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片田舎のおっさん、剣聖になる ~ただの田舎の剣術師範だったのに、大成した弟子たちが俺を放ってくれない件~  作者: 佐賀崎しげる
第八章

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第231話 片田舎のおっさん、食事を楽しむ

「いらっしゃいませー!」

「三人だ。テーブル席は空いているか」

「はい、こちらへどうぞ!」


 この店を知っているスレナを先頭に、俺とミュイが後ろを付いていく。もうバルトレーンに来てから女性の後ろを歩くのに慣れちゃったよ俺は。

 店内はそこそこ繁盛しているものの、まだちらほらと空席がある。俺たち三人なら何とかまとまって座れそうな感じであった。

 路地裏の安酒場と言うほど治安は悪くなさそうだが、御堅い方々が足繁く通うほどは畏まってもいない。割と俺の好きな塩梅の店だな。ここの場所は今後のためにも頭に入れておこう。


「さて、と。とりあえずエールと、ミュイはぶどうジュースでいい?」

「ん」


 三人で一つのテーブルを囲って椅子に座る。まあこういう場所に、しかも夜に来たとなれば一発目はエール一択である。

 ミュイはぶどうジュース。この味は割と好きらしい。将来的に酒を飲めるようになったとしても、エールよりはワインなどを好みそうだな、なんて思ったりもした。


「では私もエールで」

「よし、じゃあエール二つとぶどうジュースをひとまずください」

「はい、畏まりました!」

「食べ物は……スレナに任せようかな」

「あ、はい。構いませんが……」


 飲み物は決まったので、今度は食べ物の注文を考える。

 とはいっても、魚に関する知識は俺もミュイもほとんどない。マジで焼いて食う以外の選択肢を知らないから、ここはスレナに注文を委ねたいと思う。

 流石にこのシチュエーションで肉をガッツリ、みたいなことはならんだろう。ミュイが魚を楽しみにしていると伝えているしな。まあそうなったらそうなったで肉を頑張って食べて魚を頼めばいい話なんだが。


「……ミュイは食べられないものは何かあるか?」

「ない、です。なんでも」

「そうか。好き嫌いがないのはいいことだぞ」

「……うす」


 ここでしっかりミュイに確認を取るのも流石なんだよな。こういう気遣いが出来る人だということを、ミュイには早めに分かってもらいたい。いやもしかしたら分かってはいるのかもしれないが、やはり最初に植え付けられた印象というのはなかなか剥がれないものだ。

 あと、ミュイに好き嫌いがないのは過ごしてきた環境が少々過酷であったことも大きい。選り好みしていてはその日の飯すらままならない状況だったろう。俺の身体が動くうちはもう、そんなひもじい思いはさせてはならぬ。


「では、この白身魚のムニエルとフリッターをそれぞれ三人前で」

「畏まりましたー!」

「フリッター……」

「はは、ミュイは好きだったからねえ」


 そう悩みもせず、スレナが決めたのは白身魚のムニエルとフリッター。

 ムニエルって確かバターで焼いたものだっけか。あまり調理方法に詳しくないからその辺りは大分うろ覚えである。なんとなーく知識があるようなないような、くらいの感覚だ。

 ただまあ、普通に火に当てて焼いただけの魚であれだけ美味かったのである。バターで焼いて不味いわけがない。否が応でも期待値が高まっていくのを感じるね。


 そしてミュイはフリッター……揚げ物が大好物。彼女とともに暮らすことになって間もなくな頃、ルーシーに教えてもらった店で肉のフリッターを頼んだ記憶が蘇る。

 この調子で好きな食べ物をどんどん増やして、どんどん食べてほしい。そのための稼ぎはしっかりあるからな。


「お飲み物お待たせしました!」


 程なくして、最初に頼んだエールとぶどうジュースがやってくる。エールの付け合わせにしっかりナッツ類が出てくるのも高ポイント。エールだけ飲むのも味気ないしね。


「じゃあ、とりあえず……乾杯?」

「はい、そうしましょう」


 何かの祝い事で来たわけでもなんでもないので、何に乾杯するかはまったく決まっていない。けれど、こういう場に飲みに来たら最初にジョッキを合わせるってのはなんかもう不文律みたいなものなのだ。とりあえず飲み始めにやっとくか、的なやつね。

 ゴツン、と木製のジョッキがぶつかり合う音を聞きながら、エールを喉に流し込む。


「ふぅー、美味しいね」


 空きっ腹にエールが染み渡っていく感覚は何度味わってもたまらんな。水や他の飲み物ではなぜか味わえない奇妙な快感がある。いや、あまり身体によくないだろうってことは分かるんだけれど。


「ええ、仕事終わりのこいつは格別ですよ」

「違いない」


 スレナはスレナで豪快にエールを叩きこんでいた。アリューシアほどではないにしろ、彼女も結構酒が強そうだな。これが二人での飲みなら最悪俺が潰れてもいいか、とも思えるが、今日はミュイが居るのでほどほどのところで自重しておきたい。


