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第153話 片田舎のおっさん、危機感を覚える

「あれがサーベルボアっすか……」

「クルニは見るのは初めて?」

「そうっすね」


 フゴフゴと鼻を鳴らしているサーベルボアが一頭。身体と牙の大きさ的に赤ちゃんではないが、大人でもないな。恐らく乳離れをして、自分で狩りが出来るようになってしばらく、といった感じの個体だ。

 サーベルボアは普通の動物のように身体のサイズである程度の年齢が推察出来るが、もっと簡単なのが牙のデカさを見ることである。基本的に牙が大きければ大きいほど成熟した個体で強い。

 そして、その牙が折れていたり欠けていたりすると大体ヤバい。そいつは牙に傷を受けても死なずに生き残り、経験を積んでいる歴戦の個体になるからである。


 俺たちの前に姿を現したサーベルボアは、牙の大きさはまずまずといったところ。しかしながらそれは比較的綺麗な状態で、つまり狩りや戦闘に対する経験値が低い。

 まあそれでも油断なんて出来る相手じゃないけどね。まだ成体になり切っていないとはいえ、あんなので思いっきりどつかれたら普通に死ぬ。


「さて、こいつははぐれたのか追い出されたのか……」


 サーベルボアは大体家族で一つの群れを成し、その群れが集まって一つの母集団みたいなものを形成している。集団形成の仕方は狼とかそこら辺に近い。

 なので、大人になり切れていない個体が単体で見つかることはあまりない。多分群れからはぐれたか、群れから追い出されたかのどっちかである。こういうところは意外と人間と同じで、粗相をしたり生意気なやつはきっちり集団から弾かれたりするのだ。


「クルニ、やってみるといい」

「えっ、私っすか」


 見たところこの一頭以外は近くに居る感じはしないな。

 サーベルボアはそれなりに帰属意識がある生物な一方で、釣り野伏せを仕掛けるほど知能が高い生物でもない。事情はどうあれこいつは今、ほぼ間違いなく単騎である。

 折角なので、クルニの対モンスター戦への適応力というものを見せてもらうことにした。比較的危険度の低い状態でこういう経験を積める機会は結構貴重だ。


「周りは俺とヘンブリッツ君で見ておくから。危なくなったら加勢するよ」

「う、うっす!」


 クルニがツヴァイヘンダーを構え、じりじりとサーベルボアとの間合いを詰めて行く。


「フゴゴッ」


 その姿を見て、様子見から威嚇に行動を切り替えたのが若いサーベルボア。

 こいつらは獰猛である。そして人間ほどの知能はない。つまり、相手が自分より圧倒的にデカいなどの視覚的情報がなければまず逃げない。特に若い個体は失敗経験も少なくヤンチャなやつが多いので、間違いなく突っ込んでくる。

 まあそんなモンスターが人里に降りてきたらかなり危ないんだが。それをさせないための定期的な狩りであり、それが俺たちの役目だ。


「プゴォッ!」

「こいやーっす!」


 これはもしかしたらしばらく睨み合いが続くかなと思った矢先、突如としてサーベルボアが突進してきた。それに合わせて気勢を吐くクルニ。いい発破だが、モンスターや獰猛な動物はこの程度では怯んでくれないんだよな。気合いでビビるのはある意味で知能を持つ種の特権だ。

 さてさて、クルニのお手並み拝見といこう。勿論危なくなったらすぐに割って入るつもりだけれど。


「ぬうぇいっ!」


 ガギン、と、硬質な物同士がぶつかる音がアフラタ山脈に響き渡る。サーベルボアの突進を、クルニはツヴァイヘンダーでがっちりと受け止めていた。

 こいつらは基本的に突進しか武器がない。牙を潜り込ませるように体当たりするしか能がないと言えばそれまでだが、その威力が結構洒落にならんからね。仮に剣や盾などで受け止めることに成功しても、根本的に筋力がないと簡単に押し負ける。というか、普通は受け止めずにいなすなり躱すなりするんだが。


「ふんぬぬ……ッ!」

「ゴッ!?」

「おお、凄いね……」


 だがクルニはその小さな両の足でがっつりと踏ん張り、突進の勢いをほぼ完全に殺していた。彼女の足元が数歩摺り足をしたかのように擦れているが、それだけを見てもあの体当たりが物凄い威力であることが分かる。

