第252話 片田舎のおっさん、認める
「あ˝ぁ˝ーーーー……効くねえ……」
ざぶんと湯に浸かり、肩をぐるぐると回して一言。随分とおじさん臭い言葉が漏れ出た気もするが、既に立派なおじさんなので気にしないことにする。
やはり湯船というものはいい。風呂も大変に良かったが、こういう景色の見える場所で浸かる天然の温泉というやつは筆舌に尽くしがたい充足感がある。このためだけにヒューゲンバイトに通うのもやぶさかではないくらいには感じてしまっているな。
いずれ時間が出来たらミュイを連れて旅行に来てもいいんじゃないだろうか。そんな計画を脳内で思わず立ててしまう。
アフラタ山脈での行軍演習を無事に終え、ヒューゲンバイトへ戻る過程でも何事もなく。まだバルトレーンへ戻る日程はあるものの、ひとまず無事だったということで、俺は今アリューシアの案内でヒューゲンバイトの西はずれにある温泉へと浸かりに来ていた。
「この値段で温泉を楽しめるなんて、随分良心的だ」
案内された場所には小ぢんまりとした家屋が立っており、どうやら誰でも自由に入れる温泉ではなくお店としてちゃんと営業していた様子だった。
けれど入浴料は大人も子供も一人五百ダルクぽっきり。それ以上でもそれ以下でもない。バルトレーンでは蒸し風呂に入るだけでも同等かそれ以上の値段を平気でとられるので、俺からしたら随分とお安い金額での温泉体験となった。
そんな金額でやっていけるのかと不安になったのだが、どうやらここはもうちょっと奥で湧いている熱泉をここまで引いて冷ましているらしく。更にそこから川へと接続しているので、ぶっちゃけ一度作ってしまえば後はほぼ人の手要らずで運営が出来ているらしい。
温泉を引き、更に貯めておける場所を作るまでに費用は掛かっているだろうが、それを一度作っちゃえば後はひたすら黒字というわけだ。上手い商売があったもんである。
立地としてはやや不便ながら、温泉に入れるという魅力は非常に大きい。そういうわけでここは割と繁盛している様子であった。遠征からの帰り際ケニーにも聞いてみたけれど、彼も当然この場所は把握しているらしく、「山脈を眺めながら温泉に入れる良い場所だ」と言っていた。
地元住民からもしっかり認知されている良い場所ってわけだね。そんなところで暴利を貪ろうとすれば、まあ顰蹙は必至だろう。だからこういう良心的な値段設定をしてあるのかな、なんて思う。
ちなみにこの温泉。別に俺一人で来たわけでもアリューシアと二人で来たわけでもない。慰安の意味を込めてというのは別に俺単体を対象としていたわけではなく、今回遠征に向かったバルトレーンの騎士皆で来ている。
ただ、折角なので最後に楽しみましょうと言われて、他の騎士たちはひとっ風呂浴びて既に退出した後だ。アデルなんかは「いいお湯だったわ!!」なんて言いながらバリバリに騒いでいた。
まあなんというか、皆でわいわいと浸かる温泉もそれはそれでいいものだとは思う。けれどやっぱりこういうのは、一人で静かに楽しむのもまたオツだったりするんだよな。
その辺りの機微というか、俺の好みというか。アリューシアは大変に良く分かっている。特に今回は一仕事をやり遂げた後なので、尚更シメとして一人浸かる温泉が染みるというかね。なんかそんな感じなのだ。
「ふぅー……エールが飲みたくなってきたなあ……」
どっぷりと肩まで浸かり、すっかり闇に沈んだ景色へと視線を泳がせる。ケニーはこの立地を山脈が一望出来る場所と言っていたが、日が沈んでしまっては仕方がないといったところ。
極楽なのは違いない。だが更に欲を言うとなれば、この場に酒があれば完璧だった。いやそれは流石に無理難題だとは分かっているけどね。エールは温泉を出た後、すっきりした身体と心で酒場に向かって楽しむことにしよう。
そういえば、アリューシアも温泉を楽しんでくれているのだろうか。
いや流石に男湯と女湯は別れているのでそこは安心してほしい。彼女も俺と同じく最後に入るつもりだったようで、騎士の皆が出払ってから一人で楽しむと言っていた。
まあ新人騎士たちも、騎士団長と同じ時間帯で風呂に入るのは緊張するってもんだろう。心身を休めるための温泉なのに、そこで緊張していては意味がない。
それを思えば、俺に最後に一人で入るよう提言してきたのも頷ける。
