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片田舎のおっさん、剣聖になる ~ただの田舎の剣術師範だったのに、大成した弟子たちが俺を放ってくれない件~  作者: 佐賀崎しげる
第七章

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第199話 片田舎のおっさん、顔を合わせる

「総員、待機せよ」


 夜明け間際の騎士団庁舎を出発してからほどなく。俺たちはバルトレーン北区にある王宮前まで向かい、到着した時点でアリューシアから待機の命が下った。

 まあ前回の遠征と違って、今こちらには総勢五十名の騎士が居る。彼ら全員で王宮内にどかどかと上がり込むわけにはいかないし、待機は妥当な命令だろう。


 そして王宮の正門前では俺たち以外にも既に先客がいた。即ち、王女殿下らを運ぶ馬車である。

 今回は長旅となるだけに、事前に準備するものが多い。更に王族の護衛をしつつの行軍となるだけに、その分馬車のサイズや台数も膨らむのは道理。万が一にも何かが起こってはいけないからな。あらゆる可能性を考慮し、そしてそれらを排除せねばならない。


「私は王女殿下のお迎えに上がる。ヘンブリッツ」

「はっ!」


 皆を王宮の正門前に待機させたアリューシアは、ヘンブリッツを伴ってサラキア王女殿下のお迎えに向かっていく。

 これもまた妥当。もしかしたら俺も呼ばれるかなと少し身構えていたが、流石にそうはならず少し胸を撫で下ろした。


 何度も何度も言っているが、俺は特別指南役という外部から雇われた外様であり、騎士ではない。

 なのでこういう国事については、本来なら部隊に加わることすらおかしいのである。身も蓋もないことを言ってしまえば、俺に隊を持たせようとしたり色々と言葉を挟んだサラキア王女殿下の方がおかしい。

 まあこんなことは絶対に表立って言えないが。これがもし、俺がサラキア王女殿下付きのロイヤルガードになるとかいう話ならまた違ってきたんだろうけれどね。

 アリューシアもそれを分かっているからこそ、王女殿下のお迎えには団長と副団長が向かう形をとっている。俺が行くのは心情的なあれやそれやは別として、形式としておかしいんだ。そしてそれを無下にする彼女ではなかった。


「さて、これからどうなるか……」


 アリューシアとヘンブリッツ君が王宮へ足を踏み入れた後。誰に聞かせるでもなく小さな呟きを落とした。

 俺は今回の遠征についていくことは決まっている。しかし、スケジュールの詳細すべてを知っているわけではない。今で言えば、この時間帯に庁舎を出発して王宮へ向かい、サラキア王女殿下たちと合流して遠征の体制を整えるまでは知っているが、じゃあその中で誰がどう細かく動くのかまでは知らない。

 正確に言えばそれらをアリューシアは伝えようとしていたが、俺がやんわりと断った。行軍の細かい管理監督は俺の領分ではないからだ。会話の端々で計画の一端はもしかしたら語られていたのかもしれないけれど、努めて意識的に俺はそれを忘れようとしている。

 第一、こういう長期間の任務というのは大枠のスケジュールこそ決まっているものの、その場その場でどうするかは臨機応変に対応するのが基本である。そこで常に最適解を出せる自信が、俺にはない。


 別にこれはただ単純に楽をしたいからではない。俺の職務と性分上、色んなことに頭を回していると純粋に剣が鈍る。これは程度の差はあれど誰でも大体同じようなもんで、一点に集中した方が人間はパフォーマンスが出やすい。

 大小問わず色々なことを並列で考えながら十二分に動けるアリューシアたちがぶっちぎって優秀なのであって、俺にそこまで上等な資質はないのである。残念ながら。

 だから俺は言われたことをこなし、もし戦う必要が出てくれば剣を振る。極力物事をシンプルに捉えた方が俺の場合は都合が良い。戦うことについての瞬時の判断はそこそこ出来ているつもりだけれど、どうにも大局を見るのは苦手だね。こればっかりは練習しても出来る気がしないよ。


「殿下、お足もとご注意ください」

「大丈夫ですよアリューシア」


 そしてしばらくして。サラキア王女殿下がアリューシアとヘンブリッツ君を従えて王宮正門前へと姿を現した。その後ろには今回の旅に同行するであろうお付きの侍女、外交官、紋章官などがズラリと付き従っている。

 外交官や紋章官はともかくとして、王女殿下は女性だから身の回りを固める者らも女性で固めたい。その意図は良く分かる。そしてグレン王子の遊覧時と同じく、彼女たちはただ世話をするメイドという位置付けでもなさそうであった。身体の運びが綺麗過ぎるんだよな。何らかの戦闘術を修めた者たちであろうことは、歩き方を見てすぐに分かった。


 ……まあ実際に有事が起こってしまった際、彼女たちがどこまで動けるのかは前回のこともあってやや疑問ではあるけれど。しかしこればかりは仕方がない。なんせ彼女らには実戦経験を積む機会がなさすぎるのだ。

