第197話 片田舎のおっさん、話を詰める
アリューシアからサラキア王女殿下の輿入れとそれに伴う遠征について聞かされ、ミュイの成長を感じつつ、ルーシーと魔術師学院……ここは主にキネラさんだが、彼女たちへのそれとない根回しもやりながら。
普段とは若干様相の異なる日常ではあれど、大筋としてやることはやっぱり変わらない。つまりは、騎士団庁舎で騎士たちをシゴき、時たま魔術師学院で剣魔法科の生徒を見守るという流れ。
そんな日々を過ごしながらある程度経った頃。俺は再びアリューシアに呼び出され、騎士団の執務室へと赴いていた。
「先生、お待ちしておりました」
「うん、お待たせ。……あれ、今日はヘンブリッツ君も居るんだね」
「はっ」
てっきりまたアリューシアから遠征について何か追加の情報を聞かされるのかなと思っていたら、今日はヘンブリッツ君も同席するらしい。
騎士団長と副団長に囲まれての密談。相手が相手だからそこまで緊張はしないが、普通に肩書だけで考えたら震え上がっても何らおかしくない相手である。まあそれを言えば俺も、騎士団付きの特別指南役という大層立派な肩書を既に持ってしまっているわけだけれど。
「それで、今回はどんな用件なのかな」
「はい。ですがその前に、先生にお渡ししておきたいものがあります」
「うん?」
いつものように執務机横のソファに腰掛け、さて今回の用件は何かなと問いかけたところ。返ってきた答えは少々予想外のものであった。
渡すもの。渡すものってなんだろう。当然ながら、何を手に取らされるのかはさっぱり見当が付かない。わざわざ執務室に呼び出している以上はそれなりのものなんだろうけれど、さて一体何が出てくるのやら。
「こちらです」
「これは……」
「外套ですね。我々騎士団の装備の一つです」
そう言って手渡されたのは、重厚な布の塊。ヘンブリッツ君が説明を添えてくれたように、それは広げると衣類や鎧の上から羽織れるような、やや幅広な外套であった。
彩度を控えめにした、しかし埋もれることはないであろう僅かに薄い群青色。騎士団の装備とも親和性が高そうな色合いである。
「ふむ……」
手渡された時の重みで分かっていたが、かなり厚手だな。そして手触りも良い。上質の布が使われていることが一目で分かる作りだ。
丈はかなり長く、膝辺りまで覆えるだろうか。確かにこれだけ厚手で丈長の外套であれば、防寒の役目は十二分に果たしてくれそうである。フードも付いているし、悪天候時もこのまま使えそうだな。そして背面には分かりやすく、レベリオ騎士団のエンブレムが大きく描かれていた。
「本番の時は俺もこれを羽織る、と」
「そうなります。先生は騎士の鎧をお持ちではありませんから」
「それはまあ、確かに」
普通に考えて、王女殿下の輿入れは国を挙げての大仕事だ。当然ながら騎士団もほぼ全員が駆り出されるはず。その中で一人だけ、装備の違う者が紛れてしまえば流石に言い訳が苦しい。
グレン王子がバルトレーンにお越しになった際の護衛時はまだよかった。あの時は基本的に俺は馬車の中に居たし、一人だけ鎧でなくともお付きの人だと思われてしまえばそこまで違和感はなかっただろう。
けれど今回は流石に困る、ということだな。俺は叙任を受けていないから騎士の鎧を下賜されることはないし、今更それをするのも違う。だから季節が冬だということにかこつけて、外套で見た目を統一しよう、というのはまあ納得出来る理屈であった。
「……ちなみにこれは返さなきゃいけないやつかな」
「いえ、貸与ではなく授受ですので、遠征後もお使い頂いて結構です」
「そうか、分かった」
てっきり今回の遠征限りの貸与かなとも思ったけれど、どうやらそれは違うらしい。となると、防寒用のアイテムが思わぬところから手に入ったということで、俺としてはちょっとしたラッキーでもある。
とは言え、でかでかと騎士団のエンブレムが描かれた外套を、表で積極的に使おうという気にはちょっとなれないが。
「じゃあこれはありがたく使わせてもらうよ」
「はい、そうしてください」
そんなわけで、騎士団の外套は俺の手に収まることとなった。
ただ、わざわざ俺を執務室に呼び出して、しかもヘンブリッツ君まで同席させてまでやるイベントだとは思えない。言ってしまえばこれはついでで、本命の案件がきっと他にあるのだろう。
「それで、今回お呼び立てした件についてですが。遠征のルートと日程が確定しましたのでお知らせに」
「……なるほどね」
遠征のルートと日程の確定。それくらい皆の前で知らせればいいじゃんとも思うが、意外とそうは問屋が卸さない。