「……オッサン、いっつも美味そうに飲むよな」

「えっ、そんなにかな」

「お前、まだオッサンなどと……」

「うっ……」

「スレナ、それはもういいから」

「は、はあ……」


 俺のエールに対する向き合い方にミュイから突っ込みが入り、それにまたスレナが突っ込み、なんだか会話がワチャワチャし始めてしまった。前も言った気がするけれど、呼び方なんて割とどうでもいいと思っているからな俺は。

 後見人として父親代わりのことをしてはいるが、事実として俺はミュイの父親ではないわけで。

 無論、躾の一環として呼び名を徹底させるのも一つの手段ではあろうものの、その辺りはどうにも積極的にやろうとは思わない。

 どちらかといえば、ちゃんとそう呼ばれるようにしようという己に対する意識の方が強い。それが叶うかどうかは置いておくとしてね。


「お待たせしました、白身魚のムニエルとフリッターです!」

「料理も来たことだし、こっちを楽しもうか」


 ある意味いいタイミングで料理がやってきたことだし、一旦会話を切る。眼前には、その魚が焼き立てであることを示すような湯気が漂っていた。そして、その湯気とともにハーブとバターの香りも。

 うーん、この時点で既に美味そう。バターだけじゃなくてハーブも使って焼きを入れているらしく、香りが半端ない。空腹なのもあって食欲をめちゃくちゃに刺激してくるぞ。


「……うまそう」

「だねえ、美味しそうだ」


 料理を前にして、ミュイの知能が早くも下がり始めた。そういうところも可愛い、ってこれ何回も思っている気がする。まあ何度でもそう感じるので何もおかしなことはない。


「いただきます」


 三人での食前の挨拶が揃う。スレナもうちで面倒を見ていた時は、遠慮がちにこの言葉を紡いでいた記憶が蘇ってくるね。


「ほふっ……うまっ」


 ムニエルとフリッター。どちらから手を付けるかやや悩み、ムニエルの方へ。フリッターはなんとなく味の予想が付くけれど、ムニエルはマジで分からない。なので正体不明のこっちから攻めることに。

 肉と比べて随分と柔らかい身をナイフで整え、いざ実食。口内でほろほろと身が崩れるのと同時、魚の旨味、ハーブの香り、バターの濃厚さが一気に駆け抜けていく。


 これは美味い。文句なしに美味い。素材や調理技術の問題で自宅での再現はやや難易度が高そうだが、じゃあ難しいなら食べに行こうかとノータイムで思えるくらいには美味い。


「うまい」

「ははは、料理は逃げないよ」


 そして俺の横で座っているミュイはムニエルとフリッターを交互に口に放り込みながらモゴモゴしていた。

 テーブルマナーなんてものを気にする場所ではないが、それでも大分ガツガツと突っ込んでいる。言った通り料理は逃げないんだから、多少はゆっくり噛みしめて味わってもバチは当たらないだろう。まあ熱は逃げるから熱いうちに食べるのは間違ってはいないけれど。


「まったく、もう少し落ち着きを持った方がいいんじゃないか」

「普段は割とおとなしいんだけどね……」


 一方、スマートなナイフ捌きで白身魚を味わっているスレナからはちょっとした苦言が飛んだ。いや、これでも日常生活では大分落ち着きが出た方なんだよマジで。

 食事を味わう暇がなかったというかつての事情があるにせよ、この暮らしを始めてからそこそこの時間が経過している。魔術師学院で学友にも恵まれたことから、普段から取り乱したり焦るようなことはほぼなくなったと言っていい。

 けれど、やっぱり美味しいものを初めて口に含んだ瞬間はテンションが上がってしまうもの。相応の年齢なこともあって、ここは多少大目に見てあげたいところであった。


「スレナの時は逆に、もうちょっと食べてほしいなんて思ってたけどね」

「あ、あの頃はまだ心身ともに落ち着いておらず……!」

「そうだね。でも今は落ち着いて、元気に過ごしている。そのことが俺は嬉しいよ」

「……はい。ありがとうございます」


 ちょっとしたお返しってわけじゃないけれど、ミュイばっかり攻め立てられるのは可哀想なのでスレナの方も突っついておこう。

 うちに居た頃は本当におとなしかったからな。声も小っちゃくて見るからに内気な少女という感じであった。

 無論、そうなった背景が背景だからそれを徒に突っついたりはしない。現に今は元気に育ってモリモリ食べているからそれでよいのだ。背丈もめちゃくちゃ伸びてるしね。俺ともうほとんど変わらないくらい、女性にしてはかなりの長身である。


