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片田舎のおっさん、剣聖になる ~ただの田舎の剣術師範だったのに、大成した弟子たちが俺を放ってくれない件~  作者: 佐賀崎しげる
第八章

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第233話 片田舎のおっさん、見学に向かう

「よいしょ、と」


 ヘンブリッツ君との語らいからまたしばらく時が経った後。いつも通りの時間帯に家を出て、いつも通りに騎士団庁舎へ出勤し。いつも通り修練場にやってきたものの、そこから先はいつも通りとはいかず。

 だだっ広い一階のスペースと違い、大人二、三人分程度の幅しかない二階席へと今日は足を運んでいた。


 そう、レベリオ騎士団の入団試験のお時間である。実技試験が始まるのはもう少し後とはいえ、今日は午前中まるまる修練場の使用が禁止されているので、最初から二階で事を待つ構えだ。

 ただ、こんな早朝から見学だけのためにやってきている者は正直に言って居ない。見学予定の騎士はおろか、教官役の騎士だってまだ現着していない。広い修練場の中で、今この場に居るのは俺ただ一人である。


「流石に早すぎたかな……」


 今更ながら若干後悔の念がせり上がってくる。もうちょっと家でのんびりするなり、西区などに寄り道してちょっと散策してもよかったかもしれん。けれど今から足を運ぶのもなんだか面倒くさいしなということで、二階スペースの手すりに手をかけてのんびり時間が過ぎるのを待つことにする。

 普段はどの時間に来ても大体誰かしら居るし、鍛錬の音が響き渡っている修練場。それが今や静寂に包まれており、居るのは俺一人。なんだか不思議な気分だ。


 こういう空気は実家の道場でも時折感じていた。皆が騒がしく切磋琢磨する空間が、ふと外界から切り離されたかのように静かになるひと時。

 気合と発破が入り乱れる空間も好きだけれど、こういう静寂も俺は好みだ。前者が精神を昂らせるものなら、後者は精神を落ち着かせる効果がある。ような気がする。

 常に昂っていては身体が持たないからな。ビデン村に住んでいた頃は道場だろうが何処であろうが日が沈めば大体は静かだったが、バルトレーンに来てからそういう場所は結構貴重になっている。


 普段が喧騒に包まれているからこそ、静寂が身に染みるね。ただぼけっと突っ立っているだけなのに、不思議と精神が凪いでいく感覚がある。

 こういう精神の落ち着かせ方は、年を重ねて得たようにも思う。単純な技術や経験以外でも、存外年を取ることで気付くものもあるわけだ。


「――おや、早いですねベリル殿」

「ああ、ヘンブリッツ君。おはよう」

「は、おはようございます」


 どれくらい、そうしていただろうか。

 広い空間で沈黙の帳に包まれていると、時の流れは実に曖昧になる。その中を彷徨うのも個人的に嫌いではないものの、そういった静寂は常に誰かの手によって破られるものだ。無論、悪い意味でなくてね。

 今回はその相手がヘンブリッツ君であった。意外そうな表情とともに投げかけられた言葉に挨拶を返す。


 そんな彼は俺に早いですねと言ったものの、ヘンブリッツ君も早いお着きである。なんせ他の騎士はまだ誰も来ていない。逆説的に、俺が相当前から居たことになってしまうんだが。おじさんになるとその辺りの、待つという行為があまり苦にならなくなった気がするよ。


「今日は正装なんだね」

「ええ、志望者の目に触れる機会ですから」

「……しまった……!」


 で、彼はいつもの訓練着ではなく、きっちりと銀に光るプレートアーマーを着込んでの登場である。

 そこを聞いてみたら、当たり前の言葉が返ってきた。つまり、試験を見るということは見ている我々側も騎士志望者から見られるということ。

 なんでその程度のことに気が回らなかったんだ俺は……!

