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片田舎のおっさん、剣聖になる ~ただの田舎の剣術師範だったのに、大成した弟子たちが俺を放ってくれない件~  作者: 佐賀崎しげる
第六章

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第187話 片田舎のおっさん、仕掛ける

「騎士団長殿!」


 アリューシアの鋭い指示を聞いて、守備隊の隊長であるゼドが駆けて戻ってくる。その手は腰の長剣に添えられており、いつでも抜剣出来る状態にあった。


「ハンベックさん、守備隊の指揮を。前方の馬車は一旦諦めます。視界が悪いため部隊間隔に気を付けてください」

「はっ! お前ら! 近くの者と連携しろ! 互いに声かけを怠るなよ!」

 

 手短にやり取りを終え、ゼドが指示を飛ばす。その様子は急いでこそいるが焦りは感じられない。やはり彼は相当な経験を積んだ手練れだな。こういう人たちがサラキア王女の周りを固めるとなれば、グラディオ陛下も安心することだろう。


「団長、ベリル殿!」

「二人も戻りましたか。警戒を続けなさい」

「はっ!」


 ゼドと入れ替わるようにして、前方の確認に向かっていたヴェスパーとフラーウも戻ってきた。

 二人は既に抜剣を終えており、ほぼ臨戦態勢にある。やはりレベリオの騎士ともなれば判断を下す速さが違うね。不測の事態に対する嗅覚が研ぎ澄まされている。


「……走り抜ける、は難しいか」

「はい。視界が悪い上に細かい地理も把握出来ていません。各個撃破を狙われる恐れがあります」


 一応この場からの逃走を提案してみるが、言いながら厳しいなとは感じていた。理由はアリューシアが答えてくれた通り。

 これが俺とアリューシアの二人だけなら走っても良かったのだろう。しかし実際には他の騎士や守備隊、貴族の私兵までも含んだ数十人の大集団だ。いきなり原因不明の霧が湧き出て視界が塞がれつつある今、統率を維持したまま走り始めるのは難しい。

 更にタチの悪いことに、この霧の有効範囲が分からなかった。走っても走っても抜けられない可能性がある。そうなるともう泥沼だ。であれば、ここで態勢を整えて迎え撃った方がいくらかマシというもの。


「多分、あの馬車も囮だろうね」

「そう考えられます。となると相手は、高確率で人ですね」

「……当然そうなるか……」


 やっぱり馬車に人も物も残っていないってのは不自然だよな。つまりあれは、俺たちを足止めするためにあらかじめ仕込まれた罠みたいなものだ。

 そう仮定すると彼女の言う通り、相手はほぼ人間で確定。あの馬車が足止め用の囮だとするなら、魔物の線は消える。

 わざわざ護衛を就けた騎士を襲うとは、その目的や如何に。少なくともただの盗賊なんかじゃないだろうな。あいつらは基本的に卑怯だが、卑怯であるからこそ相手はちゃんと選ぶ。


 そして、俺と彼女が会話出来ている理由と、ゼドが指示を飛ばせている理由。多分相手は、この霧が十分に展開し切るまで待っていると見た。

 相手の心理に立ってみると、ここで霧の展開が不十分なまま突っ込んで敵を取り逃がす方が致命的だ。かと言って悠長に構え、霧が晴れてしまえば奇襲が成立しない。

 故に霧が十分に広がり、かつ密度を保てる、奇襲を行うにベストな状況になるのを見計らっていると想定するのが妥当か。少なくとも俺がこの霧を出せる手段を持っていたらそう考える。


 問題は、この霧を出してきたやつらが誰を標的にしているかだ。この規模の武装集団を襲うくらいだから、絶対に何かしらの目的がある。

 まあそれも普通に考えたら、アリューシアか俺のどちらかになるんだろう。俺には命を狙われるような心当たりは特にないが、アリューシアは分からない。政治の世界に身を置いていたら、味方だけでなく敵も当然出てくるだろうから。


 しかしそうなってくると、相手はどこの国のどちら様なんだろうな。仮にアリューシアと敵対している貴族が居るとして、じゃあ自国の騎士団長を襲うかと問われれば非常に難しいだろう。バレたら破滅一直線だし、バレない可能性の方が遥かに低い。

