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片田舎のおっさん、剣聖になる ~ただの田舎の剣術師範だったのに、大成した弟子たちが俺を放ってくれない件~  作者: 佐賀崎しげる
第七章

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第217話 片田舎のおっさん、救われる

「……なっ……!?」


 想定の埒外から受けた衝撃を完全には殺し切れずに、思わず腰が沈む。

 腕は、付いている。痛みもない。弾き飛ばされて尻餅を突いた痛みはあれど、瞬時に覚悟を決めたものに比べれば、気の抜けるくらい平和な痛みだった。


「ひゅっ!」

「シィイイッ!」


 どうやら俺は、どこかの誰かに寸でのところで助けられて。俺を庇うように翳した盾が大蛇の攻撃を受け止めて。俺を突き飛ばしたのはこの誰かなのだろう。

 そこまで思考が及んだのは、盾を翳した人物が独特の呼気をもって剣を振るい、大蛇の首を切り落としたのとほぼ同時。


「先生、ご無事ですか?」


 大蛇の首を一合で斬り伏せた人物が、こちらの安否を気遣う。寒空の下で吹き荒ぶ寒風が、彼女の透き通った青髪をやや乱暴に撫ぜた。


「あ、ああ。助かったよ……ロゼ」


 件の人物をロゼと呼ぶべきか、純白の乙女と呼ぶべきか少し悩む。

 今の彼女は盾こそ最初に見たバックラーではなく銀色に輝くカイトシールドではあるが、その他の装備は変わっていない。得物はショートソードだし、防具はブレストプレートにスカートアーマー。そして純白の乙女を象徴する仮面だってそのままだ。これは純白の乙女という仮面をまだ完全には脱ぎ捨てていないことをきっと意味している。

 けれど、まあ。彼女も俺のことを先生と呼んでしまったんだし、今この場には俺と彼女の二人しかいない。本名で呼んだってそんなに支障は出ないだろう。


「しかし……どうしてこっちに?」


 間違いなく助けられたし、彼女が咄嗟に俺を庇っていなければ最低でも隻腕になっていただろうから、大変にありがたかったのは事実。しかし気になったのは、グレン王子の護衛をお願いしていたはずの彼女が何故こんな最前線に来ているのか、ということである。


「王子殿下からの命を受けました。ディルマハカを守れ、と」

「……そうか」


 ということは、グレン王子は彼女の正体に気付いた。カイトシールドを持っているのもその証拠だろう。ロゼが白状したのか王子が察したのかは分からないけれど、重要なのはそこじゃない。

 彼女の存在がやはり王子らにとって重要で、二たび受け入れられたということ。彼女の心情を察するに、王子の傍でお守りしたかったはずではあろうが、その王子様直々の命令とあれば仕方がない。


 ロゼは今の立場だけで述べれば、グレン王子の命令に従う理由がない。その義理も義務も存在しないからだ。

 けれど、彼女は応じた。無論、彼女が今後教会騎士団に復帰するのは難しいだろう。それはそれでいくつもの乗り越えなければならない障害がある。

 しかし別に、国のために働くのは騎士団に入らなきゃ出来ないことでもないからね。その辺り、上手く落としどころを見つけられるといいなと思うばかりである。


「……っと、こうしちゃいられない。他の援護に回らないと……!」


 感慨深いところではあるが、今はそれに耽っている場合でもなかった。アリューシアの援護に向かうべき状況であることは変わらないし、左翼に逸れていったもう一体がいつ戻ってくるかも分からない。

 合成獣の一体を確実に屠れたのは喜ぶべきである反面、事態そのものはまだ収束しているわけじゃないからな。


「私も加勢致します。それが役目ですから」

「分かった。心強いね」


 俺の剣で倒せることは判明したので、そこに防御に優れたロゼが加わるのは大変心強い。これで事故の可能性がぐっと低くなる。


「馬……よりも走った方が早いかな」

「ええ、恐らくは」


 移動手段としては乗馬するのも手だが、今から馬を止めているところに戻って乗り直すよりも、真っ直ぐアリューシアが居るだろう方向に走る方が多分早い。幸いながらというかなんというか、戦闘が起こっている場所は派手に土煙が上がっていて分かりやすいからな。


 というか、仮面の女性がロゼとは分かっちゃいるものの、普段と喋り方が全然違うからそれはそれで違和感が凄い。あの独特の間延びした話し方だと、特にスフェンドヤードバニア内ではすぐに正体がバレてしまいそうだし、仕方がないのかもしれないが。

 恐らくあの仮面を着けるようになってから、口調一つとっても意識的に変えてきたに違いない。それはやはり、万が一にも教皇派に正体を曝け出すわけにはいかなかったという理由があるのだろう。


