第201話 片田舎のおっさん、緊張を解す
「ようこそおいで下さいました、サラキア王女殿下。短い間ですが、どうぞごゆるりとお寛ぎください」
「ええ、邪魔をしますよフルームヴェルク辺境伯」
「邪魔など、とんでもないことでございます」
関所を抜けてからしばらく。以前と同じく、すっかり日も沈んだ後に俺たちの遠征隊はフルームヴェルク領辺境伯家、つまりウォーレンのお屋敷に到着していた。
流石に屋敷に入るためには馬車は降りなければならず。そしてウォーレンたちからすれば、その時に全力のお出迎えをせねばならず。結果として今、屋敷の中庭でウォーレン、ジスガルト、シュステといった辺境伯家の重鎮と使用人らが勢揃いして王女殿下を迎えるシーンとなっている。
さて、王女殿下はほぼ確実にこのままウォーレンの屋敷で一泊を過ごすだろう。フルームヴェルク領の中でここ以上に高貴な場所は存在しない。
問題は俺たちである。お付きの侍女は当然ながら王女殿下に引っ付くわけであるが、彼女らを差し引いてもまだ結構な人数が残っている。同道している他の侍女や執事、トラキアスら外交官やアリューシアや俺といった騎士団の面々。
いくら辺境伯の屋敷といっても、この人数を収容するだけにとどまらず、十分なもてなしをするというのはややキャパシティを超えているような気がしないでもない。寝床だけ与えて突っ込んでおけばよい雑兵とはわけが異なるのだ。それに王女殿下と同じ場所に寝泊まりするというのは、格式を考えると少し悩ましいところ。
まあ、その辺りは当然計画のうちとして練られてはいるだろう。単純に俺が知らないだけである。
出来れば人目を気にせずのんびり出来る個室がいいなあとか、いっそのこと街中の宿場でも取ってくれた方がありがたいなあとか考えてはいるけれど、さてどうだろうね。極めて望みは薄そうだけどさ。
ちなみに今回の遠征の道中、確実に宿に入れるラインはギリギリで俺までである。そもそもこっちは数百名規模の大行軍なわけで、彼ら全員が寝泊まり出来る町はそう多くない。
基本的に守備隊の面々は野営だし、規模の小さい町であれば騎士団の面々も野営だ。無論、その可能性は最初から考慮して十分な準備はしてきているはずだが、それでも過ごしやすい季節ならともかく、冬の訪れ真っただ中での野営は結構きついものがある。
その点を考えると、ある程度の立場というものは持っていて得することもあるなと思うわけだ。その得に見合った義務かと問われれば、まあちょいと頭を悩ませるが。
「それでは王女殿下、こちらへどうぞ」
「ええ」
挨拶を終えた後、ウォーレンはサラキア王女殿下を連れて屋敷の中へと足を向けた。それに付いていくのは王女殿下お付きの侍女と、恐らくウォーレンが選定したであろう執事や小間使いたち。
やはりウォーレンの本邸で過ごすのはサラキア王女殿下だけか。となると、他の面々には以前と同じように別館を宛がう形かな。んで騎士団には宿が取ってあって、後は守備隊の面々がどうなるかといったところだろう。
「お連れの方々は別館へご案内いたします。護衛の方々には別途宿をとっておりますので」
「ご配慮、感謝いたします」
ウォーレンの後を継いだシュステが説明を続ける。
どうやら俺の読み通り、外交要員をはじめとした高位の一部は別館でその他は宿になるらしい。まあ予想が当たったというよりは、それ以外の選択肢があまり考えられなかったのが大きいんだけど。
この流れで俺も一般の宿に、とかならないかな。そうしたら人目を忍んで酒場で一杯やるくらいは許されるかもしれないのに。でも今までの流れからして無理そうな気配はしている。
「宿への案内にはサハト以下我々の兵を付けます」
「承知いたしました。ヘンブリッツ、隊をまとめてサハト殿の案内に続きなさい」
「はっ!」
これで騎士たちはヘンブリッツ君に続いて町の宿に泊まることが決まった。で、アリューシアがヘンブリッツを隊のまとめ役に命じたということは、彼女は別枠扱いということになる。
恐らくこの流れだとヘンブリッツ君も町の宿だ。副団長である彼を差し置いて俺が別館に泊まるというのもなかなか恐れ多い気がする。けれど形式上は俺が客賓で彼はその護衛だからなあ。ここで俺が安易な振る舞いをするわけにもいかない。
