第158話 片田舎のおっさん、火蓋を切る
「どっせい!」
「プゴ……ッ」
クルニのツヴァイヘンダーが突撃してきたサーベルボアの頭を捉える。一直線に振り下ろされた刃は寸分違うことなくターゲットのど真ん中に到達し、勢いそのままに獲物の頭蓋をかち割っていた。
うん、どう見ても即死だね。クルニの全力で振り下ろされるツヴァイヘンダーなぞ絶対まともに受けたくない。真正面からあれを受け止められる生物が果たして存在するのかと、思わずそんな疑問を抱いてしまう程の力であった。
「サーベルボアの頭蓋骨は結構硬いんですが……」
「まあ、クルニだからね……」
一連の動きを目撃したランドリドが苦笑交じりに感想を零す。
いやまあ普通はビビるよ。こういう戦い方をする冒険者や傭兵は居なくはないだろう。しかしそれにしたって威力が桁外れ過ぎる。ランドリドもパワーはある方だけど、あれの真似をしろと言われても多分厳しい。俺も出来る気がしない。
唯一対抗出来そうなのはヘンブリッツ君だが、彼は身体の強さを存分に活かした上で堅実に仕留めに行くスタイルだから、クルニとはちょっとやり方が異なる。
「でも、いい一撃だったよ。あんな風に相手に当たる前提なら、振り下ろしは強力な一手だ」
「はいっす!」
以前クルニに両手剣の扱い方をレクチャーしたが、戦いの判断力という点では及第点を与えてあげてもいいと思う。彼女だって考えなしにただ剣を振り回しているわけではないのだから。
そしてやはりバルデルはいい仕事をしているなと改めて思う。クルニの剣筋が見事であることは勿論前提だけど、それでもああいう扱い方にもしっかり応えてくれる武器は素晴らしいものだ。
「向かってくる相手なら楽なんすけどねー」
「それを楽と言い切るのもどうかと思うけどね……」
まるで純粋な力比べなら誰にも負けないという風にも聞こえる口振りである。事実、彼女に真っ向勝負で勝てる存在は限られるだろうけれども。
一応、クルニの言葉にも一理はある。実力差があまりないという前提こそ必要だが、基本的には逃げる相手よりも向かってくる相手の方がほとんどの場合において戦いやすい。逃げを念頭に置いている敵の場合、こちらが痛手を負う可能性も低いが、こっちが痛撃を与える可能性もまた下がる。
その点サーベルボアといったモンスターは初手から逃げることはまずないので、クルニの戦い方と上手くマッチしていると言えるのかもしれない。
前にも言ったが、野生の動物やモンスターは基本が獰猛である。知恵の回るやつや体格が小さいやつを除けば、大体が最初とる行動は襲撃。常に奇襲に気を配らなければならない精神的な消耗はあるにしろ、正面に据えることさえ出来れば割と対処は簡単な部類だ。
それに加えて、こちらに敵意を向けた獲物を確殺出来ていることも大きい。
手負いの獣はただでさえ厄介な上に、俺たちがあいつらにとって危険であるという情報を持ち帰られても困る。人でもモンスターでも何でもそうだが、こちらを警戒していない相手というのが一番御しやすいからな。
「しかし、相変わらずはぐれが多いな……一体何頭追放されているのやら……」
先ほどクルニに向かってきたサーベルボアも例に漏れずはぐれである。他に様子を窺っている気配はなかった。
先日もそれなりの数のサーベルボアを処理したはずだが、一向に減っている気がしない。つまり、かなりの数のサーベルボアが今年は存在し、同時にかなりの数の個体が群れを追い出されたことになる。
あのボスどれだけ横暴なんだよ。ちょっとボス格のあいつ以外が気の毒にすら思えてきた。
「囲まれるよりは大分楽ですけどね。こちらの消耗も抑えられます」
ランドリドの言う通り、単騎が相手ならこっちも休むタイミングがあるからそこら辺は助かっている。
この面子で一番スタミナの心配をしなきゃいけないのは俺なんだけど、その俺ですらまだ動ける。他の三人からすればまだまだ余裕といったところ。
この調子なら目的地の窪地まではかなり体力を温存した行軍が可能だ。あのバカでかいボスにどれだけ時間を取られるかが分からないから、残せる余力は残しておきたい。
「やはりここは訓練に向いていますなあ」
「そ、そうかな……」
満足そうに頷いているのはヘンブリッツ君。彼もサーベルボアのみならず、このアフラタ山脈に生息している獣やモンスターをばっさばっさと薙ぎ倒している。
充実しているようで何よりだけど、ここを騎士団のキャンプ地とするのはちょっと勘弁してほしいかな。国境の問題もあるけど、生粋の戦闘集団がここに長期間潜ると山脈の生態系が変わる気すらしてくる。
ちなみに、今回はサーベルボアが目的だからそれを主に狩っているものの、普通に他の動物やモンスターも邪魔になるなら狩っている。いたずらに個体数を減らし過ぎるのも良くないから適度に見逃している一方で、襲い来る火の粉は振り払わなきゃいけないからな。
ただまあこの周辺はサーベルボアの生息数が割合多いらしく、あまり他の種類のやつは見かけていない。