 如何に技術と知識を詰め込もうが、それらが十全に発揮されるかどうかはまた別の話。戦闘力と護衛能力という面だけで見れば、残念ながら彼女たちはレベリオ騎士団に二枚も三枚も劣る。だからこそ騎士団や魔法師団が存在しているんだけどね。

 俺自身、実戦経験がメチャクチャ豊富とまでは言わないけれど、それでも王宮勤めの方々が日常的に戦闘をしているとは考えにくい。


「皆の者、よく集まってくれました。道中よろしくお願いいたしますね」


 俺たちの前まで歩を進めた殿下は、綺麗な顔を綻ばせて激励のお言葉を掛けてくださった。如何にレベリオ騎士団と言えど、王室の方々から見れば下々もいいところ。そんな俺たちにもしっかり礼節を保つ辺りは流石である。誰だって、横暴に振舞う人よりは所作が丁寧な人に仕えたいものだから。


「我ら一同、一針の隙も無く、完璧に殿下をお守りすることをこの剣に誓いましょう」

「ええ、期待しています」


 殿下の激励に、アリューシアが応える。

 こういうやり取り一つとっても、やっぱり俺には出来そうにないなあと思うのだ。咄嗟に彼女のように格式ばった、その場に相応しい言葉をひねり出せる気がしない。


「殿下、こちらへ」

「ええ」


 挨拶を交わした後、サラキア王女殿下は用意されている馬車に侍女とともに吸い込まれていった。

 殿下の馬車には殿下本人、侍女が二人、そしてアリューシアが帯同する予定だ。やはりここも女性だけで固めたいのだろう。俺としては逆に殿下とアリューシアに囲まれて同じ馬車に乗る、なんて可能性まで考慮していただけに、これは素直にありがたい配置である。そんなロイヤル空間で長時間一緒なんて俺の精神がとてもじゃないが耐えられないね。


「では事前の取り決め通りに、バルトレーンの外周で守備隊と合流する」

「はっ」


 サラキア王女殿下らが馬車に乗り込み、指揮を引き継いだヘンブリッツ君が騎士たちへの指示を出す。

 アリューシアも一緒に馬車に乗り込んだ以上、外の指揮は副団長であるヘンブリッツ君の役目だ。必要があれば殿下やアリューシアに指示を乞い、対応する。

 で、肝心の俺はと言うと。


「ベリル殿はこちらへ」

「あ、ああ」


 今回も俺は馬車の中であった。

 これは何というか、いわゆる消去法的なアレだ。今回の布陣では、バルトレーンの外で合流する王国守備隊の面々がまず外縁に就く。逆にサラキア王女殿下を乗せた馬車は当然陣形の中央。その守備隊を指揮するために騎士が適度に分散し、ヘンブリッツ君をはじめとした精鋭は王女殿下を守るため馬車付近に展開する。


 さて、そうなった時に俺をどこに配置するかという話である。

 一兵卒のように外縁を守りながら歩く案は最初からなかった。別に俺はそれでもよかったんだけど、肩書とか考えるとそれはダメらしい。まあそれは分からんでもない。

 次にレベリオの騎士たちと同列に扱う案。これに関してはサラキア王女殿下が仰ったような、俺に隊を持たせる前提であれば有り得た。今回の遠征における騎士の役目は王女の護衛は勿論のこと、万が一緊急事態が起こった際の守備隊の指揮も含まれる。当然指揮を出す人間が馬車の中に全員引きこもってしまうのは大問題なので、俺が人を率いる立場ならそうなっていただろう。


 だが実際はそうならなかった。となると、どうするか。そう、馬車の中だね。

 一応これも立て付けの理由は用意出来たらしく、俺は騎士ではなく外部から招聘した特別指南役。なので、客賓として扱うことも出来なくはない。騎士ではないが、指南役として王女殿下の護衛に参加してくれている、みたいな捉え方だ。

 いやそれもどうなんだと思いはしたものの、特別指南役としての肩書を持った人間が徒歩で守備隊に混ざったりする方がよほど問題らしい。他に俺の中で良い代替案も出なかったこともあり、この形を受け入れたわけだ。


 まあ、それはいい。ベストではないにしろ、少なくとも誰かから余計な突っ込みを受けるほどのものではないだろう。

 問題は、俺にとってもうちょっとパーソナルな部分にあった。


「道中、よろしくお願いいたします」

「どうも、お噂はかねがね」

「ははは……」


 そう。ともに馬車に乗る人たちである。

 前回フルームヴェルク領に赴いた時は、騎士団自体が賓客扱いであった。なのでアリューシアと俺、ヴェスパー、フラーウが馬車に乗っていた。

 だが今回は違う。主役はサラキア王女殿下であり、そして婚姻外交に伴う諸々を取り仕切る政治屋たちだ。騎士はあくまで王女殿下らの護衛であるため、アリューシアのような例外を除き、馬車の外で護衛に就くのが普通である。


 じゃあ、今回の遠征において馬車に乗るべき人たちとは誰か。

 サラキア王女殿下、身の回りの世話をする侍女、政治屋となる。どちらかと言えば、その枠に俺を無理やりねじ込んだ形と表現した方が適切かもしれない。

 つまり俺は、顔も名前も初めて知るような高位の方々と共に馬車の中で同じ時を過ごす羽目になった。控えめに言って地獄である。これ外で歩いていた方がまだマシだったのでは?


