第238話 片田舎のおっさん、傾聴する
そのアデルのすぐ後ろ、こちらも性格通りと言えばいいのか、実に分かりやすく緊張しているエデルの姿も見受けられる。
どうやら二人とも無事に試験を突破出来た様子。こういう場で相好を崩すのは好ましくないと分かっているとはいえ、頬が緩むのはどうしても止められないね。
昨年の夏までは、冒険者になると豪語していた双子の弟子。恐らくというか、間違いなくヘンブリッツ君の影響が大きいものだとは思うが、さりとてどのような経緯を辿って彼らがレベリオ騎士団の入団試験を受けるようになったのか。
機会があればその辺りも聞いてみたいところだけれど、あまりそういう個人的な部分に突っ込むのもなあ。
とはいえ、晴れて騎士になれたのは誇らしい。これでうちの道場出身者から、少なくとも四名以上がレベリオの騎士として名を連ねたこととなる。
うーん、皆優秀。そのうちの一人はなんてったって騎士団長様だからな。あんな辺鄙な村道場に、よくぞここまでの才能が集ったものだ。
それに冒険者も人気の職業には違いないが、親御さんとしても娘息子がレベリオの騎士になったとなれば誇らしいだろう。無論、命の危険からは避けられない職業ではあるものの、それは冒険者も同じだからね。
むしろ冒険者と比べればまだまだ安全な方ともいえる。
この国で戦う職業と言えば第一にレベリオの騎士、その次に魔法師団。次いで冒険者や傭兵といった形になるが、上位二つは国家組織として手厚い保護を受けられるのが大きい。勿論冒険者も放置というほどではないにしろ、やはり一人ひとりに対する目のかけ方や意識というか、そういうものは国営組織の方が高い。
それを考えるとスレナなんて、よく単身であそこまで登り詰めたものだ。ある意味で一番才能があったのは彼女かもしれない。
「全体、止まれ!」
そんなことを考えている間に、新米騎士たちは左右を取り囲むレベリオ騎士の間を抜け、中庭の奥まで進んだ後に停止した。
こういうのって予行演習とかしてるのかな。少なくとも俺が指導している時間帯でこういうことはなかったように思う。まあ別の場所で練習しているのかもしれないし、わざわざ考えるほどでもないか。
「新たに叙任を受けた十一名。お連れいたしました」
「結構。下がってよろしい」
「はっ!」
ここで先導役を務めた騎士が下がる。アリューシアもばっちり外行きの声だ。
フルームヴェルク領への遠征やサラキア王女殿下の護衛など、公の場で彼女とともにする時間はそこそこにあったが、日常的にはやはり普段のアリューシアと接することの方が圧倒的に多い。
なので、こういった凛々しい声を作った彼女を見るのは、やっぱり今でも少し新鮮だ。その姿を見るたびに、大きく立派になったなあと。現役の騎士団長へ向けるにはあまりにもあんまりな感想を抱いてしまうのである。
「総員、傾聴!」
アリューシアに代わり、副団長であるヘンブリッツ君が傾聴の合図を飛ばす。これからアリューシアがお話をするから、ちゃんと聞けよということである。
その言葉を受け、全員の姿勢が整う。今までも整っていたんだけれど、一糸乱れぬ統率力には舌を巻くばかりだ。ブーツの音とか一瞬で重なるもんな。ザッ! って。あれは見ていて恰好いいと思う。俺も混じってやろうとはあんまり思わないけどね。
「――私がレベリオ騎士団長の座を与る、アリューシア・シトラスである。まずは大いなる同胞として、諸君らを迎え入れられたことを喜ばしく思う」
しんと静まり返った早朝の中庭に、アリューシアの凛とした声が木霊した。
こういう公の場での挨拶というものは、俺には経験がない。彼女に初めてここに連れられた時に無茶振りされてちょっと喋ったくらいだ。それも一言二言といった感じで、本当に言葉通り挨拶をしただけであった。
アリューシアやウォーレンは、俺はこれからこういう舞台に上がる機会が増えるという。ごめん被りたいところだが、俺の我が儘でそれが通るなら苦労はしない。それなら腹を括った方が幾分かマシというもの。
