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片田舎のおっさん、剣聖になる ~ただの田舎の剣術師範だったのに、大成した弟子たちが俺を放ってくれない件~  作者: 佐賀崎しげる
第九章

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第278話 片田舎のおっさん、帰還する

「おう、お疲れさん」

「いや、本当に疲れた……」


 気が抜けて腰を落とした俺に向けて、ルーシーが労いの一言をかけてくれた。

 まあ再三になるけれど本当に疲れたよ今回は。肉体的にも勿論そうだし、一度手痛い敗北を喫した相手に再び挑むというのは、精神的にもかなりきつい。

 とはいえ、戦いの後半に差し掛かるとそんな思いはほとんどなかったんだから、我ながら現金なもんであった。


「……やった、のか……」

「ああ。俺たちの……いや、君の勝ちだ。スレナ」


 最後にとどめの一撃どころかとどめの猛連撃を仕掛けたスレナ。一息こそついたものの息が上がっている様子はなく。この光景だけを見ても、彼女が並外れたスタミナを持っていることが分かる。

 同じことをやれと言われても俺には無理だ。斬っている最中に絶対息切れする。これは俺の歳は関係なく、単純に天性の差。そして、修め、磨いてきた剣術の差でもある。


 胸元をぐちゃぐちゃに切り刻まれたイド・インヴィシウスは動く気配を見せない。ここから起き上がってきたら流石にお手上げだが、ルーシーも死んだと宣言していたし心配はないだろう。

 ただこの場には、勝利の雄叫びなんて俗なものはなくて。イド・インヴィシウスの気配が死んでひと際静まり返ったアフラタ山脈の中腹を、奇妙な空気が緩やかに包んでいた。


 うーん。なんだろうな。確かに「勝ったぞー!」なんて気勢を上げる感じでもない。そもそも俺個人にはそんな元気もないんだけども。

 何というか、おやじ殿との立ち合いを制した時と同じような雰囲気を感じるね。

 勝ったには勝った。ルーシーの魔力という補助があったといえど、金星には違いない。けれどそれを喧伝したり勝鬨を挙げたりというのは、どうにも憚られる。そんな感覚。


 それは俺個人だけでなく、少なくとも今この場に居る人間には共通している感覚のようだった。

 まあなんか、激戦を潜り抜けたのは間違いないんだけれど、勝ちの喜びより危機を退けた安堵の方が大きいというかね。なんとも説明の難しい感覚だ。


「ジョシュアとミスティも、ありがとう。よく合わせてくれたね」

「いえ。戦いの場でそれが出来なければ、剣士は務まりませんよ」

「ジョシュア様にご活躍頂くための活路――自ずと見えるというものです」


 俺とスレナにアリューシアとルーシーが加わった。それだけでも勝てはしただろうが、二人の存在が後押しとなったのは事実。改めて礼を述べると、それぞれからそれぞれの矜持を感じられる答えが返ってきた。

 確かに、一瞬の攻防が生死を別ける戦いの場において、その判断が付かないやつから死んでいく世界だ。それはジョシュアの言う通りで、それが出来るからこそ生き延びているともいえる。


「しかしまあ、わしとしては若干拍子抜けといったところかのぉ」

「あ、そう……」


 特に偉ぶるでもなく、ごく普通の感想として言葉が漏れ出た様子のルーシーに、言い返す気力も湧かなかった。

 本当にこいつは見えている世界が俺たちと違い過ぎる。これは個人がどうこうより、剣士と魔術師の見方と言った方が正しいのかもしれない。


 ルーシーほどの傑物を今すぐ生み出すのは難しいにしても。彼女ほどの力を、もし人類の標準値まで引きずり下ろすことが出来れば。

 きっと世界は平和になるだろうし、平和になった分、その力を利用した新たな争いが生まれるんだろうな。まあ少なくとも、魔物の存在に怯える可能性が減るだろうことは歓迎してもいいのかもしれないが。

 少なくとも、イド・インヴィシウスのような化け物相手に剣士だけで挑むのは、かなりの無理筋である。こいつはこいつで異常値だとしても、人間で対処不能な相手は、減れば減るほど基本的には良いことのはずだしな。


