第27話 片田舎のおっさん、見届ける
「でりゃああああッ!」
「グギャッ!」
静かだった洞窟に、怒号が響き渡る。
洞窟の壁に剣をぶち当てないよう、丁寧に振りかぶったポルタの剣が、ゴブリンの一匹を綺麗に両断していた。
「ほう、いい太刀筋だね」
思わず感想が零れる。
前が必死に戦闘しているのに、後ろで呑気に構えているってのはどうにも落ち着かない。だが、それが仕事でもあるからそうするしかない。
なので、彼らの振るう剣に着目してみることにした。
「閉所であることをよく理解しているな」
どうやら隣のスレナも同じことを感じたらしい。
ブロンズランクの平均が分からないから何とも言えないが、あのポルタという子、筋は悪くないように感じる。
ショートソードは、ロングソードと並んで平均的な武器だ。
切れ味こそ武器の質に依存するし目立った特徴はないが、長さや重さも丁度良く、初心者から熟練者まで幅広く扱われる武器である。
比較的どのような状況にも柔軟に対応出来る優れた武器。しかしどんな武器であっても、得手不得手は存在する。
ロングソードやショートソードの場合……長剣全般に言えることだが、このような閉所では取り回しに気を付けねばならない。壁や天井にぶつけてしまうからだ。
「……ッ!」
「ガ……ギャ……」
ポルタが切り裂いたゴブリンとはまた違う個体が、横から忍び寄ったサリカッツのダガーによって絶命する。
こういう狭い所ではショートソードやロングソード、ブロードソードのような長剣よりは、ダガーのような短剣、またはレイピアのような刺突武器の方が扱い易い。
勿論ダガーなどはその分威力に欠けるし、防御も難しいんだが。
その点、サリカッツは自身の得物の特性をよく理解しているように思える。
決して正面からは渡り合わず、横から隙を突く構えを徹底していた。
「てや……あぅっ!?」
「ギャッギャッ!」
あーらら、言わんこっちゃない。
焦りもあるのだろう、ニドリーが大きく横に薙いだショートソードだが、洞窟の壁に引っかかり跳ね返ってしまう。
それを好機と見たか、ゴブリンが手に持つ棍棒を構えた。
一撃で致命傷、とまではいかないと思うが……ここは動くべきだろうか。
「ニドリー!! サリカッツ、頼む!」
「うん……!」
おっと、これは手出し無用かな?
二匹目のゴブリンを片付けたポルタがいち早くニドリーの危機に気付く。
今の状況をざっくり言えば、ポルタとニドリーがそれぞれ前衛としてゴブリンの相手をし、サリカッツがその間を行き来しながら上手くフォローしている感じだ。
残るゴブリンは三匹。
一匹をポルタが相手を、一匹をニドリーが。そしてもう一匹が状況を見て、ニドリーへ更なる攻撃を加えるために移動しようとしているところ。
さて、ここは一番身軽なサリカッツ君の頑張りどころだぞ。
なんだか子供の成長を見守る親になった気分だな。
「……このっ……!」
「グギッ!?」
どうやらダガーの殺傷能力では止められないと判断したか、サリカッツはニドリーに棍棒を振り上げているゴブリンに対し体当たりを敢行。
突然斜め後ろから衝撃を受けたゴブリンは、振り上げた棍棒そのままにもんどりうって倒れ込む。
「ニ、ニドリー……!」
「は、はい!」
その隙を突いて、ニドリーがすかさず倒れたゴブリンへトドメを刺す。
これで残るは二匹。
ただでさえ単純な力では人間に劣るゴブリンだ。数の優勢がなくなった今、彼らの勝ちは揺るがないだろう。
大きな慢心、または油断がなければこのまま勝利を収めることが出来るはず。そして彼らは、この場でそんな失態を犯してしまうようなチームとは思えない。
「……終わりそうだね。スレナはどう見る?」
「ブロンズにしては上出来でしょう。特にポルタはよく見えています」
「うん、彼はいい動きをしていると俺も思うよ」
互いに感想を交えながら、掃討戦に移行した前の三人を見る。
ニドリーも先程の失態からしっかり気を持ち直したようで、今は元気にゴブリンを切り刻んでいた。うむ、元気なのは好いことだ。
「……そ、掃討、完了……進みます……」
