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第182話 片田舎のおっさん、走らせる

「本日はよろしくお願いいたします。かのレベリオの騎士と剣を交えられること、大変光栄です」

「ええ、こちらこそよろしくお願いします」


 ウォーレン主催の夜会から翌々日。俺たちはサハト率いる辺境領私兵軍たちの前に立っていた。それぞれの代表として、サハトとアリューシアが挨拶を交わしているところである。

 今回の訓練に参加している私兵軍の人数は六十人ほど。聞くところによると私兵軍の総数は八十人ほどで、二十人単位の小隊を四つ持つ構成らしい。で、今回はその一小隊分の人数が所用やタイミングもあり参加出来なかったそうだ。


「皆なかなかいい顔をしているね」


 眼前に隊列を組んだ六十人は、皆戦う者の顔付きをしていた。街中に溢れる住民や、数度訓練を受けただけの徴収兵のような表情ではない。

 訓練に前向きでない者の比率が多かったらどうしようかなと考えていたが、どうやらそれは杞憂に終わったようで何よりである。


「ふふ。皆様の訓練を見ることはあまりないですから、楽しみですね」


 挨拶を終えたところ、今回の訓練の見学を申し出たシュステが柔らかな笑顔を見せた。

 昨日のうちにシュステとウォーレンは話をしたみたいだが、どうやら見学の許可は無事下りたらしい。それどころか、今日の訓練にはウォーレンが参加出来ないので、名代としてシュステを指名までしたそうだ。

 直接の主人ではないながらも、主人の妹君から直に見られるということで私兵軍の士気も高い。結果としてシュステの見学は良い影響を齎しているようで何よりである。


「本日の訓練に関しては、全面的にレベリオ騎士団の皆様に従うよう主人から命を授かっております。是非ともご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いいたします」

「分かりました」


 さて、どうやら今日のメニューは俺たちで好きに組んでもいい様子。

 うーん、どうしたもんかな。昨日のうちに幾らか訓練内容の候補は考えてきているけれど、彼らは騎士ではなく領主に忠誠を誓う私兵だ。恐らくアリューシアたちとは職務の範疇が微妙に違う。


「一つ質問していいかな?」

「はっ、なんでしょうか」


 なので、ここは素直に相手に聞いて情報を集めるとしよう。

 俺の問いかけに、兵士長であるサハトがぴしりと立った姿勢のまま応じた。


「君たちの普段の職務、あるいは想定される任務の内容を、差支えの無い範囲で教えてほしい」


 本番の時にどのような動きをするのか。そして、それに備えるためにはどのような訓練をするべきか。ここのコンセプトと言うか、大本は大切だ。

 レベリオ騎士団を例に取ると、彼らの主な職務は王族や貴族らの護衛、王国守備隊では対応し切れない脅威への対処、有事の際の軍隊指揮などが真っ先に挙げられる。

 なので入団試験では出自こそ問わないものの、礼儀作法はしっかりと見るらしいし、それと同等以上に個人としての戦闘能力が強く求められる。筆記試験もあるから、知識や教養も必要だろう。


 ただしそれはあくまでレベリオ騎士団では、という話であって、これが全ての組織に必要な資質かと問われればまた違ってくる。今回で言うと、フルームヴェルク領の私兵軍がどんな職務に重きを置いているかで話が変わってくるということだ。


「そうですね……。基本は領主館や関所の警備です。あるいは害獣、魔物の駆除。有事の際は民兵の統率や領民の避難誘導、災害救助などが挙げられるかと」

「なるほど……」


 サハトの言葉に、内心で少し驚く。

 何と言うか、思っていたより職務の幅が広い。てっきり領主お抱えの戦闘集団みたいなものだとばかり思っていたが、やろうとしていることは恐らく王国守備隊に近い。言葉にこそ出していないが、治安維持の巡回なども仕事に含まれていると思われる。

 そうなると、ただ剣を振り続けるのが果たして正解なのかどうかが怪しくなってくるな。戦う力も勿論必要だが、それだけではダメな気もしてきた。


「……よし、走ろうか」

「は?」


 しばしの間考え込み、そして導き出された結論。それを素直に口に出すと、なんとも間の抜けた声がサハトから上がった。


「君たちの職務内容から考えるに、まず第一に必要なのは体力と持久力だ。武器の扱いも勿論大事だけど、避難誘導や災害救助も含まれるのなら、長時間動ける肉体が何より必要だと思う」

「それはまあ、その通りですが……」


 一応走ることに至った理由を説明してみるものの、どうにもサハトの反応が芳しくない。

 どうやら訓練の内容に不満があるというより、どこか拍子抜けした、みたいな感じだな。そりゃまあ確かに、ただ単に走るだけなら誰にだって出来る。それは私兵軍も騎士団も変わらない。

 しかし俺は身に染みて知っているのだ。騎士団の連中がどれだけバカみたいな鍛錬を繰り返して、どれだけのスタミナお化けになっているかを。今日はそこら辺の違いってやつを私兵軍の皆様に分かってもらおうと思います。


「当然、ただダラダラ走るだけでは鍛錬にならないからね。先頭はヴェスパー、最後方をフラーウに務めてもらおう。ヴェスパーから出来るだけ遅れず、そしてフラーウに追い抜かれないようにしてほしい」