道程と日程が決まるということは、裏を返せば待ち伏せや襲撃が容易になることの裏返しでもある。しかも今回は王女様を連れての遠征だ。先般のヴェルデアピス傭兵団に限らず、よからぬことを考える不埒な者たちが他に居ないとも限らない。
つまり、こういう情報は上層部だけに留め置き、下っ端はとにかく指示された通りに動き、守る方が軍事的には正しい。
あまり考えたくはないものの、例えば騎士や貴族の私兵の誰かが捕らわれたりして、情報が漏洩する可能性も出来る限り排除しなければならない。それらの意味を含めて、アリューシアやヘンブリッツ君、あとついでに俺か。そう言った隊を纏める立場の人間のみに情報を卸すというのも、納得出来る動きだ。
まあ俺が実際に隊を指揮することは多分ないと思うけどね。特別指南役としての役目を仰せつかってはいるものの、先述したように俺は騎士ではない。そんな身分の人間が騎士たちを纏め上げるのは組織的にもよろしくないし、外聞的にもあまり良くはないだろう。
特に今回は他国の人間にもレベリオ騎士団をお披露目する機会でもある。そうなった時に、やっぱり外部から招聘した一般人、というのは扱いには困るものだ。
「基本的には前回の遠征と同じ順序を辿ります。要所要所で変更もありますが」
「うん。それはそうだろうね」
前回の遠征が円満に終わっていれば問題はなかった。しかし実際には襲撃を受け、騎士に重傷者も出たし貴族の私兵には死者も出た。そんな事件があった以上、前回と全く同じ道筋を辿る判断はしづらいだろう。
「地図と中継予定地はこちらになります」
「どれどれ……」
言いながら見せられたのは、レベリス王国の主要都市や町と、今回の行程が記された地図であった。
間違いなくこの地図は持ち帰ってはいけないやつである。これは極秘情報と言っても何ら過言ではないものだ。むしろ俺には見せない方がよかったんじゃないかという心配までしてしまう。
俺の記憶と照らし合わせて考えてみると、確かに凡そのルートは前回と似通っている。最終的にフルームヴェルク領を通ってスフェンドヤードバニア領に入るのもそうだ。まああそこは国境だから通らないのは無理なんだが。
ただ、いくつか立ち寄る町に変更があるように見えた。これは恐らく前回の襲撃に加え、フルームヴェルク領での夜会で収集した情報も加味して修正を加えたものだろう。
「ルートの良し悪しは分からないけど……内容は把握したよ」
「ありがとうございます。こちらは持ち出しは出来ませんので」
「だろうね」
立ち寄る町々の名前、またその地を治める領主の名前なんかを今ここで全部覚えるのは俺には無理だ。これが持ち帰れたら話は別だけど、こんな機密情報は執務室の外に出さない方がいい。
なので最低限の情報だけを確認して、後は流れでまあなんとかなるだろう。クソほど甘い見積もりだが、何にせよ遠征中に俺が道を尋ねられることはほぼないからな。きっと大行軍になるし、逸れる心配もしていない。
アリューシアも、俺に対してそれを期待しているわけじゃないはずだから、これはきっと俺に対するポーズも含まれているんだろうと思う。つまりは、貴方を除け者にはしていませんよという構え。別に除け者でもいいんだけどね個人的には。どうせ剣を振る以外ではあんまり役に立ちそうにないし。
「用件は分かったけど、ヘンブリッツ君が居る理由は?」
そしてここまでの話の流れに特に違和感はないものの、地味に気になっていたことが一つ。
それがヘンブリッツ君の同席である。先ほどの外套と地図の件であれば、アリューシアから直接聞けば済む話だった。わざわざ副団長も合わせて呼んだ理由にはならない。
「はい。遠征時の部隊編成についてですね」
「ふむ……」
齎されたもう一つの課題に、頷きを返す。
サラキア王女殿下の輿入れは、国全体で後押しすべき大義だ。流石にバルトレーンをガラ空きにするわけにはいかないにしても、前回の遠征と違い大部分の騎士が同道するはず。当然そのトップであるアリューシアとヘンブリッツ君も加わるはずで、俺をどこに配置するのかは多分ちょっと難しい話なんだろうな。
「私とヘンブリッツは、それぞれ部隊を率いる予定です」
「それはまあそうだろうね」
騎士団の団長と副団長なんだから、騎士たちを率いる立場に居るのは当然である。むしろアリューシアとヘンブリッツ君が騎士たちを率いなくて誰が取りまとめるんだという話だ。
「その中で、先生にも隊を持たせてはどうか、という話が上がっていまして」
「なんで?」
いやなんでだよ。どこからその話が湧いてきたのか皆目見当が付かない。