六匹のゴブリンを無事にとは言えないが、ほぼ無傷で倒した三人。
シーカー役のサリカッツが全ゴブリンの息の根が絶えたことを確認し、今回の戦闘は終了となる。
だが、これはまだ研修のワンシーンでしかない。
このダンジョン全体を掃討するのが今回のミッションだ。
見た目ただの洞窟だけどね。
「そう言えば、ここはよく使われるのかい?」
歩きを再開させてから、ふと気になった疑問をスレナにぶつける。
と言うのも、魔法の力が掛かっている遺跡などであればまだしも、ここはどう見たって普通の洞窟だ。
過去に使っていたのであればここのモンスターは既に退治されていなければおかしい。そうでないなら初見の洞窟にビギナーを寄越したことになってしまう。
「……ここは環境もあって、しばらく放置しておくと小型種が棲みつくんです。他にもそういう場所はありますよ。定期的に新人の研修に使われています」
「なるほどねえ……」
モンスターの分布を知りつつも徹底的に管理下に置かない理由はそれか。
体のいい研修場所としてこのアザラミアの森も使われているということだろう。
いやあ、田舎に引きこもっていると出てこない発想だな。
冒険者ギルドらしいと言えばいいのか。
確かに訓練場で剣を振るうだけでは、実戦の経験値は貯まらない。だが、冒険のぼの字も知らないようなヒヨっ子たちを未知の最前線へ送り込むわけにもいかない。それでは徒に死亡者を増やすだけだ。
行きついた答えが、小型種の棲みつきやすい場所へ定期的に監督を付けて新人を送り出す、といったシステムの構築ということか。
都会の人は色々考えるなあ。おじさん感心。
その後。
最初の戦闘を含み、トータルでゴブリン十二匹、ビッグバット四匹、ケイヴワーム二匹を掃討したところで洞窟の最奥に到達。
今回の研修は無事終了となった。
「さて、後は帰るだけか。俺たちの出番がなくて良かったよ」
「……そうですね、それは喜ばしいことです」
流石にゴブリン程度に後れを取るつもりはないが、誰かを守りながらの戦闘ってのはやっぱり緊張するからね。模擬戦では決して味わえない、そして出来ることなら味わいたくない感覚である。
「……スレナ? どうかしたかい?」
ふと気になって問いかける。
どうも彼女、先程から反応が悪い。
心ここにあらず、って程じゃないが、ずっと何かを考えている様子だ。
「いえ……明らかに、数が少ないんです」
「と、言うと?」
慎重に、言葉を選びながら言葉を発するスレナ。
「この場所はしばらく使われていません。洞窟内に居たゴブリンも少なかったですし、アザラミアの森に入ってからも襲撃はありませんでした。……普通なら、もう少し獣なりモンスターなりが居るはずなんです」
「ふむ……」
うーん、確かにこれだけの規模の森、そしてその中におあつらえ向きにある洞窟、というシチュエーション。考えてみればもう少しモンスターが居てもよさそうなものだが。
まあ、考えても分からんものは分からん。
今回はたまたま数が少なかった、と結論付けておくしかあるまい。
「リサンデラさん! ガーデナントさん! 外ですよ!」
「ああ、分かった分かった。すぐ行くよ」
研修を無事終えて高揚しているのだろう、ポルタが元気よく洞窟の終わりを指し示しながら声を挙げる。
外に近付くにつれ、新鮮な空気が頬を撫ぜるのが分かる。
ずっとじめじめした閉所に居たから、外の空気が気持ちいい。
ポルタは我先にと外に向かい、呑気に伸びをしている。
まあまだ日は高いだろうし、帰りは森林浴のつもりでリフレッシュして――
――待てよ。
体感では、まだ日の入は遠い。今日は天気も良かったから、いくら森林地帯とは言えこの暗さはおかしくないか。
そして、僅かに流れる歪な風。
俺の五感が、微かな違和感を強烈に感じ取っていた。
――何かが、上に居る!
「ポルタ!! 伏せろッ!!」
叫ぶと同時、俺は駆け出していた。
その声に驚いて、スレナが俺の方へ視線を向けるのと。
何故か薄暗い洞窟の出口に大きな影が落ちるのと。
出口付近に居たポルタが何かに弾き飛ばされ、視界の外に消えていくのはほぼ同時だった。




