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片田舎のおっさん、剣聖になる ~ただの田舎の剣術師範だったのに、大成した弟子たちが俺を放ってくれない件~  作者: 佐賀崎しげる
第七章

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第210話 片田舎のおっさん、婚儀を見届ける

「おお……綺麗だ……」


 グレン王子とサラキア王女の登場で、聖堂内がややざわつく。主に漏れ出したのは、彼ら二人に対する賞賛の言葉であった。

 サラキア王女殿下の方は足元にまで達する丈の長い、しかし上品なレースをあしらったドレス。ほぼすべてが純白に輝き、まさしくこれから婚姻の儀を結ぶ女性に相応しいと感じられる逸品だ。

 グレン王子殿下も色合いは同じく白。こちらはぴったりと体形に合ったジャケットを着こなしており、王族の気品を感じられる。

 身廊を歩むたびに近付いてくるその表情からはやや緊張の色も見られるが、まあこんな場面で緊張するなと言われる方が難しいだろう。どこからどう見ても服装以外は普段通りに見えるサラキア王女殿下の方がおかしい。


 というかめちゃくちゃに今更なんだが、グレン王子のフルネームってグレン・タスマカン・グディルなんだね。初めて知りました。今後活かされる機会は恐らくほぼないだろう情報ではあるけれど。

 そう言えば、サラキア王女殿下は結婚したら名乗り方ってどうなるんだろうか。サラキアの部分は名前だから変わらないにしても、あの長いフルネームがどう変化するのかはちょっと気になる。今気にするところがそれかよという話は置いておくとして。


「綺麗ですね」

「ああ、本当に」


 二人の登場に、アリューシアも賞賛を送る。着ている服もそうだけど、元々素材が良すぎる二人だ。素晴らしい容姿に加えて、サラキア王女は年齢の割に上品さと気品に溢れているし、グレン王子からも瞳と表情からしっかりとした芯の強さが見て取れた。

 国を治める上位者ともなれば、ある種カリスマとも呼ばれる凄みが必要になってくるんだろう。為政者の道は、剣の腕一本でなんとかなるものではないということを強く感じるね。俺がその立場になることは未来永劫やってこないだろうが。


「スフェン神によって授けられる交わりと使命を育む秘蹟、それを本日受け取るお二方の神聖な儀式。私ダートレス・カイマンが、そして今この時この場にご参列頂いた皆様が、しっかりと見届けましょう」


 グレン王子とサラキア王女が中央の身廊を進み、ダートレス大司教の待つサンクチュアリの前へ。その歩みに合わせて、大司教のお祝いの言葉が紡がれる。

 何というか、とにかく壮大だなあというのが印象である。大多数に婚姻を祝ってもらうのはそりゃ悪い気分ではないだろうにしても、ここまで大仰だと新郎新婦側が気後れしてしまいそうだ。まあ、その新郎新婦は王族の方々なんだから、これくらいが適正な規模なのかもしれないが。俺には無理だね。


 ダートレス大司教のもとまでたどり着いた二人はその場で振り返り、参列席に座る皆々様に向けてにこやかに手を挙げる。その動作にあわせて再び静かに沸く拍手。

 盛り上がっているのは間違いないのだろうけれど、バルトレーンで彼らを護衛したご遊覧の時とは随分と趣が違うな。あの時は市民たちがワーワーと騒いでいたが、この場はあくまで規律を守った盛り上がり方というか。


「では……グレン王子殿下。貴方はサラキア王女殿下を妻とし、病める時も健やかなる時も、悲しみの時も喜びの時も、貧しい時も富める時も、これを愛し、これを助け、これを慰め、これを敬い、その命のある限り心を尽くすことを誓いますか」

「はい、誓います」


 そして行われる宣誓の言葉。お決まりの文句ではあるが、内容としてはいつ何時でも生涯のパートナーとなる王女殿下に尽くしますかという問いかけ。

 一般的に夫婦となる間柄では誓って然るべき内容ではあるけれど、いつか運とタイミングが巡り巡って、自分がこの宣誓を受け入れる立場になると考えてみて。たとえ建前であっても、俺は多分少しばかり躊躇してしまうのではないか。そんな思考がふと脳裏を過った。


