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片田舎のおっさん、剣聖になる ~ただの田舎の剣術師範だったのに、大成した弟子たちが俺を放ってくれない件~  作者: 佐賀崎しげる
第九章

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第254話 片田舎のおっさん、肌で感じる

 ミュイと、手合わせをする。

 思えば今まで、機会がありそうでなかったことだ。俺は自宅でミュイに剣を教えているわけじゃないし、魔術師学院の講義だって毎回俺が顔を出せるわけでもない。

 そして剣や魔術の技量的にいえば、フィッセルの授業に初期から付いてきた五人の中ではどうしてもやや劣る。勿論、現時点での話ではあるが。俺基準で意見を述べるとするなら、最低限ルーマイト君くらいには剣術の下地がないと打ち合いは厳しい。


「フィッセル、俺はミュイと一結びしてもいいかな」

「勿論。遠慮なくボコボコにしてほしい」

「いやそこまではしないけどさ……」


 そう考えていたのだが、どうやらそれは杞憂だったらしい。これもある種の過保護と言えるのだろうか。念のためフィッセルに確認を取ってみても、特に反対はされなかった。まあ言った通りボコボコにはしないけれども。


 正直なところ、ミュイの現在の実力というものには非常に興味がある。見ているだけでもある程度進捗は分かるにせよ、やはり実際に打ち合った方がその精度は格段に高まる。

 室内には流石に剣を満足に振れるスペースがないし、学校を終えたプライベートの時間に、庭で剣を振ろうか、なんて誘うのもちょっと憚られる。家で過ごす時間くらいは、しっかりリラックスしてほしいからね。俺は彼女を剣術漬けにしたいわけではないのだ。


「……お願いします」

「うん、お願いします」


 フィッセルの許可も下りたので、向き合って一礼。

 俺の心は今、柄にもなくワクワクしている。なんだか弟子の進捗を確かめる立ち合いとはまた違った感覚があるな。

 血を分けていないとはいえ、彼女は俺の子である。そこへの興味度合いはやはり、他人とは一線を画すものなのかもしれない。


 無論負けるつもりは毛頭ないが、出来る限り彼女の剣筋を味わいたいな。こんな機会は恐らくそう訪れないだろうから。


「……はっ!」


 感慨もほどほどに、現実へ思考と視界を戻す。互いに距離を取った後、ミュイは息を吐くとそのまま突っ込んできた。

 うん、やはり俊敏性は低くない。パワーはこれからじっくり付けていくべきだろうけど、彼女の年齢と経験を考えれば、そこそこに鋭い踏み込みであった。


「ほっ」

「……ッ!」


 しかし俺から見れば、その程度の剣撃に当たってやれる理由はまだない。繰り出された突きを弾き、半歩横にずれてから袈裟斬りを見舞う。無論相応に加減はしたものだが、ミュイは素早い反応を見せて俺の木剣を防いだ。

 カキン、と。木剣どうしがぶつかり合う軽快な音が響く。これがヘンブリッツ君相手とかならガァン! って派手な音が鳴るんだけどね。そこまでの力をまだ未熟な彼女に振るうわけにはいかなかった。


「よっほっ」

「ぬぐ……ッ!」


 さて、今度はこっちからの反撃といこう。ミュイにとって手緩くはない、しかし見切るのが不可能ではない力と速度を考えながら木剣を振る。

 振り下ろした木剣を掬い上げて斬り上げ。その後腕を畳んで突き。手首を返して中段。割とスタンダードな攻め手ではあるものの、ミュイはしっかり食らい付いてきている。


 思えばシンディとの打ち合いでも、彼女はすばしっこく剣を躱していたな。シンディも手加減はしていなかったはずだから、同年代の剣筋が相手であればそこそこ対応出来るのかもしれない。

 となると、こっちも少しずつ負荷を上げていくべきか。とはいえこの加減を見誤ると、下手をしたら剣へのモチベーションが一気に崩れかねない。

 あからさまな手抜きではなく、場合に応じた適切な手加減。これが教える側としては結構難しい。あまりに難易度を下げると却って本人の成長を妨げてしまうし、逆にやり過ぎてしまうとやる気を削ぐ。


 しかし一方で、挫折を知らずに剣の道を歩めるわけがないのだ。それは恐らく、魔術だって同様だろう。常に先頭で生涯を走り抜けられる人間なんて、本当に一握りの天才だけだ。