俺は騎士の叙任を受けていない。そんな外部の人間がいきなりしゃしゃり出てきて、王からの叙任を受けた騎士たちを率いるなどあってはならないことだ。少なくとも俺の知る常識に従えばそうなる。
――いや待てよ。これはあれだな。恐らくサラキア王女殿下の思惑が働いていると見た。
アリューシアはその性格上、規則や伝統を破ってまで無茶はしない。そりゃ俺を特別指南役に推した行動力は凄いが、別にあれは何もめちゃくちゃをやったわけではなく、あくまで騎士団長として推薦を行い、それが承認された形である。法も規則も何も破ってはいない。その流れに言いたいことは確かにあるがそれはそれとしてね。
で、この組織のトップはアリューシアなわけで、彼女の頭を通り越して無茶を通せる存在は極僅かだ。
即ち、王室に連なる方々くらいである。例外としてルーシーの存在はあるものの、彼女もそんなことをわざわざ主張したりはしないだろう。
「……言い出したのはサラキア王女殿下かな」
「ご明察です。そうなると隊の配置が随分と変わるため、ヘンブリッツもあわせて話を通した方が早いと判断しました」
「なるほどね……」
王女殿下のお願いとなると、流石のアリューシアも無下には出来ない。かと言ってそこで頷いてしまうのは諸々を考えるとちょっとよろしくない。だから一旦俺に話を通すという形で保留にした。そんなところだろう。
「……悪いけど、頷けない。俺は一人の剣士として働く自信はあるけど、人を率いるのは無理だ。知識も経験もない」
王女様のお願いは無下には出来ない。無下には出来ないが、やれるやれないはまた別の話。
そもそも俺は、一対一の戦いや少人数戦であれば多少動ける自信があれど、軍の統率にはまったく向いていない。そもそもそんな経験もないしね。
サラキア王女殿下が俺を買ってくださっているのは分かる。それはありがたい評価ではあるものの、剣士として優秀であることと、軍才があるというのは全く別。そんな慣れないことをして、余計な混乱を招くことこそが、サラキア王女殿下の身を危険に晒すことにも繋がってしまう。
「分かりました。この件については改めてお断りと、その理由を述べておきましょう」
そして返ってきたアリューシアの言葉は、俺が断ることをどうも想定していた様子であった。
本当に繰り返しになるが、隊を率いるというのは個人の強さとの相関性が全くないからね。求められるのは完全に別の資質である。そして俺に、その資質はない。
「すまないね。……ちなみに、俺がそれに頷いていたらどうするつもりだったんだい?」
とは言え、周囲からの評価に俺が舞い上がってしまう可能性もなくはない。サラキア王女殿下の提案を受けて、その本人が乗り気であれば逆に覆すのは難しくなっただろう。
もしそうなっていたら、彼女はどうするつもりだったのか。本命の話題からはやや逸れた、ついでの雑談のようなものだが、少し気になって訊ねてみることにした。
「ふふ。先生は首を縦に振らないでしょう。貴方はそういう人ですから」
「ははは、お見通しというわけか」
そんな俺のささやかな疑問と冗談は、彼女の微笑に封殺された。
いやまあ確かに、俺がここで頷くわけはない。おやじ殿に打ち合いで勝ち、多少なり自分の剣に対する自信は出てきたものの、そこまで驕り高ぶることはとても出来ない。
しかしそうは言っても、中々彼女から向けられる信頼は重たいね。それを心地よいと感じられるようになる時が、果たしてやってくるのかどうか。そんな先もさっぱり見通せないばかりである。
「私はベリル殿の指揮も見てみたい気はしますが……」
「はっきり言うけど無理だよ。これは謙遜だとかそういう話じゃなくね」
どうやらヘンブリッツ君は俺の指揮を見てみたいらしい。百歩譲って見てもらうこと自体は良いにしても、それをサラキア王女殿下の輿入れという重大イベントでやる必要性が全くない。失敗が許されない事案に対して、変なリスクは誰も負いたくはないだろうからね。
「それでは、先生の当日の役回りは改めて決定した上でお伝え出来ればと思います」
「うん、よろしく頼むよ」
しかしこれで俺が隊を率いることはなくなったとはいえ、俺をどのように扱うかというのはやっぱり難しい問題なんだろう。その辺りは俺が口を挟めるものでもないので、沙汰を待つばかりである。
まあでも、アリューシアなら悪いことにはならないだろうという信頼もある。今回の件にしても、彼女は俺が断ることを最初から分かっていた様子だしね。
さて、本番までに残された時間はそう多くない。当日に憂いを残さないためにも、しっかりと鍛錬に励むとしよう。