ならば彼女たちは剣の弟子ではあるけれど、社会では立派な先達である。立ち居振る舞いとか言葉遣いとか、その辺りを学ぶ貴重な機会だ。しっかり傾聴させていただこう。
「レベリオ騎士団はこの王国を守る盾であり、また外敵を滅する矛でもある。その一員として、諸君らの実力が大いに発揮されることを願っている。そのための助力は組織として惜しまないつもりだ」
装備の支給、ポーション類の利用、修練場の開放など、確かにレベリオの騎士には強くなるための環境が整っている。
支給されるプレートアーマーも当然しっかりしたものだけれど、やはりポーションを気軽に利用出来るのがデカい。しかも騎士団で主に使っているのは魔法師団から卸される高品質のもの。
俺も何度か使わせてもらったが、やっぱり怪我の治りがダンチなんだよな。薬草を煎じたものでもちゃんと効くんだけど、魔法の力は凄い。それに苦みも臭みもないのも最高だ。
魔法を付与したポーションや、魔法のみで生成されたポーションは相応に高額だが、騎士団内ではそれを福利厚生の一環として一定量は自由に使える。
重篤な怪我でもしない限りはすぐに訓練に復帰出来るのは大きい。結果として訓練に割ける時間も増えるし、怪我を必要以上に忌避することもなくなる。決して怪我をしてほしいわけじゃないけれど、負傷、もっと言えば痛みに慣れるというのは割と大事だからね。
死ぬ危険なくその経験を積めるのは、戦う人間にとっては実にありがたいことなのだ。
「ここに集った十一名は様々な思いを持っているだろう。己が武を極めたい者、金銭や地位を求める者、成り上がりたい者……その全てを我々は否定しない。ただ任務と国家に、同時に己の志に忠実であることさえ守っていれば、諸君らの思いは貫ける場所だ」
次いで放たれたのは、なかなかに個性的な話であった。
己が武を極めたいはまだ分かるが、金銭や成り上がりを目的としている者も否定はしないというのは、たとえ表面上の言葉であっても凄い。普通国営の組織でそんなこと言わないし、言わせもしないだろう。
けれど、レベリオ騎士団はそれを否定しない。確かに俺も良い給金を貰っているし、貰える分にはありがたいが。
ただとにかく、騎士として任務と国家には忠誠を持てと、そのことだけをアリューシアは伝えている。それさえ守れば己の欲を満たす分には構わないと。
まあ正直な話、完全な滅私奉公を求めるのは大変に難しい。それが出来るのならあらゆる規模の戦争は起こらないわけだからな。身内同士の諍いから国家間の争いまで含めてまるっと全部だ。個人や国家など規模の違いこそあれ、私利私欲が存在するからこそ争いは起こる。
なのでいっそのこと、それを否定せずに肯定し、でもその分ちゃんと責務は果たせよと言っているわけだ。
多分、この言葉を勘違いしそうなやつは面接で弾かれているのだと思う。そうしないと好き放題するやつも出てきそうだし。なかなかに含蓄のある言葉だ。
「今日この日が、諸君らの良き門出となるよう、そして時が過ぎた後、レベリオの騎士であったことが良き日々だったと思えるよう、我々とともに一層の研鑽に励んでくれることを願う」
アリューシアは朗々と言葉を紡ぎ続ける。
原稿としてあらかじめ用意していた言葉であるとは思う。思うが、それをこの場で噛まずに堂々と言い切れる彼女の胆力もまた凄い。手元に紙とかないからね。
俺なんかが喋ろうとしても、焦りに焦ってグダグダになってしまいそうだ。本人の気質によるところも大きいにしても、やっぱりこういうのは場慣れが必要なんだろう。場慣れするほど喋る機会が欲しいかと言われれば、まあ欲しくはないけれど。
「そのための設備、道具、人員は国内最上級であると自負している。私も剣術指南役として諸君らの鍛錬に力添えするほか、副団長のヘンブリッツ・ドラウト、そして特別指南役であるベリル・ガーデナント氏など、諸君らの師となる人物は多い。彼らから大いに学び、更なる躍進への足掛かりとしてほしい」
話の途中に少し話題を振られたので、軽く手を挙げておく。
