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片田舎のおっさん、剣聖になる ~ただの田舎の剣術師範だったのに、大成した弟子たちが俺を放ってくれない件~  作者: 佐賀崎しげる
第七章

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第194話 片田舎のおっさん、再度呼び出しを受ける

「いってきます」

「ん、いってらっしゃい」


 焼き魚に舌鼓を打った翌日、いつものように家を出る。

 魔術師学院は今日も変わらずやっているが、学院の授業が始まるより俺が庁舎に向かう方が遥かに早いため、基本的にはミュイより先に家を出ることになっている。

 自然と、ミュイの起床や就寝は俺のリズムに合わせることになってしまう。別に無理して起きなくていいと昔話し合ったことはあるんだが、結果として今も変わらずこのままだ。


 ミュイ曰く、この家の家主は俺なんだから俺に合わせるということで。まあ言われてみればそれもそうなのか? とやや逡巡し、彼女がそれで無理をしていないのなら、というわけで落ち着いた。

 とは言っても、俺の方が家に帰ってくるのも早いから、夕飯の準備は基本的に俺がやっている。その意味で言えば、割と上手いこと互いにメリットを享受出来ていると言えなくもない。俺は生活リズムを変える必要がなくなったし、ミュイは早起きの代わりに家に帰れば飯が出来ている。これも一つの相互扶助の形、なのかもしれない。大の大人が子供を使うなとかそういう話は一旦置いておくとして。


「ひー、朝は冷え込む……!」


 元気よく家を出てきたはいいものの、吹き荒ぶ寒風に身体が震えるぜ。

 ビデン村に居た頃からずっとそうだが、俺は夏だろうと冬だろうと基本の生活スタイルは変えない。寒いからもうちょっと寝ていようとかもないし、暑いから今日は夜更かししようってのもあんまりない。それをやってしまうと途端に身体の調子が狂うからだ。

 なので、冷え込む季節の朝方だろうが容赦なく外に出る。お仕事があるから。でもそれは寒いのが平気だとかそういうわけではまったくなく、寒いものは寒い。動きにくいのが嫌で着込まない性格なのもあって余計に寒い。


 しかしながら、俺は剣の道で生きると随分と昔に決めてしまったもんで、今更その性格は変えられないのである。これからさらに年を取って、もう剣を置いてもいいかという思いがよぎった時には、また話は変わるんだろうけれど。


 その辺りは、昨日たまたま出会ったスレナもそう。彼女は自身の戦闘スタイルを考慮してか、やたらと軽装を好む。最低限のバイタルパートと移動と攻撃に必要な手足以外の防御をほぼ捨て去った恰好だ。

 彼女には豊富なスタミナがあるから金属の胸甲鎧を装備出来ているが、本来ならあれだけ動く戦法には金属鎧自体が不適切である。重くて動きに支障が出るからね。だから俺も基本は布、どれだけ固めたとしても硬化処理した革程度に落ち着く。


 まあそういうわけで、戦う術を持つ者には各々そういった拘りがある。で、大体そういう拘りは戦闘面では優位に働くものの、日常では不便を強いられる場面がしばしば発生する。

 つまり、それが今である。寒い。


「ふいー……早いところ剣を振って温まりたい……」


 冷えた身体を温めるには火に当たるのもいいが、一番はやっぱり身体を動かすことだ。そのためにも俺は早く騎士団庁舎に辿り着かねばならない。

 無論、この移動の時間も貴重な運動機会ではあるので、身体を解すことを意識しつつやや早足に、慣れてきたらやや駆け足になったりする。

 歩く、走るといった人間の基礎動作は思いの外大事だからな。俺くらいの年になるとついつい乗合馬車を使ったりズルをしたくなるものだが、剣士として都会の利便性に甘え切るのもあまりよろしくない。まあそもそも、乗合馬車の硬い椅子に座る方が腰に悪かったりするんだけども。


