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片田舎のおっさん、剣聖になる ~ただの田舎の剣術師範だったのに、大成した弟子たちが俺を放ってくれない件~  作者: 佐賀崎しげる
第八章

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第239話 片田舎のおっさん、わけを聞く

 遠征。遠征ね。最近こういう行事が多い気がするのは、きっと気のせいではないだろう。

 フルームヴェルク領への夜会参加から、サラキア王女殿下の輿入れ。そして今回の新人騎士のための遠征行事。今回は南でなく北に行くから方角こそ真逆なものの、長時間の移動というのはまあ身体によくない。いや、断るとかそういうつもりじゃなくてね。


「……遠征の意図は?」


 アリューシアの言う遠征行事。まさか新人を連れて遠距離を移動するだけではあるまい。とりあえずそれにどんな意図があるのか、何が目的なのかを聞いておくことにする。


「新人を遠征そのものに慣れさせることが一つ。北方の騎士駐屯所への顔見せが一つ。地理的にアフラタ山脈の北端にあたりますので、そちらに脅威があれば北方と共同して排除するのが一つ。この辺りでしょうか」

「なるほどね」


 語られる理由としては、至極真っ当なものであった。

 前回サラキア王女殿下の護衛をしたように、騎士となれば王都の守りのみならず首都外への移動も多い。それに若いうちから慣れさせておくというのはかなり大事だ。騎士の職務を遂行する上で極めて大切な要素である。

 ヒューゲンバイトの騎士たちと顔合わせをしておくのも重要。今後直接かかわる機会があるかどうかは不明なれど、同じ騎士として顔を繋いでおく価値は十分にある。

 北方都市の戦略的重要性自体は俺には分からないが、わざわざレベリオの騎士を常駐させておくくらいだから、何かあると見ておくのが妥当か。


 また、地理的にアフラタ山脈を掠めているという事情も見逃せない。

 俺の故郷であるビデン村は山の腹に沿った村だけど、山脈の脅威度というものはサーベルボアを定期的に狩る必要性があるくらいには高い。広大な山がある、それだけで人間の生活は大いに脅かされるのだ。無論、恵みもあるにはあるが。


 ビデン村からアフラタ山脈を攻略しないのは、単純に国境が近いからである。領土北端ともなれば他国と隣接することもない。そうであれば、騎士を動員して積極的に脅威を排除していく方向性も十分理解出来る。

 魔物やらモンスターやらが隙あらば跋扈しているせいで、人間が快適に安全に暮らせる土地というのは結構貴重なのだ。北方都市ヒューゲンバイトは騎士団を派遣してでも確保する利点のある土地、ということかな。


「ミュイに話をする必要はあるけど、今すぐってわけじゃないなら大丈夫だよ」

「ありがとうございます。詳細は追ってまた」

「うん、分かった」


 またミュイを独りにさせてしまう心配は若干あるものの、前回の遠征でも大丈夫っぽかったしまあいけるだろう。

 別に放任するわけじゃないが、ルーシーやアリューシアからも過保護過ぎると思われているみたいだしな。ちょっと気になってしまうくらいが実は案外丁度いいのかもしれない。


 何より、俺自身がまだ見知らぬ土地に対して興味を持っているのが大きかったりする。

 ビデン村に籠っていた時はそんなこと考えもしなかったんだけれど、バルトレーンに来て、更にはフルームヴェルク領やディルマハカにまで遠征したことで、割と世界に対する興味が湧いてきているんだよな。

 多分悪いことではないと思う。諸々が落ち着いたらミュイを連れて旅行にでも出てみたいと考えているし、そも悪さをしようとしているわけでもないからね。

 こんなおっさんになっても、外から受ける刺激で考え方や捉え方は変わるものだ。そういう気付きは今後も大事にしていきたい。そうしないと俺はもう老けるしかないから。


「さて、それじゃあ俺は修練場の方に行こうかな」

「私も執務に入ります。それでは」

「何度も申し訳ないけど、根を詰めすぎないようにね」

「はい、お気遣いありがとうございます」


 ここで執務に入るアリューシアと別れる。

 新人騎士が新しく入ったということは、それに伴う書類仕事なども増えているだろうし、人手の数が変わったことで今後の騎士団運営計画を練る必要もあるだろう。

 相変わらず一年中多忙を極めているのがレベリオ騎士団長という肩書である。アリューシアには心身ともに調子を崩してほしくないから何度でも心配ごとを言ってしまうし、これまた何度も思うけれど俺には絶対に出来る仕事じゃない。


 ヘンブリッツ君の補佐があるにしても、大組織のトップに立つというのは実に大変だ。しかも俺が来るまでは、この業務に加えて剣術指南役としても働いていたというのだから恐れ入る。

 デカい口を叩くことは出来ないけれど、気持ち的には騎士の武力育成はまるっと任せておいてほしい、くらいは言い切りたいね。その分彼女の負荷を減らすことが出来るんだから。