 こんな平服で偉そうに上から見下ろしているおっさんなんて不審者そのものじゃないか。騎士の鎧は持ってないから仕方がないにしても、せめてレベリオの外套くらいは羽織ってくるべきだった。最近暖かいからと油断していたらこのザマである。


「こんな格好で申し訳ない……本当に……」

「問題ありませんよ。普段着で見学する騎士も大勢居ますので」

「そうか……ありがとう……」

「で、ですので、そこまで落ち込まずとも……」


 その程度の気が回らなかった自分に凹む。

 ヘンブリッツ君もフォローしてくれているが、周りもそうだから気にしなくていいとはならない。俺がそれを知った上で平服で来るならまだしも、マジで結果論でしかないからな。


「……よし、ごめん。ありがとう。もう大丈夫」

「ならいいのですが……」


 とはいえ、過ぎてしまったことを悩み続けていてもあまり意味がない。ここはもう他の騎士たちも練習着で覗きに来ることを祈って前向きに捉えよう。

 この辺りの割り切りというか、後ろ向きな悩みが良い意味で持続しなくなったのも良いことだと捉えることにする。今までの俺ならこんな短時間で立ち直るのは多分無理だっただろうに、いやはや精神ってのはこの年になっても成長するもんだね。いや、この年だからこそ心を育てないといけないのか。人生というものはかくも難しい。


「しかし、ヘンブリッツ君も見に来ているということは、仕事は大丈夫そうかな」

「ええ、最近は込み入った物も少ないですから。平和な証拠でしょう」


 気分転換も兼ねて話題を振ってみる。

 ヘンブリッツ君は以前、都合が付けば入団試験を見に来ると言っていた。つまり今は都合が付いたということである。

 これは前にも思ったことだが、アリューシアやヘンブリッツ君といった騎士団の上層部が適度に暇なのは良いことだ。その分緊急の用事がないとも取れるし、裏を返せばそれは平和の証である。


 ここ最近は結構ゴタゴタしていたから余計にそう感じるね。スフェンドヤードバニア絡みで大変だったのは記憶に新しい。

 ルーシーからは色々と聞いていい範囲での進捗は聞いていたけれど、今どうなっているんだろうなそこら辺は。俺自身が国政や外交へ積極的に関わることはないにせよ、事件の当事者ではあったためにその進捗というか、そういうものは気になっている。


 グレン王子とサラキア王女は上手くやっているのかとか、ディルマハカの復興具合はどうだろうとか、教都をうろついていると言われている黒衣の連中にはどういう真意があるのかとか、まあ気になるトピックスが多い。

 気にはなるけれども、それぞれが気軽に聞ける内容ではないので結局俺の耳になかなか入ってこない、というのが現状だ。


 あれ。ふと思ったんだけど、俺は今後サラキア王女のことはサラキア王女と呼んでいいのか? 王女であることに違いはないと思うが、スフェンドヤードバニアに嫁いだのだから何か変えた方がいいんだろうか。

 別に今後会う可能性は極めて低いにしろ、なんだか気になってしまったな。その辺りの知識は大変に薄い自覚があるので、どうにかしてそういうものを補強したいところである。まあ優先度は低いし、何かのついで、くらいの感覚で頭の片隅に置いておこう。


「……ベリル殿?」

「ああ、ごめん。ちょっと考え事してた」


 前半はともかく、後半は今この場ではまったく必要のない悩みである。ついつい考え込んでしまうのも俺の悪い癖だな。剣を握っている時はそうでもないんだけれど。

 剣を振る時にあれだけ集中出来るのなら、それは他でも活かせるんじゃないかと思うことはある。あるんだが、そう上手くいかないんだなこれが。俺だけなのかもしれないが、剣で培った経験を日常生活に活かせたことは言うほどない。


 このご時世、戦う術は必要であるにしろ、それだけに傾倒していると大抵碌なことにはならない。そうはならないように気を付けていきたいところだが、今のところ他の仕事ってのも想像が付かないもんで、これもまた難しい。

 俺なんて特別指南役を解雇されたら完璧な無職だからね。

 最悪ビデン村に戻ればいいにしても、他で生きる術を知らないというのはまあ、時折悩むことはある。結局それも今がどうにかなっているから、深くは考えないのだけれど。


「まあ、平和なのは良いことだよ。俺が言うのもおかしな話かもしれないけれど、武力は必要とされない方が良いに決まっている」

「仰る通りですな。現実的にそうはいかないのが難しいところですが」

「まったくだねえ」


 仮にも騎士団の指南役を与る立場として、この発言はあまり良いものではないのかもしれない。俺自身が剣術を修めておいて何を言うかという話ではあるんだが、武力がなくても回る世界が理想っちゃ理想だからな。