やっぱり必要以上に地位が上がってしまうとそれはそれで面倒臭いな……。加えて俺の精神衛生上あまりよくないのもダメだ。慣れろと言われたらそれまでなんだが、出来ることなら上に居座ることに慣れたくはない。自制心は忘れないつもりだけど、剣が鈍りそうで怖いからな。
「それでは私、シュステ・フルームヴェルクが皆様を別館までご案内いたします」
「ええ、よろしくお願いします」
騎士団の面々が動いて随分とさっぱりした中庭で、シュステが次いで告げた。
俺たちの馬車に乗っていたのが俺を含めて四人。他にもサラキア王女殿下の方に付いていけなかった侍女や執事、外交要員を含めて十数人といったところか。全員に個室を分け与えるのは難しいにしても、まあこの人数ならあの別館であれば十分収容出来るだろう。
出来れば個室がいい。個室がいいが、我が儘を言える場面でもないから、シュステらの采配に期待するしかないな。
「なかなか堅牢な造りの屋敷ですな。流石は辺境伯といったところでしょうか」
別館への移動のため再度馬車に乗り込んだところで、トラキアスが感嘆の声を漏らした。
彼らは恐らくだが、基本的にあまり首都から出てこない。少なくともこんな国境沿いの領土までやってくることは稀だろう。そうなると建築物の標準認識がバルトレーンのものになるから、その基準は恐ろしく高い。
そんな彼らの目にもウォーレンの屋敷は重厚なものに映るようだ。前回来た時も立派な屋敷だなあと思ってはいたけれど、やっぱり国防上の理由とかがあるんだろうね。なんせすぐお隣は他国の領土だ。敵国ではないにしても、警戒しておくに越したことはないはずだ。
「代々国防の一端を担ってきた領です。我らも安心して過ごせるというものでしょう」
「ははは、それは確かに」
アデラートがトラキアスの呟きを拾い、それにまた彼が呼応する。
うーん、まあギスギスされるよりは全然いいんだけど、こういう会話って自分から入っていくのが難しい。何というか、明確に俺に対して投げられていない言葉を取捨選択して会話を繋げるという技術が俺に備わってなさすぎる。
だって会話が必要なら特定の個人に言葉を投げるじゃん、普通。だがお偉いさん同士の会話ってそのとっかかりが極端に少ないんだ。独り言かな? とすら思ってしまう。でも実際は広く投げかけられた言葉で、その場の誰がどう対応したか、などを見ることもあるらしい。マジで面倒くせえ。
前回の夜会でもそうだったが、貴族というか面子や見栄の問題が大きいお偉いさんは、会話一つ取っても実に慎重だ。言い方を変えれば迂遠。
別に俺と交わらない世界ならどうぞ勝手にやっててくださいで済む話ではあるものの、その場所に俺が放り込まれるとなるとやっぱり困る。こればっかりは慣れる気がしない。特に今回はシュステのような女房役が居ないもんだから余計に参る。流石にこんな馬車の中で重大な話はしないと思うし、俺が聞く限りではなかったように思うけれども。
「……おっと、どうやら着いたようですね」
そんなことを考えていたら馬車はすぐに別邸へと到着した。まあ本邸とはあまり距離が離れていないのは知ってたけどね。
とにかく、これで十分に足を伸ばせる椅子と軟らかいベッドにありつけるわけか。後は暖かい食事。特に今は日も沈んでいるから大分寒い。馬車自体の造りはかなりしっかりしているものの、やはり冷気を完全に遮断出来るものでもないからね。
「では、順にご案内いたしますね」
別館の前で馬車を降りた俺たちは、そのままシュステの先導で中へと足を踏み入れていく。順番にご案内するってことは、既に部屋の割り振りは完了しているということだろう。
「こちらのお部屋はトラキアス様がお使いください。食事は後程運ばせます」
「おお、ありがとうございますシュステ様」
「左隣のお部屋をキフォー様が、右隣のお部屋がアデラート様となります」
「ありがとうございます」
「……感謝する」
順番に部屋を案内されて各々吸い込まれていく。ちなみに侍女たちは共同で一部屋を使うようだ。つまりは相部屋だな。まあ全員個室は流石に無理だろうし、外交官より侍女に優先して個室を割り振る必要性まではないか。
