできたところで一旦小休止。人に教える時は素振りの回数もしっかり数えるもんだけど、自分で振る分にはそういう縛りがなく、無心で振れるのがいいところだ。

 昼間の不注意で切ってしまった指も、剣の柄を握る分には違和感がない。その感触を確かめるために出てきたんだが、ちょっと興が乗ったというか、当初の予定よりは少々やり込んでしまった、という形である。


 どうせ明日になればまた騎士団庁舎の修練場に行って剣を振ることにはなるんだけれど、あっちで振るのは専ら木剣だからな。

 流石にこの赫々の剣を屋内で振り回すわけにもいかん。なので真剣の感触というか、そういうものはなるべく早めにかつ、人目に付かず事故も起こらない場所で確かめる必要があった。


 故の自宅の庭である。

 改めて考えると、狭いが庭付きという立地条件はかなりありがたい。素振りをするくらいならまったく問題がないし、剣士と素振りはどれだけ技術が円熟しても切り離せないものだからだ。

 剣を振ってもいい場所を探したり、そこまで赴くのは絶妙に面倒くさい。そもそも宿暮らしだとそれも出来なかったわけで、やっぱり自宅っていいなあと、変な感想も思い浮かぶというものであった。


 ちなみにミュイはもう寝ています。学院の授業は朝早くからあるからね。

 それに彼女にはまだ、よく食べてよく寝て心身の成長を促す時間が必要だ。うじうじ考えながらあれやこれやと悩むのは、もうちょっと大人になってからでいいと勝手に思っている。

 勿論、見える景色が広がるとそれに伴って新たな悩みも見えてくる。ただそれはその悩みにぶち当たった時に周りの大人も含めて考えればいい話であって、それまでは真っ直ぐ生きればいいのだ。そこから先、悩みの壁をぶち壊すか迂回するかは本人の気質次第ではあるけれど。


「……はあ」


 なんだか剣を振るのを止めた途端、様々な思考が脳裏を過る。やっぱり何か一つのことに集中していると雑念は自ずと消えるもので、そういう意味でも素振りは有用だね。

 考えるのは、先般の激闘でもあったイド・インヴィシウス戦。ルーシーやアリューシアの力添えを受けて、ようやく撃破出来た難敵。


 俺とスレナだけであれを相手に勝利をもぎ取れたかは、正直なところかなり怪しい。最終的に防御の薄い部分を見破ってぶち抜けたのはいいにしても、魔力による隠蔽術を俺とスレナでは見抜けなかった。

 つまり、純粋な剣士ではそもそも勝負の土台に立てなかったことを意味する。ルーシーの看破があったからこそなんとか勝負に持ち込めただけで、逃げるならまだしも勝ちを拾うのは至難の業だ。


「勝ちはしたが……まあ悔しいよな」


 誰に聞かせるでもなく、小さな呟きが漏れる。

 そう、やっぱり悔しいのだ。剣の実力で劣っているならまだ分かる。もっと精進せねばと強く感じる。

 得物の性能差で負けたのなら、その差を覆すほどの力を身につけてやるだとか、もっといい剣を探し当てようとかになる。


 しかし。そもそも魔法の素養がないと勝負の土台に立てなかったというのは、悔しい。

 俺がやってきたことが無駄だとは決して思わないけれど、一介の剣士ではどうにもならない壁があるという事実自体が、これまで歩んできた軌跡を何となく曇らせている。

 多分これは、傲慢というやつなのだろう。それくらいは分かっているつもりだ。もともと剣一本で何事も解決出来るなんて考えてもいない。


 剣士には剣士の、魔術師には魔術師の領分がある。それらが時に交じり合うことはあれど、どっちでもいいにはならない。少なくとも、現段階では。

 ただ未来図を考えてみても、剣士側がその壁を取り払うのは恐らくかなり難しい。一方、魔術師側が取り払うのは出来るだろう。というかフィッセルが既にその一端を担っている。


 でもそれで、はい分かりました、と素直に頷けないのが剣士の大変に悪いところ。性根が悪いとはまた違うが、なんというか諦めが悪すぎる。こと剣がぶつかる壁に限って言えば、そんなもんぶち破ってやるわい、と憤ってしまうのが剣士という悪い生き物なのだ。