「うまい」

「すみませーん、エール二つとぶどうジュースください」

「はーい!」


 そんな話をしながらもミュイの手は止まらない。ついでに語彙力が完全に死んだ。そして飲み物のぶどうジュースも早くもなくなりかけている。

 もう俺としてはどんどん食え、たーんと食えという気持ち。ミュイが元気よく食べている姿だけでエールが進むと言っても過言ではない。


「うん、フリッターもイケるね」

「肉と違って脂っこさがありませんからね」

「確かに。おじさんには優しいメニューだよ」


 というか、俺もちょこちょこ会話を挟みながら普通に食っている。ムニエルとフリッターがマジで美味いんだ。逆に適度に喋ってないと手が止まらないくらいである。

 なんだろう。この年になってからがっつり肉というよりは、落ち着いた味わいの方が合うようになってきたとでも言うべきか。

 その意味では魚料理は本当に合う。エールと合わせるならガツンと肉でもいいのかもしれないし時々それが恋しくなるのは事実だが、寄る年波には勝てないということかな。


 なまじっか今まで碌な魚料理を食していなかったもので、食の好みが一気に傾きそうな予感もある。別に悪いことじゃないにしても、この年齢で趣向がガラッと変わりそう、というのはなんだか不思議な感覚であった。


「……食った」

「はは、流石に満腹だね」


 そうやって三人で食卓を囲むことしばし。

 結局ムニエルとフリッターをもう二人前ずつ追加し、更には腸詰とシチューも加え、俺もミュイもスレナもたらふく料理を味わった。といっても魚料理は二種類だけだが。


 いやあ、久々に極めて満足感の高い食事だった。魚料理が新鮮であったことも勿論だけれど、スレナとミュイ、この二人とともに食卓を囲めたのが大きい。

 初めてのことではないにしろ、前回は二人が初対面だったからな。互いに気を張っている状況では食事も楽しめなかっただろう。俺もちょっとしんどかったし。主にスレナから放たれる圧が。


「いやあ、本当にいいお店だ。スレナ、ありがとう」

「いえいえ! 私はただ店を紹介しただけですから」

「その情報に大いに価値があるのさ。ミュイも気に入ったみたいだし。何より、君とまた食卓を囲めたことが俺は嬉しかった」

「――それは、私もです。ありがとうございます」

「……美味かった、です」

「フッ、それはよかった。教えた甲斐もあるというものだ」


 腹は満腹、適度にエールも回ってきている。実にいい気分だ。素晴らしい食事のひと時であった。

 ミュイもかなり満足している様子。この小さい身体にどれだけ入るんだというくらい食べていたからな。まあそれくらい食べた方が血肉になるというものである。


 それに完全とはいかずとも、この一時のおかげでミュイとスレナの距離がちょっとだけ縮まったような気もする。初対面時の印象を抜きにしても、まあいきなり距離感を詰めるのは互いに合わないだろうから、こうしてゆっくりと互いの距離を近付けていってほしいところだ。


「これからもちゃんと食べるんだぞ。食わないと身体はデカくならんからな」

「……はい」

「はは、ミュイは最近よく食べるようになってるから、ちょっと遅い成長期かもね」

「う、うるせー……!」


 たくさん食べるのはいいことに違いないんだが、なんだかミュイは少々恥ずかしがっている様子でもあった。

 女の子がたくさん食べるってのは当人としては気になるところなんだろうか。俺としては食っちゃ寝はともかくとして、元気に動くならその分元気に食べてなんぼだと思っている。スレナの言う通り大きくなれないからな。

 その意味では、ミュイはこれからどんどん大きくなっていくだろう。それは身体の成長のみならず心身ともにという意味で。

 新たな生活、新たな環境。そして新たな交友関係。これらすべてを血肉として、彼女には大きく羽ばたいてもらいたい。そのための助力なら惜しまない所存だ。


「さて、それじゃ会計を――」

「いえ先生、ここは私が」

「え? いや、ただでさえ店を紹介してもらっているのに奢ってもらうのは流石に」

「いえいえ、先生にお支払い頂くまでもなく……」

「いやいや、こっちはミュイも居るんだから食べた量的にも」

「いえいえいえ、彼女のことでしたら私からの先行投資ということで……」

「いやいやいやいや、それなら俺こそが出しておくべきでしょ」


 このまま気持ちよく解散……と行く前に、飯代の勘定で少々変な揉め方をした。

 スレナがどうしても譲ってくれないので、じゃあ分かりやすく半分こということで決着がついた。

 俺としてはスレナにも奢ってあげたかったんだけどな。最後になんとも恰好の付かない一時となってしまった。悲しい。

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― 新着の感想 ―
おっさん呼びはそろそろ止めさせたほうがいいな。 ミュイの感じが悪くなる。
くぅ……この時間に読むんじゃなかった……オイシイ魚料理、食べたくなってきた……
美味そうな文章(笑)。 育って欲しい、おごってあげたい。 そんな気持ちも1人前になった教え子にも変わらずある。 教え子にも教え子なりの恩返しのような気持ちもあって。 心が温かくなりました。 …
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