「とのことです。ヴェスパー、フラーウ。いけますね?」

「はっ」

「お任せください」


 俺の説明を受けて流れるようにアリューシアが呼応し、そして当然の如くヴェスパーとフラーウが反応した。この辺りの上意下達は流石の一言である。

 同じレベリオの騎士同士であっても、その技術に優劣の差はある。それは以前評した通りだ。しかし、そもそもがレベリオの騎士になれている時点で彼らの水準は恐ろしく高い。

 別にウォーレンの私兵軍を低く見積もるつもりはないが、レベリオ騎士団はあらゆる面で一般的な兵士とは隔絶した実力を持っている。そしてそれは、体力や走力と言った基礎的な肉体の力も同様だ。


「勿論、走った後は打ち稽古にも付き合うよ。ヴェスパーたちより体力が残っていればの話だけどね」

「……分かりました。お前たち、準備しろ!」


 最後にちょっとだけ発破を掛けておく。プライドを適度に刺激するのは、使い古されてはいるが有効な手法だ。これで少なくともサハトが手を抜くことはないだろう。そして兵士長である彼が本気なら、その部下たちも本気で走ってくれるに違いない。


「走る場所は……うん、この館の外周が丁度いいかな」


 今俺たちが居る場所は、ウォーレンの領主館庭内。流石に騎士団のように修練場があるわけではないから、基本は屋外での鍛錬となる。

 まあそれでも数十人が集まっても問題ない広さがある辺り、フルームヴェルク領主の力というものが伝わってくる。国防の要を担っている領土だから、それなり以上の力は誇示しておかないと駄目なんだろうけど。

 そしてそんな大きい館の外周というものは、当然長い。ランニングにはうってつけだ。


「とりあえず五周くらいにしておこうか。ペースはヴェスパーに任せるよ」

「承知致しました」


 本当はバンバン走らせておきたいところだが、今回は彼らと稽古するのも目的の一つだから、あまりに疲労困憊になってしまっても困る。ウォーレンのことだ、一線級の騎士と打ち合うことで私兵軍の更なる練度と士気の向上も狙っていることだろう。

 それに、折角レベリオの騎士が来てくれているのに一日走り回って終わりましたでは、ちょっと恰好が付きにくいからね。


「では、参ります」

「お前ら! シュステ様も見守ってくださっている! 遅れるなよ!」

「はっ!」

「皆様、頑張ってくださいね」


 ヴェスパーを先頭に、数十人の団体様が一斉に走り出す。なかなか壮観だな。


「さて、私兵軍のお手並み拝見ですね」

「ヴェスパーも流石に無茶な飛ばし方はしないと思うけど、どうなるかなあ」


 館の正門前に残ったのは俺とアリューシア、そしてシュステの三人。前二人は良いとして、シュステをこのまま門前で待たせるのもどうなんだろう。ちょっと心苦しい。


「あの……ただ走るだけでそこまで差が出るものですか?」

「うん? そうだね、結論から言えば出るよ」


 シュステから齎された素朴な疑問に答える。言った通り、基礎体力の差というのは結構大きく出てくるんだよな。

 私兵軍の方も当然、鍛えてはいるだろう。だが筋力でも持久力でもなんでもそうだけど、身体能力というものは日常的にどれだけ負荷を掛けているかで伸びしろが全く違う。そして恐らく、その基準に騎士団と私兵軍とではかなりの差がある。


 走ることに関してもそう。純粋なスタミナという点でも勿論だけど、彼らの走るとレベリオの騎士の走るでは、基準となるスピードが違う。普段と違う速度を出し続ければ、その分体力も物凄い勢いで消耗する。

 まあ先ほど言った通り、ヴェスパーが飛ばしに飛ばしていなければ大丈夫だとは思うけど。


「お、先頭が戻ってきた」


 身体づくりや体力についてシュステと話をしていると、早くも一周目を迎えた先頭集団が正門前まで戻ってきていた。

 先頭はやはりヴェスパー。通り過ぎる際の横顔を見ただけだが、まだまだ余裕そうだ。


「くっ……!」


 数秒後に姿を現したのはサハト。ただ一周目の段階で既に数秒遅れているのはちょっとよくない傾向だな。体力的にはまだ持つだろうが、恒常的に出せるスピードの基礎値に少なくない差があると見える。

 ヴェスパーの速度に無理やりついていこうとすれば、五周持つかどうかすらちょっと怪しいんじゃないだろうか。


「は、はええ……!」

「ま、待ってください兵士長……!」


 サハトから更に数秒遅れて私兵軍の集団が雪崩れ込む。

 無駄に喋るとその分体力を余計に消耗してしまうんだけどなあ。でも災害救助や領民の避難誘導となると、叫びながら動かなきゃいけない場面もあるだろうし、これはこれでむしろ良いのかもしれない。

 そして集団を見送ること数秒、最後尾ではフラーウが表情を変えずに無言で張り付いていた。彼女もまったく顔色が変わっていない辺り、まだまだ余裕があるように見える。


「さて、俺たちも軽く身体をほぐしておこうか」

「はい」


 あのペースなら、そう時間もかからないうちに指示した五周を走り終えるだろう。

 走り終えたらその後は剣を交えた稽古になるわけで、俺たちもただ立ちっぱなしで待つわけにもいかない。準備運動はしっかりしておかないとね。この年になると急に動いたらすぐにガタがきちゃうからな。

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― 新着の感想 ―
国境警備って仕事はないんかな、辺境伯領だもんね。 万一の有事を想定してないのかな
[気になる点] 私兵団と書いてあるけど、領主が領の公金で揃えている戦力なので領兵と言ってもいいんじゃないかなと思う。
[気になる点] シュステは、兄(辺境伯)の代理で来てるから訓練を見てるんだろうけど、おっさんの事を知りたいという欲求もあって側にいるんじゃないかなぁと気になりました。
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