大型種はもっと山脈の奥深くに陣取っていることが多いしね。ゼノ・グレイブルとかはマジでなんであんなところに居たのか未だに分かってすらいない。
戦う相手の格のみで言えば、特別討伐指定個体などよりサーベルボアの方が格段に下だ。
確かにあのサイズは驚異的だが、なにも魔法を使ってきたり空を飛ぶわけじゃないからね。今回のこちらの戦力ならまず負けはないとも思う。
しかしもって、どうしても山中という立地が最大の難点になる。これが平原なら是非弟子たちも連れてきたかった。
何度も同じことを考えてしまうくらいには、絶妙に色々と条件が噛み合わなかったんだよな。悔やんでも仕方ないんだけど、俺は常に最善の選択をしてきたとは言い難いから、やはり考えてしまう。
いかんな、終わったことだから切り替えていかないと。
「先生、あのデカいやつは仕留めた後どうするんすか?」
「んー……運搬が無理そうなら、ロブさんとかを呼んで改めて回収かな」
サーベルボアを狩りつつ雑魚を散らしつつ進んでいると、クルニから質問が上がる。
流石にあのサイズをクルニ一人で運べるとは考えにくい。複数人で運ぶほかないだろうけど、そうすると帰りの安全が微妙になる。やった後の消耗次第ではあるが、増援を呼んで回収する可能性も出てくるだろう。
そして護衛付きとは言え一般人を山に入れるわけにはいかないから、呼べるのはロブさんなどの狩人になってくる。あるいはサーベルボアを間引いた後なら、弟子たちを連れてきてもいいかもしれない。やってもらうことは討伐ではなく、ただの肉体労働になっちゃうけどさ。
「目印がありました。そろそろ近いですね」
「分かった」
ランドリドが前もって付けておいた木の幹の傷。見覚えのあるそれが見えたということは、以前発見した窪地が近いということだ。
これで窪地の中にあのボスが居れば良し。居なくとも俺たちが下山する時間を加味した上で、ぎりぎりまでは張り付いておきたい。いくら雑魚を狩ったとしても、あのボスをやらないことには不安は消えないからな。
「……お、あそこか」
目印の傷を付けた場所からしばらく歩いた先。やや見通しが悪い中ではあるが、木々の合間を縫って特徴的な地形が目に入った。
「ボスは……居るね。ふんぞり返ってる」
「やっぱりなんか偉そうっすねあいつ」
「実際群れの中では一番偉いだろうからね」
普通のサーベルボアより二倍くらいデカいあのサーベルボアは、以前見つけた時のように優雅に陣取っていた。
クルニに倣うわけじゃないけど、マジで偉そうな態度してんなあいつ。きっとあの態度を気に食わないやつがどんどん群れから追放されていったんだろうな。
自分に従わない者を追い出すのは利点もあるが、やり過ぎると社会を維持出来なくなる。きっとこの状況を静観していれば、いずれ群れとしての維持が出来なくなり、一つの集団として崩壊していく可能性が高い。
その結末をちょっと見てみたい気もするけど、それはそれでサーベルボアがあちこちに散らばる弊害も起こり得るからな。悪いがここで仕留めさせてもらうとしよう。
「どうしますか、突撃しますか」
「突っ込むには突っ込む。けど、俺たちも散って動こう。あのせり立った部分に追い詰めるように各方位から動いていきたい」
「なるほど……」
サーベルボアとの一対一の戦闘なら、この面子であれば決して引けを取らない。それは今日までの実績で証明済みだ。なのでこちらが固まって逃走の隙間を作ってやるよりは、四人で出来る限り包囲して逃げられる可能性を潰したいところだな。
「皆が移動を終えたと見たら、俺がこの石を投げ入れる。それを合図に突っ込もうと思うけどどうかな」
「了解しました。問題ありません」
群れの数は先日確認した時より少し多い。見える範囲に限ってではあるが、それでも二十頭は居ないだろうという感じ。
数だけで考えれば、四対二十は普通は無理だ。なのでこちらからの強襲で先手を取り、相手の頭数を少しでも削っておきたい。
そして互いの位置を散開させると連携を取るには大声を出さなきゃいけないわけで、こちらの存在を気取られる。そのための投石である。これなら視覚で確認出来るし、ほぼラグも発生しないはず。かなり原始的な手段ではあるものの、戦闘開始のタイミングを取るだけで言えば十分だ。
「ふーっ……」
他の三人が場を離れ一人となった今、改めて精神を統一する。
勝てる相手だ。実際に今までずっと勝ってきた。しかしだからと言って、今日も絶対に勝てる保証なんてどこにもない。僅かな油断、驕り、慢心。それらは齎されるはずの勝利をいとも簡単に覆す。
「……よし」
こぶし大の石を持つ左手に、力を込める。ただの投石が戦いの狼煙なんて、多分見る人が見ればまあまあ不格好だ。
だがそんなことは気にしない。不格好だろうがなんだろうが、打てる最善を打って勝利を導くのが戦いというものである。
「よいしょぉ!」
大きく振りかぶって、最初で最後の第一球。
ガゴン、と鈍い音が窪地に発生するのと、俺を含めた四つの影が木々の隙間から飛び出していくのは、ほぼ同時だった。