俺は別に気にしないけれど、新人からすれば俺は特別剣術指南役という大層な肩書を持った年上のおっさんだ。そんなのと一緒に温泉に浸かって、身体が解れるかと言われたらちょっと微妙かもしれん。
こういう認識のズレというか、大それた言い方をすれば考え方の違いというか。そういうものも徐々に修正していかなければな、と思っている。
俺は意識していなくとも、俺にひっついてくる肩書はそれなりに大きいものだ。いつまでもお上りさん気分ではいられない。
羨望の眼差しで見られることもあれば、畏怖の対象として見られることだってある。
レベリオ騎士団の特別剣術指南役という肩書。これが周りにどういった影響を及ぼすのかということを、俺はついつい忘れがちだ。
だからアリューシアやヘンブリッツ君が見せる気遣いから、一つひとつを学んでいくしかない。しっかりと立ち居振る舞いも気の持ちようも含めて板につくのは一体いつになるのやら。
自分は少なくとも精神的に器用なタイプではないので、もうちょっと時間はかかるだろう。それでも最終的にはちゃんと振舞えたらいいなと思っている。
「――先生、温泉の方は如何ですか?」
「ああ、アリューシアか。いやあ、いい湯だよ」
そんなことを考えながら湯に浸かっていると、戸の方から声がかけられた。アリューシアである。
どうやらこちらの様子を気遣ってのことらしい。何もそこまでしなくてもと思うけれど、これが彼女のやりたいことならわざわざ無粋な言葉をかけることもなかろう。非常に満足していることを短い言葉ながら伝えておく。
「それはよかったです。……では、失礼して」
「うん……うん?」
俺は温泉に満足している。彼女も俺の言葉に納得した。そこまではいい。しかし次に紡がれた失礼して、とはいったい何だ。
本格的に考えるより先に、戸が開かれる。その先に居たのは、タオル一枚を巻いただけのアリューシアであった。
「ッ!? あ、アリュ……!?」
「どうぞ先生は、お気になさらず」
「いやいやいやいや!」
気にしないわけがないだろ! いきなり男湯に女性が入ってきたら俺でなくともびっくりするでしょうが!
そんな俺の心の叫びは、彼女にはどうやら通じることもなく。胸部や局部は上手くタオルで隠れているけれど、白く、しかし健康的な四肢は布一枚を隔てることなく曝け出されている。
というかそもそもこっちは男湯じゃないのか。何故温泉では男湯と女湯に別れているのか、そこから説明しないとダメか? いや流石にそれを彼女が分かっていないはずがない。つまり彼女は、諸々を分かった上でこっちの湯に入ってきている。
……なんだか俺に最後に入るよう提言したのはこの状況を狙っていたから、という邪な予測も脳裏を過る。
くそぅ、いい気分でリラックスしていたのに、一気に血が上ってしまった気がするぞ。俺は彼女の奇行を本格的に咎めるべきなのか、それとも流すべきなのか。その正解すら咄嗟に出てこない。
「……どうしても嫌と仰るならば、出ていきますが……」
「……その聞き方はずるいんじゃないかな……」
嫌かと言われたら、非常に、ひじょーーーーに回答に困る。彼女を困らせたくはないし、俺も絶対に嫌かと言われたらそうではないのだ。だって俺も男なんだから。
曲がりなりにも年上の男性として、師として、諫めることは出来る。だけどきっと、彼女はそんなこと十二分に分かった上でこちらに近付こうとしているのだ。今更そんな材料を持ち出したところで、彼女が退くとは思えなかった。
「……お店の人はなんて?」
「我々が本日最後の客のようでしたので」
「……そう」
一縷の望みをかけて、お店のルールを破るのは駄目なんじゃないのという至極真っ当な突っ込みを入れてみる。が、ここまでの強硬策を採ってきた彼女が、そんな初歩的な部分で墓穴を掘るはずがない。
他に客が居ないからまあいいよと。そういうことなんだろう。こんなことなら俺も皆と一緒に温泉を楽しめばよかったか? それはそれで彼女に失礼か。いやでもどうなんだそれは。何が正解か本当に分からない。
「……ふふ、やや熱いですね」
「そ、そうだねえ……」
掛け湯を済ませた彼女は、まず足先から湯に触れる。温度を確かめた後、静かに温泉の中へとその身を沈めた。勿論、俺とはほど近い距離で。
温泉は別に狭いわけじゃない。十数人は入れる大きさがある。だけど男が一人湯に浸かっているところに入ってきて、じゃあ私はあっちの方で……なんてことはないだろう、流石に。
