表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
片田舎のおっさん、剣聖になる ~ただの田舎の剣術師範だったのに、大成した弟子たちが俺を放ってくれない件~  作者: 佐賀崎しげる
第七章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

205/281

第205話 片田舎のおっさん、運動不足を嘆く

「いやあ、長旅ですなあ」


 この馬車の旅で随分と打ち解けたトラキアスが、ぐぐっと一伸びするとともに言葉を零す。

 普通こういう場面で、何というか無防備な姿は無暗に晒さないものだと思っていたけれど、どうやら彼の中ではこの馬車内の人間はそれなりに信用出来ると判断したのかもしれない。宰相名代という立派な肩書の割には、なかなかにお茶目な姿を見せつけていた。


「確かに。座りっぱなしだと腰にも響きますし」

「ははは、互いに気を付けねばなりませんな」


 これ幸いと、俺も彼に同調して腰を伸ばす。

 いやマジでずっと座りっぱなしで移動するのは本当にしんどいんだこれが。しかも馬車の振動もあるものだから余計に響いてしまう。更にはこの遠征中、満足に剣を振れていないのも大きい。

 夜にはある程度自由時間があったとはいえ、まさか宛がわれた部屋の中で素振りや型稽古をやるわけにもいかないし、身体は鈍っていく一方だった。移動が辛いのは勿論あるけれど、それ以上に鍛錬を中断せざるを得ない方がキツかったかもしれん。この年で怠けることを身体が覚えてしまえば後はもう一直線なので。


 俺たちはウォーレンの屋敷を出た後にフルームヴェルク領南部で一夜を過ごし、今はついにスフェンドヤードバニアとの国境線が近付いてきている頃合いであった。

 流石にフルームヴェルク領と言えども、ウォーレンの屋敷がある北部と南部とでは発展度合いが違う。ビデン村ほどではないが、言ってしまえば閑散とした農村地帯を抜ける道程を、もう間もなく終えようとしているところだ。


 ここまで付いてきてくれたサハトたち私兵軍とは国境沿いの関所でお別れとなる。まあ当たり前だが、一領主の私兵が易々と国境を超えることは出来ないからな。同じ王国内だろうが他国だろうが、他領であることに違いはない。その行き来はある程度制限されて然るべきである。

 前回と違って、サハトたちと直接顔を合わせる機会はほとんどない。とにかく遠征団の規模が違うからだ。馬車周辺は騎士団で固めているし、その外縁は守備隊が。更にその外側に貴族の私兵となっているため、単純に会える距離じゃなくなっている。

 あれから訓練の調子はどうかとか、一言二言くらい交わしたかったんだけどね。それすらも叶いそうにないので、偉くなりすぎるのも考え物だな、なんて思ってしまうよ。


「……おっと」


 そんなことを考えていると、馬車が速度を緩め始めた。

 多分関所に着いたんだろう。普段通りならここで周辺の警備に就く私兵が変わるだけであるが、今回は国を跨ぐからどうなることやら。流石にレベリス王国第三王女殿下の嫁入りを妨げるようなことにはならないと思うが。


「止まりましたな。出るとしましょうか」

「ええ」


 馬車が完全に停止したのを受けて、四人で扉の外へ。

 すると、既に陣形の展開が完了していたのか、関所への道はまっすぐに空いているじゃないか。左右を騎士団と守備隊が固めているスーパーお偉いさんロードである。末席とは言え、こんなところを歩かなきゃならんのかと、変な緊張が走ってしまった。

 俺たちが関所の門前に着いたところで、サラキア王女殿下が侍女に誘われて顔を覗かせた。一番のお偉いさんはいつだって登場は最後と相場が決まっている。


「謁見を賜り恐縮です、サラキア・アスフォード・エル・レベリス王女殿下。私はスフェンドヤードバニア教会騎士団長、ガトガ・ラズオーンにございます。以降、我々教会騎士団が御身の警備に就かせていただきます」

「はい、よろしくお願いしますね」

「はっ」


 王女殿下が登場したところで、教会騎士団のフルプレートアーマーが並ぶ中でも一際デカい男が挨拶を交わしていた。

 どうやらガトガの方は壮健そうで何よりである。彼も先般の王女暗殺未遂事件から色々とゴタ付いていただろう。その大変さは想像に難くない。

 サラキア王女殿下とガトガは別に初対面でもないはずだが、まあこういう形式ばった挨拶にあれやこれや突っ込むのも無粋である。というかこんな場面で呑気に突っ込めるほど俺は馬鹿じゃない。今出来ることと言えば、黙って見守ることのみであった。