 だが今は限定的とは言えども、その仮面を脱ぎ捨てている。真に保身に走るならこんな厄介ごとに首を突っ込まずともよかったのに。

 これは彼女なりの覚悟とも取れるし、いよいよ正体を隠すまでもなく不穏分子を一掃してしまった方が早いという判断もあるのだろうか。その辺りの政治事情は相変わらず、俺には分からないままだ。


「よし、急ごう」

「はい、先生」


 まあそんな考え事は今は後回しだ。ひとまずはこの騒動に決着を付けねばならん。

 王権派と教皇派、政治的にどっちが正しいだとかそういう話はとんと分からない。けれど、一般市民を巻き込んだ事件を巻き起こすことは、何がどうあっても許されることではない。そのツケはしっかりと支払っていただかなくてはならない。


「俺のことを先生と呼ぶのはまだ止めといた方がいいんじゃないかな!」

「すみませ~ん! やっと話せると思うとつい~!」


 走りながら、この場にはあまりにも似つかわしくない雑談が混じる。話題を振ったのは俺だけどさ。

 何にせよ、ロゼの正体を今このタイミングで公的に明らかにしてしまうのは多分、よくはないと思うのだ。俺への呼び方一つで聡い人は当たりを付けちゃうと思うから、その辺りの自衛も今後徹底して欲しいところである。


「……あれか!」


 気を取り直して、土煙の上がっている方向へ足を急がせてしばらく。その震源地に俺とロゼの二人は到着しようとしていた。

 見た感じ、アリューシアが優勢ではあるものの押し切れてはいない。やはりあの硬い外皮を数打ちの剣で突破するのは難しいと見た。良くも悪くも予想が当たったという感じである。

 最悪のパターンは、あの剣が折れてしまいアリューシアの攻め手が完全になくなってしまうことであったが、その事態は何とか避けられているようで何よりだ。


「アリューシア! 加勢する!」

「……ッ先生!?」


 声を張り上げ、彼女と合成獣の意識を少しでもこちらへ向ける。とりあえず新手が出てきたと僅かにでも警戒してくれれば儲けもの。その分アリューシアが被弾する確率が減るからね。

 まあ彼女は俺なんか比べ物にならないくらい俊敏だから、あの程度の攻撃に当たってしまう可能性は本当に極僅かだが。それでも良くない可能性は少しでも減らしておくに限る。限りなくゼロに近いは、ゼロではないのだから。


「そぅりゃっ!」


 駆け寄る速度そのままに、突然の乱入者に一瞬固まった合成獣の横っ腹に一浴びせ。

 十分にスピードは乗っていたはずだが、それでも俺の剣撃は骨やら筋肉やらに阻まれて、振り下ろす半ばで止まる。それでもダメージはあるし、多少なりとも動きが鈍れば万事好しだ。


 ちなみに、先ほど戦って分かったことだが。こいつらは本当の意味での生物ではなく、禁術で無理やり動かされているだけの存在であるため、筋収縮が起きない。あるいは起きにくい。

 ゼノ・グレイブルとやった時のような、刃が通りはしたものの今度は逆に剣が抜けない、みたいな事態が起きないのはありがたいことだった。単純にカチコチな骨と筋肉の鎧があるだけで、それ以外で手こずる要素がほぼない、というのは結構御しやすい相手だったりする。


「シィイアアッ!」

「おっと!」


 一体目の時と違い横合いから突っかかったため、尻尾の大蛇の射程圏内に入っていたらしい。その太い胴をぐるんとしならせて、一対の牙が猛撃を仕掛けてくる。こちらは剣を引いたばかりなので、続けざまに切り付けるのはちょっと難しい。素直に距離を取って間合いを空けることにしよう。


「はっ!」


 俺と入れ違いとなるように、ロゼがショートソードを振るう。だが大蛇は伸び切った胴体をしゅるると巻き戻して、ロゼの間合いからこちらも外れた。

 蛇の部分は頭や胴体と違って、反応速度もそれなりか。先ほどの苦い経験から、こいつらが別個の生命を持っていることは判明しているので、その辺りの性能にも個体差があるんだろう。


「貴方は……!?」


 俺とロゼの乱入を見て、驚いたのはアリューシアだ。特に後者に対しては少なくない驚愕が見られる。


「彼女も加勢に来てくれた。俺も先ほど助けられてね、二人で手早く仕留めてきたんだ」

「……そう、ですか。分かりました」


 アリューシアに純白の乙女の正体を教えてしまうかどうかの是非は置いておくとして。少なくとも今この場で必要なカミングアウトではない。確実に味方である練達が一人増える。その情報だけで戦場においては十分だ。


