第251話 片田舎のおっさん、遠征を終える
「おう、お疲れさん」
「ああ、今日も無事戻れて何より」
グリフォンと接敵してからまた数日。何度か偵察のポイントを変えての行軍が繰り返し行われていたが、大型種と出くわしたのはあの一回こっきりだけで、他は一角狼やらボアやらの中型が散見される程度。
大した被害を出すこともなく、まあそこそこ順調にアフラタ山脈の入り口周辺を念入りに洗うことが出来た。今はその最終日を終えて拠点に戻ってきたところである。
先に戻っていたケニーの小隊に迎え入れられ、一応これで行軍演習の行程は終了の予定だ。
後はキャンプを解体してヒューゲンバイトに戻ってから疲れを癒すための休息日を二日設け、その後バルトレーンへと戻る手はずとなっている。
全体的な結果としては良いと見ていいのだろう。流石にグリフォンの相手は俺とアリューシアがやったけれど、それ以外の小型中型は基本的に班を組んだ新米騎士たちにチームで当たらせた。
獰猛な野生動物やモンスターとの実戦経験、それも山中というシチュエーションで積める経験は貴重だ。特に今までお家剣術しかしてこなかったような連中にはいい刺激になったと思う。
逆にこれまで田舎で剣を振ってきていたり、あるいは狩人などで生計を立てていた者は順応が極めて早かった。
この辺りは適性の差というよりは単純に今まで積んできた人生経験の差なので、現時点でどうこうというものではない。今後レベリオ騎士団で様々な鍛錬を重ねていくうちに、皆逞しくなっていくだろう。その一助を俺も勿論行うつもりである。
「今日はこっちにグリフォンが出たんでな、早めに切り上げた」
「へえ、そっちにも出たんだ」
挨拶がてら、ケニーが今日の収穫を話す。
あれ以降こちらの部隊には顔を覗かせなかったグリフォンだが、どうやら今日この日にケニーの方へと狙いを定めたらしい。とはいえ彼もそんな悲痛な表情をしているわけでもないので、誰かがやられたわけでもなさそうだ。
そもそもケニーが率いる部隊は普段ヒューゲンバイトで守りを固めている騎士たちである。グリフォンに限らず、アフラタ山脈に棲む大型への対応力はバルトレーンの新米騎士よりも高い。
「まあ一匹、それも手負いだったからな。問題はなかったぜ」
「手負い……か」
「ああ。右前脚がスパッとなくなっててよ。まったく、誰がやったんだか」
「はっはっは」
おっと、これは俺がシバいたグリフォンが再び現れたのかね。
まあ傷を負ってすごすごと引きこもるだけでは大型種などやっていられない。別に復讐に燃えていたわけではないだろうけれど、人型に対して憎悪を膨らませていた可能性は大いにある。その標的にケニーの部隊がなってしまった、というところかな。
グリフォン二匹と交戦したことの顛末は当然、ケニーたちにも共有してある。戦場での情報共有は基本中の基本だ。なので彼も誰がやったかを本気で問うているわけではなく、明らかに分かっていてとぼけているだけである。
「で、仕留めたの?」
「勿論だ。多少危険はあったが、狩れる時に狩っておいてなんぼだからな、ああいう大型は」
「まったくだね」
そしてどうやら撃退ではなくちゃんと撃破出来た模様。何よりである。
大型種が大量に押し寄せてくるなんて事態は、俺の知る限りの歴史ではそう起こってはいない。そもそも一匹一匹が人間より遥かにデカいあいつらが大挙してきたら、それだけで多分国が滅ぶ。
それだけの数が居ないと見るのが一般的だが、別に大陸全体に分布する生態系を把握しているわけじゃないからな、こっち側も。なので狩れるチャンスがあれば積極的に数を減らしておくのが常套。普通にぶつかって勝ちを拾うより難易度は下がるんだから、治安維持を目的としている以上はやらない理由がない。
「肉もいくらか捌いて持って帰ってきてるぜ」
「お、いいね。じゃあ今夜はグリフォンの肉で祝勝会かな」
「そうなるな。お前らが持って帰ってきてりゃもっと味わえたんだが」
「無茶言うなよ」
更に彼らは仕留めたグリフォンを解体し、いくらか肉を持ち帰ったようだ。これは今夜、拠点で過ごす最後の夜に相応しい料理が出てきそうである。
俺たちもグリフォンを仕留めたはいいものの、わざわざ血抜きして解体するような時間的余裕はなかった。これは俺たちの部隊とケニーの部隊とで、任務の色合いが多少異なるところに因む。
