第250話 片田舎のおっさん、撃退する
俺とアリューシアが単騎で展開し、他の騎士たちは円形に固まって防御態勢を取る。
グリフォンに限らず、鳥類の行動パターンというのは基本的に一撃離脱だ。凄まじい速度で獲物に狙いを定め、鋭い一撃を入れてからまた空に戻るという、地面を這いずる人間からしたらたまったもんじゃない相手である。
ただし、グリフォンはパワーもスピードも人間の比にならないほど強いが、遠距離攻撃手段を持っているわけじゃない。どれだけの高度からどれだけの速度で突っ込んでくるとしても、必ず接敵する瞬間がある。
狙うとしたらそこだな。つまり連撃を叩き込むというより、どちらかと言えば一撃必殺が求められる状況である。ゼノ・グレイブルみたいな特別討伐指定個体が相手だとそうはいかないが。
俺もアリューシアも、一発の火力が出せるタイプの剣士じゃない。
こういった場面ではヘンブリッツ君やクルニといった剣士が適している。ヘンブリッツ君なら長剣の一撃で深手を負わせることが可能だろうし、クルニも得物をツヴァイヘンダーに変えてからは、一発の破壊力には目を見張るものが出てきた。
一般的に「強い」と言われる者であっても、その戦い方や相性の良し悪しは絶対に出てくる。その意味でいえば、俺たちとグリフォンの相性は決して良いとは言えない。
何なら今すぐここにルーシーやフィッセルといった魔術師を呼びつけたいくらいだ。まあ逆にルーシーが居たのなら、俺たちなんて不要の置物と化す可能性が高いけれど。
「……退いてはくれなさそうだね」
「ええ、完全に狙われています」
上空を飛び回るグリフォンは二匹。旋回を繰り返しながら、徐々に高度を下げてきている。
こっちが剣を抜こうが戦闘態勢に入ろうがお構いなしだ。向こうにそれだけの知性がないとも言えるが、そもそもただの人間が鉄の棒きれ一本持ったところでグリフォンには敵わない。普通はね。
「下手に動かないように。それだけで狙われる」
「は、はい……!」
防御姿勢を取っているとはいえ、新人たちをターゲットにされても困る。なので防御は固めつつその場をみだりに動かないようにアリューシアが言い含めた。
自分を守るより他人を守る方が何倍も難しい。折角ならグリフォンの標的は俺とアリューシアに限らせておきたいところである。丁度二対二になるしね。
「……来るぞ!」
上空を回っていたグリフォンが、一瞬ふわりと動きを止める。突撃してくる前兆だ。どうやら狙いを定めたらしい。さて、そのお相手は俺かアリューシアか、はたまたそれ以外か。
「キイイイッ!」
急降下して襲い掛かるグリフォン。狙いはどうやら俺のようだ。前途有望な若駒たちが狙われずに助かったよ、本当に。
「ふんっ!」
飛び掛かってくると同時、鋭く突き付けられた前脚に斬りかかる。
普通の剣なら当たり負けしたかもしれないが、こちとらゼノ・グレイブルの素材をふんだんに使った特別製である。ただの、という枕詞が適切かは不明なれど、ただのグリフォンに当たり負けする理由はない。
「ギイィッ!?」
掴みかかろうとした前脚を、真っ向からぶった切る。無論正面に立ったままではそのまま圧力を受けてこっちが死にかねないので、しっかり横に避けながら。
特に引っ掛かりを覚えることなく前脚――人間で言うと手のひらに相当するようなところ――を半分に両断。グリフォンの驚愕に塗れた鳴き声が響き渡り、鮮血が飛び舞う。
本当は翼を狙いたかったんだけど、流石にリーチが足りない。あるいは嘴から突っ込んできてくれれば顔面を捉えることが出来たんだけどな。今回は一撃必殺とはいかなかった。
普通の鳥類であれば、獲物に突っ込むときは嘴が出る。脚にそこまでの攻撃力はないから。しかしグリフォンほどの大型になると、嘴で突っ込んでくるか鉤爪を繰り出してくるかはほぼ二択。此度の接敵では後者となったわけだ。
「キィイイイアッ!」
「はっ!」
手傷を負わせたグリフォンが慌てて退いていくのに合わせて、二匹目のグリフォンが襲い掛かる。どうやら先ほどのやり取りで後続が多少学習したらしく、次の狙いは俺ではなくアリューシアとなった。
……そっちを俺より弱いと見てしまったのかな。
残念ながら奴の狙いは外れである。餞別の剣のままであったならそうだったかもしれないが、彼女の武器は今やとてつもない切れ味を誇る業物になってしまったものでね。俺なんかよりもよっぽど恐ろしい相手だよそっちは。
「キッ……」
突っ込んできた二匹目のグリフォンは、次の瞬間には絶命した。理由は単純、アリューシアが勝ったから。
二匹目はどうやら嘴から真っ直ぐ突っ込んできたらしく、彼女は急降下の瞬間を狙って更に下へと潜り込み、ドンピシャのタイミングで剣を突き上げた。結果、喉元から脳天にかけて一直線に貫かれたグリフォンは、哀れ即死と相成ったわけである。
「アリューシア!」
「無事です!」
とはいえ、グリフォンの突っ込んでくる速度そのものは凄まじい。突撃自体は躱したもののその身に剣を突き立てた彼女は、グリフォンの質量と慣性でかなり引っ張られてしまった。
