第222話 片田舎のおっさん、閃く
「うーん……これも悪くは……悪くはないんだが……」
「先生、あんまり悩み過ぎると頭皮にくるぜ?」
「う、うるさいな!」
並べられたロングソードを眺め、そして手に取り、振ってみて。どれも悪くないという感触が俺の五感を通して伝わってくるのだが、どうにも決め手に欠ける。そんな思いを吐露すれば、返ってきたのはあんまりにあんまりな台詞であった。
俺の頭皮はまだ大丈夫だよ多分。いやちょっとこれ以上白髪が増えても困るなあとは思っているけれども、髪の量自体は減ってないからね多分。なんとしてでもそう思い込みたいところ。
バルデル鍛冶屋。かつてビデン村の道場に半ば押しかけるようにしてやってきた偉丈夫、バルデル・ガスプが営むバルトレーンの鍛冶屋だ。
彼は一年と少しの間うちの道場で剣を学び、その学びを携えて「今度は鍛冶にこの経験を活かす番だ」と言ってビデン村を離れた。その後どうしているかはあまりはっきりとしていなかったものの、俺がアリューシアに連れられてバルトレーンにやってきた流れで再会した元弟子である。
彼の打つ剣は非常に優秀で、一人で店を回しているから数こそ打てていないものの、その出来栄えに対する評価は高い。何せ俺の持つゼノ・グレイブル製のロングソードも彼入魂の一振りだ。バルデルの鍛冶技術は大いに信頼たり得る。
よって、先の遠征で潰してしまったアリューシアの愛剣。これに代わるものを俺が用意するとなった際に、バルデルを真っ先に頼るというのは既に決まっていたことであった。
「あの、先生……どれも良い剣ですし、私は先生とともに選ぶことが出来ればそれで――」
「いや、よくない。これは俺の意地みたいなものなんだ、張らせてくれ」
「は、はい……!」
そして今回に関してはゼノ・グレイブル製の剣のように俺が使うわけじゃないから、使用者とともに選ぶのは当然。よってバルデル鍛冶屋への来訪を、俺とアリューシアの二人で行うのもまた当然の話。
彼女は指南役の務めこそ今ではその大部分を俺に委任しているが、ただでさえ騎士団長としての執務を抱えている身。あまり高い頻度で連れ回すのは良くないことだと分かってはいるものの、肝心の使い手を省いて武器を選ぶなんてことはあってはならない。
結局こうやって、アリューシアの職務の暇を見つけてはバルデル鍛冶屋に通い、剣を見繕う日々を過ごしている。
スフェンドヤードバニアの教都ディルマハカ。あの地での騒動から、一か月と少しが経とうというところであった。
「しかし先生よ。自慢じゃねえが、これ以上のロングソードはなかなか出てこねえと思うぞ」
「それはそうだと思うけどね……」
別に毎日通い詰めてはいないが、それでも結構な頻度でお邪魔しては何も買わずに帰るというのを繰り返している様は、店主という立場から見れば決して面白いものでもないだろう。
こんなある種の狼藉が許されているのはバルデルが俺の元弟子だという関係が大きい。そこに甘え切ってしまっている現状に情けなさは出てくるものの、とはいえ他にいい案もないから結局は彼を頼るしかないわけで。
そんな俺の心情を知ってか知らずか、バルデルは遠巻きに妥協しろと伝えてきている。
無論、俺とて彼の腕に疑問を抱いているわけではない。並べられたロングソードはどれも一級品と言ってよく、単純にアリューシアの腰に提げるに値するかと言われれば大丈夫なラインだと思う。
しかしなあ。じゃあこれ買ってあげるからどうぞ、はなんだか妙に気持ちの収まりが悪いのだ。論理的に考えればそれでいいはずなんだが、感情的な部分でどうしてもしこりが残ってしまう気がする。
「ここにある剣は騎士団長さんのロングソードに合わせてんだから、どれでも手には馴染むはずだが……」
「うん、そこは心配してないよ」
次いで与えられた情報に、頷きを返す。話題を振られたアリューシアもロングソードの一本を手に取り「確かにしっくりきますね」と良好な感触を得ていた。
