第23話 片田舎のおっさん、凌ぎ切る
「おい皆! リサンデラさんが手合わせするらしいぞ!」
「マジ? 相手はあのおっさんか? 誰だ?」
「さあ……冒険者って感じじゃなさそうだが……」
場がざわついている。
無理もないだろう、ブラックランクの冒険者と言えば全冒険者の羨望の的といっても過言ではない。そんな彼女が手合わせをするとなれば、見学したい者が数多く押し寄せてくるのも分かるというものだ。
相手が俺みたいなおっさんでなけりゃもっと映えたんだろうにね。
「こちらがギルドの訓練場ですな。広さは問題ないと思いますが」
「……ええ、大丈夫だと思います」
ニダスの言葉に頷きを返す。
「くっくく、楽しみじゃのう、楽しみじゃのう!」
こ、こいつ他人事だと思いやがって。
俺はルーシーのことを一発くらいしばいてもバチは当たらんのじゃなかろうか。
あの後、結局とんとん拍子で話が運んでしまい、俺とスレナで手合わせを行うことになってしまった。
場所は冒険者ギルドに併設されている訓練場。騎士団の修練場と違って屋外にあり、また広さもそこそこのものであった。
見渡すとそこら中に木人が立てられており、結構な数の冒険者が居るようだ。
ただ、訓練の場ということもあってそのほとんどが新人若手のようだが。具体的に言えば、目に入るプレートのほとんどがホワイトとブロンズだった。
まあゴールド以上の一人前になれば、わざわざ訓練場で剣を振ることもないだろうしね。多分、依頼や実戦で鍛えているのだろう。
「ふん」
スレナは、いつも通りである。
きっとこの程度の視線、慣れっこなのだろうな。
俺はと言えば、まあ道場で多少見られることはあっても、ここまでの大人数に見守られながらの手合わせってのはどうにも慣れない。
レベリオ騎士団で指導をするのも酷く新鮮なのだ。冒険者に囲まれてってのは当然ながら初めての経験である。おじさんちょっと緊張。
「では先生。宜しくお願いします」
「ああ、お手柔らかに頼むよ」
広場の中央で、俺とスレナが対峙する。
いやマジでお手柔らかに頼むよ。本当に。
スレナは一言だけ紡ぐと、綺麗に腰を折った。
彼女が幼い時、俺が道場で教えた礼だ。
今でも覚えていてくれて、少し温かな気持ちになる。
互いに持っているのは木剣。しかし俺はロングソードに似たサイズであるのに対し、スレナが持っているのは幾分か短く細いものが一対。
彼女は二刀流だからな。得物の違いは結構戦い方に差異が出てくるのだが。さて、二刀流相手にはどう立ち回るべきだったか。
いや、あくまでこれは手合わせ。勝敗を競うものではない。
それに、あれやこれや雑念を浮かべるのもスレナに対して失礼だ。
よし、集中しよう。集中!
「――参ります!」
「……ッ!」
スレナが戦いの狼煙を挙げる。
短い咆哮と同時。眼前の女性が視界から消えた。
――体を沈めた?
助走、速い、右から、振りかぶり、両手、違う、片方はフェイク、胴打ち、止める、縦切り、逸らす、蹴り、抑える、飛び退く、ついてくる、諸手突き、躱す、からの斬り開き、防ぐ、また突き、回る、回転切り、防ぐ!
「はあああああああッ!!」
「ぬぅ……! くっ!」
うおおおおお速え! 思考が追い付かん!
まさに電光石火、疾風迅雷。息継ぎすら隙になると言わんばかりの猛攻。
反撃とか考える隙間がない。後の先とか言ってる場合じゃなかった。ほぼほぼ反射で躱すのが精いっぱいである。
いや、スレナめちゃくちゃ強えぞ!
そりゃ最高位の冒険者だ、弱いわけがないもんな!
剣が二本あるということは、単純に考えて手数が二倍になるということだ。勿論、その分扱い方も変わってくるから、素人がただ剣を二本持つだけなら大した脅威にはならない。
しかしスレナは違う。正しく双剣に最適化された動きだ。
時に繊細に、時に大胆に。縦横無尽に二刀二刃が踊り狂う。
ヤバい、このままでは何も出来ずに圧殺される。
流石に楽勝とまでは思っていないが、仮にも剣を教えている身である。手も足も出せずに惨敗ってのはちょっと格好がつかない。
いや格好とか言ってる場合じゃないんだけど!
うおあっぶね、掠った!
