第2話 片田舎のおっさん、推薦される
「……本当に久しぶりだね、見違えた」
「先生は、お変わりないようで」
田舎の剣術道場で突然のボーイミーツガール。
と、その一言で片付けられる内容であればどれだけ楽だったか。
何より俺はボーイと言うには年を取り過ぎているし、相手のアリューシアにしてもガールと言う程幼いものではなかった。いや美人ではあるんだけども。
しかし、丁度思い出したタイミングでその本人が登場とは。
これを運命と呼ぶ、には俺は些か歳を取り過ぎている。
もう浪漫に生きる歳でもないのである。残念ながら。
ガレア大陸の北部に位置するレベリス王国。
レベリス王国の首都バルトレーン。
首都を活動拠点とする王国直轄のレベリオ騎士団。
そしてレベリオ騎士団の現団長、アリューシア・シトラスが、眼前に佇む女性の正体である。
うちの道場に通っている時から彼女は真面目で器量が良く、穏やかな性格だったように思う。俺の剣を見ては見様見真似でそれなりに再現してしまうほどには優秀な子だった。
面倒見も良くて、同じ門下生のことをよく気にかけていたことも覚えている。本当、こんな辺鄙な剣術道場には清々しいほどに似つかわしくない出来た子だ。
アリューシアが俺の道場に通っていた期間は四年程。
年齢で言うと、十二から十六辺りまでだ。
その間に俺が教えられることはほとんど全部吸収してしまい、更なる研鑽を求めてこの片田舎――ビデン村――から首都バルトレーンへとその足を伸ばした。
「この道場に来るのも、随分と久し振りです。ビデン村も……」
「そうだね、もう何年になるか……」
アリューシアが道場の入り口から中を眺め、ポツリと零す。
その声色には、郷愁の色がはっきりと漂っていた。
彼女は元々この村の生まれではない。
どこかからうちの道場の噂を聞きつけ、両親とともにやってきたのが始まりだ。
ご両親も身なりは良く、話を聞くと商人だったそうで。どうやら愛娘に最低限の護身を身に付けさせたかったらしい。
何やかんやで滞在が伸び、都合四年ほど彼女はうちの道場に通うことになった。
まあ言うて、商人の娘が騎士団長になるっておかしな話なんだが。
何がどうなってそうなったのか俺にはさっぱり分からない。
ちなみに俺は、門下生の出自などに関してはあまり詮索しない方だ。
相手が未成年の場合に最低限の確認を取ることはあれど、基本的には来るもの拒まずの姿勢である。月謝さえ貰えれば文句はなかったからね。
「そう言えば、手紙は読まれましたか?」
「ああ、読んでいるよ。よい日々を送っているようだね」
そうして、彼女がこの道場を去ってから数か月に一度送られてくる文を見ては、彼女の生活の断片を知るのを繰り返していた。
そのアリューシア本人が突然やってくるとは露ほどにも思わなかったけど。ていうかそれなら手紙に書いて報せてほしい。いきなり超大物が出てきたらおじさんびっくりするでしょ。
そんな彼女は最後の記憶からは随分と成長した様子で。
順当に考えると齢は二十半ば。正しく心身ともに充実の時を迎えているのだろう。初めて出会った時の少女然とした姿はすっかり鳴りを潜め、どこか静謐な雰囲気すらを感じさせた。
顔つきはより凛々しく、体つきはより女性らしくなっており、それは彼女が道場を離れた後も健やかに成長したことを指している。
「……まだ、その剣なんだね」
「はい。先生から賜った大切な剣です」
彼女の佇まいを眺めて、一言。
アリューシアは今、騎士団長らしい物々しい鎧に身を包んでいるわけではなく、レザージャケットを中心としたどちらかと言えば普段着に近い服装である。
それでも騎士としての務めから帯剣はしている様子だが、その携えている剣には見覚えがあった。
彼女が道場を離れる時、餞別として俺が渡した剣である。
「騎士団長ともなれば、もっといい剣も容易に手に入るだろうに」
「よい剣、というのは人によって異なるでしょう。私にはこれでよいのです。これこそが、私の剣です」
「……そうか」
どうしよう。嬉しいんだけどちょっと重いぞゥ?
かつての弟子が予想よりヘヴィな感情を持っていそうな気がしてちょっぴり引く。ただまあ、餞別に愛着を持ってくれているのは悪い気分じゃない。
俺の道場で全てを修めた子にはこうやって、剣を渡していた。
もっと上物を渡せればよかったんだが、生憎こんな田舎にそこまで質の良い剣などが置いてあるわけがなかった。量も質も限りがあるからね。
この村にも鍛冶屋は居るが、設備も腕も程ほどの村の鍛冶師だ、業物には期待出来なかった。
それを何人に渡したのか、正確には覚えていない。餞別代りに結構気軽にホイホイ渡してたからなあ。
顔を見れば判別は付くと思うのだが、アリューシアのように結構年月が経っていると思い出すのにも時間がかかるかもしれない。
一応、剣を発注して配れる程度には門下生も多かったし、それなりの収入は得ていたからね。
「そ、それで、今日は一体どういった用件かな? 手紙にもそのようなことは書いてなかったように思うけど」
余計な考えを外に捨て、アリューシアに向き直る。
言いながら、彼女から先般届いた手紙の内容を思い返してみるものの、この村にやってくるようなことは書いていなかったはず。
いや、そういえば『貴族をはじめとした国の中枢の人と話す機会が増えて大変だけど、良いこともあったので楽しみにしていてください』みたいなことは書いてたな……。
てっきり手紙の続報がくるのかな、くらいに思っていたら本人がこんな田舎まで足を運んでくるとは。とんだ想定外である。
「ああ、そうでした。実は先生に是非お知らせしたいことが」
「ほ、ほう。何だろうか?」
彼女の笑みは崩れない。
それどころか先ほどよりも一層深くなったようにも見える。
実に爽やかな笑顔で曇りなど一点も見当たらないのだが、少しばかり重たい感情が見え隠れした後では何か不穏なものを感じるのは気のせいだろうか。
そして、俺に是非とも直接知らせておきたい果報とは。
うーむ、まったく予測が付かない。
彼女の更なる昇進などであればそれこそ手紙の報せで済むだろうし、多分直接ってことは俺にも関わることなんだろうが、こんな辺鄙なところに居を構えた四十路のおじさんに今更何があろうというのか。
「実は私、騎士団長の任の傍ら、団の剣術指南役も賜っておりまして」
「ふむ、結構なことじゃないか」
アリューシア凄いじゃん。
あれから更なる研鑽を積み、素晴らしい実力を身に付けたんだろう。騎士団長になっている時点で相当な実力者なんだろうけど。
「この度先生を騎士団付きの特別指南役として推薦し、無事承認されました」
「……んん?」
今なんて?
序章といいますか、物語の舞台が整うまで13話を予定しています。
それまでは早めのペースで投稿していきたいと思います。