彼女の新しい剣を作るにあたって、当然ながら最初に参考にしたのはそれまで使用していた武器である。餞別の剣を渡したのは彼女が十六の時だから、まあ軽く見て十年前後はあの剣を使っていたことになるのかな。となると身体は既にその重みや重心に慣れきっているはずで、それをいきなり全く違うものにするにはいかに彼女とは言え少々手間取るだろう。
なので彼女の剣の修復と、その分析をバルデルにまるっと依頼したのだ。結果、彼はアリューシアの愛剣の長さや重み、重心のかかり方などを参考にして新たなロングソードを拵えているわけである。これでお眼鏡に適わずアリューシアの手に収まらなかったとしても、普通のロングソードではあるのでそのまま売りに出せるという寸法だな。
以前まで使っていた剣と物そのものは違うが、造りはほぼ同じ。これなら彼女の手にもすぐ馴染む。その目論見は確かに当たっていて、それだけを見れば成功と言える。
だが、それだけで止まってはいけないある種の義務感のようなものが、どうしても俺の心に留まっているのだ。
「先生、お気持ちは大変嬉しいのですが……私ならこの剣であれば、すぐに使いこなしてみせます」
「……そうか、それだ。アリューシア、それじゃダメなんだ。いや、ダメとは言わないが、不十分だと思う」
「と、言いますと……?」
彼女が俺を気遣って発した言葉に、違和感の核が紛れ込んでいた。思わず彼女の方を振り向き、言葉に熱が入る。
そう。アリューシアならここにある剣を間違いなく使いこなせる。今までとなんら変わりなく、むしろ得物のグレードが上がることで更なる躍進も見込めるだろう。それほどまでに、俺が十数年前に渡した餞別の剣と、今のバルデルが打つ剣には違いがある。
しかし。それはあくまで彼女が「剣を完全に使いこなせる」だけであり、「彼女の実力を完全に引き出せている」状態ではない。俺が求めているのは後者ということになる。
アリューシアの実力は今更詳細に語るまでもないが、一言でいうと突出している。継戦能力こそスレナなど一部の剣士に譲るであろうが、その他の領域に関してはすべてが一流を超えて超一流の領域。
彼女の卓越した剣術の腕前を、得物が足を引っ張ることになってはいけない。
皮肉なことに、ゼノ・グレイブル製の剣を手にしてからその類の感情は大きくなった。俺も少しはこの剣に見合う剣士になれただろうか、なんて感傷も湧いてくるが、それはそれとして脇に留めておく。今考えるべき本題じゃないからね。
「――という感じで俺は考えているんだけど……」
「……なるほど。過分ともいえる評価、ありがたい限りです」
「いやいや、まったくもって過分じゃないよ。正当な評価だ」
「……それはある意味先生ご自身にも言えることでは?」
「う……、い、言うようになったねえ……!」
「ふふ、それほどでもありません」
そんな俺の考えを説明したところ、アリューシアからはちょっと恥ずかしそうな返答とともに、思いもよらぬ反撃が飛んできた。
いやまあ、流石にこの段階で俺なんてまだまだですよ、などと言うつもりはないけれども。俺はほぼ間違いなく、剣士という括りの中では相当に強い方である。今ならそれをある程度自信をもって言っていいはずだ。
勿論、ハノイのような戦士としての腹の括り方は出来そうにないし、ルーシーに代表されるような魔術師が相手では非常に分が悪い。だから剣士という範囲に絞ったのだが、まあ単純な一対一ならかなりいいところには食い込めるだろう。
問題はその実力を笠に着て驕らないかという将来に対する不安だが、今更この精神性がすぐに変わるとも思わないしな。驕り高ぶり他人を下に見るなど考えたくもない。
戦いに勝敗がついたとしても、その日その時点での実力や経験に差があるだけで、その人が歩んできた鍛錬の歴史は否定しちゃならない。それは剣士としてのみならず、剣を教える立場に立つ以上絶対に忘れてはいけない心得だと俺は思っている。
まあ、俺自身がこの考え方を改めない限りは大丈夫だと思いたいところ。もし無意識にそうなっていたとしたら手に負えないが、その時はその時でアリューシアなりヘンブリッツ君なりが諫めてくれることを期待したい。
むしろ、その可能性を鑑みて彼らにあらかじめ相談しておくべきか? いや、それはそれとしてなんだか自分を過剰に高く見積もっているようで言い出しにくいな。なんとも難しい問題である。