「そういえば、こいつの技を児戯って言ってたけど……」

「ああ、それか。まあお主らからすれば、難攻不落な要素には違いないじゃろうがの」


 状況が落ち着いて思い出されるのは、ルーシーとイド・インヴィシウスの邂逅時。ルーシーはイド・インヴィシウスの隠蔽術を一言、児戯と切って捨てた。

 俺たちからすれば異様としか言い様がないあの技を、ルーシーから見るとまるで違うという。戦闘中に気にすることではないにせよ、一段落ついた今、その発言の真意が気になるという感情は捨てきれなかった。


「部分的にならわしでも再現出来るぞ。ほれ」

「ん? ……うおっ!?」


 そんな俺の疑問を解消するかのように、彼女は右手を前に翳す。問題は、その右手が徐々に見えなくなったことにあった。

 いや、消えとるわ。すげえな魔術って。魔術師の全員がこれを出来るとまでは言わないが、そりゃこんな技術が確立されたら剣士なんぞ要らなくなるかもしれん。今すぐってことではないにしろ、将来的な剣士の立ち位置ってやつがまっこと不安になってきたよ俺は。


「ふぅ……。これ結構疲れるんじゃよ。動きながら全身を隠す、という意味ではわしでも無理じゃ。ただそのためには膨大な魔力を常に消費せざるを得ず、魔力の流れ自体は見えるのでな。魔術師に対しては勿論、魔力を操れる魔物にとってもほぼ無意味な技じゃろう」

「へぇーー……」


 数秒間そうした後、ルーシーは一息吐いてその魔術を解いた。

 彼女をして、僅か数秒の行使で「疲れる」とまで言わしめる魔術。それを常に発動しながら全身に巡らせるというのはなるほど、人間のキャパシティでは極めて不可能に近そうだ。

 感心する一方、イド・インヴィシウスが妙にビビりであった理由もそこにありそうだな、という予想もつく。


 魔力が見える相手には無意味。その相手は人間に限らない。

 というか俺が聞いた限りで世界の魔法事情を鑑みるに、人間よりも魔力を扱える魔物の方が多いんだと思う。ルーシー自身が過去、世界に溢れる魔法のうち、魔術として解明、再現出来たものは全体の一割にも満たないという話をしていた。


 だからこそイド・インヴィシウスは、魔力が見える相手かどうかを慎重に見極め、自身の技を看破出来ない敵のみを相手取っていたのだろう。そう考えれば、やつがビビりである説明は一応つくからな。

 まあ既にぶっ殺してしまったし、生きていても対話が出来るわけではないので、真相は闇の中だが。


「しかし。こやつの持つ膨大な魔力の源というやつは大変に興味をそそる。さて、どうやって持ち帰ったものか……」

「これ持って帰る気でいたんだ……」

「当然じゃ。何のためにわしがこんなところまで足を運んだと思うておる」

「そっかぁ……」


 そこはポーズでもなんでもいいから俺やスレナを助けるためだと言いなさいよ、とも思ったが、まあルーシーらしい言葉ではある。

 それにまだここにはジョシュアとミスティが居るからな。事情を深く知らない人間に、要らぬ情報を与える必要もないといわれれば、一応の理屈は通る。


「それなら、ギルドから回収班を編成してもらうのがいいだろう。……リサンデラ、君が報告ついでに向かうといい。現場の保全は私とミスティが担当しよう」

「それは、助かるが……いいのか?」

「私とミスティは特段消耗していない。数日は持つさ。それに、レベリス王国のお偉様方に恩を売っておくのも悪くない……ということだね」


 ルーシーが零した悩みに、ジョシュアが反応した。

 回収班。確かゼノ・グレイブルを倒した時もそういうものが編成されるというのはニダスから聞いたことがある。今回も大物を仕留めたことには違いないから、その素材は色々と活用の道があるんだろうな。

 ゼノ・グレイブルとの戦闘後、スレナは本来なら誰かが残るべきだったが、新人の怪我人も居たため帰還を優先したと言っていた。


 だが今回は違う。ここに居るのは戦闘のプロフェッショナルばかりであり、目立った負傷者も居ない。強いて言えばスレナが手傷を負ったまま参戦しているが、その彼女を下げれば済む話だ。