 残念ながら、俺もミュイもその域には居ない。他方、その挫折をここではっきり味わわせるのもなんだか違う気がする。うーん、教育というものは実に難しい。


「……ふっ!」

「おっと」


 色々と考えながら剣を振るのは、あまりよくない。そう改めて感じたのは、俺の連撃を防ぎ切ったミュイが反攻の構えを見せた瞬間であった。

 いかん、思考に気を取られて必要以上に剣が鈍ったか。道場時代や騎士団庁舎で教えている時とはどうにも勝手が異なるね。ついつい考え込んでしまうよ。


「いい手だ。常に次を考えながら打ち込むんだ」

「……!」


 反撃に入ったミュイが見せたのは連撃。俺の中段を木剣の腹で受けた彼女は、意を決したように再び突っ込んでくる。間合いを制する突きの後更に踏み込み、左右の薙ぎ。振り方は大雑把だし下半身も付いてきているとは言い難いが、それでも身体が流れずに踏ん張れているのは立派である。

 ミュイは俺を一撃で仕留められるとは思っていない。だから続けざまに攻撃を繰り出している。その判断自体は正しいし嬉しい。上から目線になってしまうが、格上相手に尻込みしていても絶対に勝ちは拾えないからね。


「しゃっ!」

「そう。遠慮なくこい」


 左右の薙ぎをいなすと、間髪容れず今度は軌道を変えての振り下ろし。万が一俺に当たってしまったらどうしよう、なんていう遠慮など欠片も見当たらない、全力の振りだ。

 それも正しいし嬉しい。そこには配慮を超えた信頼が存在していると俺は考えている。意識的か無意識的かは知らないが、剣での立ち合いにおいて、その段階に思考が及んでいるのは剣士を育てる立場としては非常に感慨深いものがある。


 遠慮も配慮も要らない。俺には彼女が現時点で持ち得る、すべての技術と思いを受け止める覚悟と、そして力がある。

 その心意気が木剣を通じて、少しでも彼女に伝わっていることを切に願う。きっとこれは、いくら言葉を尽くしたって上手く伝わらない類のものだから。


「……ッ! つああぁっ!!」

「そうだ、攻め手を緩めるな!」


 ミュイの攻撃を防ぐ。躱す。いなす。

 俺は攻撃する時こそ相応の加減をするが、防御において手加減はしない。全力で防ぐ。無論、防ぎ方には気を付けるが。

 実力的な意味でも成長的な意味でも、俺はまだ彼女の攻撃に「当たってあげる」ことは出来ないからだ。それは曲がりなりにも、剣を教える先達としての道理に悖る。


「くっ……!」


 フィッセルの言う通り、ミュイは最低限打ち合えるレベルにまでその技術を押し上げられていた。フィッセルに教える才能が眠っていたのか、ミュイに剣の才能が眠っていたのかは分からない。

 どちらであっても、この一年弱という期間で剣を振るえるようになっているのは素晴らしい。叶うならこのまま順調な成長曲線を描いてほしいけれど、まあそればかりは神のみぞ知るといったところだろう。


 今は俺が受けることを主体に手合わせをしているが、とはいえミュイが持つ手札は現時点では少ない。あくまで基本の素振りとそこから派生するいくつかの連撃を習っただけで、駆け引きや技の引き出しという点でははっきりと未熟だ。


「……っせぇあっ!」

「うおっ!?」


 名残惜しいが、そろそろこの手合わせも終わらせる頃合いか。そう感じていた俺の思考を一気に塗り替えたのは、ミュイが起死回生の一手として差し出した剣。

 普通の袈裟斬りである。スピードもパワーもテクニックもまだまだ不十分。防ぐか躱すか、それともいなすか。終わらせるのであればこの辺りでがっちりと剣の勢いを殺し、俺の反撃に移ってもいいだろう。


 そう考えていた。彼女の木剣から炎が噴き出す、その瞬間までは。


「あぁあっ!」

「……とっとぉ!」


 まったく想定していなかった攻撃に対し、俺の反応が遅れる。なんとか躱せはしたものの、流石にそんな特大の隙を見逃すほどミュイは甘くなく。好機と見るや否や、更に回転を速めて斬りかかってきた。


 まさか剣魔法が使えるとはね! それは俺も考えに入れてなかったよ!