「……書類の確認も終えた。貴殿らの入国を歓迎する」


 合わせて書類を確認したガトガたちが、関所を開ける指示を飛ばす。流石に入国自体はすんなりいきそうで何よりだ。


 ちなみに、その書類を確認してガトガに耳打ちした男性の教会騎士は知らん顔であった。多分副団長さんだと思うが、ロゼでもなければ恐らくヒンニスという男でもないだろう。

 ガトガほどではないもののがっちりしたその体形には、エストックがやや不釣り合いにも見える。ただ立ち居振る舞いからして中々の強者であろうなということは容易に想像が付いた。


 教会騎士団の内部が今、どうなっているのかは知らない。ガトガがそこら辺もきっちり洗い直すと言っていたから、それが完遂されていることを願うしかない。いくらなんでもまた裏切り者でした、では彼が浮かばれなさすぎるからな。ガトガやグレン王子を真っ当に支えることが出来る人材であることを祈るばかりだ。


「……」


 王女の謁見も書類の確認も終わったしで、じゃあまた馬車にとんぼ返りするかというタイミング。ふとガトガと視線が合った。

 なんだかここ最近は直接喋ることが出来る場面が少なくて、こういう視線でやり取りする場面が多い気がする。別に俺は読心術を修めているわけじゃないから、何を考えているのかはサッパリ分からんのだが。

 けれど彼の表情を見る限り、そう悪いようにはなっていない様子で安心した。いやまあ、こんなところで素直に「ヤバいです」って顔をする方が拙いのかもしれないけどさ。


「ラズオーン、よろしくお願いします」

「ああ、任された。警備の体制だが事前のやり取り通り――」


 王女殿下との挨拶が終わり、今度はアリューシアとガトガが今回の警備体制についての打ち合わせを行っていた。

 まあ当然今から決めるってものじゃないから、言った通り事前に取り決めはあったんだろう。あくまで最終の確認に過ぎない。

 別に警備の端っこでもいいから、やっぱり俺も歩きたいなあと思ってしまうのは性なんだろうな。とは言え、アリューシアもサラキア王女殿下と同じ馬車でずっと座りっぱなしのはずだから、俺ばかりが文句を言っても仕方がないけれど。

 ガトガはどうするんだろう。今回は賓客を招く立場だから彼も警備に加わるんだろうか。その辺りの力関係というか、外交における機微ってのは未だにサッパリ分からんままである。


 まあ俺がそれを気にする立場にならなければいい話なんだが。そこまで行くと流石に俺も拒否してしまうと思う。また国王御璽付きの任命書とかが出てこないことをマジで祈っているよ俺は。


「では、参ります」


 馬車に再び乗り込んでしばらく。御者の声とともに馬車が動き始める。

 国を超えるなんて大層な響きではあれど、結局やることは関所を潜るくらいだ。感慨も何もあったもんじゃない。国境線沿いで景色がガラっと変わるのならまだ感じ方も変わるんだろうが、国の境目ギリギリの土地が栄えることは普通あんまりない。物々しい関所やら砦やらがにょきにょきと生えていて、物騒な兵士たちが目を光らせているのが常だ。


 今回に限って言えば大所帯ってこともあって、その感慨は一層感じにくいものになっている。これが一人旅で国を超えた、なんてことであれば多少なり感じ入ったかもしれんけどね。

 それに、目に映る景色だって急には変わらない。国境線からこっちが田舎で、国境線からあっちも田舎である。なので、現時点で越境した実感を持てというのは少々難しい課題であった。

 いや別にその感情を持たなきゃいけないわけじゃないけれども。ただ何というか、なんの感慨もなくぬるっと国境を越えてしまったことに、少しばかり拍子抜けに感じてしまったというかね。こんなもんか、みたいな感覚がじんわり起こってくるのみである。


 ここからスフェンドヤードバニアの教都ディルマハカまで、どれくらいの距離があるのかは知らない。まあ普通に考えて国境沿いに首都があるとは考えにくいから、まだ何日かはかかるだろう。