 別に相手を大切にしないとかそういう話ではない。そりゃ勿論そのような相手と巡り合ったら、大切にしたいと思っている。それに、おやじ殿とお袋を改めて見て、夫婦という関係性もいいなあと思ったのも事実。

 けれど前々から感じていることとして、俺の最優先は剣の道なのだ。そのためには他を蔑ろにしていい、とは口が裂けても言えないし言うつもりもないが。逆を言えば、他に気にすることが少なければ少ないほど、剣の道に邁進出来るとも言える。


 無論、それが絶対に正しいとは思わない。むしろ、世間一般から見れば随分と外れている考え方だとも思う。

 しかしやっぱり、俺には生涯を誓った相手を愛しながら敬いながら、剣を究めるというのは中々に大変なことであると感じるのだ。より具体的に言えば、剣の道よりも相手との愛を優先しそうな自分が居る気がしている。

 義理の娘であるミュイですら俺にとっては相当可愛い。それがもし愛を誓い合った相手が居て、更にその人と血の繋がった子供を授かれば。メチャクチャに溺愛しそうな未来は想像に難くない。


 おやじ殿がお袋と一緒になって、あんな片田舎に引っ込んだのは何故なのか。あれでも若い頃は随分とぶいぶい言わせていたと聞いている。それが今や腰痛に嘆くジジイだ。いや腰痛そのものを軽く見たりはしないけれども。

 色々と要因はあったんだろう。けれど結局おやじ殿はお袋と一緒になることを選び、剣の頂を攻め続けることを辞めた。そう捉えることも、出来なくはない。

 それを否定はしない。否定しちゃったら俺の存在が危うくなる。あの二人が結ばれたからこそ、俺は産まれ、健やかに育てられ、今日まで生きてきた。


 ……こんな考え方ばかりしているから、俺は未だにおやじ殿に勝てた気がしないんだろうなあ。

 一人の男としてその背を追い越すまでは行かずとも、どうにかして追い付きはしたいところである。ただそのためには家庭を持って家族を養い、そして守っていく必要があるわけで。

 一方で俺はそれを最重要目標とはしていない。端的に言って、矛盾している。そのことは俺自身がよく分かっているんだ。最近は余計にモヤモヤすることが増えたけれども、どうすればこれが解決出来るのかはマジで分からない。袋小路に詰まったまま、身動きが取れなくなったようにも感じる。


「サラキア王女殿下。貴女はグレン王子殿下を夫とし、病める時も健やかなる時も、悲しみの時も喜びの時も、貧しい時も富める時も、これを愛し、これを助け、これを慰め、これを敬い、その命のある限り心を尽くすことを誓いますか」

「はい、誓いますわ」


 ぐるぐると思考を巡らせたところで、時間は止まらないし巻き戻りもしない。俺が頭を捻らせている間も、婚姻の儀は滞りなく進められていった。


 この婚姻で、世の中がどう変化していくのかは分からない。彼ら彼女らの戦場と俺が立つ場所は違うからだ。興味がないとまでは言わないが、その影響が俺たちのような下々にまで降りてくるのは随分と後のことで、それもひっそりだろうなと思う。

 けれど、レベリス王国とスフェンドヤードバニア。二つの国における歴史の転機であることは間違いないだろう。その瞬間にこうして立ち会えることは、まあ一つの役得と言ってもいいのかもしれない。実際、この場には選ばれた人たちしか居ないだろうしね。


「お二方の宣誓は、スフェン神の御許へと確かに届きました」


 誓いの言葉を告げた二人とダートレス大司教。大司教は満足そうに頷くと、祭壇の上に安置されていた布へと手を伸ばす。恭しい手つきでそれを解けば、中から顔を覗かせたのは銀色に光り輝く一対のリング。