 それにジョシュアも、冒険者としてはトップオブトップのブラックランク。数日は持つという言葉に嘘はないだろう。そこを見誤るようでは上に登れない。


「とか言いながら、素材をちょろまかしたりせんじゃろうな?」

「しないさ。これだけ目撃者が居る中でそんなことをすれば、私の行く先は闇の中しかない」

「……ま、それもそうじゃな。それじゃ、ありがたく甘えさせてもらうとするかのー。ほれ、帰るぞ」


 確認も兼ねた短い問答を終え、ルーシーがさっさと踵を返す。

 いやまあ、やることとその割り振りは決まったし後は帰るだけではあるんだが、本当にあっさりしているな、こいつは。


「……ジョシュア、今回は助かった。ありがとうね」

「いえ。……ベリルさんも、ご健勝なようで何よりです。いずれ、また」

「……ああ」


 戦闘が一段落した今。彼と交わす言葉には、少し迷いがある。

 ただし、彼とミスティの働きが大きな手助けとなったのは事実。その点について改めて礼を述べれば、実に畏まった言葉が返ってきた。

 彼の精神が、あの時からどうのような変遷を辿って形作られたのかは分からない。破門にした身で心配をするのもおかしな話ではあるのだろうが、やはり一時とはいえ、剣を教えた相手には違いないのだ。気になるのは当然ともいえよう。


 ただまあ、それを今この場であれやこれや詰問するのも違う。ジョシュア自身がいずれと言っているように、またいつか再会する日が来るかもしれない。

 もしそれが、戦いの場以外での再会であったなら、穏やかに言葉を交わせるタイミングも自ずとやってくるだろう。今はその可能性に賭けるしかない、か。


「よし、じゃあ早速帰ってギルドに報告だね」

「……ええ、しばらくはまた、忙しなくなりそうです」

「確かにね。でも、暇を持て余すよりはいくらかマシだろう」

「それもそうですね」


 別段後ろに予定が詰まっているわけではないが、それは俺だけだ。アリューシアもルーシーも無茶を通してこの場に居るし、スレナもこれからやるべきことがある。

 ジョシュアが現場の保持を申し出た以上、それを断る理由もまたなく。今俺たちがやるべきことは早急にヴェスパタへ戻り、状況を報告することにあった。


「……アリューシア?」

「ああ、いえ。なんでもありません。戻りましょうか」

「うん、なんでもないならいいんだけど……帰ろうか」

「はい」


 戦闘中はしっかり動いていたアリューシア。しかしジョシュアとミスティのペアと遭遇してから、彼女はこうして考える素振りを見せるシーンが多い。

 いやまあ、俺なんかでは思いつかない諸々の事情ってやつもあるんだと思うけれどね。

 レベリオ騎士団の団長が、単独で来ていい場所じゃないからなここは。ジョシュアたちが言いふらすとも考えにくいが、俺たち以外と遭遇するのは多分、計画の範囲外ではあったのだろう。


「……あ、そうだ。スレナ」

「はい?」


 ジョシュアたちと別れ、ヴェスパタへの帰路へ就く。

 無論、アフラタ山脈全体の危険度が下がったわけではないものの、イド・インヴィシウスを仕留めた時点でこの周辺の最大脅威は排除されたのと同然である。油断は良くないが、雑談くらいは普通に出来る。そんな感じであった。

 その流れで、スレナに伝えておこうと思ったことがある。


「諸々が落ち着いたら、また家に立ち寄ってほしい。ミュイが心配していたから」

「っ! ……そうですか。分かりました。近いうちにまた、お邪魔します」

「うん、いつでも来てくれ」


 それはミュイが、スレナのことを心配していたということ。

 人として当然の感情ではある。見知った人が危機に陥った可能性があるとなれば、感情の濃淡はあれど心配はするだろう。

 とはいえ、ミュイとスレナが直接会話を交わしたのは二、三度だ。親交の度合いで言えば、魔術師学院の学友の方が遥かに長く、濃い時間を過ごしている。


 それでもミュイはしっかりスレナを友好のある個人と認識し、心配するようになった。俺が彼女を助けるために無理筋を通して遠征することに、文句の一つも言わず。

 いやまあ流石に、彼女の心を甘く見積もりすぎじゃないかという気持ちもあるけれどね。でも心配していたのは事実だし、無事に元気な顔の一つでも見せて安心させてやってほしいと思うのも、親心としては無視出来ないものであった。


