第16話 片田舎のおっさん、観光する
首都バルトレーンが誇る商業区、西区は噂に違わない場所であった。
「本はいい。癒される」
「うえー。私勉強あんまり好きじゃないっす……」
「ははは」
大通りに面する大きな書店でフィッセルが目を輝かせていたり。
「先生! これ! これどうっすか!」
「うん、似合ってると思うよ」
「お子様なクルニによく似合ってる。悪くない」
「むきー!」
都会の流行りをふんだんに取り入れたであろう衣料品店で、クルニがあれやこれやと試着していたり。
「ここは……アクセサリー屋かな?」
「これは魔装具。簡単に言えば魔法の効果がある装備」
「ほう……」
魔装具店と呼ばれる、ブレスレットやネックレスといったアクセサリーに魔法の効果を付与させたものを売っている店で俺の興味が疼いたり。
様々な店を三人で見て回っていた。
適当な店に入りながら時に騒ぎ、時に静かに色々と見て回るのは結構楽しい。
日も幾分傾きかけた時分ではあったが、それでも西区の喧噪は留まるところを知らず。大きく伸びた足元の影を傍目に入れつつ、結構な時間を西区で過ごしていた。
「いやあ、本当に色々あるね。特に必要はないものでも目移りするよ」
「日用品からレア物まで、幅広いっすからねー」
「うん、私も西区は好き。沢山の物がある」
一通り――とは言ってもたった数時間程度では回れる範囲も限られる――店を見て回ったところで一息つく。
いやーしかし、ビデン村と比べちゃいかんのだろうが凄いねバルトレーン。普段からこういう観光はしないし、村から出ることもなかったから物凄く新鮮だ。
「ふふ。ベリル先生、すごくきょろきょろしてる」
「ははは、恥ずかしいね。何分田舎の出だからねえ」
視線が泳いでる様を見られたか、フィッセルに突っ込まれる。
いやあだって仕方ないじゃん。誰だって田舎から大都会に来たらテンション上がっちゃうでしょ。
「先生は何か気になるものとかあったっすか?」
「そうだねえ……色々とあったけど、魔装具店は面白かったね」
「魔装具は奥が深い。ベリル先生が気に入ってくれて嬉しい」
クルニからの問いに、少し考えてから返す。
てっきり本が好きなのかなと思っていたが、それ以上に魔装具というアイテムにフィッセルは魅入られているらしかった。
「フィッセルは、魔装具が好きなんだね」
「うん。沢山持ってる」
僅かながらその表情を緩ませて、フィッセルは呟く。
魔法を使える者自体は決して多くないが、魔装具は都会では割と流通しているものらしい。
魔鉱石と呼ばれる魔力を蓄積する鉱石があって、それを元に作るから、魔法の才能はあまり関係ないそうだ。
詳しいことは俺にもよく分からん。だって俺剣士だし。
効果は様々で、疲労が抜けやすくなるものとか、怪我が治りやすくなるものとか、炎や冷気の耐性がちょっと付くものとか、色々あるっぽい。
どちらかと言えば冒険者に必要なアイテムだろうなと思う。
「しかし良い息抜きになったよ。二人ともありがとう」
一息ついたところで、案内してくれた二人に礼を述べておく。
ずっと一人で騎士団庁舎と宿との往復を続けていては気付けなかった楽しみだ。
「どういたしましてっす!」
「ん」
俺の言葉を受け取った二人の反応は対照的だが、表情を見る限り満更でもなさそうで何よりだ。
おっさんのプチ観光に付き合ってもらっただけだからな、嫌な思いや退屈な思いをされなかっただけでも満点だろう。
「そうだ。お礼と言っちゃ何だが、二人とも時間があるなら晩飯は俺が奢るよ」
「えっ! いいんすか!?」
俺の提案に、クルニが真っ先に反応を示す。
道場に居る時からよく食べてよく寝る子だったからなあ。
彼女の振る舞いは実に癒しポイントが高い。
こういうのでいいんだよこういうので。
「助かる。私も腹ペコ」
表情こそ変わらないが、フィッセルが下腹部に視線を落とし応える。
「よし、じゃあ決まりだね。どこかお勧めはあるかい?」
奢るとは言っても、俺はこの首都に来て間もないおのぼりさんだ。
美味しい店も知らなければ、彼女たち二人の好みも知らない。いやクルニは嫌いなものとかなさそうだけどさ。フィッセルは何か拘り持ってそうだし。
