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第151話 片田舎のおっさん、稽古を見る

「次、受けの型二番! 一! 二!」

「いーち! にーい!!」


 ランドリドの声掛けに倣って、門下生たちが木剣を振る。先程のアデルとエデルの突発的な模擬戦からしばらく経ち、道場はいつもの空気をほぼ取り戻していた。


「懐かしいっすねー」

「そうだねえ」


 稽古の様子を見ながら、クルニが言葉通り懐かしそうに言の葉を落とした。型の稽古なんて騎士団では全然やらないからな、確かに俺もちょっと懐かしい感情を抱いてしまった。


「いわゆる型稽古ですかな」

「そうだね。うちでは攻めの型が五番、受けの型が八番まである」


 ヘンブリッツ君の質問に返す。この人模擬戦が終わっても全然息が乱れないからびっくりだ。あの程度では準備運動くらいにしかならなかったのだろう。レベリオの副団長というのはつくづくとんでもないな。


 ここは一応剣術の道場なので、ちゃんとした型が存在している。今彼らがやっているのはそのうち基本型と呼ばれるもので、説明した通り攻めの型が五通り、受けの型が八通りといった感じ。

 ざっくり言うと「相手がこう動くとして、こっちはこう動きましょう」という一連の流れを定型的に落とし込んだものだ。受けの方が番号が多いのは、まあうちの特色と言えるのかな。普通は如何にして相手を斬り伏せるかを重視するものだから。


 とは言ってもこれはあくまで基本かつ型なので、実戦でその通りに事が運ぶなんてことはまずない。それでも動きのパターンを身体と頭に沁み込ませておけば、いざと言う時に結構動けたりする。反復練習というものは案外強力に作用するからね。

 型通りではなくても、この攻防はあの型でやったなと閃く瞬間がいつか必ずやってくる。人間、経験済みの事象に対しては意外と冷静に対処出来るものだ。その幅を増やすための型である。


 ちなみにうちで教えている技と呼べるものは基本的にこの型の中にあるか、その派生形がほとんどだ。

 俺が多用している木葉崩しだって、受けの型四番にある。あくまでその動きが型の中に取り組まれていますよというだけで、実戦で使えるようになるかどうかはまったく別の話ではあるが。


 ミュイの体調というか調子が落ち着いたら、道場の稽古を体験させてみてもいいかな、なんて思う。剣魔法科の講義だけでは伝え切れないことが山ほどあるし、ミュイが剣を好きでいられるような手助けになるのなら喜んでしてあげたい。

 けれどまあ、今日に限って言えば連れてこなくて正解だった。アデルとエデルのこともそうだし、ミュイは多分まだヘンブリッツ君への印象が固まり切っていない。彼のあんな激しい姿を見せたらビビっちゃうかもしれん。それはよくない。


「それで、目星は付きそうですか」

「んー……とりあえずアデルとエデルは確定かな」


 目星というのは、サーベルボアの討伐に向かうための戦力の選定のことだろう。

 正直言ってヘンブリッツ君が強すぎるだけで、アデルとエデルも年齢と経験の範囲で言えば十分に強い方である。見習いを前線に放り投げて放置なんて馬鹿な真似はしないが、本人たちが望むならこういう貴重な実戦の機会は与えてあげたいところだな。

 練習でしか身に付かないことはあるが、同様に実戦でしか身に付かないこともある。特にアデルなんか冒険者になりたいというくらいだから、実戦経験は積める時に積んでおくべきだ。


「後は……もうちょっと見てから考えるよ」


 違う言い方をすれば、アデルとエデル以外にぱっと見て大丈夫そうな子はまだ居ないとも言えた。

 アリューシア、ランドリド、フィッセル、クルニ、ロゼ。彼らは実に素晴らしい素質の持ち主で実際に素晴らしい成果を残しているのだが、一方であの子たちを基準として考えるわけにもいかない。そんなことをしてしまったら、最低ラインが馬鹿みたいに高くなってしまう。