「先生の……家に……?」

「フッ、なんだシトラス。何か文句でもあるのか?」

「……いえ、なんでもありません……」

「別にアリューシアも遊びに来ていいんだよ……?」


 そんな会話をしていたら、アリューシアがちょっとよくない空気を醸し始めた。

 気を抜きすぎだと言われるかもしれないが、これでもしっかり周囲への警戒は怠っていない。誰だってガチガチに緊張するより、適度に気を抜いた方が動きも良くなるというものだ。


「めんどっちぃのーお主らは……」

「ははは……」


 やり取りを耳に入れながら、ルーシーが溜め息を零す。俺も苦笑を返すくらいしか出来なかった。

 まあ、大物を仕留めた後としてはいまいち締まらない、という意見だとしたら賛成ではあるけれどね。

 でも、それでいいのだ。そもそもそれを言い出したらルーシー本人だってそうである。こいつの場合は防性魔法を張り続けていれば、別に問題ないという特性はあるにしても。


「ああ、そうでした。リサンデラ」

「なんだシトラス」


 穏やかとまでは言い切れないものの、さりとて棘があるわけでもなく。言うなればいつも通りの空気でヴェスパタへの帰路を進む中。アリューシアがふと思い出したかのように言葉を紡いだ。


「修練が足りませんね。まあ、五体満足でよかったんじゃないですか」

「……ふん、そうだな」


 繰り出された言葉は、一見するとやや冷たい。しかし、この言葉がある種の意趣返しであり、そして二人の確かな信頼が垣間見えるものであることを、俺は知っている。

 スレナはスレナで鼻を鳴らしはしたが、そこまで不平を言いたそうな表情ではなかった。


 アリューシアとスレナの二人は、世間一般にいう仲良しという表現は少々似合わない。けれどそこにはしっかりと縁があり、絆がある。そんな関係は中々望んでも手に入らないもので、まったく悪いことではないとも思う。

 二人とも俺の大切な人には変わりないからね。こうやって各々が思う適度な距離感で、末永く切磋琢磨してほしいものだね。


「お小言はその辺りにしておいて、まずは帰還しよう。凱旋……とはいかないけれどね」


 俺もそうだし、アリューシアとルーシーも私用という体でぶっこんできている以上、これを喧伝するのは少し外聞が悪い。なので勝利の凱旋、というわけにはいかないだろう。

 ただ、共に戦った者たちが分かっていればそれでよいのだ。富……は人並みに欲しいけれど、別に名声を欲しているわけじゃないからね俺は。


「ええ。……先生。込み入った事情はあったにせよ、ご一緒出来て光栄でした」

「とんでもない。君の無事と活躍をこの目で見れただけで、俺は大満足だよ」


 それに。

 スレナの無事と活躍を見れただけで、言った通り俺は大満足だ。それ以上を望めばバチが当たるってもんだろう。

 俺は、俺の手が届く範囲が幸せであれば基本的にそれでいい。世界の平和を願っているのは嘘じゃないが、それが俺の手中に収まるかと問われると無理だ。だから高望みはしない。


 逆に、俺の手が届く範囲であれば、それは壊したくないと思うのだ。

 今回は、それが叶った。それが最良。それ以上は存在しない。無理を通した甲斐もあるというやつだな。


 さて、後は無事に帰るだけ。ここまで来て最後が締まらないと、ちょっと恰好が付かなさすぎる。

 満足感は抱きつつ、さりとて浮かれ過ぎないように。焦らず急いで、ちゃっちゃと帰還と報告を済ませるとしよう。まあ報告主はスレナなんだけどさ。

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― 新着の感想 ―
ジョシュアさんはベリル先生に破門されていたんですね。何があったのでしょうか。 アリューシアは、ジョシュア・ミスティに対して何か知っていることがあるのでしょうか?
アリューシアが何かジョシュア達二人に対して疑問があるのかな?? あの様子だと素材は多分ルーシーたちには戻ってこなそうだね アリューシアは何かしらこの二人に対して思い当たる事があるんだと思う。
次章はどんな話かな?
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