第165話 片田舎のおっさん、剣魔法を見る
「まあいいけどよ、まだ碌なもんじゃないぜ?」
「最初は誰でもそうだよ。それでも、自分が納得するまでお蔵入りさせるものでもないだろう?」
「そりゃまあ……それもそうか……」
ネイジアはまだまだ練度の低い剣魔法を見せることにやや抵抗があるらしい。その気持ちは非常によく分かるものの、かと言ってずっと封印したままでは意味がないのである。
誰でも未熟な技を披露するのは恥ずかしい。俺だってそうだ。けれど、それを気にして引き篭ったままでは技は昇華されない。殊更に秘匿する理由がなければ、技術は人に見せてこそ磨かれ輝いていくのである、というのが俺の持論だ。
「あっちはもう少し時間がかかりそうだし……よし、横一列に並んで空に一発、撃ってみようか」
だだっ広い校庭の誰も居ないところへ向かって、全員を並ばせる。
俺が受けてみたい気持ちもあったが、多分まだ実戦で耐え得るものではないのだろう。彼らの剣撃を躱す自信はあるけれども、それをやって彼らの意気を沈ませてしまうのもあまりよくないだろうしね。
五人全員に囲まれて一斉に撃たれでもしたらちょっと困るけど。それは逆に躱し切る自信がない。ので、空に向かって気持ちよく放ってもらうことにしよう。
「ベリルさんなら僕達全員から撃たれても避けそうですけど」
「俺は君たちに比べたら強いかもしれないけど、超人じゃないんだよ……?」
ルーマイト君の冗談めいた言葉を受け流す。
いくら強くなったとしても、物理的に無理なものは無理である。五人に囲まれて遠距離攻撃でボコボコにされたら手も足も出ないんだぞこっちは。
めちゃくちゃ頑張れば凌げるかもしれないが、それは少なくとも魔術師学院の講義内でやることじゃないのだ。その段階まで行くともう命の取り合いになっちゃうからな。
「うぎぎ……よし! 動けるようになりま痛いですっ!」
「シンディは無理しないようにね……」
先ほどミュイの木剣が脇腹に刺さったシンディも剣魔法を放とうとしているが、ああいう痛みは咄嗟に回復、あるいは無視出来るようなものでもないからなあ。
今後彼らも実戦の場に向かうなら、痛みには多少慣れておくべきだとは思う。だがそれでも脇腹に良いのをもらって即座に動けるやつはそう多くない。講義が終わったらちゃんと冷やせるようその辺りも教えておこう。流石に氷を用意するのは難しいだろうが、冷水で絞ったタオルくらいなら何とかなるはず。
「よし、それじゃやってみようか」
シンディはまだ回復に時間がかかりそうなので、四人に木剣を構えさせる。
魔法のことを何一つ分かっていない男が剣魔法を見るなんて、なんだか不思議な感覚だ。これ後でフィッセルに怒られたりしないだろうか。一発だけだからなんとか許してほしい。
「……むんっ!」
俺の合図を受けた四人は、思い思いの方法で魔力を練り始めた。
やはりフィッセルなどに比べると、その動きは非常に緩慢だ。俺の目でもなんとか捉えられるような僅かな力が、少しずつ剣先に集まっていくのが見える。
うーん、確かにこれは実戦だと使い物にならんだろうなあ。力を溜めている間に間違いなく攻撃されるし、攻撃されなかったとしても間違いなく逃げられる。
恐らく、単純に魔力を集めて放つだけならもう少し早いんだと思う。ただ魔力を剣に集めるという余計な工程が挟まれてしまったせいで、かなり苦戦しているように感じた。フィッセルが以前、魔法を放つこと自体は簡単だが、その拡張と維持は物凄く難しいと言っていた通りである。
「はっ!」
そして魔力の錬成が終わり、一番最初に剣魔法を発現させたのはルーマイト君。
彼は俺との手合わせの時も、隙だらけでありながらもしっかり撃ててはいたので、多分この面子の中では一番上手いんだろうな。
ルーマイト君の木剣から放たれた剣魔法は五メートルほど中空を進み、そこで霧散した。あれ以上は維持が難しいということだろう。
「うぉらっ!」
「やーっ!」
続いてネイジアとフレドーラが剣魔法を放つ。ネイジアの剣魔法はルーマイトのものより力強く見えたが、二、三メートルほど飛ぶとすぐに消し飛んでしまった。なるほど、一撃の威力はネイジアの方がありそうだが、射程的にはルーマイト君の方が長そうだ。
一方のフレドーラは、細長い波長がルーマイト君のものよりも長く飛び続けていた。こっちは威力はなさそうだけど射程は長そうである。なんだか剣魔法の一撃ひとつとっても、それぞれの個性が見えて面白いな。
「……ふっ!」
そして最後にミュイ。彼女は一応魔法が操れるものの、その熟練度は恐らく一番低い。剣先に魔力を集めるのに苦戦したといった形かな。