俺たちの主目的は新人を実戦の場に慣れさせること。対するケニーたちはいつも通りの偵察と脅威撃破任務であったわけで、主目的が若干異なる。
勿論俺たちの部隊でグリフォンを解体することも可能と言えば可能だった。けれどあれだけの大型をとなると時間も当然食うし、その間の守りも不安定になる。さらに言えば土地勘もない。
獲物の解体はぶっちゃけどこでも経験が積めるが、山中行軍はそうではないからな。部隊ごとに課せられた優先順位の違いによって、アリューシアが仕留めたグリフォンは相手にされることがなかった。
これが傭兵や冒険者なら喜び勇んで隅々まで解体したんだろうけれどね。肉でも皮でも羽でも、なんでも金になるからなあいつは。
「そっちは良い訓練出来たか?」
「出来た、と思いたいかな。その辺りの判断は俺というよりアリューシアが下すべきところだけど」
特別指南役なんて大それた肩書がついているものの、やっていることは鉄の棒を振り回し、その振り回し方を教えるだけ。
別に剣術そのものを卑下するわけじゃないけれど、それで教えられることというのはまあ結構限定的である。極論、相手を効率的にぶっ倒す術を教えているだけだからな。
そこから派生して心の在り方とか気の持ちようとか、そういうものも教えることは出来る。それは剣術の心得のみならず、剣を振らない日常的な部分にも関係してくるものだ。
だがそれですべての人を導けるわけじゃない。単純な人数でいえばかなり少ない方だろう。
組織のトップに立つには、腕っぷしだけでは駄目だ。その意味では俺はほとほと向いていない。アリューシアのような真に文武両道な人間が正しく評価をするべきだと俺は個人的に思っている。無論、投げっぱなしで任せるわけじゃなくてね。最終的な判断はもっと大局を見れる人がやるべきだという話だ。
「そっちは全体通してどうだい」
「悪くはなかったよ。お前らがグリフォンを仕留めたって話はいい発破にもなった。こんな場所じゃ他所と張り合うなんて機会は中々ねえからな」
「まあ確かに」
同じレベリオ騎士団に所属する騎士として他所と表現してしまうのはどうかと思うが、言いたいことは分かる。
別に何処かの国や集団と戦争をするわけでもなし、腕を測る相手が居ないというのはどこにでも起こり得る問題だ。その解消は比較対象を持ち出す以外では難しい。
そういう意味でも、こういった騎士同士の交流を生み出す機会は重要なのだろう。そこまで含んでこの遠征計画が実行されているのなら大したものである。流石は国一番の組織といったところか。
「大隊長。食事の準備に取り掛かっても?」
「おう、いいぞ。帰りの分は残して盛大にやっとけ。今日が最終日だからな」
「はっ」
ケニーとの雑談に興じていると、一人の青年が食事の準備の提言をしてきていた。
あれは最初に顔を合わせたジラという名の騎士だな。ヒューゲンバイトに来て、彼らと行動を共にして幾ばくかの時が経っているが、ケニーとジラは良い距離感で上司と部下をやっているように思う。
なんだかアリューシアとヘンブリッツ君のコンビを思い出す。あの二人はあの二人で、互いに互いを補佐しあういい関係だ。
単純な剣術の腕前だけで見ればアリューシアが一歩先を行くものの、全体的な組織運営に関してはヘンブリッツ君の手腕も大いに発揮されているように思う。いや勿論細かいところは分からないけどね。あくまで外野から見た印象というやつだ。
アリューシアは結構、完璧主義者な一面がある。なまじ彼女が優秀だからそれはある程度仕方がない。
だが誰もが彼女のように活躍出来るわけじゃない。その点はアリューシア自身も自覚はしているものの、やはり身をもってその事実を知っているヘンブリッツ君の方が、その辺りの回し方は巧いかなと感じるね。
別に誰が悪いとかそういう話じゃなくて、集団を纏める際に必要な資質と発揮すべき資質が時と場合、あるいは地位によって少々異なるという話。俺みたいな田舎の道場で人生の大部分を過ごしてきた人間には備わり辛い資質でもある。
アリューシアと再会し、バルトレーンに出てきて。色々な人と再び巡り合ったり新たな縁が紡がれたりした。
その中で感じるのはやはり、自分で出来ることの幅の狭さというか。色々と上手くやっている人たちを見ると、どうしても自身の不足を感じてしまう。
こればっかりは仕方がないんだけどなあ。なんせやってきたことや考えてきたことが違うのだ。そりゃ適性の差は置いておくとしても、経験の差は絶対に出る。
