第19話 片田舎のおっさん、避ける
「ほれほれほれほれー!」
「くっ……この……!」
絶え間なく降り注ぐ魔法、魔法、魔法。
時に炎を纏い、時に冷気を迸らせ、時に雷鳴が鳴り響く超級の地獄地帯を、俺は自身の足だけでもって捌き切っていた。
俺は、魔術師と戦ったことがない。
弟子や騎士との模擬戦や、せいぜいが村の近辺を徘徊する原生生物だったりモンスターだったりだ。
魔法を使える存在と今まで触れ合うことがなかった。
だからこそ今、ルーシーと半ば強引に戦うことになってしまって初めて分かったことがある。
魔術師と剣士の相性、はっきり言って最悪であった。
「――しっ!」
「おお、それを斬るか!? ははは、楽しいのう!」
迫り来る氷の塊を一太刀で切って落とす。
うおー危ねえ。あと少し遅れてたらペシャンコだったぞ。
「魔術師ってのは皆、君みたいにじゃんじゃか魔法を出すのかな!?」
「まさか! ここまでの出力を出せるものはそうおらんよ!」
炎を避け、氷を裂き、雷を捌きながら思わず愚痴が飛び出る。
いや本当に、宮仕えの奇術師だってここまで豊富なネタは持ってないんじゃないかってくらいのオンパレードだ。
一方的な宣言から始まったこの戦い。
開始位置こそ互いが手を伸ばせば触れられるくらいの距離だったが、今となっては俺は思うように距離を縮ませることが出来ず、剣の間合いの外から来る魔法をひたすら凌ぐ時間を過ごしていた。
実体を持った得物が相手なら、まだ捌いて前進することが出来る。
しかし、魔法が相手では物理的に剣で防ぐことが出来ない攻撃が多い。
更に、これはルーシーだからなのか魔術師が皆そうなのか、絶え間なく降り注いでくる魔法の雨あられに苦戦を強いられているのが正直なところ。
「もう少し労わってくれてもいいと思うんだけ、ど!」
「ふん、何を言うか。わしの方が年上と言ったじゃろう!」
踏み込もうと力を入れた途端、地面からの炎の華に思わずたたらを踏む。
戦ってみて痛感するが、魔法は物理的な防御が効きにくいという部分以上に、躱すのが難しい。
一般的な武器なら必ず発生する『起こり』が無いからだ。
手を翳すという予備動作こそあるものの、じゃあその攻撃がいつ何処からやってくるのか、予測が立たない。見てから躱さざるを得ず、精神的にも実にしんどい。
「これならばどうじゃ!」
「こなくそっ!」
炎、氷、雷に加えて圧縮された水鉄砲のような魔法を繰り出すルーシー。
ロングソードの腹で受け、軌道を逸らす。炎や雷と違って水はどこまで行っても物質なので、こうやって武器で捌ける分全然有情である。
「うーむ、ここまで捌かれるとは。流石じゃの」
「……余裕だね……!」
魔法との輪舞なんて誰も望んじゃいない。折角なら可愛い子と素敵なダンスを踊りたい。いや俺はダンスなんて習ったことないけどさ。
傍から戦局を見れば、互角と言うべきなのだろう。
互いに決め手を欠いている、とも言う。
俺は俺でルーシーに近付けないから攻撃の手段がない。
ルーシーはルーシーで俺に魔法が当たらないから、決定打にならない。
恐らく、彼女の力ならもっと広範囲に魔法を撃つことは可能だ。
だがこれは正義のある戦いじゃない。言ってしまえば高々腕試しなのだ。
これ以上魔法の範囲を広げれば、周囲に少なくない影響が及ぶ。そこは彼女も分かっているのだろう、あくまで単体を狙いとした魔法だけを行使しているように感じられる。
「仕方ないのぅ、ここまでやる気はなかったんじゃが……とっておきじゃ」
「……?」
飛び込んできた炎を半身で躱しながら、彼女の様子を観察する。
……今なら踏み込めるか?
何をやる気なのかは分からんが、攻撃の手が緩んだ今がチャンスかもしれない。流石に叩き切るのはやりすぎなので、柄で昏倒させでもすればこの意味のない戦いにも終止符が打てるだろう。
水魔法で体中は湿っているし、炎で前髪は少し焦げているし、何なら雷の影響で服も少し焦げている。これ以上戦闘を長引かせるのは得策ではない。
「――っつぉ!?」
一気に距離を縮めんがため踏み込もうとした瞬間。
悪寒にも似た最悪の報せが、俺の身体を強制的に横へと動かした。
「……なんと。これも避けるか」
刹那。
先程まで俺が立っていた場所の空気が歪んだ。
――あっぶね! あっぶねえー!