「おっ?」
そして彼女の放つ剣魔法は、他の三人とは少し様相が違っていた。
具体的に言えば、他の三人は無色から黄色に近い色……ロノ・アンブロシア戦でフィッセルが見せたものと、スケールは違えどどこか似た感じだったのに比べて、ミュイのものは明らかに赤く染まっていた。
というか、あれはぶっちゃけ炎そのものじゃなかろうか。
他の三人とは明らかに違う色合いを見て、そして仄かに伝わる熱を感じて、俺はそう直感する。
「いやあ、皆凄いね。これを実戦で使えるようになれば間違いなく強いよ」
まあ、それはそれとして。今はしっかり生徒たちを褒めねばならない。ミュイにだけ着目してしまうのは贔屓になってしまうからな。ここはグッと我慢である。
しかし魔術師の強さは身に染みて分かっているつもりだが、こうして改めて見ると凄いな。
同時に、これらを難なくこなすルーシーやフィッセルが如何に図抜けているかが分かる。今ここで修練を積んでいる学生たちも優秀なことに変わりはないだろうが、やはりフィッセルは天才だったんだなあと感じ入るばかりだ。
「まあ強えのは分かるんだけどよ、動きながら出来る気がしねえわ……」
「ははは……それは練習あるのみかもしれないね」
「けっ、先は長いぜまったく」
ネイジアがぼやくが、彼とてすぐに出来るとは思っていないだろう。口調こそ悪いが、その表情は自棄になっている感じは微塵もしない。
俺だって今の技術を培うまで結構な年月を費やしてきたからね。そう簡単に技術を習得出来るのなら苦労はしないのだ、誰も。それは剣術だって魔術だって変わらないはずである。
「剣術の理に適った動きなら俺も教えられるけど、魔力や魔術についてはフィッセル先生や他の先生方の話をしっかり聞かないとね」
違う言い方をすれば俺に魔法関連を教えることは出来ないってことなんだけども。こればっかりは努力で覆らない事実なので仕方がない。俺も憧れがないとは言わないが、同時に諦めもついているしな。
「俺としちゃ、剣でもベリルさんに一本喰らわせたいところだけどよ」
「ははは、俺の背中はそれなりには遠いよ。それなりにね」
「はぁ、魔法以上に先が長そうだぜ……」
魔術に頼らず剣一本で俺に食らいつきたいというのは、確かにネイジアらしい発想ではある。
初対面時の印象からずっとそうだが、彼の本質は魔術師と言うより剣士寄りだ。もし魔法の才能が発現せずにいたら、冒険者か騎士を志していたかもしれないと思う程度には、彼は武人の精神を宿していた。
けれども、その心意気は素晴らしいが俺とて負けるわけにはいかない。少なくとも向こう十五年くらいは負けてやれない。
これは単純に俺が六十歳を迎える未来を想定した年数だが、まあ目標としてはそこら辺が妥当だろう。あのおやじ殿は六十を迎える前に剣を置いたが、それを超えられればいいなというなんとなくの目標である。おやじ殿は今でも十分強いっちゃ強いんだけどね。
「先生、こっちも一区切りついた。そろそろ講義の時間も終わる」
「おっと、もうそんな時間か」
ここで、最初の五人以外の生徒たちを見ていたフィッセルがこちらに合流。どうやら講義の時間はそろそろ終わりを迎えるようだ。会話と剣を交えながら過ごす時間は実に充実していて、時が過ぎるのが早く感じるね。
素振りの基礎から叩き込まれている生徒たちは、なかなかに疲労困憊な様子であった。皆魔法の素養を持ち、魔術師学院に入学するくらいだから、剣……というより、直接身体を動かして戦う術に通じていることの方が珍しい。ルーマイト君やネイジアの方がどちらかと言えば例外だ。
たかが素振りとは言え、重量のある木製の剣を上から下に繰り返し動かすだけでも最初はしんどい。まあでも、それが出来ないと剣魔法の土台にも立てないから、その辺りは頑張ってほしいところだ。
「ちょっと見てたけど、やっぱり皆まだまだ。鍛錬が足りない」
「ま、まあそれはね……?」
もう少し何と言うかこう、優しくは言えないのだろうか。
俺やフィッセルに比べれば、彼らは学んだ時間も短い。その短期間に俺たちを驚愕させるような腕前になったとしたら、それはもう天才を超えた超常的なナニカである。
「あとミュイは相変わらず魔力の変換が下手」
「うっ……」
そして、先ほど放った剣魔法の一撃もフィッセルはしっかり見ていたのだろう。一人だけ明らかに波長の違う魔法を操ったミュイに対し、辛辣な一言を投げかけていた。
「色が違うなとは思っていたけど……下手、なの?」
「うん、下手」
「……」