「こいつらは頭と尾で別の命を持ってる。獅子頭を仕留めても油断しないように」

「承知しました」


 彼女と足並みを揃え、まずは重要な情報共有から。たとえアリューシアであっても、あのカラクリを初見で見破るのはかなり難しいだろう。

 逆に言えば、その種さえ分かっていれば対処は容易い。不用意に足元を掬われないためにも、ここは三人で確殺を取りにいく。


「ギュオオオッ!!」


 胴体にそこそこいい一撃が入ったおかげで、俺たち二人のことをこいつらはきっちり敵と認識してくれたらしい。相手の力量もほぼ把握出来ている今、一番困るのは逃げられること。なので掛かってきてくれる分にはありがたい。


「……」


 そして同時に気になるのは、アリューシアの武器の具合。

 合成獣からそれとなく視線を外し、彼女の手を視界に収める。やはり損耗が激しい様子で、正直この相手に勝ち切れる武器とは言い難い。

 遥か昔に渡した数打ちの剣が今でも現役であること自体驚くべき事柄だが、物持ちが良いからと言って剣そのものの性能が上がるわけではないからな。それこそ完全な打ち直しをしないと厳しい。

 武器なんてものは使い込めば使い込むほど、純粋な性能は落ちる。手の馴染み方とか普段から使っている安心感とか、そういう要素が戦いにおいては多少の切れ味よりも重要なだけだ。極論を言えば一度使う度に新品を買うのが性能面のみで考えれば理想ですらあるからね。


「アリューシア、剣は通るかい」

「……残念ながら」


 視線を合成獣に戻しながら問う。彼女の返答は予想していた通りのもので、事実彼女が相手をしていた合成獣にそれらしい傷はない。目立つものといえば先ほど俺が切り付けたやつくらいである。

 これだけ硬い相手に剣を駄目にしていないだけでも素晴らしい腕前だが、逆に言えば剣への必要以上な気遣いがある故に、目いっぱい振れていないとも取れる。


 ここはひとつ、曲がりなりにも彼女の師匠であった甲斐性というものを見せておくべきか。


「事態が収拾したら、俺がまた新しい剣を贈ってあげよう。だから、思い切って振り抜くといい」

「! ……はい。そのお言葉、しかと受け取りました」


 俺の言葉に、アリューシアの言葉が一瞬跳ねた。

 思い出の品。それは確かに大切だ。うちの道場で過ごした四年間をそれほど大事に思ってくれているのなら、師匠冥利に尽きる。これ以上の喜びはそうそうないだろう。

 しかし何度も言っているが、俺の門下生だった頃の彼女と、レベリオ騎士団長の座を頂く彼女とでは、実力と環境が違う。あの時はまさかアリューシアがこんな大物になるなんて思いもよらなかったが、それならそれで今の彼女に相応しい一振りを贈る。それもまた師匠の務めであろう。


「……純白の乙女(ホワイト・メイデン)。君は尾の大蛇を相手取ってほしい。正面は俺とアリューシアで担当する」

「……」


 次いで口を出た俺の注文に、ロゼは無言で答えた。やはりアリューシアが居る手前、下手に喋るのも危なっかしいということかな。彼女の折角の努力を俺がふいにしてしまうのもよくない。ここは俺も頷きを返すのみにとどまっておく。


「よっし、行こうか!」

「はい!」

「ギュオオアアアッ!!」


 作戦も準備も整った。俺が駆け出したと同時、合成獣が吼える。

 突進してからの噛み付き、あるいは頭突きか。俺が胴体に一撃入れてはいるものの、動き自体はそう鈍っていない。まだまだ元気だということだろう。

 しかしもはや、俺を含めた三人が一か所に集ってしまった時点でほぼ勝ち確である。確かに驚異的な規格と膂力を持つ化け物ではある。だが一流の剣士というものは、残念ながらそれだけで負けてやることは出来ない。


「しぃっ!」


 瞬発力に優れたアリューシアが先に合成獣とぶつかる。合成獣の噛み付きを、彼女は神秘的とすら言い足り得る足捌きで躱し、神速の突きが文字通り目にもとまらぬ速度で二度三度、獅子頭の顔面に叩き込まれた。