「ふう……よし、身体を動かそう」


 なんでもそうだが、悩みごとというのは悩み続けていても解決しない。悩むだけで解決するなら、この世に悩みごとなんて言葉は生まれていない。

 少なくともアリューシアの負荷を如何にして減らせるかという課題に対しては、俺が身体を動かすことでいくらか解決するのだから動かすしかないわけで。俺も身体を動かすことは嫌いじゃないし、まあ天職と言っていいのだろうな。


「新人たちのお手並みも気になるところだしなあ」


 修練場へ向かいながら、独り言が漏れる。

 実技試験は見たものの、外から見るのと実際に打ち合うのとでは得られる感触が全然違う。見るだけでも十分に得られるものはあるけれど、やっぱり直接相対してなんぼである。俺は彼らに剣を教えるのだから尚更だ。

 ぱっと見て、そこから不足を指摘するのはちょっと齧った程度のやつなら誰にでも出来る。知識は机に齧りついて目を凝らせば、ある程度は勝手に付いてくるから。


 けれど、それを実戦に落とし込める体系的な技術として教えられる人は少ない。

 別に剣術に長けた人がそのまま優れた指導者になるわけでもないが、本人が実際の感覚として持っている技術や経験ってのは結構大事である。それが身体を動かす技術であればなおのこと。

 その点でいえば俺は割と両方の知識と経験を持っているから、合っているとは思う。逆に現状で合わないのがフィッセルのようなタイプ。


 いや彼女が今後どう成長するかは分からないけどね。あくまで現時点ではという話である。

 彼女は己がやってきたことが正解という一本道にやや囚われ過ぎていたから、視野が広くなればその限りではない。そのための助力はしているつもりだし、今後もちょくちょく口と手は挟もうかなと思っている。

 あまりやり過ぎると本人の意欲と将来を潰しかねないから、塩梅は俺としても手探りだ。剣を教える者を教える経験は俺にもないからな。

 これに関しては剣術がどうこうより、先達としてどれだけ後進を導けるかという、またちょっと違った素養が必要な気がしている。


 俺にそれが備わっているのかは、まだ不明瞭。フィッセルがひとかどの教育者になることが出来れば、一つの成功の基準としても良いかもしれないが。

 アリューシアは除外する。俺は彼女に剣以外をなーんにも教えてないけど勝手にここまで来ちゃったからね。あれこそ天才と呼ぶに相応しい傑物だ。


 とてつもない剣の技量に加え、組織運営を卒なくこなす才覚。更には容姿人格ともに良しという、正に天が二物も三物も与えてしまった人物である。

 仮にうちの道場に剣を学びにこなかったとしても、違う分野で一流の人物になっていただろうと思わせるくらいには、一個人として持てる才能の量がずば抜けている気がしてならない。

 あれほどの人物に師として慕われるのは光栄であると同時、やはり気後れしてしまうのは俺の性格故か。ただ、俺がもうちょっと悪い人間だったなら、彼女を利用して好き勝手している気もするので、まあこれはこれで健全に過ごせていると見ることは出来なくもない。


 そもそも俺にその気がなくとも、レベリオ騎士団の特別指南役として田舎から俺をぶっこ抜いてきたこと自体が相当な力技ではある。

 いやまあ結果として俺も今の環境を気に入っているし充実もしているのだが、彼女のおかげで良くも悪くも俺の人生設計は大きく狂った。設計するほど考えていたかと言われたら、それはそれで難しいが。


 とりあえず現時点で思っていることは、指南役として最低限恥じない働きをしようということと、アリューシアの激務の負担を少しでも減らしてあげたいという二点。

 どこをゴール地点に設定すればいいのか中々に悩む難題だが、何も考えず与えられた職務をこなすだけよりは有意義だろう。


「お、皆早くもやってるね」

「ベリルさん! 本日もよろしくお願いします!」


 そんなことをつらつらと考えながら修練場へ向かうと、熱心な騎士たちが既に何人か鍛錬を開始していた。

 何度でも思うが、武に生きる者として素晴らしい人間ばかりである。しかもアリューシアやヘンブリッツ君が上に居るものだから、驕る者が一人も居ない。今の力量で胡坐をかき始めたら、成長はそこで止まってしまうからな。


 そんな彼らの成長を止めないように、そして俺自身も驕らないように気を付けなきゃいけない。特にここでは、国一番の騎士たちが俺を慕ってくれているという劇薬が付いて回る。

 一人の教育者として、一人の人間として。勿論、時には気を抜くことも大事だけれど、だからといって腑抜けるわけにもいかないからね。しっかりお勤めを果たしていこう。

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― 新着の感想 ―
もう少しアリューシアと主人公がお話しするシーンが欲しい…です。
気づいたらミュイが嫁の立場になってたりして
確かにこのまま何年も嫁を決めないでズルズル過ごすと、ミュイまでも結婚適齢期になってしまう。 ミュイの様子からすると「いずれオッサンが結婚するなら元々は他人の自分は、オッサンの妻にあらぬ誤解をさせないよ…
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