 そう考えるとレベリス王国以外のどこか、という線になりそうだ。とは言っても俺は王国の外を知らないから、消去法でスフェンドヤードバニアくらいしか候補が出てこない。その隣国にしても、わざわざ俺やアリューシアを狙い撃ちする理由までは分からないが。


「ぐあっ!?」

「うおおっ!?」

「――ッ!」


 相手の正体を考え始めたところで、状況に変化が訪れた。より端的に言うと、敵方の攻撃が始まった。

 声を聞く限り強襲を受けたっぽいな。布陣的には俺とアリューシアがこの護衛団のほぼ中心地だから、外周から襲われたと見るべきか。流石にこの位置から守備隊が布陣している端っこまでは状況が分からん。見通すための視界は既に霧に覆われている。


「敵襲! 敵しゅ……がっ!?」

「あっちもか……!」


 そしてどうやら、攻撃は同時かつ多方面から受けている。となると、相手は相手で単独や少数ではなくそれなりの数を擁した集団。

 怒号や悲鳴が上がる中、味方が作る壁の中でただ相手を待ち構えるだけというのは、めちゃくちゃにきつい。出来ることなら今すぐ駆け出して一人でも多く助けたい。しかし、俺の立場がそれを許してはくれなかった。


「くそっ……!」

「耐えてください先生。私たちが動けばより戦線が混乱してしまいます」

「分かってる。分かってはいるんだが……!」


 俺とアリューシアはこの集団のトップであり、他の者たちから見れば最重要で守らなければいけない対象だ。そんな対象が、言い方は悪いが下々を助けようとして、より危険な状況に突っ込んでしまうことは絶対に避けなきゃならない。

 俺たちが急に動くと、それに合わせて護衛の兵も動かざるを得なくなる。そうなってしまったら、ただでさえ有利を取られているこの状況が更に悪化してしまう。

 恐らくだが、相手はかなりの手練れ揃い。こんな襲撃計画を立てられる時点で素人ではないが、守備隊の中でも精鋭であるはずの彼らが明らかに押し負けている。向こうに地の利やその他有利な状況が揃っているのも拙い。


 くそ、どうせ襲ってくるなら真っ直ぐこっちに来てほしい。そうすれば犠牲者も少なく、まとめて相手取ることも出来るはずなんだ。守られている側としては決して願ってはならない内容だが、周囲から漏れ聞こえてくる声が耳を(つんざ)く度、そんな思いに駆られてしまう。


「どけオラァッ!!」

「ぐおわっ!?」


 周囲の剣戟が激しくなる最中、ひと際目立つ怒声を挙げた男が、護衛団の中心地に殴り込んできた。


「いいか! 銀髪の女だ! 見つけたら俺かクリウを呼べ! 他は雑魚どもを……ってなんだ、居るじゃねーか。おいクリウ! こっちだ!!」


 指示を飛ばしながら物凄い速度で突っ込んできたそいつは、アリューシアの姿を見つけるや否やぴたりと止まり、悠然とこちらへ歩を進めてきていた。


 年はどうだ、三十前後か? サハトと大体同じくらいの年齢に見える。霧の中でも目立つ、非常に珍しい緑髪を後ろに束ねた垂れ目の男。身長は俺と同程度、しかし身体つきは俺よりも一回りはデカい。その鍛え抜かれた肉体を覆い隠すかのように、厚手の黒のロングコートを羽織っている。

 恐らくだが、ヘンブリッツ君やクルニに似たパワータイプ。俺の予想を裏付けるかのように彼の手には、長方形の板金をそのまま柄とくっつけたような武骨な大剣が握られていた。

 切れ味のほどは定かじゃないが、たとえ鈍らであっても、あんなもんでぶん殴られたら骨どころじゃ済まないだろう。


 そして男の言葉から、やつらの狙いもはっきりした。アリューシアだ。

 悪いが、その目的を達成させるわけにはいかないね。愛剣を握る拳に力が入る。


「うおおおおっ!」


 黒コートの男が一歩二歩と近付いてきた矢先、横合いから猛烈な気合いとともに突っ込んできた影。

 王国守備隊の長ゼドが、長剣を上段に振りかぶって吶喊していく瞬間を俺の目が捉えた。


「どけ雑魚がッ!!」

「ごっ……!?」


 しかし。渾身の一撃を放とうとしたゼドに対し男は一瞥だけくれると、長大な大剣を恐ろしい速度で、しかも片腕一本だけで振り抜いた。

 ゼドも咄嗟に防御態勢に入ったのは素晴らしい反応だが、あれは長剣一本で受け止められるような衝撃じゃない。ゼドは剣を根本から圧し折られ、腕を巻き込み、革鎧を大きく凹ませながら派手に転がっていく。