改めてこうして紹介されると、肩書の重さというものを実感するね。俺のことを知っているアデルとエデルはともかくとして、他の九名からすれば得体の知れないおっさんであることには違いない。
ただ、俺が初めてレベリオ騎士団の庁舎に入った時と違うのは、現在この場に居る騎士たちが俺を認めてくれているということ。初対面の頃のような、突き刺さる猜疑の視線は感じられなかった。
けれどまあ、それだけで満足するわけにもいかないからな。新人の彼らがいつから訓練に参加するのかは分からないが、しっかり舐められないようにしたい。
舐められないようにと思えること自体が、少し前の俺からはあまり考えられなかった。それなりの自信と自負は出てきたということだろう。あとはこれが驕りに繋がらないよう注意するだけだな。
「最後に。――ようこそ、レベリオ騎士団へ。あなた方と肩を並べてこの国を守り、共に戦えること。光栄に思います。……以上」
しかし、相変わらず外行きのアリューシアはしっかりかっちりしているなあ、なんて呑気に考えていたところ。最後の最後にふっと声色を緩ませて、俺からすれば普段の彼女が一瞬顔を覗かせた。
張りつめた空気の中、いい意味で場が緩んだ感覚を覚える。恐らくだが、最後の挨拶は意図してこの空気を作り出したと見たね。ただきっちりしている、几帳面で融通の利かない騎士団長ではなく、この一瞬で僅かな人情を見せた。
この辺りの人心掌握術というか話術というか、それは流石の一言に尽きる。そりゃ若くして騎士団長に上り詰めるわけだよ。彼女の挨拶から色々と学ばせてもらおうと意気込んではいたものの、これを丸々自分のモノにするのは少々どころでなく骨が折れそうだね。
「続いて諸君らのため、庁舎内の施設案内に移る。ヘンブリッツ」
「はっ」
挨拶を終えたアリューシアが、ヘンブリッツ君を呼ぶ。どうやら騎士団庁舎の案内は副団長が直々に行うらしい。
言い方はアレだが、一口に騎士団庁舎内と言っても当然、新兵も入れるところと幹部しか入れないところがある。その辺りを案内するにも、やはりある程度上位に位置する者でないと不都合も出るのだろう。極端な話、新兵が間違って騎士団長の執務室に入るなんてことがあってはならんからね。
「整列! 一列でついてこい!」
「はいっ!」
アリューシアの凛々しくも静かな声とは対極の、力と圧の入った声が響く。ヘンブリッツ君は打ち合いの時の気合も凄まじいからな。素人ならあの怒声だけで竦み上がってしまうこと間違いなしである。
そんな声に釣られて、新人たちも緊迫した様子で声を返す。舐められるわけにはいかない、というのは何も俺だけの問題じゃなく、アリューシアやヘンブリッツ君も同様だ。
適度にビビらせておく、というのは結構有効な手である。勿論やりすぎは良くないけどね。その辺りの塩梅など、俺が言うまでもなく彼なら問題ないだろう。
「では総員、解散してよい。ただし、新人の邪魔はしないように」
「はっ!」
ここで顔見せのために集まった騎士たちに解散命令が下された。最後に一応邪魔するなとは言ったけれど、まあヘンブリッツ君が引率する中で変にちょっかいを掛けようなんて騎士は居ないだろう。多分その辺りはアリューシアも分かっていて、一応言っておくけどね、みたいな感じ。
「あ、先生。一つご相談が」
「うん?」
さて、解散命令も下ったことだし、俺も修練場に行こうかなと思っていたところ。アリューシアから呼び止められた。
ご相談。ご相談か。今までの経験から、あまりいい響きではない単語だ。それは主にアリューシアというよりルーシーのせいなんだが。
とはいえ俺に聞かないという選択肢はない。彼女ならそう無茶を言うこともないだろうし、わざわざ執務室に呼びつけて、ということでもないならそう秘匿するような内容でもないはず。
「新人たちが庁舎に馴染んだ後にはなりますが、北方都市ヒューゲンバイトへの遠征行事を予定しています。可能であれば、先生にも同伴頂きたく」
「ふむ……」
アリューシアから齎されたのは、新人を含んだ騎士団遠征への同伴願いであった。




