第25話 片田舎のおっさん、森へ向かう
「や、やあ、皆おはよう。遅れてしまったようですまない」
翌朝。
いつもの宿で早めの朝食を取り、中央区の馬車停留所へ向かったところ。
待ち合わせをしていたスレナ、ポルタ、ニドリー、サリカッツの四名は既に到着しており、どうやら俺が一番遅かったようだ。
やっべ出だしから気まずい。
いつものルーチンで朝食をとっていたのがマズかったか。
「お、おはようございますガーデナントさん!」
「おはよう……ご、ございますぅ……」
ポルタ、ニドリーからそれぞれ元気の良いものと緊張で固まった挨拶が響く。
サリカッツ君は緊張しているのか、軽く会釈するだけに留まってしまった。一応そういうタイプの子なんだな、くらいに脳内に情報を書き込んでおく。
おじさん、子供相手の経験値は何気に高いからね。
「では行くぞ。皆、馬車に乗るんだ」
「うん、行こうか」
スレナの声に合わせて、あらかじめ用意してあった馬車へ皆で乗り込む。
ビデン村と往復した時はレベリオ騎士団が馬車を用立ててくれていたが、今回のは冒険者ギルドが用意したものらしい。
大体ダンジョンってのは街から気楽に行ける距離にはないから、こういう研修や依頼の時は大体ギルドが費用を持ってくれるそうだ。
流石、騎士団やら冒険者ギルドやらは資金力がある。
俺の住んでいたビデン村では決して考えられない好待遇だな。
全員が乗り合わせたのを見届け、御者を務めるサリカッツが馬に合図を送る。
ゆっくりと景色が動き出し、石畳の上を滑らかに馬車が動き始めた。
「へえ。冒険者自身が御者を務めるんだね」
「冒険者は長距離移動が多いですから。馬の扱いは基本ですね」
零した呟きをスレナが拾う。
そりゃまあ市街地だけの依頼で全て回るわけがないからな。いざ遠征しようって時に馬を扱えないのでは困るということか。
「この馬車でアザラミアの森まで行くのかい?」
「ええ。森林内部は馬車では通れませんので、付近までは。そこからは徒歩になります」
続いて投げかけた疑問に答えてくれるのは、やはり彼女であった。
やっぱりというか何というか、スレナは慣れているな。多分、こういう新人研修への付き添いも初めてではないのだろう。
となると、俄然疑問になってくることがある。
わざわざ俺要る? ってところだ。
いや最初から疑問だったんだけどさ。そもそもスレナ一人居れば新人三人の面倒見るくらい余裕じゃないかと思うわけで。
ギルドに俺を推薦したというのもかなり謎だが、百歩譲ってその推薦があったにしろ、わざわざ二人も監督役を付ける必要があるのか、どうしても疑問が残った。
「ところで……こういう研修には付き添いが複数居ないといけない、みたいな規則があるのかな」
なので、訊いてしまうことにした。
俺の疑問を受けたスレナは、先程までと違って少しの逡巡を見せた後。
少し小声で――俺にだけ聞こえる程度の声量で、回答を述べた。
「……規則では、プラチナムランクが二名、またはオーシャンランク以上の冒険者が一名付いていれば問題はありません」
「ふむ。俺の必要性が見えてこないが……」
やっぱり俺要らなくない?
石畳に揺られて規則正しい音が響く中、会話を続ける。
「先生は耳にしておりませんか。最近、モンスターの動きが少しおかしいのです」
「……初耳だね。どうおかしいのかな」
知らんぞそんなこと。
ていうかそういう問題こそ、冒険者なり騎士団なりが出張って片付ける問題じゃないんだろうか。俺みたいな冴えないおっさんを引っ張り出すんじゃありません。
「普段居ないはずの地域で大型種の目撃情報が相次いでいます。ギルドでも調査員を派遣してはいますが……まだ原因が掴めていないというのが実情です」
「ほう……穏やかじゃないね」
えっ何それヤバくない?
俺はモンスターや動物の生態に詳しいわけじゃないが、それでも村暮らしが長かったから、ある程度の知識というかこうあるべき、みたいなのは知っている。
人間やモンスターも含め、動物には確固たる生活圏がある。
縄張り、と言い換えてもいい。
国境みたいに具体的な線引きをされているものではないが、それでも余程のことが無い限り、基本的にその生活圏は変動しない。
変動しないから、生息域という言葉で分布を定めることが出来るのだ。
それが動いているということは、何らかの異常がその土地で発生している。または特定の個体あるいは群れに異常が起きている。
そう判断するのが普通。
で、冒険者ギルドの方でもまだその原因は掴めていない、と。
うーむ、不穏。変なこと起きなきゃいいけど。
「ですので、こういった新人育成も不測の事態に備えて、普段より人員を手厚く配置して行っています。そうなると自然、上位ランクの冒険者が足りなくなりますので、今回はそのご助力をと思った次第です」
「なるほどね……事情は理解した、ありがとう」
事情は理解したけど俺を選んだ理由は理解出来ないよ。
それこそレベリオ騎士団や魔法師団と連携すべき案件では?
おじさんは訝しんだ。
「そのことをアリューシア……騎士団は把握しているのかな」
モンスターの動きに不穏な影があるとなれば、国家としても他人事では済まないだろう。そうなれば騎士団や魔法師団に話が伝わっていてもいいはず。
「情報は渡っていると思います。シトラスなら知っているはずですが……」
「ふむ……」
まあ、アリューシアが把握しているのなら問題はないだろう。
俺に伝えなかったのも、多分俺のことを直接動かせる戦力として数えていないからだと思う。あくまで俺は指南役であって、前線で戦う人間ではないからね。
俺だって戦いたくないしな。皆の足を引っ張るのはごめんである。
ガタゴトと規則的な音を鳴らしながら、馬車は首都を抜ける。
首都バルトレーンは、周囲を高い城壁で囲った城塞都市とも言える。
モンスターを根絶させるのは土台不可能な話だから、こうやって城壁で街を囲うってのはどこでもやっていることだ。首都ともなればその規模がやはり違うのだが。田舎の村だとこの壁が柵になったりする。
壁の外に一歩出れば、ビデン村から覗く景色とそう変わらない。
人間の活動圏の広さが違うだけで、内と外で比べたらどこも似たり寄ったりである。
首都の石畳とは違う、踏みならされた街道を馬車が行く。
一応、国土として定められてはいるものの、人間が安全に住まうことが出来る土地、というのは存外に広がっていない。
勿論、人間側も努力はしているのだが、国民の全員が全員戦えるわけではないからな。
管理下に置くのと、支配下に置くのは違う。その意味では冒険者ギルドはアザラミアの森を管理はしているが、支配までは全く、といったところだろう。
その支配が完了した場所から村になり、街になり、国になっている。
それに、未だ支配地域が発展途上であるおかげで俺のような職業の者が飯を食えている、というのは何とも皮肉なものだ。
「やっぱり世の中、平和が一番だね」
「危険なく世界を巡れる、それこそが理想ではあるでしょうね」
俺の呟きに、スレナが相槌を打つ。
アザラミアの森に着くまでの間は、至極平穏な時が流れていった。