 ……あの斬撃を食らってからの戦線復帰は絶対に不可能だ。せめて一撃で死んでいないことを祈るしかない。


「……何者ですか?」

「名乗る理由も義理もねえな」


 アリューシアが会話からの情報取得を試みるも、相手はそれに付き合うつもりはさらさらない様子。

 こんな襲撃をしている時点で会話が通じるとは思っていなかったが、余計な情報は一切喋らないつもりか。少しやりにくいな。


「おー、居た居た。相変わらず人遣いが荒いなアンタは」

「遅えぞクリウ」


 ゼドが吹っ飛んだ直後、更なる新手が霧の奥から現れる。

 緑髪の男とは対照的な、青い髪をほどほどに伸ばした一見優男といった風体の男だ。得物もこれまた対照的で武骨な大剣ではなくやや幅広の、ロングソードより僅かに剣身の短い剣の二本持ち。恐らくカッツバルゲルの双剣使い。


 二人に唯一共通している事項は、ともに黒のロングコートを羽織っていること。

 つまりこいつらは、同じ組織に所属している連中ということか? しかし何処の組織までかは俺にはさっぱり分からなかった。緑髪の大剣といい青髪のカッツバルゲルといい、武装にまったく共通性と統一性がない。もとより俺は他国の組織なんてほとんど知らないしな。


「ヴェスパー、フラーウ。貴方たちは守備隊の援護に回りなさい」

「しかし……!」

「早く」

「……はっ!」


 ここまで接近されてしまえば、俺たちの周りに一人二人居ようがそれはもはや誤差である。そして申し訳ないが、眼前に立つ二人はその誤差で差を埋められそうな手合いじゃない。特に緑髪の方。こいつはかなりヤバい予感がする。

 ヴェスパーとフラーウは多少の逡巡を見せたものの、すぐに切り替えて走り出す。その様子を黒コートの二人は追いかける素振りも見せず、ただ見送るだけにとどまった。


「追わないのですね」

「あれは雑魚だろ。用があるのはお前だけだ」


 仮にもレベリオの騎士二人を雑魚と言い捨てる胆力は凄まじいな。どこの誰かは皆目見当もつかないが、レベリオ騎士団の存在を知らないはずはない。国境近くとは言えども、ここはレベリス王国の領内だぞ。


「俺が緑髪の相手をする。アリューシアは青髪を頼む」

「……分かりました」


 まあ、相手の正体をこれ以上考えていても仕方がないか。ここまで状況が進んでしまったら、思考に沈む段階はとうに過ぎ去っている。

 相手は二人。こちらも二人。しかしながら、このまま二対二の乱戦に持ち込むのは少々分が悪い。

 俺はあまり対多数戦が得意とは言えないからな。出来ればタイマンの方が都合がいい。更に相手のうちの一人は大剣を振り回してのゴリ押しも出来るタイプだ。乱戦の最中、二人纏めて薙ぎ倒されるパターンだけは絶対に避けたいところ。


「――しっ!」

「おっ!?」


 役割分担が決まれば後は戦うだけ。そしてどんな戦いにおいても、先手を取った方が有利だと相場は決まっている。

 踏み込みとともに放った突きは相手の喉目掛けて一直線に突き進んだものの、寸でのところで大剣の腹によって堰き止められる。

 ゼノ・グレイブル製の剣で貫けないとなると、相手の得物もそれなり以上に上質だ。もとよりサイズが違い過ぎるからあまり期待してはいなかったが、敵の武器を破壊する手段は選択肢から捨てるしかない。