「くはははは! 流石はベリルよのう!」
「いやあれ一発も当たってないのか……? 信じられねえ……」
「全部捌き切ってる……!? 何者だあのおっさん!?」
クソ、外野の声が耳に入る。集中し切れていない証拠だ。
集中、集中しろ! 気を抜いたら一瞬で被弾して終わりだぞ!
――斬り上げ、縦切り、胴打ち、足払い、袈裟切り、突き、切り払い、蹴り、飛び切り、また足払い、回転切り、諸手突き――!
怒涛の攻めを凌ぐ時間が続く。
今何秒経った? 目の前で動く時間が早すぎて感覚がよく分からん。
だが、短い時間ながら剣を交えて分かったことが一つだけある。
見る限り両の手を器用に操っているスレナだが、左の手数が微妙に少ない。恐らく、完全な両利きではないのだろう。
俺が剣を教えていた幼少時でも、彼女は右利きだった。
勿論、普通に戦う分には何ら問題ない技量だ。むしろ、今の段階で既に完成されているとも言える。
隙とも言えない隙。針の孔にも満たない小さな綻び。
――突くなら、ここしかない。
攻撃を捌き切るのに全神経を費やし、左の攻撃を待つ。
「はあッ!」
「――しっ!」
互いの気合が交錯する。
左手の袈裟切り。これだ。
あわせ打つにはこれしかない。
斜め上から迫り来る木剣にこちらも木剣を添え、小手先でくるりと回す。
いつぞや、騎士団の副団長ヘンブリッツ君にも食らわせた小技だ。力の流れを強制的に横へずらし、体勢を崩させる。
スレナの動きが速過ぎて、全神経を集中して一手に合わせるのが精一杯だ。
無論、スレナほどの剣士をこんな小手先で制せられるとは思っていない。
彼女の技量なら俺の"いなし"に合わせて重心を整えるくらい、造作もないはず。
だが、コンマ数秒。
それだけの空白があればいい。
「……くっ!」
俺の動きにスレナは一瞬目を見開くも、すぐに足を入れ替えて体勢を戻そうとする。
流石の動きだが、この一瞬。
この一瞬だけは、俺の方が速い!
「――――ッ!」
「……一本、かな」
その瞬間。
スレナの双剣は中空でピタリと静止し。
俺の木剣が、彼女の喉元に迫っていた。
「――ありがとう、ございました」
「うん。ありがとうございました」
寸止めではあったものの、俺の一太刀を決まり手とし、手合わせは終了。
互いに礼を取り、その足をニダスたちの方へと向ける。
「うおおおおおおお! すげえええええ!!」
「何あれ! 何あれ! 何あれ!?」
「やべえもん見た! やべえもん見たぞ!」
突如、ただでさえざわついていた訓練場が、先程までとは比にならないほどの爆発的な声量に包まれた。
いやあ、観衆の驚きも然もありなん。
矢継ぎ早に繰り出されるスレナの連撃は凄まじいものだった。やはり最上位冒険者となれば実力が違うね。きっとここに居る新人冒険者たちも良いものを見れたことだろう。
俺なんて苦し紛れに一発差し込んだだけだし。
ただひたすら耐えていただけだから、見た目にもダサかっただろうな。
というかあの一瞬のやり取りで俺はもう汗だくである。
対するスレナも汗はかいているが、疲労感は漂っていない。
こっちはくたくただってーのに。
あのまま続けていれば、いずれ呑み込まれるのは俺の方だったに違いない。あれを凌ぎ続けるのって多分常人には不可能だと思う。
「ふう……流石だったよ、スレナ」
「いえいえ、先生こそ見事でした。まさか全て捌かれるとは……」
一つ二つと感想戦を繰り広げながら、歩を進める。
「だが、左手の扱いがまだ完全ではないだろう?」
「お見通しでしたか……。やはり利き手と同じように扱うにはまだまだ鍛錬が足りません」
ついでに気になったところを言い添えておく。
俺はもう彼女の師匠ではないが、スレナが更なる高みに昇るために手伝えることがあれば、それは吝かではないのだ。
「くくく、ブラックランクに指南か。やりおるのぅ」
歩く先には、満面の笑みを浮かべるルーシー。
驚きながらも笑顔で迎えてくれるニダス。
そして、呆然と口を開けたままのメイゲンが居た。
今回は(も)手合わせですが、そういうのも含んで戦闘描写というのは本当に難しいと感じます。
スピード感と読みやすさの両立が出来る方は凄いなあと。
頑張ります。