 同時に、その突進をやや後退するくらいの程度で抑えたクルニのパワーも物凄い。俺もやれと言われたら恐らく出来なくはないと思うけれど、出来れば取りたくはない手段だ。


「ぬぬぬぬぬ……!」


 ぐぐぐ、とツヴァイヘンダーでサーベルボアの身体を徐々に押し込んでいくクルニ。この子、野生のモンスターとガチの真っ向勝負してるぞ。怖い。

 はっきり言うが、普通の膂力の人間にサーベルボアを正面から打倒する力はない。二本足と四本足では踏ん張りの効きがまったく異なるし、出せる馬力には天と地ほどの差がある。


 だから通常、サーベルボアを退治する時は突進を躱して横っ腹を斬りつけるか、槍などの射程の長い武器で突進自体を無効化するか、弓や魔法で遠距離からしばくのが一般的だ。猪突猛進な相手だから罠を張るのも効果的だろう。

 俺もこいつらを狩る時は基本的に正面に見据えた上で、体当たりを躱してから攻撃している。横合いからあのタックルをぶち込まれたらかなりヤバいからな。


 だが眼前には、そんな常道など欠片も存在していないかのような光景が広がっていた。


「おるるぁーッ!」

「プギッ……」


 サーベルボアとの力比べを制したクルニが、牙に足をかけて上から踏み倒す。その動きと同時にツヴァイヘンダーを振り上げ、脳天へ一直線に突き刺した。年若いサーベルボアは少しばかり情けない断末魔を上げ、そのままこと切れていく。


「わあお……」


 いや、勝ち方がワイルド過ぎんか?

 サーベルボアに対して真正面から力勝負を挑んで競り勝ち、脳天に一撃はちょっと想定していなかった。体当たりを凌ぎつつ斬りつけるのかなと思っていたら、とんだ脳筋戦法である。

 おかしいな、俺の道場で教えている剣術はこんな平押しをするものではないはずだが。両手剣という重量武器を扱っている点を差し引いても、ちょっとゴリ押しが強すぎるように思う。


「……クルニって任務の時はいつもこんな感じなの?」

「いえ、普段はもっとこう……もう少し落ち着いてるはずなんですが……」


 思わず近くに居るヘンブリッツ君に聞いてみたけれど、返答はなんだか煮え切らないものであった。

 ヘンブリッツ君も困惑しているということは、これは彼女の普段の行いからは少し離れているということ。クルニは確かに力が強いが、地頭が悪いわけじゃない。何故あえてこんな頭の悪い戦い方を採用したんだろう。


「おっしゃ! 勝ったっす!」


 そんな俺たちの悩みを他所に、クルニはサーベルボアを無事に仕留めることが出来てご満悦の様子。


「クルニ、どうしてあんな戦い方をしたんだ?」


 喜んでいるところ悪いが、ちょっとこれは理由を聞いておいた方がいい気がしてきた。

 総合的に見て、今のクルニの実力でサーベルボアに負けることはないだろうとは思っていた。門下生時代は危なっかしいところも多分にあったけれど、レベリオの騎士として再会した時にはその甘さは鳴りを潜め、よい成長をしていることが分かったからだ。だから今回の帰省にクルニの帯同を許可したのもある。


 しかし先ほどの戦い方は安全を犠牲にし、更に勝率も犠牲にしたやり方である。無論、時と場合によってはあえて博打に近い戦い方をする必要性も出てはくるだろうが、少なくとも今はその時ではない。

 例えば、昨今の王族暗殺未遂事件では安全性に重きを置いた戦い方は出来なかった。それをしてしまうとグレン王子とサラキア王女が死ぬ可能性があったからである。

 今回はそんな事情は存在しない。自由に戦えたはずなのに、彼女はあえて危険の中へ飛び込む真似をした。


「うっ……いやー……道場に居た頃は戦えなかったんで……今の自分の力を知りたくて、つい……」

「ふむ……」


 俺の質問を受けたクルニは、ばつが悪そうに頭を掻きながら答えた。

 うーん、まあ気持ちは分からないでもない。分からないでもないが、万が一競り負けていたらどうするつもりだったのか。まあそうなったらそうなったで俺かヘンブリッツ君が飛び出していたとは思うが、それにしたって危険な手段である。