 一部の天才を基準に物事を決めてしまうと、絶対に後でとんでもないことになる。指導者の端くれとしてそこを間違えちゃいけないと思うのだ。

 勿論、今後は分からないけどね。あくまで現時点では、の話だ。それでも命の危険があるモンスターの討伐に連れて行こうとしている以上、現時点で実力が足りていない者を連れ出すわけにはいかない。


 とりあえず、今日たまたま来てない門下生も居るから、明日くらいまでは様子見の予定である。

 道場自体は特定の日を除いて門戸を開いているけれども、別に弟子たちは毎日来るわけじゃないしな。通うペースなんてそれこそ人によってまちまちだし、一日だけでは判断出来ない。そもそも他村の人だと毎日来るのは物理的にかなり厳しい。


 それに、今やっているのは型稽古。

 本当の強さというものは型だけで測れるものではないが、それでも型の精度でおおよその実力は見れる。あくまでうちの道場の門下生に限ればだけど。

 打ち込み稽古や掛かり稽古になった途端に強みを発揮する子も居ないでもない。そういう意味でも、今この場だけで判断するのはやや早計と言えた。


「しかし、中々興味深いですね。特に足捌きが独特に見えます。受け流しを重視した結果でしょうか」

「おお、流石だね」


 そこに気付くとは、やるなヘンブリッツ君。

 うちの流派が受けを主体としているのは型の数ではっきり分かるところだが、より厳密に言えばただ正面から受けるのではなく、流す方向に研ぎ澄まされている。そのために肝要なのが下半身の使い方だ。見る人によってはあまり馴染みのない足使いに見えるかもしれん。


 なので俺たちは、勝つ戦いよりも負けない戦いの方が強い。アリューシアやフィッセル、ロゼなどに見られるように、がつがつ前に出るよりは相手の機先を制したりとか、後の先を取る戦い方が上手い剣士が多いのもそのためだ。


 スレナにはうちの剣術が合わないだろうなと以前思ったのはそこである。現在確立されている彼女のスタイルと俺の扱う剣術は、相性があまり良くない。

 時々クルニやアデルみたいなパワータイプも出てくるんだけどね。ただまあ、力があるというのは確かに立派な利点ではあるものの、それに頼り切った剣というのは案外脆い。弟子たちにはそうなってほしくないところだ。


「ベリル殿が体幹を重視する理由が改めて分かりますな」

「はは、分かってもらえて嬉しいよ」


 足を上手く運ぶには、身体の芯の強さが必須。うちの剣術の型をより正確により速く行おうとすると、そこが未熟な者はどうしても重心がぶれる。そうなると思ったように動けないというわけだな。


「ここの稽古はその辺厳しいっすからね。私も体幹と腹筋は自信あるっす」

「クルニがツヴァイヘンダーにすぐ適応出来たのも、そこの強さがあったからだろうね」

「そ、そっすかね? えっへへへ!」


 俺やヘンブリッツ君が主としているロングソードならまだしも、クルニのように両手剣を扱おうと思えばそれは一層重要になる。持ち上げるだけなら腕力があれば出来るが、長さも重さもある得物を上手に取り回すには、腕の力だけではどうにもならない。

 改めて考えてみても、クルニに両手剣というのは結構合っていると思う。この子腹筋バッキバキだしな。いやそこはあんまり関係ないか。


「やはり型の一連の流れは、ベリル殿が一番お上手なので?」

「いや、おやじだね。俺も型にはそれなりに自信あるけど」


 何気なく振られた質問に、即答で答える。

 俺も長年ここの剣術に触れているが、やっぱり一番上手いのは当然ながらおやじ殿だ。


「なるほど……さぞお強いのでしょうな」

「強いよ。俺の知る限り最強の剣士だから」


 俺がここまで断定口調で話すことはあまりない。元々そんなに自信満々になるタイプでもないし。

 だが、ことおやじ殿の強さという点で言えば俺は断言出来る。あの人が一番強い。アリューシアも強いしヘンブリッツ君も強いが、その二人だって一対一ではおやじ殿に勝てないだろう。