「おはようございます」

「おはようございます、ベリルさん。いやはや、今日も冷えますなあ」

「いや本当に」


 そんなわけでやや早足に騎士団庁舎を目指し、庁舎の正門が見えてきたところでいつもの守衛さんとご挨拶。

 彼らもちゃんと防寒用の装備はしているが、基本は突っ立っているだけだから余計に寒さを感じることだろう。それでも文句ひとつ垂れずに職務を遂行している姿は実に立派だ。そんな彼らにはやはり敬意を表したい。俺だったらただ警備のためにそこに立っていろ、と言われてもきっと難色を示すからね。


「おはようございます、ベリルさん!」

「ん? おはようエヴァンス君」


 正門を通り過ぎ、中庭を通過していつもの修練場に、と思った矢先。中庭に入る前にエヴァンス君に声を掛けられた。

 彼は彼でまだ若いものの、レベリオの厳しい鍛錬にしっかり食らい付いてきている立派な騎士だ。しかし、こんなところで油を売るような人物ではなかったと思うが。


「お待ちしていました。アリューシア騎士団長が執務室へ来て欲しいと」

「分かった。……えっ、そのために待ってたの?」

「はい!」

「そ、そう……。ありがとう、身体を冷やし過ぎないようにね」

「は、お気遣いありがとうございます」


 何用かと思ったら、どうやらアリューシアからの呼び出しを伝えるために待っていたらしい。そのためだけにこの寒空の下で待っていたのかと思うと、ちょっと申し訳ない気持ちも湧いてくる。

 そもそも、俺を捕まえたければ修練場で待っていればいいはずなのだ。しかしアリューシアは何故かそれを良しとせず、鍛錬に向かう前の俺を捕まえるためにエヴァンスを寄越した。つまり、何かのついでではなく、最優先で俺を呼ばなければいけない事態が発生したとも読み取れる。


 まあ、何となく予想は付く。多分スフェンドヤードバニア絡みの案件なんだろう。しかも、ただ伝令を寄越して終わりの話ではなくて、ちゃんと顔を合わせて話し合わないといけない段階のもの。

 面倒臭い、なんて感情はあまり湧かない。この辺りも少し心の持ちようが変わった部分かなと思う。少し前の俺なら面倒臭いし、何よりそんな話に俺を巻き込まないでほしいくらいは考えていたものだが、ことスフェンドヤードバニア絡みの案件に限って言えば、頼れるなら頼ってほしいとまで思えるようになった。


 これは多分、良い変化なのだろう。俺はいい年したおっさんだけど、ようやく本当の意味で精神が成熟し始めてきた、とでも言うべきだろうか。今までも勿論、自分自身が幼いと思って行動していたわけではないつもりだけれど、思い返してみると子供っぽい部分はやっぱりあったんだなあと思ったり。

 この年でもまだ成長出来ると分かった、という点では前向きに捉えるべきところなのかな。この辺りはどうにも、比較対象が過去の自分しかいないから分かりにくい。面と向かって他人に聞くようなことでもないしね。


「さて、と」


 そういう感慨は一旦思考の隅に追いやるとして。騎士団長様からお呼びがかかったとあれば、俺は迅速に馳せ参じなければならない。目的地を修練場から騎士団長の執務室へと変え、歩みを進める。

 彼女の執務室に入るのは今回で三度目だ。普通の内容であれば応接室を使うか、今までの傾向からしてアリューシアが修練場の方に顔を出していた。逆説的にやっぱり、過去の二度と同じような重大な名目があるんだろう。


 ヴェルデアピス傭兵団の目的が割れたとか、スフェンドヤードバニアとの関連性の調査に進展があっただとか、まあそこらが予想される内容ではある。

 その辺りはレベリオ騎士団と魔法師団がなんか上手いことやって調査している、くらいしか知らない。俺はその実働部隊にはどう頑張ってもならないから。ただし俺は当事者の一人である以上、結果は最低限知る必要がある。で、その結果如何で、俺の剣が必要になるのなら遠慮なく呼んで欲しい。スタンスとしてはそんな感じだった。


 白を基調とした庁舎の中を歩く。この景色にも随分と見慣れてしまったものだ。ちょっと前まではこんなところに俺が勤めるなんて、とか考えていたのにね。月日の流れは早いなと思うのと同時、慣れというやつは時に恐ろしいな、なんて思いながらアリューシアが居る執務室を目指す。