意識していれば自ずと付いてくるものがあると信じて、俺は俺のやるべきことをやるしかない、という結論にいつも達しはするんだが。それで思考をすっぱり割り切ることが出来れば苦労はしないんだな、これが。つくづく難儀な性格をしていると自分でも思う。
「先生、こちらにおられましたか」
「やあアリューシア」
「おっと、では私は部下どもの面倒を見ますのでこの辺りで」
「ああ、ご苦労」
ジラとほぼ入れ替わりで今度はアリューシアがやってくる。
しかし非常に細かいところなんだが、俺に対しては敬語で、ケニーに対しては上司として振舞っているのは地味に凄い。目の前でその切り替えが瞬時になされているところを見るとなんだか不思議な気持ちにすらなる。俺にここまでの切り替えが出来るかと言われたら、ちょっと怪しいくらいには。
そしてあの野郎は気を利かせたつもりなのか知らんが、アリューシアが現れた途端に颯爽と姿を消しやがった。何が部下の面倒を見るだ、ついさっきジラに食事の準備を任せたばっかりだろうに。
「とりあえずお疲れ様、でいいのかな」
「ええ。予定された演習行程はすべて消化しました。怪我人も出ず、上々と言っていいかと」
「それはよかった」
まだヒューゲンバイトへ、そしてバルトレーンへ戻るという大切な行程は残ってはいるものの、一旦一段落は付いたと見ていいのだろう。アリューシアもやや安堵した表情を浮かべていた。
訓練とはいえ、当然ながら怪我はしてほしくない。生傷程度ならいざ知らず、骨を折ったり内臓をやられたりすると今後の生活にも支障が出るからな。そうならなかったのはアリューシアや教導役の騎士が上手く指揮を執ったことも勿論、新米騎士たちが各々奮戦したからとも言える。
「少々気が早いかもしれませんが……先生は休息日に何かご予定は?」
「うん? そうだね……ヒューゲンバイトの酒場を回ってみようかな、とは思っているけど」
はて。アリューシアにしては少々珍しい会話の切り出し方である。厳密にいえばまだ任務中にもかかわらず、休息日の過ごし方について聞いてくるとは。それほど彼女の中で、この遠征の完遂は区切りが大きかったと見るべきだろうか。
「なるほど……。実は、ヒューゲンバイトには天然の温泉が湧いている場所があるのです。どうですか、心身の慰安も兼ねて」
「温泉? それはいい」
おいおい、そんなものがあるなら最初に言ってくれよ、なんて無粋な言葉はかけない。だって俺たちは遊びに来たわけじゃないからね。
この遠征を無事に終わらせてこそ一息つけるというもので、その意味では彼女がこの情報を切り出すタイミングは適切と言える。アフラタ山脈から無事に撤収し、憂いがなくなってからこそ遠慮なく温泉に浸かれるというものだ。
「どうでしょう。先生の一日、いえ、半日でも私に預けて頂くことは」
「勿論大丈夫だよ。いやあ楽しみだね」
「はい、ありがとうございます」
言いながら、アリューシアは控えめな、しかし華やかな笑顔を咲かせる。
フルームヴェルク領で入った風呂も相当に良かったが、天然の温泉が湧き出ているとなると最早風呂の比ではなかろう。いやあ、言った通り俄然楽しみになってきた。
店を構えているのか天然のスポットなのか、細かいところは分からないがアリューシアは把握している様子。まあ別に温泉がなくとも、半日と言わず一日彼女の予定に付き合うくらいは何も問題ない。普段は俺なんかより相当張りつめているだろうから、その息抜きを手伝えるならどんとこいである。
「では先生、無事ヒューゲンバイトに帰還した折にはまた」
「うん、楽しみにしているよ」
勿論のこと温泉を楽しめるのは、前述した通り部隊が無事に北方都市へ帰還出来てこそ。
別に温泉のために頑張るわけじゃないけれど、最後まで気は抜けない。何が起こるか分からないというのは、フルームヴェルク領からの帰りで良く学んだことだ。
温泉への想いは胸に秘めつつ。帰投時にも油断はせず。しかし今夜のグリフォンの肉料理は大いに楽しんで。
まずは無事に演習の行程を終えたことを喜ぶとしよう。
今後の更新ですが、今月ちょっと私自身がばたつきますので以下のスケジュールとなります。
来週(3/23)…お休み
再来週(3/30)…日曜日ではなく、前日の3/29(土)に更新する予定です。
4月以降は従来通り、日曜日の更新を予定しています。
4月からはTVアニメも始まりますので、そちらも楽しみにしていただけると幸いです。