「ギャウッ!!」


 その突きは、その実大した痛痒には至っていない。合成獣は鬱陶しそうに一吼えし、前脚による迎撃を試みる。

 けれど、一瞬でも意識がアリューシアのみに持っていかれた時点で。

 合成獣の敗北と、俺たちの勝利は確定していた。


「ふんっ!」


 合成獣が勢いよく振り上げ、そして振り下ろした右前脚。それを迎え撃つように、全力で斬り上げる。

 先ほどまで一対一でやりあっていた時と違い、態勢も十全。下半身の踏ん張りとしなりを活かし、相手の質量すらを利用して剣撃を貫き通す。


「ギュウエエッ!?」


 果たして。俺の斬り上げは合成獣の振り下ろす速度と質量に真っ向から歯向い。こちとら腕の筋肉が張り裂けそうな思いをしながらも踏ん張り。

 恐らく人間でいう肘やや下あたりの部分を、見事一撃で切断することに成功した。


「ギュアッアアッ!!」


 片脚を失ったことで姿勢の制御が利かなくなり、その大きすぎる重量に押しつぶされるように合成獣がバランスを崩す。

 俺はすかさずとどめとなる一撃を放とうとして、その動作を途中で止める。


「はああああああっ!!」


 構え直したアリューシアが、前傾し頭部が地面に傾いた合成獣に吶喊。その速度に対応する術をこの個体は既に持ち得ておらず。

 アリューシア渾身の突きは、驚愕の表情に濡れる獅子頭の咽喉部へと、寸分違わず吸い込まれていった。


「……ッ!」


 絶死に至る痛撃を見舞ったアリューシアの表情が、やり切ったものから気落ちしたものへと変わる。

 恐らく、最後の一撃で本格的に剣が駄目になったのだろう。確かに咽喉部はどんな生物でも基本的に柔らかいが、その奥となるとやや話は異なる。剣の長さからして、どこかの骨に到達した可能性も捨てきれない。いくらアリューシアが流麗に剣を扱おうと、絶対的な硬度を持つものにぶち当たったらどうしようもないからね。

 奇しくもそれは、俺の剣がスレナのブロードソードに叩き折られた時と状況は違えど同じであった。


「はっ!」

「シイ……ッ!」


 正面での戦闘の合間。ロゼが相手取っている大蛇は、アリューシアが獅子頭にとどめを刺したのとほぼ同時にその生命を散らした。本体が動かなくなって動きに制限が生まれた隙を逃さず、一体目と同じように胴を一刀両断しての決着である。

 彼女は彼女で、教会騎士団を抜けてからも剣の腕は錆び付いていないようで何よりだ。


「……はあ」

「……その剣はここが墓場だった。ディルマハカの沢山の人を守ったんだ。剣としても本望だと思うよ」

「そう、ですね」


 見るからに落ち込んでいるアリューシアを励ます。剣を駄目にしてもいいから思いっきり振れと言ったのは俺だ。その言葉には責任を取らなくてはならない。

 恐らく、彼女の本心としてはここで剣を失うつもりはなかったのだと思う。突きを選択したのもその表れか。だが予定は裏切られ、合成獣の硬さに打ち負けて剣はその輝きを失った。

 そういうのも含めてやっぱり、彼女の剣はここが墓場だったのだろうな。俺も自分の剣が駄目になった時はそれなりにショックだったから、気にするなとは言えないけれど。


「……そうだ、もう一体を……!」


 そこまで考えた後、未だ現状は落ち着いてない事実に気付く。そうだ、右翼の一体はハノイたちが相手をしているからいいものの、何故か左翼に進路を逸れた合成獣はどうなったのか。

 多分何か獲物を見つけたからあっちに行ったんだとは思うが、あの硬さと攻撃力を持つ合成獣を少数で食い止められる使い手など限られてくる。あっちはあっちで早急に援護に向かった方がいいだろう。合成獣に睨まれたら普通の人どころか、多少戦いの心得を持っている程度ではかなり厳しい。


「お前たち、無事か!」


 左翼にもう一体残されていることは、直前まで行動を共にしていたアリューシアも承知しているところ。なので早速向かおうと思った矢先、まさに俺たちが今走り出そうとした方角から、数頭の馬と、それに乗った者たちがこちらに近付いてきていた。


「あちらの一体は始末した。こちらは……先生!?」


 一等馬格に優れた馬を駆り、先頭を走っていた人影。

 特徴的な赤髪に、彼女のトレードマークとも言える二振りのブロードソード。冒険者ギルドが認定する最高位、ブラックランクに位置するエースオブエース。


「……スレナ?」


 "竜双剣"スレナ・リサンデラが、供回りの冒険者を引き連れて、俺たちの前へ現れた。

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― 新着の感想 ―
アリューシア、主君の護衛の点で言えば、確実に騎士失格だと思うんだけど? 大事に飾るか、別に主要の武器を持ってるなら分かるけど、どう考えても実力に合わない型落ちの武器に固執してるのは、主君の護衛に関して…
アリューシアの剣は折れたのか口内から抜けなくなったのかせめて描写が欲しい
[気になる点] アリューシアの剣の素材、このキマイラから取るのか。それとも狩りにゆくのかが気になる
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