「と言うことは、ベリル殿よりも……」

「うん、強いね」

「そんなにっすか……なんかちょっと怖くなってきたっす」

「はは、剣以外はちゃらんぽらんな爺だよ。剣だけは厳しかったけどね」


 おやじ殿ははっきり言って、異常な強さを持っている。

 物心ついた時から剣に触れ始め、何年も何十年も俺なりに剣を修めようと努力し続けてきたが、それでも未だに勝てる気がまるでしないからな。


 事実俺は、あの人が一人の剣士として場に立った時に負けたところを見たことがない。

 弟子との模擬戦だろうが他流試合だろうが道場破りだろうが、おやじ殿は常に圧勝してきた。下手したら、まともに打ち込まれたところすら見たことがないんじゃないか。


 俺の知る限り、おやじ殿に勝てる可能性がありそうな人間は今のところルーシーだけだ。もしそうなったらバケモン対バケモンである。状況が許すのであれば、金を払ってでも見てみたい一戦だね。


 思えば、俺が歩む剣の道に限って言えば、その何歩も先には常におやじ殿が居た。俺だって昔と比べたら強くなっている自信はある。成長もきっとしていると思う。

 けれども、どれだけ他人に剣の腕を褒められようとも。俺の現在地の更に向こうにおやじ殿が居る以上、それを素直には受け取れないのだ。年老いた実の父親に一度も勝てぬまま、どうして剣の腕を誇れようか。そういう気持ちが、常に付き纏っている。


「……頂は遠いですな」

「それは同感だ。まだまだ精進しなきゃね」


 時々、おやじ殿にはどんな景色が見えているのか気になることはある。

 世界は広い。おやじ殿が世界最強であるとまでは流石に言わない。しかし、あの人に勝てる剣士がどんな剣技を扱うのか、今の俺には想像が付かないのもまた事実。

 けれどそれは、剣の頂を目指さなくなる理由には成り得ないのだ。俺もいつかはあの高みに到達したいと考えてはいるが、道のりは未だに遠そうであった。


「まあ、今は彼らの動きを見ようか」

「そうですね」


 話を落ち着かせ、視線を門下生たちに戻す。


 とりあえず、今日明日で戦力の見極めを行って、天候次第ではあるがそれ以降で山に入るか。

 サーベルボアはなんだかんだほぼ毎年しばいているから、大まかな場所は予測出来る。そもそも山に深く入るとこっちが危ない。俺、というかここに居る者は別に冒険者でも探検家でもないからな。ランドリドは元冒険者だけど。


 本来の目的が増えすぎて麓の村に悪影響のある群れを間引くことなので、むやみやたらに突っ込む必要はないし、多少規模が大きくても今回はこっちの戦力も多い。万が一をしっかり想定して臨めば大きな問題はないだろう。無論、油断は禁物だ。


「九! 十! ……よし、休憩!」

「はい!」


 おっと、型稽古が一段落ついたな。どうやらそのまま小休止に入る様子。

 元冒険者らしい、マージンを十分に取った練習内容だと思う。ぶっ続けでやっても大した効果は得られないし、何より暑いからな。道場の中で多数の人間が動いていれば流石に熱も篭る。


「お疲れ様。いいね、基本に忠実で堅実な稽古だと思うよ」

「恐縮です。まだまだ手探りの部分は多いですが……」

「立派にやれてるさ。もっと自信を持っていい」


 皆が休憩に入ったところでランドリドを労う。実際よく教えられていると思うし、俺が師範代として初めて道場に立った時よりも上手いんじゃないだろうか。やはり一線級の冒険者として活躍した腕と経験は大きいな。

 俺も今でこそ剣の指導には一家言あるけれども、最初なんて本当に手探りだったからなあ。おやじ殿の教え方を見ていたとはいえ、見るのとやるのとでは雲泥の差がある。今の教え方を確立するまでは随分と道を彷徨ったものだ。