 あれが俗にいう結婚指輪か。宣誓の言葉だけでなく、あのように夫婦の契りをしっかりとした物質で主張するのは対外的にもいいものだろう。俺も憧れがないとは言わないけれども、指輪があると剣の握りが変わってしまいそうだな、なんて考えてしまうあたり、やっぱり向いていないのかもしれない。


「それでは、生涯の愛を誓い合うお二人に指輪の交換を――」

「――ッ!」

「……うん?」


 婚姻の儀も大詰め、後はグレン王子とサラキア王女の二人が結婚指輪を互いの指に嵌めてめでたしめでたし……となる流れ。その神聖な儀式に水を差すような喧騒が、拝廊の向こう側から響く。

 扉は閉められているし、うるさいわけではない。しかし聖堂内での儀式が実に物静かに進んでいたこともあって、場外の騒ぎは分厚い扉を貫通してこちらの耳にまで届いていた。


「止まれ! 現在聖堂内では神聖なる儀式を進行中である!」


 扉越しに、恐らく見張りの教会騎士であろう者の声が聞こえてくる。

 その声にあわせ、聖堂内に会した皆々様からも、どうしたどうしたと疑問と困惑の声が上がっていた。


 何事かとは思うが、さりとてこれまでの積み重ねがあるもんだから、相手の予測は容易に立つ。わざわざ大聖堂で行われる王族同士の婚姻の儀に乱入してまで和を乱そうとする者たち。その心当たりについて、正直言うと一つしか思い当たらない。

 聖堂内に入るまでに見渡した限りではあるが、教会騎士については結構な数が配備されていた。

 彼らが狼藉者を食い止められれば最上だが、乱入する側からしても、今日この場に教会騎士が居ることくらいは十二分に把握しているはず。ならばそれを突破出来る手段、あるいは算段が付いていると見なすべきだろうな。


「……アリューシア」

「はい」


 隣に座るレベリオ騎士団長へ声を掛ける。この場に居る者の大半はまだ楽観的な見方をしているのか、すぐに逃げようだとか動き出そうだとか、そういう動きは見えなかった。

 まあ普通は王族の結婚式をぶち壊してやろうなんて思って突っ込んでくるやつは居ないからな。よしんば居たとしても、それはほぼ確実に政敵か怨嗟なので、騒ぎ立てずに暗殺してやろうとか思うはずだ。この場に居る大多数は、はた迷惑な人間がちょっかいを掛けてきている風に感じているんだろう。

 多分、この辺りの感覚というか嗅覚というか。そういうものは多少なり戦いの場に身を置いていないと身に付かない。

 そして、その勘が言っている。これはただの迷惑者の突撃ではないと。


「側廊の武器を取って戻るまで、どれくらいかかる?」

「……自分の武器をすぐに見つけられる前提ではありますが、八秒あれば」

「上出来だ」


 何かあれば迷わずに愛剣を手に取り戦う。その気持ちに曇りはないものの、今俺の手に剣がないことが問題である。

 俺とアリューシアとヘンブリッツ君。この三人の中で、一番瞬発力があるのはぶっちぎりでアリューシアだ。となればガチャガチャと全員が動くよりも前に、彼女に真っ先に剣を取ってもらった方が遥かに早い。


「拝廊の扉がもし破られたら――君のとあわせて俺とヘンブリッツ君の剣も頼む」

「承知いたしました」


 俺の言葉に、アリューシアが頷いた。これで武器の心配はしなくて済む。彼女ほどの剣士が、よもや愛用の武器を見誤ることはあるまい。

 俺の武器に関しても赤鞘の剣は目立つ。ヘンブリッツ君も彼女との付き合いは長い。互いの愛剣くらいは把握していて然るべきだろう。そもそもその点に不安があれば、彼女はちゃんとそれを言う。