何だ今の! 炎だとか水だとかそんなチャチなもんじゃない。空間そのものが何かに喰われたかのような現象。
多分だが、あのまま食らっていれば俺の身体の半分は歪みに巻き込まれてグチャグチャになっていただろう。それ程の恐怖を感じた。
「――はー、やめじゃ! やめやめ!」
未曽有の事態に固唾を呑んだところ。
あっけらかんとしたルーシーの宣言とともに、突如として巻き起こされた無駄な闘争は、開幕と同じく唐突に幕を閉じた。
「……満足はしたのかい?」
両の手をぐぐっと天空へと向け、呑気に伸びをするルーシーへ一言。
まあ俺は不満しかないけどな! いきなりこんな訳の分からない戦闘状態にぶち込まれて誰が満足すると言うのだ。生憎と俺は戦闘狂じゃないんだ。
「うむ。最後のは少し本気でやったんじゃがなあ。アレを避けられたとなれば、通常の手段ではお主に攻撃は当てられんと判断した」
「お眼鏡に適ったようで、何よりだよ……」
とてもすっきりした表情のルーシーの言葉に、思わず肩を落とす。
とりあえず、魔法の実験だか研究の成果だかを試せた、ということでいいのだろうか。俺としては二度と相手したくないんだけど。
「しかしお主、強いのお。フィスが憧れておるのも分かる」
「まさか、褒めすぎだよ。手段を択ばない前提なら、君はいくらでも俺を仕留めることが出来たはずだ」
彼女の言葉に俺は自然とかぶりを振る。
ルーシー程の力があれば、いくらでも俺を倒すことは出来たはずだ。それこそ一面火の海にでもしてしまえば、その時点で俺は一発でオシャカである。
ただまあ、それはあくまで目的が圧殺だった場合だ。
今回みたいに腕試しがしたいのなら、その手段は些か不適なのだろう。
「……ふふ。お主、怒らんのじゃな」
「うん? ああ……まあ、いい迷惑だったとは言っておくよ、一応ね」
「はははは! すまんかったの」
いきなり格上から不利な喧嘩を吹っ掛けられて、あまつさえ一歩間違えれば殺されてもおかしくない事態。普通なら、怒り心頭でハチャメチャに怒鳴っているのが正しい反応なのかもしれない。
でも、何となくそんな気は起こらなかった。
単純に疲れたというのもあるだろうし、言っても無駄なんだろうなという諦観もあるだろうし、初めて目にした魔法というものにただならぬ感情を覚えたからかもしれない。
色んな感情がごちゃ混ぜになってはいるが、何故だか怒るって気持ちは湧いてこなかった。
「まあ何じゃ、吹っ掛けたわしが悪いことくらいは分かっておるよ。お詫びに、今度魔術師学院の方にでも顔を出してくれ。色々取り計らうことは出来るでな」
「俺に魔法の才能は無いんだけど……まあ、機会があったらね」
魔術師学院ってのは、魔法師団を擁するレベリス王国が運営する魔術師のための養成学校みたいなやつだ。魔法を扱える者自体が貴重だから、国を挙げて才能のある人材の確保にかかっている。
魔法師団の団長ともなれば、その養成機関に顔が利くのも尤もな話か。
かと言って、それが何か俺の役に立つかは疑問だが。
だって俺剣士だし。
一応、然したる被害もなく魔法師団のトップと関わりを持てた、というのはメリットと言っていいのかな。
俺も首都を活動拠点としている以上、色々と融通が利くに越したことはない。いや別に何か具体的に活動するってわけでもないんだが。
俺はただの指南役で、ただのおっさんなのだ。
「そうじゃ、新魔法の研究が進んだら是非また相手もしてくれ」
「あ、それはお断りします」
「なんでじゃ! お主もちょっと楽しかったじゃろうが!」
「それとこれとは話が別じゃないかなあ!?」
そんなデンジャラスなお仕事命がいくつあっても足りないんですけど。
こうして俺とルーシーの出会い。
そして慌ただしい朝が過ぎ去っていった。
ルーシー「まんぞく!」
おっさん「キレっそ」