「ランドリドも、水分補給はしっかりね」

「はい、心得ております。夏の熱気は体力と精神力を急速に奪いますから」

「ははは、凄腕の冒険者には要らぬお節介だったかな」


 プラチナムランクの冒険者ともなれば、険しい自然環境に身を投じることもあっただろう。その辺りは多分俺よりも遥かに経験値が高い。これは余計なお世話だったかもしれないな。


「……正直、どう思う?」


 話題を変え、あえて濁した聞き方をしてみる。


「……素質はどうあれ今日での実力で見れば、いいところ数人でしょう」

「やっぱりそれくらいか……」


 ランドリドが顔色は変えずに、しかしやや渋い口調で応じた。

 俺とて叶うことであれば、うちの門下生全員に日の目を見させてやりたい。だがそれは土台不可能だ。個人個人で才能の量も残された伸びしろも違う以上、実戦に耐え得る力を持てる者は自ずと限られてくる。

 無論、全員が全員バリバリに戦うことを望んでいるわけではない。護身程度に剣を嗜むことが目的の子だって結構な割合で居る。

 しかしながら、戦うことを目的とした全員が戦えるようになるとは限らない。こればかりは俺の力では如何ともしがたいことだ。


「どうにも、ままならないねえ」


 剣の道に進みたい。一旗揚げたい。強くなりたい。そう言った強い志を持ちながら、それでも才能と身体が付いてこない子はどうしても出てくる。

 よしんば才能が眠っていたとしても、人生の中で開花が間に合わない子だって沢山居る。高い素質を持っていたクルニを、門下生時代にサーベルボアの討伐には連れて行けなかったように。

 いっそのこと魔術師みたいに、才能の多寡で全てが決まる世界だったら幾らか割り切ることが出来たかもしれない。でも、剣を振るのは誰にだって出来てしまうから。


 まあ一方で、アリューシアのような天才がぽんぽん出てきてもそれはそれで困るんだけどね。あれが平均値となった世界など、恐ろしくて想像もしたくない。


「我々には真摯に教え、向き合うくらいしか出来ないのかもしれませんね」

「はは、違いない」


 ランドリドが紡いだ言葉に、思わず肯定せざるを得なかった。この辺りの考え方は流石と言うべきか。幾人もの冒険者を見てきたランドリドが言うと説得力も感じさせる。

 そう、教える側が才能を足切りにしてはいけない。それは剣を志す者への侮辱にも等しい。俺たちに出来ることと言えば、出来る限り一人ひとりに向き合うことだ。その過程で、本人の夢と現状をすり合わせていくしかない。


「では、そろそろ再開します。皆ー! 休憩終わりー!」

「はーい!」


 しばしの休憩を挟んだ後、ランドリドが門下生に声をかけて稽古を再開させていく。


 今道場に居るうちの何人が果たして大成し、また何人が剣の道を諦めるのか、それは分からない。しかし今後少なくともしばらくは、それを見届ける役目は俺でなくランドリドになる。

 レベリオ騎士団の特別指南役というお務めは、世間一般の認識で言えば大変に誇らしい仕事なのだろう。それは分かる。俺もなんだかんだで楽しませてもらっているし、選び抜かれた騎士たちを更に鍛え上げていくのは道場では味わえない感覚だ。充実感もある。


 それでも、やっぱり。

 一から見てきた弟子たちの辿り着く先を、僅かでも自分の目で見られないということには。

 ほんの少しだけの悔しさが募るのだ。


「この道場からまた、将来の騎士が生まれるやもしれませんな。そう考えると楽しみな気持ちも湧いてきます」

「……ああ、そうだね」


 道場を離れて、そして再び戻ってきて初めて湧き上がる僅かな感情。

 こいつの巧い落としどころというのは、中々見つかりそうになかった。

コミックス第3巻がいよいよ明日3/20に発売です。

よろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 書籍のおまけで、技は下だろうけど肉体スペックなら今より上と思われる青年期のおっさんを軽くあしらって 一撃も当てたことがないってくらいに出鱈目だからなぁ、親父殿...
[一言] コミックス3巻のクルニが可愛いですね。
[一言] コミックス第3巻買いました、おっさんの行動にちょっと困惑
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