 いや、正確に言えば使えること自体は知っていた。俺も彼女の剣魔法を直接見たことがある。けれど、模擬戦の流れの中で発動させられるとは考えていなかったのである。

 ルーマイト君ですら、剣魔法を発動させるのに短くない溜めを要した。技量的に劣るミュイが、彼を超える滑らかさで魔法を出せるとは完全に予想外。

 ミュイの動きは、いい意味で変わっていない。溜めなんて俺の目から見てもなかった。つまり本当に隙なく発動させたことになる。素晴らしい素質だ。


 しかもそれがトリッキーな目くらまし的な要素ではなく、実戦に近い流れで繰り出せているのには舌を巻くばかり。

 凄まじい才能である。これを十分に伸ばすことが出来れば、彼女はとんでもない傑物に成長するだろう。その片鱗を僅かに、しかし確かに感じ取らせてもらった。


「しぃっ!」


 如何に未熟な剣技といえど、そこに炎が付随してくるのであれば随分と話は変わる。見る限り、フィッセルのように剣撃を飛ばすのではなく、木剣の軌跡をなぞるように炎が追随している形だな。

 つまり一拍遅れて二発目がやってくるのとほぼ同義で、更にそれは木剣で防ぐのが難しい攻撃である。

 うーむ、中々にいやらしい攻撃だ。斬られないだけマシともいえるが、それでも喜び勇んで火傷を背負いに行くのはちょっと遠慮したい。


「ふんっ!」

「う、わ……ッ!?」


 なので攻めるべきは一手目。炎が出てくる前のやつだ。

 振り被ったミュイの手元を、やや強めに弾く。勿論手に当ててはいない。彼女の踏み込みに合わせてこちらも前進して距離を潰し、鍔の付け根を狙って強めに押し込む。

 鍔迫り合いに発展する一歩手前な感じだな。ここで力が拮抗していたらそうなるんだけど、残念ながら現時点ではそうならない。流石に俺の膂力の方が大幅に上回るからだ。


「しっ!」


 当たり負けしたミュイは、剣と一緒に身体が泳ぐ。本気ではないにしろ、大の大人から繰り出された迎撃を十分に抑え込める力、あるいは躱す技術がまだ彼女にない。


「……!」


 そうして隙を晒した彼女の首元に、木剣を滑り込ませてお終い。

 短くも、非常に充実した時間だった。それは俺だけでなく、ミュイもそうであったと願いたい。


「……ありがとう、ございました」

「うん。ありがとうございました」


 俺の木剣が致命打になることくらいは彼女にだって分かる。故に勝敗が付いたと判断し、彼女は二、三歩下がって礼をとった。


「いやあ、凄いね。剣の技量も少しずつ上がってきているし、何より剣魔法が飛び出してくるとは思わなかったよ」

「……練習、してたし」

「いいことだ。無理はしなくていいけど、頑張れるところは頑張っていこう」

「……うす」


 このまま時間をかけて感想戦……といきたいところだが、俺が教える相手はミュイだけに限らないので、彼女にのみ時間を割くのはあまりよろしくない。なので手短に褒めるところだけ褒める。

 無論、動きの中に粗は沢山あったが、それは直ちに矯正すべき悪癖などの類ではなく、単純な経験不足からくる未熟だ。であれば、今ここで諫めるよりも褒めて伸ばす方を重視すべきだろう。


「でも剣魔法って、動きながら使うのは難しいんじゃなかったっけ」


 次いで、疑問に感じたことを投げておく。これはミュイに向けてというのもあるが、どちらかと言えばフィッセルに答えてもらいたい類の内容であった。

 授業の最初に魔力錬成なんてことをやっていたくらいだから、動きながら魔力を練るのは普通なら難しい。しかしミュイが放ったものには溜めがなく、苦戦しているという感覚はなかった。これは先ほどまでの講義内容とはやや矛盾する結果でもある。


「炎だけは出せるから」

「ミュイは魔力の変換が下手。だけど炎だけは抜群にうまい。でもそれ以外が壊滅的に下手」

「うぐ……っ」

「そ、そう……」


 ミュイの遠慮がちな答えとフィッセルの辛辣な回答が被る。

 そういえばちょっと前にも、フィッセルは彼女の魔力の使い方をボコボコに評していたな。流石に心配になって、ルーシー先生の教えを願ったのも今では懐かしい記憶である。


 思えば、ミュイと初めての邂逅を果たしたあの時。いや要するに財布をスられた時なんだけれども。

 あの時も、ミュイは炎を出す時は別に気張ったりしていなかった。本当に腕を掴んだ後、自然な流れで炎の目くらましを食らったのだ。予想外だったというのもあるが、何かをしてくるぞと構える隙間もなかったから俺もあそこまで面喰った。