俺に乙女心なんてものは分からないけれど、意を決した彼女がどういう気持ちで入ってきたのかくらいは察しが付く。だから距離を取るなんてことはしない。
とはいえ。分かっているということと、覚悟が決まっているかどうかは別だ。彼女の行動は予測こそ可能であったものの、じゃあそれで精神が落ち着くかと問われればまったくそうではない。多分俺の心臓は今、強敵と死闘を演じる時よりも早鐘を打っている。
とてつもない量の汗がブワッと身体中から溢れる感触。湯に浸かっていなければ、今頃むさくるしいおっさんになってしまっていただろう。
「……」
湯に入ってからしばらく。互いに言葉はなかった。
二人は密着こそしていないが、手を伸ばせば容易に触れられる距離。視線をどこにやるのが正解かも分からず、遠くをぼけっと見てみたり、思い出したかのようにちらりとアリューシアの方を見てみたり。
やっていることが完全に挙動不審のおっさんである。これはよくない。よくないことは分かるが何をすればいいのかが分からない。誰か助けて。
アリューシアの肌を見るのは、初めてではない。鍛錬中に見ることも勿論あるし、何なら騎士団長としての装いも結構露出がある方だ。
それでもこんなに緊張することはなかった。二人きりで温泉の中というシチュエーションが最高にヤバすぎる。
「――私は、先生の目には適いませんか」
「……いや、そんなことはないよ。決して」
不意に、アリューシアが零した。その言葉に釣られて、視線もそちらへと動く。
彼女の白い肌はきめ細かく、綺麗だ。湯に浸かるために纏め上げられた銀髪も、湿気を含んで普段とは趣の違う艶やかさを見せている。表情もそう崩れてはいないが、普段よりいくらか上気しているように見えた。それがただ単に湯に浸かっているからかどうかは、確信が持てないけれど。
重ねて言おう。彼女は魅力的な女性だ。その見解に疑問の余地はないし、俺から見る彼女の評価という点でいえば最初から一貫すらしている。
ただしそれはあくまで師から見た弟子への評価であって、それ以外の他意を含んでいない。
より正確に言えば、俺が含ませようとしていない。万が一にも間違いが起こってはいけないから。
しかし。どうやらそれを明確に間違いだと思っている俺は少数派だということに最近気付かされた。
いや勿論、だからって手のひら返して何かするってわけじゃなくて。ケニーとの話でも出たが、師弟関係を盾にして俺からがっつくのではそれこそただのクズだ。そんなことをするために道場を継ぎ、弟子を取っているわけじゃない。
師匠と弟子という関係を取っ払って、男と女として見る。言葉にすれば単純だけれど、俺からすれば剣の頂を見るのと同じくらい、これまた難題であった。
「……アリューシアはさ」
「はい」
先ほどの短い問答の後、また沈黙が続いた空気を俺が嫌い、話題を振る。
「どうして俺を、指南役として呼んだんだい」
別に今聞くことじゃない。だけど、他に適切な話題が思い浮かばない。そしてこの話題が今この時において適切かどうかも分からない。なんとも情けない中年男性だ。
彼女が俺の剣をある種神聖視し、そして俺のことを異性として認識していることはなんとなく分かっている。
だけどそれだけなら極端な話、俺をバルトレーンに呼びつける理由にはならない。ただ勧誘に来るだけならまだしも、国王御璽まで引っ提げて来るのは流石に過剰である。
俺が語るのもおかしい話かもしれないが、ただの恋慕でそこまで動けるとは思えないのだ。感情的には愛や恋といった甘酸っぱいものではなく、どちらかと言えば信念のような、もっと強く固いものを感じられた。
「……先生には、幸せになっていただきたいのです」
俺の問いを受けた彼女は数瞬口を噤んだ後。気持ちの整理を付けたような普段通りの口調で、そう切り出した。
「それは、ビデン村に居る俺は幸せじゃないように見えたってこと?」
「あ、いえ……決してそういう意味ではないのですが……」
「はは、ごめん。少し意地悪だった」
幸せ。その定義は人によるだろう。決して定量化して語ってよいものではない。
片田舎の村で細々と剣を教える時間は、幸せの絶頂とまでは言わずとも断じて不幸せではなかった。それを不幸せと表現することは、今まで剣を教えてきた弟子たち、そして道場を次代に繋いだおやじ殿に対する明確な侮辱である。