 俺と、少なくともスレナはそう感じているはず。だってあの時、魔力による武器強化を解いたのは俺とスレナだから。状況が許せばアリューシアだって解いたかもしれない。


 そういう剣の道を歩む上での精神的な同志が居ることは嬉しいが、一方で無理なもんは無理なのである。やる気だけで物事が解決すればこんな悩みを持つこと自体がないからね。


「……」


 とはいえ。剣士が魔術師に勝てる可能性は残っている。

 その根拠が、ロノ・アンブロシアの核を斬り落とした一幕だ。

 あの核は、ルーシーでも破壊が出来ないから封印していると言っていた。つまり魔術師ではなく剣士でないと破れない壁の一つであるともいえる。

 あの時はそもそも、ゼノ・グレイブル製のロングソード自体が凄まじかったから、と結論付けたものだが、今ではやや違う感想を持っている。

 俺の力と赫々の剣の力が合わさったからこそ、斬れたのではないかと。


「自惚れだ……とは、思いたくないよな」


 呟きと同時、拳を軽く握る。

 当時の感触は未だ手に残っている。脱力からの一閃。恐らくあれは、俺の剣士人生の中でも上から数えた方が遥かに早い上出来の一振りだった。

 あの感覚が常に再現出来たのなら、イド・インヴィシウスももう少し楽に斬れたかもしれない。


 これはただの願望か、欲か。それとも現実的に再現可能な未来なのか。イド・インヴィシウスやロノ・アンブロシアがまだ健在なら試すことも出来たのだろうが、流石にそれを望むのは無理筋というもの。

 というか、あんなもんがぽこじゃか現れていたら人類の危機待ったなしだ。流石にそこまで破滅的な思考はしていないと思いたい。


「試したいけど、試す相手が居ないってのも難しいねえ……」


 いくらか死線を潜った結果と言えばいいのか。イド・インヴィシウス戦を経て、一層感覚が鋭敏になった気がしている。まあこれは普通に勘違いかもしれないけどさ。

 ただ一つ言えるのは、仮に二十年前の俺がこの剣を持っていたとして。恐らく俺は、ロノ・アンブロシアの核を斬れなかった。今ならそう考えることが出来る。きっと理もそこそこに、速く力強い剣閃のみを求めて、正確に刃を通せなかったに違いない。

 自身の技量が上がったと喜ぶことは出来るけれど、その技量が上がれば上がるほど、実感を得る相手に苦労する……というのは今までぶつからなかった悩みである。


 そう考えると決して賛同はしないが、ルーシーの辻斬りに近い行動原理にも一定の理解が及ぶのが怖いな。彼女は魔術の研鑽と研究の毎日で、成長の実感を得るのは大切だと語っていた。

 そこには同意する。成長の実感は大事だ。けれどその実感を得るためになんでもかんでも喧嘩を吹っかけていいわけではない。

 しかし、そうしたいという欲求自体は理解出来る。出来るようになってしまった。


「ふぅー……怖いね」


 一息吐いて、心を落ち着かせる。

 かなり危険な思想に及びかけている自覚がある。どこかのラインで倫理観を保たねばならない。

 仮に俺が天涯孤独の身で、剣だけを求道する人間なら百歩譲ってそれでもよかった。だが俺には今、レベリオ騎士団の特別指南役としての肩書があり、過去道場で教えてきた弟子たちに対する、先達としての務めがあり、ミュイの後見人となった責任がある。いたずらに危機を増大させるわけにはいかん。


「アリューシアやスレナに頼んでみるかな……」


 そうなると、技量的に成長を実感出来る相手と打ち合うのが、諸々を考えて一番無難な落としどころだろうか。

 手合わせ自体は問題ないと思う。スレナはちょっと予定を聞かないと分からないが、アリューシアは同じ組織だし大丈夫だろう。

 逆の立場で考えれば、アリューシアやスレナから手合わせを申し出られることとなる。


「……変わったなあ」


 そう考えると、今の俺なら即決かつ喜んで頷いちゃうな。是非やろうと言ってもなんらおかしくない。少し前の俺の感覚からは考えられなかったことだ。

 それだけ武に対する欲求が出てきた……いや、戻ってきたと言うべきか。ちょっと気付くのが遅すぎるきらいはあるにしても、気付かないよりは遥かにマシな変化だと思うことにする。