「気持ちはまあ……分からなくはないけど、度胸試しも程ほどにね。安全性を欠いた上での不慮の事故は剣士の誉でも何でもないよ」

「はい……もうしませんっす」

 

 とりあえず言い含めはしておこう。あれを手放しで誉めそやしていたら、これからもっと突撃していってしまうかもしれん。勝ちを拾うことは大切だが、それよりも負けない方がもっともっと大切なのである。


「ただ、力押しで勝ったこと自体は素直に凄いことだよ。そこは自信を持っていい」

「はいっす!」


 まあそれでもゴリ押しで勝てたことは凄い。並の剣士では弾き飛ばされてそのまま終わるような戦い方だった。一応今回はクルニの成長が見れたということでこのくらいにしておこう。


「それで、こいつはどうしましょうか」

「うーん……」


 ヘンブリッツ君が仕留めたサーベルボアを見下ろしながら、その死体の処分を聞いてきた。

 さて、どうしようかな。正直この段階で鉢合わせるのはあまり想定していなかった。とは言え倒せたことに違いはないので、このまま放置しておくのもなんだかなと言う感じ。


「一度持って帰ろうか。勿論危険があれば捨て置くけど、どうやらこいつ一匹だけみたいだし」


 見た限り牙は綺麗なままだし、仕留め方も脳天に一撃なので毛皮も綺麗だ。血抜きの手間はかかるが、肉も食えないことはない。こんな片田舎の村で懐が温まることなんてまずないから、持ち帰れるものは持ち帰っておくべきだろう。


「クルニ、持てる?」

「あ、はい。一匹なら多分余裕っす」

「凄いね……」


 そう言うなり、クルニはひょいとサーベルボアを持ち上げた。言葉通り余裕そうである。荷車も何もないのに軽々と重量物を持ち運べる筋力よ。

 とりあえずこいつは村に持ち帰って解体を頼もう。行商人でも立ち寄ってくれれば牙や毛皮はすぐに換金出来るんだけど、ビデン村みたいな僻地になると商人も中々寄り付かない。人口が少ない集落にわざわざ出向いても、商いとしての実入りが見込めないからだ。

 なので村の狩人やら猟師やらに解体と鞣しをお願いして、いつでも売れるようにしておくのがいいだろう。


「俺が前を見る。ヘンブリッツ君は後方を頼むよ」

「承知致しました」


 クルニの手が塞がったことで、彼女を戦力としてカウントすることは出来なくなった。前方を俺が警戒しながら進み、後ろをヘンブリッツ君に任せ、その間にクルニを挟み込む形となる。

 今日は狩りの予定じゃなかったんだけどなあ。このまま周辺の様子を窺いつつ、帰路へ向かうというのが一番か。帰り際にもう一つ二つくらい痕跡や群れの規模が分かるものが見つかれば僥倖だが、まあそう簡単に物事は運ぶまい。

 調査自体は今日一日で終わるとはまったく考えていなかったし、むしろ幸先が良いと見るべきかな。


「クルニは危なくなったらすぐにそれを捨てるように」

「はいっす!」


 狩った獲物に拘り過ぎて自分の命を落としていたら元も子もない。俺とヘンブリッツ君なら最低でも時間は稼げるはずだから、その間にサーベルボアの一頭くらい迅速に捨て去ってほしいものだ。


「しかし、サーベルボアはこんな麓まで来るものなんでしょうか」

「普通は中々見ない状況だね。まあそれを調査するためでも……あっ」

「フゴッ?」


 ヘンブリッツ君の言葉に返していたら、またサーベルボアが見つかった。先程の狩りからまだ幾程も経っていないタイミングである。

 こいつもクルニが仕留めた個体とほぼ同じ感じ。まだ試行回数が少な過ぎるから何とも言えないが、この世代のサーベルボアが大量に発生している可能性がある。そしてそれらがアフラタ山脈の奥地ではなく、村のほど近い麓にまで侵出してきている可能性も。


 あれ、これ結構ヤバくね?

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― 新着の感想 ―
クルニは小柄だけど体重はものすごい…ってことだな。
[良い点] 猪を真正面から受け止めて持ち上げる... パワーだけならもう軽自動車クラス(*´▽`)
[良い点] 仕留めたばっかの猪はダニだらけだから素手で触っちゃダメっすよ。 適当な立木切って蔓で縛って簡易ソリ作らなきゃ
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