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第265話 片田舎のおっさん、方針を固める

「消えるのかぁ……それは厳しいな……」

「はい……」


 道すがら考えていた絵空事だと思っていたら、本当にそれに近いモノが現れるとはね。こういう後ろ向きな予想というか考え方って、しない方がいいんだろうか。思わずそんなことにまで思考が及んでしまうよ。


「しかし、それはどうして分かったんだい」


 とはいえ、ここで立ち止まってはいられない。差し当たって、俺よりも確実にそいつの情報を持っているであろうスレナには聞きたいことが結構ある。

 まず第一に、相手が消える前提だとしよう。しかし何故、スレナがそれを知っているのかが気になった。

 相手が消えるなら当然、視認出来ないはずだ。だって、ずっと消えっぱなしで居りゃいいんだから。だがスレナは相手が消えることを知っている。つまりその能力の境目を見たことがある、という予測が立つ。そこから条件などが絞り込めればいいのだが。


「攻撃が触れる瞬間だけは姿を現すしかないようです。それがどういう理屈なのかまでは分かりませんが……」

「ふむ……」


 カラクリまでは分からないが、どうやら攻撃の瞬間だけは姿を現すらしい。

 まあそれを前提として戦略を組み立てるにしても、正直かなり厳しい。仮に、攻撃と同時に殺気が出てくるのであれば対処はほぼ不可能だ。人間の域を超越した反応速度が必要になる。流石に俺もそこまでの領域には達していない。スレナも同様だろう。


「気配は?」

「多少、漏れます。故に、ここまでなんとか生き残っているともいえますが」

「なるほどね」


 逆説的に相手にその芸当が出来るのなら、スレナは死んでいた。つまりそうじゃないから彼女はなんとか生き残っている。

 とはいえ、攻撃を受ける直前まで姿も気配も分からないってのは厳しいことに変わりはない。スレナが反応出来たということは、俺もめちゃくちゃ頑張れば一発二発くらいは躱せると思うが。


 ただそこからの反撃がなあ。ちょっと現状の話を聞く限りでは、通せる気がしない。躱すことに集中し切っていると、反撃まで手が回らないのが正直なところであった。

 あとやっぱり、俺が直接相対していないという事実は大きい。想像だけで相手を測るのには当然限界がある。まあ、相まみえたと思った次の瞬間には死んでいる可能性だってあるんだから、難しい話ではあるけれど。


「ッ! ……増援が来たのか?」

「……安静にしていろ。軽傷とはいえ、満足に動ける状況じゃないことは変わらない」

「安静にして助かるならそうするがな。……そうでもないだろ」


 これからの動き方をどうするべきか悩んでいたところ。洞穴の奥から声が響いた。

 声色的には男性。若者ってわけじゃないだろう。スレナのミッションに同行出来るくらいだから、そこそこ以上に年季の入った、しかしピークが過ぎ去っているわけでもない年齢あたりか。

 そんな彼は、現状を正しく、そしてやや悲観的に捉えていた。まあ楽観的な思考に囚われたりパニックに陥るよりは余程良い。まさしく経験を積んだベテランといった様相であった。


「あんたのことは知らないが……ここまで来れるなら素人じゃねえだろ。動けるならさっさとこいつを連れて逃げてくれ」

「しかしそれではお前たちが……!」

「俺らの命なんて安いもん……とまでは言わねえがな。それでもブラックランクに比べりゃ、正しく安い命だよ」

「……!」


 やり取りを聞きながら、考える。

 非情な見方だが、スレナの命の価値は高い。それは俺の個人的な感情でもそうだし、世間的な意味でもそうなる。冒険者の最高位に位置するブラックランクの命をこの場で散らせるには、あまりにも惜しい。

 ただし、その犠牲を強いる方法をスレナは良しとしない。彼らの命がまだ紡がれているのは彼女の働きが大きいだろうが、逆に言えばスレナがここを離脱すれば、彼らが助かる見込みはほぼゼロだ。


 彼は、それでいいと思っている。スレナの命が助かるのなら。

 他方、スレナはそう思っていない。犠牲者を出してしまうことを、相当嫌っている。まあ普通に考えれば、彼女の考え方の方が妥当ではある。


 すでに探索役の一人は死んだと聞いた。今喋っていない方の重傷者も、恐らくこのままでは長くない。

 ならば少しでも助かる可能性の高いスレナを、俺という増援の力を借りて逃がすのが最良には見える。最高の結果では決してないが、この場で出せる最良の案。

 その判断を下せるのは、恐らく俺か。別に彼らの指揮権を持っているわけじゃないけれど、状況的に一番満足に動けるのは俺だろう。俺がどう動くかによって、彼らもそれを指針とせざるを得ない。そんな状況に思えた。