 後はこの欲求が変な方向に向かわないよう、改めて気を付けねばならない。

 過去のジョシュアじゃないが、強者こそを殺めたがる悪癖を持つなんてまっぴらごめんだ。そんな非道に堕ちてしまうようなことがあれば、いっそ誰かに介錯を頼みたいくらいである。仮にそうなってしまったとすれば、それはもう俺個人の感情では止まらないところまで来てしまっているだろうから。


 まあそんな危険思想は一先ず封印しておくとして。

 剣の道への飽くなき欲求が再び返り咲いた今、当座の目標というやつはそろそろ定めておかなければならない。今まではおやじ殿の背中だったんだけれど、それはいつの間にか追い越してしまっていた。


 今まではおやじ殿の歩みを抜いてしまったことで、それがずっとふわふわしていた。棚上げしていたともいう。

 とりあえず俺の剣で解決するようなことは全部解決してやるということと、誰が相手でも黒星は喫したくないという大変にふんわりしたモノしかない。というかそんな目標は武の道を選んだ以上とてもありふれたもので、同時に極めて実現が難しい夢物語。

 後は騎士団の皆や学院の剣魔法科の子たちを正しく導けるように、という目標もあるにはあるが、これも曲がりなりにも指南役、そして教育者としては極めて妥当な目標であるようにも思う。


「そうだなあ……」


 夜とはいえ随分と気温が下がらなくなって、素振りを終えた後もなかなか引かない汗に気を取られつつも考える。

 ちょっとこれは違う観点での閃きが必要かもしれん。せっかく剣士と魔術師について考えたんだ、その線から攻めてみるのもアリだろう。


「――うん、ひとまずはこれで行くかな」


 別に俺は大量殺人鬼になりたいわけじゃない。そもそも人を傷付けなければ達成出来ない目標ははなからナシだ。となると自分一人でというか、内向的に達成出来る目標が一番良いと考えられる。まあそれが一番難しいんだが。


 でも決めた。

 俺に魔法の素養はない。魔術は分からん。魔力の流れも見えないし、操作も出来ない。

 だから、それ以外は全部見えるようになろう。武の道を歩む際に見るべきものはすべて。剣筋も呼吸も間合いも気配もなんもかんもひっくるめて、とにかく物理的に見えないもの以外は全部だ。


 当然ながら達成出来るかどうかはまた別の話ね。そもそも俺の剣で解決出来ないこともあると思うし、いつかどこかで誰かには負けるだろう。ただ目標ってやつは、とりあえず設定したところまでは行けるだろ、みたいな低過ぎる場所に設けるものではない。

 でもまあ、折角おやじ殿とお袋からこの目を分け与えてもらったんだ。それを精一杯活かせる目標を新たに掲げることは、別にそこまで不自然じゃないと思う。


「魔力は見えないから……それ以外を全部見る、か。うん、悪くない。……かなり難しそうだけど」


 言ったそばからアレだが、これ割と厳しめの目標じゃないか? いけるのか? いやまあ決めた以上は頑張るけれどもさ。

 とはいえ、これから一生不敗を目指すとか、俺の剣で世の中をすべて綺麗にしてやるぜなんて絵空事よりは、まだ地に足の付いた方ではあるか。ダメだったらダメだったでまた別の目標を立てればいいか。


「――よし! 寝るかな」


 さて、そういうわけで当面の目標が新たに定まったことだし、俺もそろそろ眠りにつくとしよう。良い感じに身体も動かせたしよく眠れそうだ。ミュイの明日は早いが、俺の明日も早いからね。

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― 新着の感想 ―
人生の中でも上から数えた方が遥かに早い上出来の一振り。この表現好きだわぁ、
「それ以外すべて見るのは、それが見えるのと同義」 って呪術の所の剣豪と同じ結論に至ったのか・・・
新章に向けて、剣士としての当面の生きる目標が設定できた。 ついでに人生設計もしようよ、ベリルさん。
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