 この騎士団庁舎は確かに広いが、俺が普段出入りする場所は決まっている。というか今まで入ったことがあるのは応接室と執務室くらいだ。さしたる迷いも障害もなく、執務室の前に辿り着いた。


「……よし」


 別に整える身なりなんてないけれど、気持ちを落ち着けて執務室をノックする。

 相手がアリューシアだからある意味で気楽に構えられているが、一国の騎士団長の執務室に一人で乗り込むなんて、普通なら絶対に取りたくない行動だよ。


「どうぞ」

「お邪魔するよ」


 返ってきた声に呼応するようにドアを開ける。入った先ではアリューシアが執務机で書類を検めているところであった。


「先生。朝早くのお呼びだて、申し訳ありません」

「いやいや、何も問題ないよ」


 彼女の第一声は俺に対する謝罪。言った通り、謝る必要性はどこにもないので気にするなと返しておく。

 これが例えば、騎士が朝早くに家までやってきて俺を連れ出した、とかなら多少なり文句は出たかもしれない。しかし実際は俺が庁舎を訪れた後にエヴァンスを通して呼ばれた形だから、迷惑でも何でもない。


「どうぞ、お掛けください」

「ありがとう」


 いつぞや執務室にお邪魔した時のように、部屋の隅に配置されているソファに腰を落ち着ける。

 庁舎内は造りがしっかりしていて、隙間風など入る隙間もない。更に防衛の観点からも頑丈に作られているであろう執務室では外の冷たい空気は感じられず。実に過ごしやすい環境であった。ちょっと羨ましいとも感じるけれど、ただの自宅と国の要所を比べる方がおかしいからな。


「早速だけど、今回の用件を聞かせてもらえるかな」

「はい」


 特に雑談に花を咲かせることもなく本題に切り込む。俺もアリューシアも時間は有限だし、互いに他にもやることがあるからね。


「今回お呼びだてした件ですが、サラキア王女殿下の輿入れ日程が確定しました」

「……ふむ」


 アリューシアから齎された情報は、思っていた用件とは少しばかり毛色が異なっていた。

 俺たちが以前の下見遠征の際にいくら外敵から襲われたと言っても、それだけでサラキア王女殿下の輿入れがなくなることはないだろうとは流石に踏んでいた。

 なんてったって国家間の婚姻である。言っちゃ悪いが俺たちみたいな下々が多少襲われたからと言って、それで王族のスケジュールが狂うわけがない。


 なので、サラキア王女殿下の輿入れが進むこと自体は何も問題はない。問題は、そのスケジュールを進めるに足る安心と安全が確保されたのかどうか。つまり、俺たちが受けた襲撃とスフェンドヤードバニアとの関連性が判明したのかどうか、である。

 関連性がなかったのであればこれも問題ない。あったのであれば、その背景やら今後襲撃を受ける可能性やらを加味する必要がある。それも問題なくなった、ということだろうか。


「……それはいつ頃になったのかな」

「今月末にバルトレーンを発ち、スフェンドヤードバニアにて滞在後、新年に婚姻の儀を執り行うとのことです」

「そうか」


 ただ、それを聞いてもどうにもならないし、俺の一意見で王室側が動き方を変えるはずもない。なので輿入れにあたっての日程を聞くことにする。

 当たり前ながら、以前俺たちが向かったフルームヴェルク領よりもスフェンドヤードバニアは遠いので、移動には更なる時間を要する。加えて前回は数十人規模だったが、サラキア王女殿下本人が動くとなると、その護衛団の規模は前回とは比べ物にならないだろう。

 人数が増えると当然行軍の速度も落ちる。聞く限りだと、移動だけでたっぷり一か月は見ている計算だな。道中に目立ったトラブルがない前提ではあるものの、概ね妥当な見積もりだと思う。問題を起こさせないために各所が躍起になっているはずだからね。


「なので先生には、サラキア王女殿下の護衛団に加わっていただきたく」

「分かった。やろう」


 次いで告げられた依頼は、俺も予想していたもの。そして、受けようと思っていたものでもあった。

 無論、俺に声が掛からないことが理想なのだとは思う。だがやはり前回襲撃があった以上、王女の護衛にはレベリス王国の威信をかけなければならない。そのかける威信の中に俺の腕が含まれている、というのは素直に嬉しいものだ。予想される出来事は何も嬉しくないけどさ。