「と、とりあえずだね。そういう感じで俺は考えているわけだけど」
「ふむ……先生の言うこたぁ分からんでもねえが、とはいえそれをどうやって作るかは分からんままだぜ?」
「そこなんだよなあ……」
気を取り直して話題を戻す。思考が一歩進んだとはいえ、相変わらず着地点が見えてこないのは困りどころであった。
アリューシアの力を十全に引き出せる武器。目指すのはいい。だがそれを目指すにはいったい何が必要なのか。これは剣士というよりどちらかと言えば鍛冶師であるバルデルの領域だ。その彼が分からんと言った以上、俺から有益な情報が出てくる事態はちょっと期待出来ない気がしてきた。
「ゼノ・グレイブルの素材は流石にもうないだろうしね……」
「ないだろうな。少なくとも市場には流通してねえよ」
パッと思いつくのは俺の剣と同じゼノ・グレイブルの素材。しかしあれは元々冒険者ギルドの管轄だし、俺自身は報酬を断ってしまっている。この剣だって、スレナが色々と融通を利かせて打ってもらったものだ。
今更やっぱり必要になったので、特別討伐指定個体の素材が余っていたらくださいは、いくら何でも虫が良すぎる。
「先生と……お揃いの剣……!?」
「いや、素材がもうないから。俺の剣を渡すわけにもいかないし……」
「リサンデラに無茶を通せば――」
「いやいやいやいや」
ちょっとアリューシアの思考が危ない方向に傾きかけているので慌てて修正する。ゼノ・グレイブルを冒険者ギルドが回収した直後であればまだその芽もあったかもしれないが、もう既に半年以上は経過している。流石に今からスレナに無理を言っても手に入ることはないだろう。
その辺り、彼女なら簡単に察せられそうなものだが、どうにも俺と同じ剣というワードに大いに反応してしまった様子。故に思考がやや先走ったといったところか。俺の気持ちとしてはなんとも面映いけれどもね。
立派に成長した弟子が、師と同じ剣を扱いたいと言う。そう言ってくれることは素直に嬉しい。師匠冥利に尽きるといっても過言ではない。
けれど、それはもう不可能だ。ゼノ・グレイブルがもう一匹居るなら話は変わってくるけれど、あんな化け物がそうポンポン出現してくれても困る。
第一ただの一種族として看過出来る領域を大幅に逸脱しているからこそ名前がついているわけで。あんなグリフォンが大量に現れたとなったら、国どころか世界が滅びかねん。そんな事態は流石にごめん被りたいところであった。
「うーん……素材、素材か……」
「普通は武器の素材に悩むなんてこたぁねえけどな。どれだけ贅沢なんだって話だ」
「そりゃあね……」
武器と言えば基本は鉄製である。無論、それ以上の力を秘めた物質はこの世界にあるかもしれないが、少なくとも現状、広く世に出回っていてしかも性能が良いとなれば鉄一択。モンスターの素材を武器に使うことはあるにはあるが、再現性が低く一点物になりがちである。そもそも、そこら辺のモンスターや動物を狩って素材にしたとて、基本的に鉄の方が強くて便利だからな。
「ゼノ・グレイブルの素材はもうないし……サーベルボアは……うーん」
「ああ、アフラタ山脈に居るっつうあれか」
「そうそう。でもなあ……」
バルデルは短い期間ながらうちの道場で剣を学んでいたので、当然アフラタ山脈のことや定期的に行われるサーベルボアの討伐についても知っている。
サーベルボアの牙はそこそこの値が付くから、素材としても使われないことはない。ただ言ってしまえば所詮は動物の牙なので、武器というよりアクセサリーや美術品として扱われることがほとんどだ。
単純な硬度で見ても、やはり心許ない。ぶっちゃけあの牙を頑張って加工するより普通に鉄で打った方が強い武器が出来上がる。
「……あっ、そうだ。この剣をコーティングしたっていうエルヴン鋼はどうだろう」
「エルヴン鋼か。あれは正直単体じゃそこまで硬くならねえんだよな」
「えっ、そうなの」
やっぱり武器となれば鉄。原点に返って考えてみたところ、俺の剣に使われているエルヴン鋼なる存在に気付く。普通の鉄とは恐らく違うということくらいしか俺には分からないが、それを使えばただの鉄よりいい武器が出来上がるのでは、と思ったのだ。
