第28話 片田舎のおっさん、遭遇する
「ポルタッ!!」
叫び、駆け出す。
一瞬だけ見えたが、あの質量はどう見間違えても小型種のそれではない。スピードも半端ではなかった。何とかポルタが無事であることを祈りたいが……。
「お前たちは洞窟の中に居ろ!」
同様の事態を目撃したスレナが、残ったニドリーとサリカッツに待機を指示し、俺に並走する。
出口はすぐそこだ。走ればあっという間に外に出る。
新人の二人は何が起こったかよく分かっていない様子で、それぞれ驚愕と呆然に反応が別れていた。
俺だってこんなの予測はしていなかったけどさあ! だが駆け出しの冒険者にこんな特大のイレギュラーに対応しろというのは酷である。
本来なら、サリカッツの魔装具が反応を見せてもいい場面。
だが、彼も洞窟の最奥に達したことで警戒を解いたのだろうな。無理もない話だ、ポルタやニドリーより上とは言っても、彼はまだシルバーランク。
こんなシーンを予測して警戒しろ、という方が無理筋だろう。
「ッ!」
緑豊かな大地に飛び出した先。
待っていたのは、強靭な四肢と雄大な翼を持つ、尾を含めて体長はゆうに五、六メートルは越そうかと言う、一体の大型種だった。
その容貌に、思い当たる名はひとつ。
「……グリフォンか!」
思わず、そのモンスターの名を叫んだ。
グリフォン。
鳥獣型の一種で、大型種に分類されるモンスターだ。
特別な能力こそ持ち得ていないが、強大さと俊敏さを併せ持つ体躯、強靭な四肢、硬質な嘴を備えた姿はただそれだけで人間にとって十二分に脅威である。
だが、生息域としては山岳地帯が主と聞いている。森林の奥深くに出てくるなんて話は聞いたことがない。
それに、普通のグリフォンは白い体毛を持っているはずだ。
スレナのような、というと失礼かもしれないが、こんな灼熱を思わせる紅色のグリフォンについては、見たことはおろか耳にしたこともなかった。
「ゴォアアアアアッ!!」
新たな脅威、または餌がやってきたと見たか。
紅いグリフォンがその嘴を大きく開き、咆える。
――刹那。
グリフォンの体躯が風を纏い、舞った。
「……っくおぉっ!?」
突然の突進に、反射で対応する。
迫り来る嘴に剣を添え、手首を身体ごと捻って何とか衝撃を外に逃がせた。
――あっぶねえ! こいつこのデカさで何て速さしてやがる!
抜剣していなかったら防げなかったであろう一撃だ。正面からぶち当たっては俺が吹っ飛ぶだけなので、剣先で衝撃をいなすしかなかった。
手がじんじんと痛む。体当たり一発だけでこの衝撃だ。よしんば凌ぎ続けられたとしても、俺の身体と得物がどこまで耐えられるかも分からなくなってきたぞ。
「そうだ、ポルタ……!」
グリフォンの一撃を躱し、視線を飛ばす。
視線の先では十メートルは吹っ飛ばされたであろうポルタが、ぐったりと近場の木に身を寄せていた。
……微かにだが、動いている。
よかった、死んではいないようだ。
だが、このままではどちらにせよ危うい。
「先生! こいつはただのグリフォンじゃない! 個体名、ゼノ・グレイブル! 特別討伐指定個体だ!」
「特別討伐指定個体だって!?」
グリフォンから視線は外さず、スレナの言葉に応える。
マジかよ。俺の手に負える相手じゃないと思うんですけど。
特別討伐指定個体。
俺も噂を耳にしたことはある。冒険者ギルドや騎士団と言った組織がモンスターの個体に呼び名と報奨金を付け、注意喚起を行うとともに討伐を推奨している個体のことだ。
通常、モンスターは種でまとめて呼称される。ゴブリンは全部ゴブリンだし、グリフォンは全部グリフォンなのだ。
だが、突然変異なのか何が原因なのかは分からないが、時折普通の範疇には収まらないぶっ飛んだヤツが出てくる。
それが特別討伐指定個体。
共通しているのは、通常の種に比べて大きく、そして強いこと。
そうでなければ、特別討伐指定個体なんて大層な呼称は付かない。
つまり、今眼前に居るこいつはそれだけの大物ということだ。
くそったれめ、真剣に帰りたくなってきたぞ。
「ガロロロロ……!」
紅いグリフォン――ゼノ・グレイブルが威嚇らしき声を挙げる。
どうやら、先程の体当たりで俺を仕留められなかったことが奴の逆鱗に触れた模様。そんな怒られましても。俺のような卑小な人間は、お前らデカブツと渡り合うために技術を研鑽してきたんだぞ。いやでもこれは流石に想定外だが。
「小型種が妙に少なかったのはこいつの仕業か……!」
スレナが吐き捨てながら双剣を構える。
逃走……は、難しいだろうな。
機動力で言えば確実にゼノ・グレイブルが上だ。更に重傷者を背負ってとなれば、逃げ切るのは不可能だろう。
かと言って、じゃあすぐに撃破出来る相手かと問われればそれも難しい。
あのサイズだ、多少斬り付けたところで行動不能まで追い込めるとは思えない。相当の手数を浴びせなきゃ厳しい。
それに、見るからに硬そうな体毛と四肢。通常の刃が果たして通るのかどうかすら疑問が残る。
更に、悠長に時間をかけてもいられない。このままだとポルタが死ぬ。
多分、この場でまともに動けるのは俺とスレナの二人だけだ。ニドリーとサリカッツを頭数に数えるのは流石に無謀が過ぎる。
「……スレナ。ポーションは持っているかい」
奇妙な静寂が場を包む中、油断なく剣を構えて一言。
ここは誰かがゼノ・グレイブルを足止めし、その間にポルタを救出、治療。そして改めて逃走するか戦うかを決める。これが多分最善だ。
そしてその役目は、自動的に俺かスレナかのどちらかになる。
「……あります。魔法製が二つ」
よし。流石はブラックランク。一番効果の高いポーションを持っている。
余程でなければこれで一命を取り留めることは出来るはずだ。
「分かった。……頼む」
視線はゼノ・グレイブルから外さず、左手を空けてスレナへと突き出す。きっと目を逸らした途端に攻撃が来る。それくらいの空気は俺でも読めた。
――ここはスレナに時間を稼いで貰って、俺がポルタを助ける。
実力を考えれば、それが最善手だ。間違いない。
「! ……分かりました。お願いします!」
すべてを言わずとも、スレナならきっと察せられる。
そしてその期待を、彼女は違わず受け取った。
パアンッ!
俺の左手が打ち叩かれ、小気味良い音がアザラミアの森に響く。
――うん? あれ? ポーションは?
「私がポルタを助けます! 先生はその間、ゼノ・グレイブルを!」
ち、違ァあああう!!
そうじゃない! そっちじゃない! 逆だよ逆ゥ! 誰がタッチしろっつったよ! 完全にコミュニケーションを誤ったぞこれぇ!
「ゴルゥアアアアッ!」
駆け出したスレナには何故か目もくれず、完全に俺を標的と定めたゼノ・グレイブルが再度、突撃の構えを見せる。
「……くそったれめ!」
眼前に、ゼノ・グレイブルの大きな爪が、迫っていた。
ぱーふぇくとこみゅにけーしょん。