「ありがとうございます。……先生にはご負担をおかけしてしまいますが……」

「いや、アリューシアが気にすることじゃないよ。大丈夫」


 勿論、負担はある。あるがそれは、アリューシアの責ではない。つまり、彼女が気にすることではない。

 アリューシアはその職責と性格から、自責の念を抱きがちだ。無論それは美学として映る時もあれど、俺からすれば背負わなくてもいい重責まで背負いかねない、危ういところも見受けられる。

 職務遂行中に気を抜くわけにはいかないんだろうけれど、文字通りたまには息抜きしてもいいのにな、とは感じてしまうね。気を張り続けていると人間は驚くほど早く疲弊してしまう。まあこれは、俺が責任のある立場に立っていないからこそ抱いてしまう感想なのかもしれないが。


「出立までの間、幾度か打ち合わせが行われます。お時間を頂戴することになりますが」

「……そうか。俺なんかが参加しても何が出来るかは疑問だけど、必要なら出よう」


 この辺りはどうにかして俺を良い感じのところに配置してくれればそれで、みたいな感覚なんだけど、まあ多分そうもいかないんだろうな。こういう計画面だと正直俺は不適だし気乗りもしないが、呼ばれるのなら出ないわけにもいかない。あまり頭を使うのは得意じゃないんだけどなあ。


「鍛錬の方は、しばらく追い込む方向でお願いします。その後は徐々に負荷を抜いて本番に備える形にしていただけますと」

「うん、そっちも了解」


 騎士としての大一番が控えている以上、そのために追い込んで厳しくいくのは至極当たり前の理屈だ。そして厳しくし続けると人間は当然疲弊するので、本番。つまり王女殿下の輿入れのための移動が始まる頃には疲労が抜けるよう、徐々に軽くしていく。


「今日付けでの用件はひとまず以上です。追々またご連絡いたします」

「分かった。それじゃあ俺は鍛錬に入るよ」


 わざわざ今日付けでと言ったのは、これからこういう顔合わせがちょくちょくあるということだな。

 まあそれ自体は構わない。とは言え、以前の遠征のように知らん人に囲まれてやいのやいのする空気は未だにちょっと苦手である。これも慣れろと言われたらそれまでなんだろうけれど、こればかりは性格もあるからな。


 さて、ひとまず今日の用件は終わったので、言った通り俺も鍛錬に戻るとしよう。

 今日の鍛錬が終わったら、俺は俺でやることがある。ミュイにはまた事情を伝えてどうするか決めなくちゃいけないし、スレナとの食事はこの一件が終わるまでは恐らく難しい。こっちが誘った以上は何かしらの埋め合わせは考えた方がいいだろうし。


「……よしっ」


 アリューシアの執務室を出てから、両の手で頬を叩く。

 考えることはあるが、それは別に現時点での至上命題ではない。今の俺の最優先事項は、大一番を迎える騎士たちを不足なく鍛えること。そのために思考を割くべきだ。

 というわけで、俺は今からしばらくの間鬼教官になる必要がある。頑張って騎士たちを追い込んで鍛えるとしよう。

おじさんは寒いのと暑いの両方得意ではありませんが、まだ寒い方がマシだと思っています。動けば温まるので。


おっさん剣聖、コミカライズ最新第5巻が先日の1/26に発売しております。お手に取って頂けましたでしょうか。

今後も小説、コミックともども応援いただけますと幸いです。

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― 新着の感想 ―
[一言] 頭脳労働が得意かどうかに係らず、当事者には打ち合わせに参加してもらった方が楽なんですよね。決めた内容やらどうしてそう決まったかとか、後で説明しなくても済むので。
[一言] 5巻読みました。 フィッセル・ハーべラーちゃん凄すぎ、いきなり馬車の天井に飛び乗ってそのまま馬の引き綱を剣に乗せた魔法で切断して馬車を止めたりとか。 かなり良いシーンでした。
[良い点] コミック買いました。 ウロちゃん最初あんな可愛かったんだなあw
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