「……ッ! 止まれ! 止まらねば斬る!」


 簡単な打ち合わせをしていると、いよいよもって扉の向こうが物騒になってきた。

 まあほぼ確実に刺客みたいなやつだろうが、それにしたってちょっと襲撃の仕方が不格好だなという印象は残る。今この場に王子王女が居合わせるのは流石に確定だとしても、警備のど真ん中に突っ込んでいって騎士と悶着を起こす、というのは暗殺の方法にしてはかなり雑だ。

 もしかしたら、教皇派の戦力はもうほとんど残っていなくて、けれどもこの婚姻だけは何としてでも止めたい……最悪いちゃもんは付けておきたいなどと考えて、このような自暴自棄に近い行動に出たのだろうか。

 もしそうであればこれらの後処理も大分楽になりそうな気はするものの、流石にそれは雑すぎんか、という考えも出てくる。


「……くそッ! 恨むなよ!!」


 どうやら外の状況は佳境を迎えたようだ。教会騎士が抜剣したと見たね。

 再三の忠告にもかかわらず剣を抜いたということは、乱入者は聖堂に近付くのを止めなかったということ。

 しかしそれにしては教会騎士に剣を抜く時間を与えているし、どうにもやろうとしていることとやっていることの辻褄が合わない。本格的に襲うつもりがあれば、普通は相手に反撃の隙を与えず処理する。騒がれても困るだけだしな。少なくとも俺ならそう考える。

 中々相手の考え方が見えないというか、計画性をいまいち感じられないやり取りが扉の向こうで行われている様子であった。


「!? 止まらな……うおっ!?」

「――ッ! アリューシア!」

「はいっ!」


 まだ外の状況は確認出来ていない。拝廊の扉もこじ開けられてはいない。それでもなお、俺はアリューシアの名を叫び、彼女は間髪を容れずに駆け始める。

 扉の外から微かに聞こえる喧騒から、予測は立った。立ってしまった。それもとびっきり嫌な方向にだ。


 まず前提として、教会騎士は決して弱くない。それは皮肉ながらも、レビオス司教捕縛時に対峙した経験から分かる。

 無論レベリオ騎士団と同じように、騎士の中での優劣はあるだろう。しかしこの国の第一王子の結婚式という、至極重大なイベントの警備に腕の立たない者を駆り出したりはしないはずだ。少なくともガトガならそんな間抜けなことはしない。


 つまり、扉の内外で警備に当たっている教会騎士は基本が精兵である。その彼らが突っ込んでくる相手に剣を振るい、当て、なおも相手が止まらなかった。外の喧騒から予想出来る事態はこれだ。

 よもや動きを止められない箇所に剣撃を当てたわけでもなかろう。恨むなよと叫んでいた辺り、必中必殺の構えで臨んだはずである。

 相手がモンスターである可能性もない。もしそうなら最初から止まれなんて叫ばずに叩き斬っているし、わざわざ恨むなよなんて言葉はかけない。


 それはつまり、相手が驚異的なタフネスを持っているか。

 あるいは、斬っても止まらない相手。否、自分では止まれない相手である。


「先生!」

「投げてくれ!」


 俺の思考が纏まると同時、アリューシアが側廊の武器保管スペースへ到達。即時に剣を投げるように指示し、彼女は寸分違わず赤鞘の剣を俺のもとへと投げ込んだ。


「……やっぱりか」


 素早く鞘を腰に通し、抜剣。

 仄かな赤みを宿した剣身が、採光窓から入り込む光に照らされ妖しく光るのと同時。

 虚ろな瞳を持ち、とても知性と呼ばれる物は持ち得ていないような人の形をしたナニカが、拝廊の扉を数の圧力でぶち破った。

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― 新着の感想 ―
グズグス考えてないで最初の異変に気付いた時点で動けよ
[一言] 教会でゾンビパニック…はは~ん、神様も仕事サボってるのかな?
[良い点] 少数精鋭量より質、と申しますが圧倒的な数の暴力は止められないと言う意味で最悪の状況に思えます。 [気になる点] 混乱に乗じて何か狙いがありそうです。 [一言] 続き楽しみにしています。頑張…
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