他方、俺の幸せとは何か。まあ特別指南役としての仕事自体は国王御璽付きの任命書があった以上、受けざるを得なかったものの、じゃあそれで俺が不幸になったとは思わない。むしろ道場の時とは違う充実感を得られたのも事実としてある。
そして仮に。俺が剣の頂に到達したとして、それが幸せなのかと言われると、それもまた確信が持てないのが難しいところ。
勿論、目標ではある。ブレてもいない。だが到達した先に幸が在るかどうかなんてのは分からないことだ。もしかしたら、幾人もの人を切り殺してこそ辿り着ける境地かもしれないしね。その行為の果てに辿り着ける境地を幸せと呼ぶのは、俺には少し難しい。
「でもそうか。うーん、幸せ、幸せかあ……改めて考えると難しいね」
目的はある。目標もある。使命もある。
ではそれが俺個人の幸せに繋がっているかと問われると、難しい問題であった。あまり考えたことがなかったとも言う。
いつの間にか、タオル一枚だけで武装した裸の女性が隣に居ることなんて気にならなくなってきた。人間は一度に一つのことしか考えられないとは聞いたことがあるが、まさしくその通りである。
「私は」
「うん」
「先生の剣が日の目を見、多くの人に慕われ、そして意中の方とともに結ばれる。そうなればいいなと、それが先生の幸せであってほしいと。そう思っていました」
「……うん」
多分、一般的に見れば十分に幸せな未来だ。別にチヤホヤされたいとまでは言わないけれど、俺に相応の自信が付きさえすれば良い未来だと思う。
俺の剣が世界に通用し、多くの人が羨み、ついでに綺麗な奥さんが居る。いいじゃないか。俺ではなく、アリューシアがそれを願っているというのは冷静に考えればちょっとおかしい話だが。
「その幸せに至るお手伝いが私に出来ればと。そう考えていたのですが……」
「今は違うと?」
「ええ、若干」
話を聞くに、俺を幸せにしたいという目的自体はそう変わらなさそうだが、それでも彼女の中の何かがちょっと変化したらしい。
「以前は、先生に幸せになっていただければそれでよいと思っていました。ですが今は……私が、その幸せになれればいいな、と……欲が出ております」
「……そうか」
常に完璧であろうとする彼女にしては珍しく。少し不器用にはにかみながら、そう言の葉を継いだ。
告白、というには少し違う。好意を曝け出しているという点では同じだが、単純に好きですと言われるのとはちょっと違う感覚だ。
「それは君にとっても、幸せなことなのかな」
「ええ、勿論」
「……そっか。ありがとう」
彼女が俺の幸せを願ってくれていることは嬉しい。けれど、それで今度はアリューシアが幸せにならないのなら、それは意味のない話である。少なくとも俺にとっては。誰かの犠牲で成り立つ幸せなど、幸せとは呼ばないし呼ばせない。
「……実はね。フルームヴェルク領でシュステから、告白を受けたんだ」
「!」
口にした言葉は大いに異なれど、受けた想いは同じ。この事実は俺個人で抱え込むつもりだったけれど、アリューシアの真摯な言葉に対応するには俺も吐露するしかなかった。
その事実を聞いた彼女は一瞬驚きこそしたが、すぐに平静を取り戻した。その辺り、もしかしたらある程度予測が付いていたのかもしれないね。人の機微には大変に聡い子だから。
「ただ、受けなかった。今は剣の頂を見に行くことを優先したいし、そうじゃなくともミュイのことがあるから」
「……見守るつもりですね、彼女が自分の足で立てるようになるまで」
「うん、そうだね」
まだ全部を話してはいないのに、ミュイの話題が出た途端に察する辺り、やはり彼女は凄い。俺程度の考えなんてまるっとお見通しと言わんばかりである。まあ俺がその分単純だともいえるが。
「だけど……そうだね。幸せを掴みに行く、という観点はちょっと持ってなかったかな。君の言葉を受けてから考えたけど、新鮮だった」
「ふふ。先生は他人の幸せばかりを考えすぎです」
「ある意味で手厳しい言葉だねえ」
俺はつい自分のことを後回しにしてしまう癖がある。なんだか人が困っていたりするとどうにも放っておけない。人によっては美徳に映るかもしれないが、悪癖とも言えるだろうな。これでも自覚はあるんだよ、一応。
アリューシアとシュステ。どちらと結ばれる方が幸せだろうか。そんな不埒な考え方はしない。