 つまり、先天的なものか後天的に身に付いたかは分からずとも、彼女には魔力を炎に変換する素質がある。それも、極めて優れていると言えるレベルの。

 それ以外も是非頑張ってほしいところではあるが、それ一つとっても立派な長所であり才能だ。フィッセルをはじめとした学院の教師陣が、今後彼女をどう育てていくかは見物である。無論俺も、手伝えるところは手伝うつもりだけどね。


「たあっ!」

「はあーっ!」


 短い感想戦を挟む間、他の生徒たちも次々と打ち合いを演じている様子であった。何組かは既に決着が着き、また何組かはまだ互いにやり合っている、そんな頃合い。

 ざっくり全体を見渡しても、やはり基本の範疇を出ない動きが多い。しかし逆に言えば、基礎の動きは徹底して仕込まれている感じだ。

 これはフィッセルの教え方がいい方向に嵌ったということかな。彼女は反復練習の申し子でもあるから、加減さえ覚えれば基本を叩き込むには向いているのだろう。


 そしてその基本を覚えたら今度は応用と発展の時間。そこから先はまた彼女にとっても未知の領域。剣術ならまだしも、流石に魔法のことを俺が教えることは出来ないから、生徒たちとフィッセルともども順調に成長してほしいものである。


「えっと……他になんか、ないすか」

「ん? そうだね……」


 ミュイとの一戦を終えて、興味深く皆の模擬戦を見ていると、その彼女から追加の言葉。

 これはあれか、いわゆるアドバイスを求めているというやつだな。今までミュイからそういう乞われ方をしたことがないから、これもまた新鮮だ。そして折角聞いてくれたことに対して、無下に扱うわけにもいかない。ちゃんと伝えねば。


「さっきも言ったけど、基本の動きは出来始めてる。ただ連続して動こうとするとどうしても身体がブレているから、じっくり戦える身体を作っていこう。特に腰から下の下半身を意識して。動き自体は素早くて良かったよ。その素早さに耐えられる身体と、活かせる技術をしっかり積み上げないとね」

「うす。……ありがとう、ございます」

「うん、どういたしまして」


 いかん、ついついテンションが上がって矢継ぎ早に紡いでしまった。一応ちゃんと伝わってはいるようで何より。


「ミュイさん! 一手願えますか!!」

「ん、いいよ。やろう」


 さて、今回の打ち合いは何も俺と一戦して終わりではない。常に元気いっぱいのシンディがこれまた元気よく、ミュイへ手合わせの申し出を行っていた。

 二人は性格こそ真逆と言っていいが、なんだか見ている限りはウマが合っているようにも思う。これからも仲良く切磋琢磨してくれることを願いたいね。


「ベリルさん。僕ともお願いできますか」

「勿論いいよ、やろうか」

「はい!」


 ミュイとシンディを送り出したと同時、新たな相手が現れる。この剣魔法科の半ばまとめ役になっているルーマイト君だ。

 彼は彼でしっかり剣の術理を学んでいるんだよな。パワーではネイジア、スピードではミュイとそれぞれ後塵を拝しているものの、全体的な完成度の高さで言うと彼が一番高いと思う。


「ふふ。先生楽しそう」

「そりゃあ楽しいさ。それが俺の役目でもあるしね」


 フィッセルに突っ込まれたりもしたが、これが楽しくなくてどうして剣術師範などやっているんだという話になる。後進の成長を間近で見れるのは師の特権だ。いやまあ、彼らを俺の弟子というには少しばかり語弊はあるけれど。

 それでも楽しいことには変わりない。俺の持つ技術が役に立っているというのなら尚更。


 俺もいつ身体が動かなくなるかなんて分からないけれど。叶うことなら、こんな時間が出来る限り続けばいいなと思う。そのための努力は惜しまないつもりだし、周囲から必要とされ続けるためにも更なる精進は欠かせない。


「いきます!」

「よしこーい!」


 木剣を構えたルーマイト君が、気合を入れる。

 さて、今回はどんな剣と魔法が見られるのか。その興味は、いつまで経っても色褪せないね。

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― 新着の感想 ―
めずらしく爽やかなおっさん
アニメから入り、先が気になってこちらに来ました(悪い視聴者・読者ですね。。。) ワタシもすっかりジジィなんで、後進の成長や子供達の一生懸命にはココロが踊りますから、おっさんベリルの気持ちが非常に判りま…
ベリルは魔術師軍団と話してる時の方が自然に見える
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