「先生、他の増援は……!」

「……正直、難しい。俺がこの場に来れたのも、あらゆる手続きを端折って個人で来ていることになっているからだ」

「……」


 俺が来れるなら他の人も来れるはず。その予測は正しい。正しいが、それは立場ある者たちが正規の手続きを踏むことが出来れば、あるいはそれら全てを無視出来ればという前提があってこそ。

 現状維持が可能な前提ではあるものの、俺がこの情報を持ち帰って更なる増援を呼ぶのが最適解には近い。けれども、それをするには俺が個人で動いたことの釈明と、情報を基に正規の救援隊を呼ぶまでの時間を許容出来ればという話になる。


 後はギルドが用意するといっていた捜索隊がどこまで足を延ばせるかだが、この広大なアフラタ山脈ではやや難しいだろう。

 俺がスレナと合流出来たのは、偏に運が良かったからだ。たまたま当たりのくじを引き続けることが出来た、ただそれだけ。その幸運を他人にも望むのは、流石に都合が良すぎる。

 つまり、捜索隊を勘定に入れない方がいい。そりゃあ来てくれる分にはありがたいけれどね。


 最速で下山して、情報を伝え、それらが承認され、正規の部隊がやってくるまでに一体何日かかる? その間に彼女たちが無事であり続ける保証なんて、どこにもない。その間にスレナや今話をしている彼はともかくとして、重傷者の一人は間に合わない可能性だって十分にある。


「……ちなみに聞くけれど」

「はい」

「そいつが現れる条件ってやつは、分かるかい」

「……巣に近付いた時と、テリトリーを抜けようとした時は確実に襲われます。その分、中で縮こまっている分にはあまり手を出してきません。これも慎重なのか、臆病なのか……」

「入ってくる分には監視に留める、と」

「恐らくは。戦力分析に徹しているのだろうと予測しています」

「なるほどね……」


 縄張りに侵入した者に誰彼構わず襲い掛かっていたのでは、万が一相手の方が強かった時に自分が死ぬ羽目になる。それは御免だということだろうな。本当に慎重というか臆病というか。スレナが苦戦するレベルのモンスターにしては、やっぱり珍しくはある習性だ。

 ただ、中で縮こまっている分には襲われないという言には若干の疑問が残る。そんなことをしていたら、そもそもテリトリーの維持が出来ない。喰われる心配がないのなら、ここまで他の気配はなくならないはず。


 つまり姿を消せるそいつは、慎重に入念にテリトリーを侵すモノの存在を見極め、そして勝てそうだと十分に判断した後に襲ってくる。完全に勝てそうにないなら見逃すし、あるいは多少勝ち負けが怪しい程度の相手であれば、逃がすくらいなら殺す。

 そんな行動指針を持っているのかなと、何となく想像出来た。


「……」


 さて。

 そのモンスターから俺を見た時。完全に勝てそうにないからこいつは見逃そう、となるだろうか。確実に言い切れるが、ならない。

 スレナが襲われるくらいだから、わざわざ俺を見逃す理由はないだろう。登山中に襲われなかったのも、そいつが俺の戦力分析を行っていたと考えればまあ、一応の理屈は立つ。


「……よし。失礼、君はまだ動けるんだね?」

「ああ、一応な。……ピスケス・クレイトンだ。プラチナムランクの冒険者をやってる」

「おっと、すまない。ベリル・ガーデナントです。……一応、剣術で飯を食っている人間です」

「……深くは追及しねえよ。あらゆる手続きを端折ってきたんだろ?」

「ええ、まあ」


 普通に会話をしていたのに、冒険者の彼とは自己紹介すらしていなかったことに、恥ずかしながら今気付いた。いやまあ、そんな呑気なことをしている場合じゃないってのはその通りなんだけれども。

 で、挨拶の途中。俺の身分をここで明かして良いものかどうかは一瞬迷った。だって俺は言った通り、あらゆる正規の手続きを無視して個人で動いている。その情報が漏れてしまうのは、ちょっと避けたかった。


 まあ、遅かれ早かれとは思うけどね。ただ一応被った仮面と建前なのだから、俺から崩すのは躊躇われたという話だ。それに、剣術で飯を食っているのは事実だし、なんとか許して頂きたい。


「とりあえず、二人ともこれを。無駄にならなくてよかった」

「あ、ありがとうございます……!」


 どういう方針で行くにしろ、俺ともどもここで籠城はない。なので動く前提で話をする。

 ただその前に、持ってきたポーションや包帯といった医療品、そして食料を渡しておかなければ。スレナたちも当然持ってきてはいるだろうが、何日もこの洞穴で籠っていては補給なんて絶望的だろうからな。