バランスを失ってそのまま地面に墜落したグリフォン。あわや巻き込まれたかと思ったが、どうやら彼女も上手く脱したらしい。身のこなしの軽さも相当である。スレナなら出来るだろうけれど、俺には出来ない戦い方かもしれない。
しかし彼女にしては結構危ない戦い方を採ったような気がするな。これも剣を新調した影響だろうか。やはり剣士という生き物は、得物が新しくなると少し無茶をしがちな性格をしているのやもしれん。
「さて……」
一匹は仕留めた。もう一匹は離脱してから再アタックの気配を見せない。恨めしそうにいくらか上空を飛び回った後、諦めたようにアフラタ山脈の奥の方へと引っ込んでいった。
あの傷では致命傷には至らないだろう。普通の人間なら重傷でも、身体がデカいということはその分生命力も高いからな。あれだけで失血死してくれるほど大型種は甘くない。
仕留めきれなかったのはちょっと残念だけれど、当面の脅威を排除出来たということで一応目標は達成したからよしとするか。
「皆、怪我はないかな」
「は、おかげさまで……!」
戦闘は一瞬で終わったし特に誰かが巻き込まれた様子もなかったけれど、一応訊いておこう。特に戦闘に参加していなくとも、パニックになって自傷してしまう可能性はそれなりにある。
けれど誰ひとり防御姿勢を崩すことなく、無傷で終われて何よりだ。やっぱりこの辺りの基本的な練度は素人とは明確に違うな。
「これで周囲は落ち着きましたか」
「だろうね、グリフォンが居たならさっきの一角狼くらいじゃないかな」
野生生物界の上下関係は割とはっきりしている。強いやつはシンプルに強いからな。武器とか道具とか戦略とか、そんなものをやつらは必要としない。
なのでグリフォンがこの辺りを飛び回っていたということは、グリフォンを狙うほどの上位者はこの周辺にはおらず、せいぜいが一角狼程度だということ。
無論安易に信じ切ることは出来ない理論ではあるものの、そもそもこの広大なアフラタ山脈をすべて攻略するのは無理なので、ひとまずはこういう区切りをつけるしかないだろう。
「損害なし。行軍を続行する」
「はっ!」
グリフォン一匹を撃破、一匹を撃退という通常なら中々の大戦果。しかし今回はグリフォンを狩ることが目的ではないので、念のため周囲を洗い直すのも含めて行軍は続行だ。行軍という行為そのものに新人を慣れさせるのが第一。目に余る危険は俺たちが排除すればいい。
「……ところで、さっきのは結構危険な方法だったと思うんだけど……」
「え、ええ……つい、気が逸ったといいますか……」
行軍が開始された後、少し気になっていたことをアリューシアに聞いてみる。
ゼノ・グレイブル製の業物を持っている俺ですら、攻撃を横に避けながら反撃を与える手法をとったのだ。やっぱりちょっと危険だったよねという確認を込めて聞いてみると、返ってきたのは彼女にしてはやや珍しい、少々言い淀む調子の声であった。
「まあでも、気持ちは分かるよ。気が大きくなってしまうというかね……」
「はい。自重せねばとは思うのですが……」
「仕方がない。そこで気合が乗らなきゃ、それはそれで剣士じゃないと俺は思うよ。無論、見極めは大事だけど」
「仰る通りです」
とはいえ、彼女の気持ちにも同意出来てしまうのが剣士という生き物の生きづらさを端的に表している。
だって新しい武器を貰ったら、それが一番威力を発揮出来る戦い方をしたいじゃないか。もうこれは如何ともしがたい剣士の悪癖と言ってもいい。そもそも安全に暮らしたいと考えているのなら剣を握らなきゃいい話なんだから。
一介の剣士であればそれでも許される。しかし彼女はレベリオ騎士団という、大いなる組織を率いるトップでもある。その欲に身を任せてばかりいられないのも面倒なところだが、ここは言う通り自分なりの線引きというか、見極めをしていくしかない。
結果として今回は快勝ではあったものの、そうならない可能性もあったと言えばあった。
でもまあ、彼女は彼女で状況をちゃんと見切った上でちょっと冒険をしているだけなので、俺がわざわざ改めて言うほどでもないかな。本人がきちんと自覚しているのなら尚更である。
「――やっぱりベリル先生は凄いわね!!」
「同意はするが、静かに」
「はい……」
先ほどの戦闘を見ていたアデルが、行軍を再開した途端にまた騒ぎ出す。それをまた教導役の騎士に咎められていた。なんかさっきも見たなこの構図。
というか同意はするんだね。まあ現役の騎士にそういう目で見てもらえることは嬉しいことには違いないが。
しかし今回は言ってしまえばたかが普通のグリフォンだった。俺でなくとも、経験と技術を蓄えた騎士ならば十分に対応可能な相手。是非彼らにはそれくらいまで育っていってほしい。
あとやっぱり、そういう目で見られても少しずつ遠慮しなくなったのは良い傾向なのかな。どうせ俺なんて、という言葉を軽々に吐けなくなった事情ってやつがあるにしてもだ。
今まで自信というやつがさっぱりなかったものだから、自信と増長の境目が正直よく分からない。ただむやみやたらに縮こまってしまうのはいけないということだけを学んだ状態である。
この辺りもいずれは分かるようになってくるのだろうか。その未来がやってくることを祈るばかりではあるものの、見通しは立たず。難しいね。