しかし、仕事の多寡と重要性という意味で言えば、一番部屋を用意する必要がないのは実は俺だったりする。今のところ俺の仕事って馬車の中で座ってるだけだからね本当に。屋内で休めるのは確かにありがたいが、結構申し訳ない気持ちも湧いてきてしまう。
「ベリル様はこちらのお部屋をお使いください」
「はい、ありがとうございます」
シュステの後ろに付く人数が随分と減ったところで、俺に割り当てられたであろう部屋へ到着した。
どうやら個室らしい。やったぜ。決して表には出せない感情だが、心の中でガッツポーズするくらいは許してほしいところだ。
顔見知りかつフランクな言葉遣いを求められている間柄ではあるものの、こんな場所でそのような態度は取れない。どこに誰の耳があるか分かったもんじゃないからな。
ただまあ、部屋に入っちまえばこっちのもんだ。誰の目も気にせずに過ごすことが出来る。日中は態度一つにも気を遣うから、こういうプライベートの空間というものは大変にありがたい。
「お食事は後程。それでは失礼いたします」
「いえいえ。ご丁寧な対応、ありがとうございます」
割り当てられた部屋に入った後、シュステと最後の会話を終えて扉を閉める。
ようやく気を抜ける時間の到来だ。ひとまずは着ていた外套を脱いで壁に掛けて、と。
「あ゛ぁーー……」
備え付けのソファにどっかりと腰を下ろして一息。思ったより年寄りの声が出てしまった。身体はそれほど疲れちゃいないが、精神的な疲労がヤバい。
都合二週間ほど、俺はあの馬車の中でずっと気を抜けない日中を過ごしてきた。それでも何とか耐えられたのは、こうやって宿では大体個室が割り当てられたからである。これが相部屋だったり共同の寝床であったならどこかで爆発していたかもしれん。
「……飯は後から来るんだったか」
一旦ソファに腰を落ち着けていたが、ずっと座りっぱなしというわけにもいかない。とりあえず腰に提げた剣は外して、服も着替えよう。外套の下にはジャケットを着ているが、これはこれで気が引き締まると同時、気が休まらないからな。
着替えて気分を切り替えたら、ここの美味い食事と美味い酒を味わいつつ、お風呂で心の洗濯と洒落込むか。食事はともかく風呂に入れることが確定しているわけじゃないけれども、流石にこれだけの来賓を抱えて風呂を開放しないことはないはずだ。
もうここまで来たら客賓という立場を最大限使って、出来る限りのんびりしたい所存である。スフェンドヤードバニア領に入ってしまえば、のんびり出来る保証もないからね。
「ベリル様、お食事をお持ちいたしました」
「ああ、はい」
着替えたり荷物を整理したり部屋の様子を観察してみたり。そうして時間を潰していると誰かが俺の部屋の扉をノックした。
多分食事を運んできた侍女とかだろう。流石に位の高い人が来るとは思えないが、それでも他人の目がある時は最低限きちっとしていなければならない。
これがアリューシアやヘンブリッツ君、あるいはクルニなど、多少は気心の知れた相手ならこちらも恰好を崩せるんだけどね。そうもいかないのが難しいところだ。
「今開けます」
ノックから間もなく、扉に手を掛ける。
これって中に居る人が開けるのか、こちらが許可を出して外の人が開けるのか。礼儀としてはどっちが正しいんだろうな。俺は相手に動いてもらうのがやっぱりちょっと苦手なので、こういう時に率先して動いちゃうんだけれども。せめて扉の向こうの人に変な顔をされないことを祈るばかりである。
「お待たせしまし……?」
まあでも横暴に振舞うよりは多少丁寧にした方がよかろうと、こちらから扉を開ける。
扉の先にはトロリーに載った美味しそうな料理と酒。それを運んできたであろう女性がこちらに向かって微笑んでいた。
それはいい。それは普通である。問題は、トロリーを運んできたであろう女性の正体にあった。
「……シュステ?」
「はい、お邪魔しますねベリル様」
言いながら彼女は困惑している俺を他所に、トロリーごと部屋の中への侵入を果たした。
今日は家に居ないので初めての予約投稿です。
多分ちゃんと出来ていると思います。しかしUIが変わると色々と覚え直さなくてはならなくて大変です。