「最高級品、とは言い難いけど。ないよりはマシだろう」

「正直、助かる。化膿でもしちまったら軽傷でもヤバいからな」

「それもそうだ」


 ポーション自体にめちゃくちゃな即効性があるわけではないが、何もないよりは遥かにマシだ。致命傷でもない限り、少なくとも悪化は防げる。

 そして、腹が減っては戦が出来ぬと何処かの誰かが言った通り、飢餓は最大の敵である。体力と精神力を恐ろしい速度で奪う魔物。生物である以上、この呪縛からは何人たりとも決して逃れられない。


 それらを一時的にでも解消することは、今後の未来に大きくかかわってくる。戦場では文字通り、体力と気力を失った者から斃れていくからな。その補給は絶対に途切れさせてはならない。


「……で、どうするつもりだ?」


 負傷部位にポーションをぶちまけ、手早く干し肉と水を掻っ込んだピスケスが今後の動き方を問うてくる。

 一つ考えはあるにはあるが、やはりそれには皆の理解と協力が必要だ。大いなる危険が伴う作戦でもあるから。


「ピスケス。君はもう一人の重傷者を抱えて走ることは出来るかな」

「出来ねえ、とは言わねえし言えねえな。キツいことに変わりはないが、それで生きて帰れるならやるさ」

「ありがとう」


 まず前提として、今生きている人間が全員生き残れる可能性がなければならない。そうでなければスレナが首を縦に振らない。なので、もう一人を見捨てるという案は今のところ採用はしない方針である。


「次にスレナ。……まだ戦えるね?」

「無論です。万全とは言いませんが、戦えないほどではありません。……先生、まさか」


 続いてスレナに確認を取る。先ほどの奇襲で大丈夫だと踏んでいたが、改めての確認はやっぱり大事だ。これから生死を分ける行動に出るなら尚のこと。

 そして俺がその確認を取ったことで、彼女の中で一つの推論が浮かんでいた。


「多分、予想通りだよ。ピスケスを守りつつ、俺とスレナで縄張りを強行突破する」

「!」


 スレナ一人では勝ちを拾うのは難しい。チームで動いていたのなら尚更だろう。

 そして、俺一人でも恐らく厳しい。極端な話、後ろから不意打ちでも食らったら一発で死ぬ自信がある。


 だが。俺とスレナの二人なら、多分いける。

 ついでにそいつを討伐しようなんて欲は出さない。あくまでスレナとピスケス、そしてピスケスの抱える重傷者と、勿論俺。全員が生きて帰ることがまず最優先。その目的達成には、ここで縮こまっていては決して届かない。


「襲われる可能性は高い。でも、ここで助けを待って助かる確率の方が多分、もっと低い」

「……分かりました。私も肚を決めます。先生と二人で駄目なら、諦めもつきます」

「巻き込むな、と言いたいところだが……リサンデラがそこまで信頼する使い手だ。あんたら二人で駄目なら、まあそういうことなんだろうよ」


 俺の言葉に、スレナとピスケスのそれぞれが覚悟を決めた。

 俺への絶対的な信頼。ちょっと前までは、そんなもん背負わせるなという気持ちの方が、正直大きかった。嬉しくもあるし面映くもあったけれど、無理だよって。


 でも今は違う。はっきり違ってきている。

 これはある日突然気持ちの切り替えが出来たとか、そういうものじゃない。もっと緩やかに、だけど確実に変わってきたものだ。

 この意思の灯は、もう消したくないと思う。きっと次にこれが消える時は、俺が死ぬ時だ。

 そしてそれは、今この時じゃない。


「よっ! ……こいつの名前はパウファード。俺らはパウって呼んでる。覚えておいてやってくれ」

「忘れないよ。皆で生きて帰った後に、改めて挨拶をしよう」

「ははっ! 是非そうしてくれ。……頼んだぜ」

「ああ」


 ピスケスが背負った重傷者。名をパウファードというらしい。

 言った通り、彼も含めて無事に麓まで送り届けて。元気になった後に改めて挨拶を交わしたいところだね。


「いつでも行けます、先生」

「分かった」


 包帯を巻きなおしたスレナが、竜双剣の抜き身でもって、準備完了の旨を告げる。

 今ここで俺が思うべきことは、このメンバーで無事にアフラタ山脈を抜けられるだろうか、という不安ではない。

 絶対にこのメンバーで生きて帰るんだという、強い意志。それを成すための力はある。

 たとえなかったとしても、あると信じて未来へ向かうのが人としての務めだ。しっかりとその意志を貫けるよう、奮起してみようじゃないか。

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― 新着の感想 ―
いや...いや?まぁ負傷者護衛込みならともかく、ソロでいる想像体が化け物のやべー剣士に手を出そうと、普通はならんよ、ちなみに
いやまずはその時の戦闘の状況を確認するのが先だろ。
この二人揃ってるなら襲われない可能性もワンチャン(笑) スレナが負傷状態だから厳しいか。 あるいは二人だけなら襲わんかもだけど、 消耗戦強いて残り二人だけでもとろうとするか?
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