「はっ!」

「うおっ!? 速……ッ!」


 俺が仕掛けたと同時、アリューシアも青髪の男に向かって斬りかかる。これで戦場の配置は決まった。

 しかしアリューシアの先手で決まらないとなると、あっちの青髪もかなりの手練れである。負けはないにしても、瞬殺も難しい。そんな具合だろう。


「オッサンに用はねえんだ、よ!」

「……くっ!」


 こちらの攻撃を防いだ大剣を今度は相手に振り回され、俺の剣が弾かれた。

 予想はしていたが、力勝負では絶対に勝てんなこれは。俺があと二十歳若かったとしても無理だ。たった一振りで、肉体の性能差というものを嫌と言うほど痛感させられる。


「うおらあァッ!」

「むっ……!」


 弾かれた剣と態勢を整える間もなく、緑髪の男が続けざまに武骨な大剣を振るう。おま、そのサイズの得物を高速で振り回すのは反則だろ!

 慌てて一歩退くものの、間髪入れずに男は突っ込んでくる。踏み込みの鋭さが尋常じゃない。アリューシアと違って起こりはまだ分かりやすいが、単純に馬鹿みたいに速い。

 しかも超高速で大剣をぶん回してくると来た。しっかり躱したはずの剣圧が、不気味に頬を撫ぜる。本当に掠っただけで死にかねないなこれは。


 こいつ、マジで強いぞ。一撃一撃が重すぎる上に速すぎる。木葉崩しを狙うには相手の武器の質量が大きすぎて厳しい。もっと遅いなら丁寧に狙えるが、流石にそこまでの隙は見せてくれない。

 真正面から受けるのも難しい。剣は耐えられるかもしれないが、俺の身体が耐えられん。ゼドのように吹っ飛ぶのが関の山だ。つまり相手の攻撃に対して俺が取れる選択肢は避けるか受け流すかしかなく、その上で反撃を試みるしかない。


「しぃっ!」

「……っと!」


 なんとか連撃の間隙を縫って剣を走らせるも、やっぱり十分なタメと余裕がないとせいぜい単発でしか捻じ込めん。そして、その程度の攻撃に当たってくれる甘い手合いでもなかった。


「……オッサン、雑魚じゃねえな。何モンだ?」

「……答える理由も義理もないね」

「はっ! そりゃそうだ」


 俺の反撃が挟まったことでやや間合いが空き、短い問答が差し込まれる。ちょっとした意趣返しだが、言った通り自己紹介する理由もないからな。相手もそれは十分に分かっていたようで、すぐに会話を打ち切った。


「クリウ! ちょいと時間がかかる! 死ぬなよ!」

「アンタこそ死ぬなよ……あっぶ!」


 どうやら緑髪の男は俺の排除に完全に舵を切るらしいな。ありがたい、そっちの方が好都合だ。

 クリウと呼ばれた青髪の反応を聞く限り、あちらは明らかにアリューシアが優勢である。まあ、真正面からの一対一でアリューシアに勝てる剣士がそう簡単に居てたまるかという話だが。


「流石にクリウ独りじゃ分が悪そうなんでな。速攻で行く」

「行かせないよ、悪いけどね……!」


 そう告げた緑髪の男は、先ほどまでと違った奇妙な構えを取った。

 馬鹿でかい剣を片手で肩に担ぎ、やや半身に。腰をグッと深く落とした、見るからに一撃必殺の構えだ。恐らく、途轍もない速度で突っ込んできて一撃で葬る腹積もりだろう。


 躱し切れるのか。いやそもそも、俺はこいつに勝てるのか。勝敗の天秤は、まったく先を予見させてくれない。

 だが、不思議と焦燥の感情はない。全身に鋭く去来するのは、静かな興奮と更なる集中力。

 俺の根源に在る、どうしようもない剣士としての感覚。それらが俄かに活性化されていくのを、脳と身体が鋭敏に感じ取っていた。

書籍最新7巻は来月の6日、コミックス最新5巻は来月の26日にそれぞれ発売予定です。

書籍7巻は通販サイト等で書影も出ておりますので、ご興味ありましたらぜひご確認ください。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 突然のピンチと交戦。霧を操る人間も別にいるでしょう。 [気になる点] 脈絡が無いので何を以て攻撃して来たのか…アリューシアを手中に収めたい、とかでは無いのかな? [一言] 続き楽しみにして…
[良い点] 静かに熱く!痺れる〜。
[一言] むちゃくちゃ盛りあがってるじゃないですか!
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