「あ、私あそこ行きたいっす! レゲンの串焼き屋!」
「賛成。私もあれは好き」
「串焼きかあ。いいね、楽しみだ」
今晩のメニューが決まったところで、早速と言わんばかりに移動を開始する三人。俺も何だかんだで訓練が終わってからすぐにクルニと西区まで足を伸ばしたから、結構腹ペコだ。
右手にクルニ、左手にフィッセル。
この街に来た時とは随分と趣の違う顔ぶれだが、これはこれで悪くないな。何だか保護者の気分にもなる。主にクルニが原因だが。
何より、視線に気を取られず観光出来るってのが大きい。
おっさん一人と若い女性二人というのは些かアンバランスではあるが、そこまで衆目を集めるものでもないだろう。
「ここっす! ボアの串焼きが美味いんすよ~!」
「ほう、ボアか」
西区を歩いてしばらく、大通りに面した串焼き屋にたどり着く。
ボアというのは、体長が大の大人程ある中型の野生動物だ。ビデン村でもちょいちょい村の狩人が狩っていた獲物でもある。
肉質はどちらかと言えば硬く、噛み応えのある部類のものだ。だがそれはあくまで肉の持つ性質であって、調理次第では大きく化ける。レベリス王国全域に多く生息していることもあって、様々な調理法が確立された食材と言えるな。
「おっちゃん! ボアの串焼き三つっす!」
「あいよぉ!」
どうやらこの店は焼いているところを外から見れるタイプらしい。
店主らしき男にクルニが注文を投げかけると、男は気前の良い返事とともに乱雑に串に刺さったボアを炭火の上へと並べる。
「おー……既に美味そうだなあ」
「ん。ここのボアは絶品。私が保証する」
ジュワジュワと、十二分にタレを漬けたボアの肉が焼きあがる様を見ていると、どうしようもなく腹が減ってくるな。肉の焼ける匂い、そして甘辛いタレの匂いがまた食欲をそそる。
おほー、マジで美味そう。
見る限りかなりのボリュームがあるし、これ一本で十分腹は膨れそうだな。
「うーん、やっぱり混んでるっすね」
「ね。いっぱい」
「ふむ……」
何気なく周囲を見渡すと、串焼きを買っている客も多いのか。手に串を持って食べながら歩いている者も何人か見かける。
この店にも飲食のスペースはあるみたいだが、生憎他の客でいっぱいだ。
「クルニは東区だろう? 距離もあるし、歩きながら食べようか」
「はいっす! 食べ歩きは久々っすねー!」
「私も東区。丁度いい」
そんなわけで、偉大な先達たちに倣って我々も食べ歩きと行くか。
「はいよ、串焼き三つお待ち!」
「ありがとう」
串焼きとお代をそのまま手渡しで交換し、串を持つ。
ウーム、ボリューミー。ところどころタレが焦げ付いているのがまた高ポイント。この店主、焼き加減と言うものをよく分かっている。流石、クルニとフィッセルが太鼓判を押すだけはあるな。
「じゃあ先生! いただきますっす!」
「ん。いただきます」
「はいどうぞ。俺も食べるとしよう」
豪快に齧り付くクルニと、端からちまちまと食べ進めるフィッセル。
こうして食事の風景を見るだけでも対極的な二人だ。道場に居た時は特別仲が良くも悪くもない程度の認識だったが、首都に来て交友を深めたりしたのだろうか。
まあいいか。
プライベートにまで突っ込む気はないし、仲が良いに越したことはないからな。
「……うん、美味い」
一口ボアの串焼きを齧れば、肉厚な身が驚くほどの柔らかさで解けていく。
むむ、これは仕込みの段階からかなり念入りに漬け込まれているな。ボアの肉をここまで柔らかくさせるとは、あの店主只者ではない。
ひと噛みすると同時、じゅわっと肉汁が広がり、香ばしいタレも相まって極上の調が瞬く間に口内を支配する。
うん、マジで美味いな。
思わず頬が緩む。こういうのでいいんだよこういうので。
「ん~~! 美味いっす!」
「ちゃんと前を見て歩くようにね」
「まったく。クルニは危なっかしい」
「む! 失礼っすね! これでも騎士っすよ!」
やいのやいのと会話を交わしつつ、串焼き屋から歩を進める。
こうして俺たち三人はボアの串焼きに舌鼓を打ちながら、それぞれの帰路へと就くのであった。