「さて、自己紹介くらいはしておきましょうか。私はトラキアス・センプル。グリースモア宰相の名代として同行しています」

「……キフォー・クアンダ。紋章官だ」

「アデラート・マシカと申します。キフォーと同じく紋章官を務めております」


 馬車内で顔を合わせたのは俺を含めて四人。アデラートが女性で、他は男性。全員若手というには年を取り過ぎている、それくらいの年齢であった。


「お初にお目にかかります。レベリオ騎士団の特別指南役を務めております、ベリル・ガーデナントです」


 なんとか外向きの笑みを貼り付けて、挨拶を返す。

 この最初の言葉だけは随分と言い慣れてしまった気がする。これは良いことなのかどうなのか、ちょっと判断に悩むところだけど、まあ多分良いことなんだろう。そう思いたい。


 恐らくこの中で一番偉いのは、宰相の名代と言っていたトラキアスだ。宰相と言えば、一国の政治を担うトップ層の一人である。上層部でどのような判断が下されたのかは定かではないが、宰相自身が出向くのではなく名代を立てることで義理を果たそうとしている、と考えるのが妥当かな。


 普通に考えれば、王族暗殺未遂事件があってから今までのこの短い期間で、スフェンドヤードバニア内部の権力争いに決着がついたとは考えにくい。


 そうなると、如何にめでたき結婚とは言えども、火種が燻っている隣国に国家の重要人物を纏めて送り出すのには不安が残る。だから万が一が起こっても、レベリス王国としては立て直しが利く範囲で。つまり名代を送り込むことにしたのかなと考えてしまうのだ。

 いや、その判断自体は正しいとは思うけどね。そう捉えると、折角のサラキア王女殿下の輿入れなのにグラディオ陛下やファスマティオ殿下といった、他の王室に連なる方々が一緒に出発しないことにも一応筋が通る。

 考えたくはない可能性だが、もし局所的な戦闘が勃発して陛下や殿下もろとも命を落としてしまいました、などとなってしまえばもう最悪だ。下手したら一気に国が傾く。


 それを思えば、代理を立てて要職の者はなるべく少なく、という方針は理解出来る。出来るが、サラキア王女殿下の花道が随分と寂しいものになってしまいそうだなと考えてしまうのは、小市民の捉え方だろうか。


「まあ長い道中です。のんびり行きましょう」


 そんなことに思いを馳せていると、トラキアスからあまり気負わず過ごそうぜ、的な言葉を頂戴した。

 別に取り仕切るつもりは全くないが、この馬車の中に限った力関係で言えばまとめ役は彼になりそうだな。下手に話題を振られると困るけれども、自分がしゃしゃり出なくて良いというのは気が楽でもある。特に不満もないしね。


「ええ、長旅になりそうですから」


 彼の言葉に、当たり障りのない返答を差し出しておく。

 途中立ち寄る町々で宿をとるはずだから、別に彼らと四六時中一緒というわけでもない。しかしながら、日中移動している間は常にこのメンバーかと考えると、ちょっと気疲れしそうなのもまた事実であった。


 アリューシアや王女殿下に囲まれるのと、顔も名前もついさっきまで知らなかったお偉いさん方に囲まれるのと、いったいどっちがマシなんだろうね? 俺にはよく分からんよ。


「お、動くようですね」


 そんなことを考えていたら、準備が整ったのか馬車が緩やかに動き始める。

 さて、とは言えもう変更も後戻りも出来ないところまで事態は進んでしまっている。トラキアスの言う通り、今から気を張っても仕方がないけれど、何事もなく今回の遠征が終わることをただただ祈るばかりであった。

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― 新着の感想 ―
この国には軍という思想はないのかな。騎士団は軍なんだろうけど100では戦争はできない。他国との紛争などの時はどうするのか。その都度民兵を徴兵してたら練度など上がらないし指揮もできないだろう。それぞれの…
[気になる点] 独白とはいえベリルが政治屋という言葉を使うのに違和感がある 政治屋というのは軽くですが蔑称です 自分は剣を振るうことしか能が無い 望まれるのならば精一杯剣を振るうと考える人が 個々人…
[良い点] 身分無くとも見知らぬ顔は緊張するのに、高位なんてそれだけで疲れ果ててしまいそうです(笑)。 [気になる点] 馬車は揺れるので身体も疲れるでしょうね。 [一言] 続き楽しみにしています。頑張…
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