 無論、抑止力としての力は必要だ。仮にモンスターが絶滅したとしても、悪いことを考える人間は絶対に出てくる。

 逆に言えば、それらを抑え込める力があればそれ以上は必要ないというのが、まあ治世の理想形ではあるのだろう。その世界に辿り着けるとは思えないけどね。現実は世知辛いものである。


「……お」

「来ましたね」


 そうして、ヘンブリッツ君と慎ましやかな雑談を交わしつつ時間の経過を待つことしばし。

 恐らく騎士の候補生であろう若者を連れて、何人かの騎士が修練場に入ってくるのが見えた。同時に、ちらほらと俺たちの居る二階席に登ってくる騎士の姿も。


「副団長、ベリル殿! おはようございます」

「ああ、おはよう」


 挨拶をしてくれる騎士たちも、大体は皆訓練着だったり普段着である。鎧を着込んでいるのはヘンブリッツ君を含めても数人居るかどうか、といったところ。

 よかった。これなら俺も悪目立ちせずに済みそうだ。とはいえ、俺みたいな年のいった騎士はぶっちゃけ少ない。俺がこの場に居るだけである程度浮いてしまうのはもう仕方がないことである。それは特別指南役として連れてこられた初日からずっと変わらない。流石に俺もそれは慣れたよ。


「……結構多いね」

「ええ。毎年かなりの志望者が集まりますので」


 騎士の先導で修練場に足を踏み入れた志望者の数は、正直想像していたよりもかなり多い。

 てっきり最初の筆記で結構絞るのかと思っていたが、ざっと見ても数十人以上は居る気がする。今年が特別多いのか、例年こんな感じなのか。ヘンブリッツ君の答えからすると、どうにも後者のようだが。


「筆記の難易度ってざっくりどの程度なのかな」

「易しくはありませんが、特段難しいというわけでもありません。専門的な知識を要するというより、どちらかと言えば一般教養が重視されます。どのみち実技でかなり絞られますので」

「なるほどね……」


 レベリオの騎士は国の象徴であり、力の象徴だ。誰も学者さんを望んでいるわけではない。そんな人はもっと適した職場があるだろう。

 そう考えれば、実技の難易度の方が高いというのも自然な流れか。戦いの場に立てる武力と精神力。それらを後付けで乗っけるのは知識を付けるよりも難しいからな。


 場に集っている者たちは、やはり年齢的には若年層が多い。俺ほどとは言わずとも、ちょこちょこ青年っぽい人も混じっているが、割合としては少年少女と呼んで差し支えない者の方が遥かに多いだろう。

 まさしく若駒といった感じである。

 あどけなさを残した顔に緊張とやる気を張り付けた表情。多分に初々しさを残す面々。その者たちに対してどうにも保護者目線が抜けないのは、単純に俺が年を取ったからなのか。少し判断に悩む。


「それでは点呼を開始する!」


 入団試験の受験者が恐らく集まったところで、引率していた騎士が声を張り上げた。

 いよいよ試験の始まりだ。力自慢の若き芽たちがどのような剣を振るうのか、是非とも刮目したいところである。


「名を呼ばれた者は返事をするように。アカード・ライマン!」

「は、はい!」


 普段とは違う、静まり返った修練場で騎士の声と志望者の声のみが響き渡る。

 最初に呼ばれたアカードという名の少年は、どうやら緊張でガチガチの様子。このままの調子では剣を振るうことすら難儀しそうだが、この辺りの図太さもきっと査定の範囲なのだろうな。


「次! アデル・クライン!」

「はいっ!!」

「――うん?」


 今なんて?

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― 新着の感想 ―
アデルちゃん来たーっw
また女子
先生の門下生や知人は物凄く多そうですね(笑)。 朝一番のホームの冷えた静けさが好きさ と渡辺美里さんが歌ってらっしゃるように、早々の時間による静寂はわたくしめも大好きです。 続き楽しみにしていま…
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