しかし、バルデルの返答は明るい内容ではなかった。
「あれは魔力に反応して硬化するもんでな。ゼノ・グレイブルが素材だったからこそ使ってみたって感じだしなあ」
「ふーむ……」
確かにゼノ・グレイブルは魔法を操っていた。であれば、その身体を構成する素材に魔力が宿っていても不思議ではない。その素材とエルヴン鋼の相乗効果であそこまでの頑強さを手に入れたロングソードが出来上がったというわけか。それならこいつのべらぼうな耐久力にも納得である。
それと同時、やっぱりここまでの業物はそう市場に流通もしないし、優れた鍛冶師であっても作るのは困難なのだろうという予測も立つ。
そもそも素材が手に入らない。エルヴン鋼が魔力に反応して硬化する事実自体は分かっていたとしても、じゃあその魔力を有した武器に耐えうる素材はどこから手に入れるんだという話になる。それこそスレナなどの上位冒険者などが仕留めるくらいか。
しかしそれほど有用な素材が手に入るのなら、普通は自己の戦力強化に向ける。単純に高値が付くだけであれば売り捌けばいいだろうが、自身の命を預ける武器防具に使えるとなれば、そこに投資するのが戦う者としては常道だ。
「あ……魔力と言えば、魔鉱石を使うとか?」
「……鉄に魔鉱石を合わせた鉄合金がエルヴン鋼だぜ先生」
「そっかあ……」
ちょっといい案だと思ったけど、そもそもそれを試したのがエルヴン鋼らしい。まあ普通に考えて、俺程度が思いつく製錬技術なんて本職の人々が思いつかないわけがないからな。
「私の力を十全に発揮する剣、ですか……興味深くはありますが……」
俺とバルデルのやり取りを耳に入れながら、アリューシアがやや小声で発する。
一人の剣士として、自身の力を引き出せる武器。それに出会ってみたいという気持ちは大変に大きいものであると思う。俺も今でこそ思うがこの赫々の剣を手放すというのは、どれだけ大金を積まれても考えにくいことだ。
だが目的は定められても、肝心の手段が湧いてこない。一度口にしてしまった手前、じゃあやっぱり鉄の剣で……なんてことも言い出しづらくなってしまった。
彼女は不可能を人に求めるほど分別がない人間ではないと知ってはいても、自分から言い出したことを即反故にしてしまうのは、なんだかちょっと恰好悪い。
「素材……素材……。あっ」
「お? なんかあるのか先生」
素材と言っても、俺個人の権限やコネで手に入れられるものは極めて限られている。その中でもなんとか絞り出せないものかと頭を捻っていたところ、一つ思い当たるものがあった。
いやでも、果たしてアレを素材と言っていいのかどうかは少し悩む。間違いなく硬いは硬いんだが、その硬度と武器に適しているかどうかはまったく別の問題だからな。
「ただの思い付きって感じだけどね。ちょっと当たってみることにするよ」
「そうか。んじゃまあ、その思い付きが実ることを祈って楽しみにしとくぜ」
「私も楽しみにしています、と言いたいところですが……ご無理はなさらぬよう」
「分かってる。ありがとうね」
とはいえ、思い付いてしまったのなら一度はチャレンジしてみるべきだろう。何より今この場でウンウン唸っていても、これといった解決策は出てきそうにないからね。それじゃあ次は身体を動かしてみよう、の番なわけだ。
「アリューシアには待たせることになってしまって申し訳ないけど……」
「何を仰います。先生が私のために心血を注いでくださっている。それだけでもありがたいことです」
「そ、そうか」
新しい剣を見繕うといった手前、あまり待たせるのもよろしくない。そう思っての発言だったが、思ったより重たい答えが返ってきておじさんは少し日和った。
けれどまあ、悪い気はしない。向けられる期待やまなざしが軽いか重いかで言えば勿論重い。重いが、今はそれに応えたいという気持ちの方が強い。
これもまた成長。それなりの時間生きてきたけれど、まだまだ心身ともに伸びしろはあると信じて動いてみようじゃないか。
第八章開始となります。
今後とも拙作にお付き合い頂けますと幸いです。