どちらと結ばれるにせよ、あるいは別の誰かと結ばれる可能性があるにせよ。相手を決めたらその人と一緒に幸せになる覚悟が必要だ。決して人任せにしてよいものではない。
その意味でいえば、俺はいつまでも覚悟を持てないでいる。ケニーにはクズと呼ばれたけれど、多分女性から見たらそうなんだろうな。それで愛想を尽かしてくれるのを待つことが恰好いいとは流石に俺も思わない。
これがただの惚れた腫れたならそれでもいずれ、彼女は俺の近くを去っていたと思う。だけど話を聞く限り、アリューシアの気持ちはそんなに安いものではなかった。
恋慕だけでは長続きしない。彼女はそれに加えて信念がある。それも揺るぎない、強固なやつが。
「俺はね。君のことはあくまで弟子の一人だと思って接していた」
「はい」
「だけどそれをケニー……ケーニヒスに言ったら、怒られたよ。一人の女性として見てやれないのはただのクズだって」
「……」
ケニーの言葉は厳密にいえば少し違うが、まあニュアンスは似たようなもんだ。
男湯に一人で突っ込んでくる女性という、普通に考えたらあまりよろしくない状況ではあれど。そこまでの覚悟を見せてきた相手に、俺がいつまでも逃げに徹しているのは、きっと最高に恰好悪い。
今更恰好なんて気にしてどうなる、という突っ込みは無論ある。だが男の子はいくつになってもある程度の意地は張りたいものだ。それが戦いであれ恋愛であれね。
「でも、そうだね。自分の幸せを考えた時……アリューシアが傍に居てくれるのは、心強いなと思ったよ。だけどそれは、今すぐじゃないんだ」
「ええ、分かっています」
「ごめんね、こんな優柔不断なおじさんで」
「構いませんよ。それでこそ、先生というものですから」
なんだか同じような言い訳を並べて、同じような回答をシュステから貰った気がするな。誰も彼も、俺なんかお見通しといった感じだ。
とはいえ。どうやら俺は、彼女のことをただの弟子として見続けるのは難しいらしい。そもそも本当にそう思っているのなら、彼女が温泉に入ってきた時に断固として突き返すべきだった。それが出来ていない時点で、半ば答えは出ていたようなものである。
「では当面のところ、私のライバルはシュステ様ということですね」
「えっ、ああ、うん……そうなる、のかなあ……?」
いやまあ明確に思いを告げられたのがその二人だから普通に考えればそうなるんだろうけれども。俺を取り合う女性二人という構図に俺自身が困惑している。どうしてこうなったんだ本当に。
「……どうですか、先生」
「うん?」
「弟子の一人ではなく、一人の女性として見た私は、魅力的でしょうか?」
「……」
予想もしていなかった質問に、思わず押し黙る。一方、その言葉を投げつけたアリューシアは普段通りの、いや普段以上に慎ましやかでかつ、艶やかな笑みを浮かべていた。
……素っ裸で温泉に浸かっている時にそれを聞くのは、最高にズルいんじゃないかなあ。
仮にそうでなくとも、アリューシア・シトラスという女性は。
「ああ、そうだね。最高に魅力的だ」
そう表現する以外、ないんだから。
文章量的には分割してもよかったんですが、この一幕は一息に投稿しないと駄目だと思いました。
これにて第八章閉幕となります。お付き合い頂きましてありがとうございます。
こちらのお話の大筋は昨年8月に発売された書籍第八巻に収録されております。
いつものように幕間、書下ろし、加筆などもございますので、もしご興味がおありでしたら是非とも書籍版も手に取ってみてください。
先日27日にはこちらの続きとなる書籍第9巻、コミカライズの第7巻、またフィッセル、スレナのスピンオフ第1巻もそれぞれ発売となっております。4冊同時です。すごいね。是非ともお手に取って楽しんでいただければ幸いです。
前回のあとがきでお伝えした通り、来週以降は日曜日の更新に戻ります。
また、来週からはついにアニメが放送開始となります。
一応ですが、万が一にもこちらの感想欄がアニメの感想で埋まらないよう、アニメ第一話放送開始までに活動報告をあげる予定です。
アニメに関しては、お手数ですがそちらで思いの丈を綴っていたければと思います。
※4/1 18:30追記 活動報告上げました。
今後とも拙作にお付き合い頂けますと幸いです。何卒よろしくお願い申し上げます。