フィッセルの追撃が入る。これ俺の聞き方も悪かったかもしれん。なんかごめん。彼女にその辺りを慮れというのは、少しばかり難易度が高かったか。
ミュイはミュイで、彼女の辛辣な言葉を受けて押し黙ってしまった。泣いたり喚いたりしない分、分別が付いていると言うべきかどうか、ちょっと悩みどころである。
「……正確に言えば下手じゃない。魔力を炎以外に変換出来ない。物凄く不器用」
「な、なるほど……?」
流石にこの微妙な空気をフィッセルも感じ取ったのだろうか。ただ下手の一言で終わらせずに、一応ともとれるフォローを入れていた。
思い返してみると、例えばルーシーなんかは非常に多彩な魔法を操る。炎や雷、水や氷も出していたし、俺なんかでは到底理解出来ない意味の分からない魔法も出していた。宵闇を一瞬で沈めたあの魔法とかがそうだ。
それと比べてしまうのは流石に比較対象が悪すぎるにしても、確かに魔力を炎にしか変換出来ないと言うのは少し勿体なくも感じる。その辺り、今後の修練で変わってくるものなのか、それとも生まれつき適性が決まっているのか、どうなんだろうね。
「でも出力は高い。それは凄い。不器用だけど」
「……ふん」
そしてフィッセルの次の言葉に鼻を鳴らすミュイ。
出力が高い、というのは魔力を持つ量が多いとか、一度に炎に変換出来る量が多いとか、そういう感じなのだろうか。相変わらず魔法についてはサッパリなので、この辺りは想像でしか分からない。
俺も魔力とやらを感じられれば何か伝えることが出来たのかもしれないが、本当にビタイチ分からないからしょうがない。こればっかりは修練で身につくものでもなさそうだからなあ。
「じゃあ今は、才能溢れる原石ってところだね」
「そう言えなくもない」
俺の言葉に、フィッセルが否定とも肯定とも取れない言葉を返した。
何かに対して才能を持つということと、それが器用に発揮出来るかというのは似ているようでいてまったく異なる。俺の慣れ親しんだ感覚で言えば、剣術の才能を多分に持ち得ていても、攻撃一辺倒になってしまう剣士が居る、みたいな感じだな。なのでその辺りはまだ俺も理解しやすい。
無論、才能と器用さには大きな違いがある。後天的に伸ばせるかどうかだ。
その意味で言えば、ミュイには確かに才能が眠っているが、それを上手く起こせていない。
叩き起こすのか、それともゆっくり起こすのかは状況や指導者の好みにもよるけれど、起こせないとなればそれは指導者の力不足である。魔力で炎を生み出せる以上、才能が眠っていることには間違いないからだ。
まあ、そこは俺というよりフィッセルや魔術師学院の先生方の働きにかかっているんだけどね。再三言うが、俺に魔法の才能がこれっぽっちもないが故、出来ることが少ないのである。
「あ」
「おっ」
そんなことに思いを巡らせていると、今では随分と慣れ親しんだゴォン、ゴォンという鐘の音が鳴り響く。
講義の終了を告げる鐘の音だ。相変わらずこれも、一体どこからどういう作用で鳴っているのかさっぱり分からない。何らかの魔法だとは思うが、やはり魔法という学問は奥深い。ルーシーをはじめ、魔法を修める者たちが躍起になって研究するのも分かるという話である。
「皆、今日もお疲れ様」
「お疲れ様でした!」
締めに挨拶を交わして、今日の講義は終了。
いやしかし、ここに顔を出すのは学院の夏期休暇もあって随分と久しぶりだったんだが、皆それぞれ成長しているようで何よりだ。
特に、ミュイもしっかり剣魔法の基礎を修めつつあるというのが喜ばしい。
無論、教育者として特定の生徒を贔屓するわけにはいかない。ただそうであっても、心の中で喜ぶくらいはしても良いと思っている。
剣術の方も未熟ながらしっかり振れるようになっている。彼女は育ってきた環境もあって、いい意味で遠慮がない。木剣を相手にぶち当ててしまうという行為を忌避していないのである。
これは正直、戦う術を学ぶ上ではかなり大きい。相手を思い遣る心は非常に大切だが、時としてそれは欠点にもなり得るからな。まあミュイの場合は礼儀だとか礼節だとか、そっちはちょっと足りていないんだけども。その辺りはまあ追々、といった感じだ。
「いやあ、楽しみだね」
「? 何が?」
「後進の成長をこの目で見れるのが」
無論、剣魔法科の生徒たちを俺の弟子と言うには少し無理がある。彼ら彼女らはどちらかと言えば、フィッセルの弟子にあたるのだろう。
しかしそれでも、後進の成長には違いない。自身が剣の道を歩むのも楽しいけれど、それと同等以上に若者たちの成長を見守るのもまた楽しいのである。教え導く者としての魅力とやり甲斐が、ここに詰まっていると言っても過言ではないくらいに。