 けれど、とりあえず国を超えたという実績は、確実にこの長旅の終着を意味することであって。その分気持ちの入れ替えというか、そういうものが出来る。


「ふぅー……もう一息、といったところですかね?」

「そうですね。私も流石にお尻が痛くなってきたので、早く落ち着きたいところです」

「ははは……」


 降りる前と同じく、ぐっと腰に手を当てて伸ばしながら漏らした言葉に、今度はアデラートが呼応した。

 しかしなかなかに反応に困る。男女限らず座りっぱなしというのは下半身に侮れない負荷がかかるものだが、女性がお尻が痛いと言ったところにどういうリアクションを返せばいいんだ。どう間違っても失言は許されない面子と状況だぞこれ。


「質の良い宿とベッドが割り当てられていることを期待しておきましょうか」

「ええ、まったくです」


 そんな俺の小さな葛藤を他所に、さらりと対応していくトラキアス。

 うーん、やっぱり会話一つとっても立場のある人の瞬発力と言うか、そういうものは凄いな。俺には真似出来そうにない。


 まあ馬車内の雑談については割とどうでもいいにしても、今回の長旅で襲撃らしい襲撃が一度もなかったのは素直に喜ばしい。この数の護衛に襲い掛かる馬鹿がいるのかどうかという別の問題はひとまず置いておくとして。

 戦力的にも今はレベリオ騎士団、スフェンドヤードバニア教会騎士団、王国守備隊が揃っている。この守りを抜けるやつが居たら、それはもう人間に収まる範疇ではない。ルーシーでも多分厳しいだろう。

 かと言って油断は出来ないが、それは外周を守っている皆も同じ心構えのはず。馬車の中で一人警戒したって意味ないからな。その辺りはアリューシアやガトガをしっかり信頼すべきである。


「……長閑ですねえ」

「行軍の音を除けばそうですな」


 見える景色は長閑でも、聞こえてくる音は長閑ではない。馬と人の足音、そして馬車の動く音がひっきりなしに耳に入ってくる。

 けれど、思わずそういう呟きが漏れるくらいには、安心安全な旅であることに間違いはなかった。

 後は馬車の振動と腰の痛みさえなんとかなれば完璧である。いや本当に辛いわこれは。ディルマハカに着いたら、何とかして運動出来るタイミングを見繕わないと本格的にヤバい気がしてきたぞ。


「……」


 よし決めた。往路を終えて一段落したら、鍛錬の時間を無理やりにでも取ろう。

 恐らくだが、教都に着いたからといってすぐに挙式なりパレードなりが始まるわけでもあるまい。色々と準備があるはずだから、こちらにも多少の自由時間は与えられるはずだ。

 その間に少しでも鈍った身体と勘を取り戻す。そうしないとマジで剣士として終わってしまう。別にすぐさま死ぬとか体調不良とかになるわけでもないんだけど、こういうのは気持ちの問題が大きいからな。


「ベリル殿、考え事ですか?」

「ええ、まあ。教都に着いてからの身の振り方と言いますか……」

「なるほど。余程旅程に遅れでも出ていない限りは、多少の観光も許されるでしょうからね」


 割と的外れな言葉ではあったものの、まあ流石に都に着いたら運動しようなんて考えているとは思わないだろうな。

 一度そうすると決めたら、次は早く決行したくなる。つまり、ディルマハカに到着するのが楽しみになる。

 恐らく馬車に居る者どころか、今回の遠征に同道している大多数とは違う捉え方で旅の終着を楽しみにしながら、その時を待つ。

 教国スフェンドヤードバニア、教都ディルマハカ。俺たちの目的地は、もうすぐ傍に迫っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] 他所の国で鍛練する? 暗殺者と疑われたいのかな? マラソンも場所を考えてやらないと下見か?と疑われるよ。 最初の頃はもっとユルい作品だと思っていたが、最近はそうでもないですよねー? …
[良い点] 硬いベッドの夜行列車でも辛いので馬車はもっと辛いでしょうな。 [気になる点] 鍛錬は本当に毎日やらないとすぐ鈍りますね。3日分が1日で戻ってしまいます。 [一言] 続き楽しみにしています。…
[良い点] 国の行政側の重鎮達と同じ馬車で穏やかに旅ができているというのは、なかなかの胆力だと思いました。 [気になる点] >>教都に着いてからの身の振り方と言いますか… この言い方だと、すわっ亡命…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