第141話 片田舎のおっさん、首都を発つ
「えっと……クルニ?」
「はいっす!」
いや、はいっすじゃないが。
今やすっかり愛用となったツヴァイヘンダーを抱え、その上からばっちりと旅荷物を背負った彼女に思わず閉口してしまった。
俺はビデン村に帰るということを、アリューシアとヘンブリッツ君の二人にしか伝えていない。無論、他の騎士への伝達はどこかのタイミングであったのだろうが、それにしたっていきなり帰省に付いて来ようとするのはちょっとおじさんどうかと思うぞ。
「……ヘンブリッツ君?」
となると、情報の出口は自然と団長か副団長かのどちらかになる。そのうちの一人、クルニが付いてくることになった原因に対して絶対に情報を持っている彼に聞くしかない。
「……すみません、押し切られました」
「えぇ……」
押し切られたって何さ。
まあ彼の申し訳なさそうな表情を見る限り、少なくとも積極的にクルニを連れてきたというわけではなさそうだ。結局のところ、俺が不在になるというのはどこかで明らかになることで、今回は運とタイミングが色々と悪かった、ということなのかもしれない。
しかし、これが俺一人なら最悪それでもよかったものの、今回はミュイが一緒に居るので少し状況が違う。
いやクルニだって悪い子じゃないし間違いなく良い子ではあるんだが、その性格からしてミュイと真反対に位置するのがクルニという騎士である。
「……」
思わず横を見てみると予想通りと言うか、ミュイがなんだこいつみたいな顔をしていた。その気持ちはよく分かるよ。俺にもよく分かってないんだから。
「と、とりあえず紹介しておこうか。彼女がミュイ。書類上は俺が後見人ってことになってる」
「……ども」
クルニが居ることに疑問を差し挟むのもいいが、ミュイを話の除け者にするわけにもいかず。とりあえず二人に挨拶をさせる。
俺の紹介を受けた彼女は、やっぱり初対面の人間に対しては少し緊張するのか、一言だけ発するにとどまった。
「お名前は伺っています。レベリオ騎士団副団長、ヘンブリッツ・ドラウトです」
「レベリオ騎士団騎士、クルニ・クルーシエルっす。よろしくっす!」
そんな彼女に対し、二人は相手を子供と侮ることなく丁寧に挨拶を返してくれた。
対するミュイの反応は、表情を見る限りだと微妙だ。いきなり嫌うところまではいってないものの、まだ好意的にはとても見れない、そんな感じ。
そしてクルニはよろしくじゃないんだよ。面識を持つこと自体は何も問題ないんだけど、こいつ完全に付いて来る気でいやがるな。
「それで……なんでクルニが居るんだ?」
互いに挨拶も終えたところで、本題を切り出す。どうしてクルニがここに居るのかという話である。
彼女は確かに俺の元弟子だが、実際に道場に居たのは約二年ほどと、そこまで長くはない。教えている途中でレベリオ騎士団の入団試験を受けに行き、そして合格したためだ。
勿論、特別指南役として再び彼女と縁が紡がれたのは素直に喜ばしいことだが、それはそれこれはこれ。そもそも、騎士団入りを熱望していたクルニがその夢を叶えた今、わざわざビデン村への帰省に付いて来る理由がいまいち読めないのである。
「うっ……。ご迷惑なのは、承知の上っす……」
俺の問いかけを受けたクルニは、ヘンブリッツ君以上に申し訳なさそうな表情を見せる。ただ、その目の光までは俯いていなかった。
「でも、今の自分がどこまで成長したのか、どうしても気になるんす。私が道場に居た頃は……サーベルボアとは戦えなかったっすから」
「……ふむ」
出てきた答えはとても騎士らしい、もっと言えば剣士らしい理由だった。
確かにクルニを、ほぼ毎年現れるサーベルボアの群れ退治に連れて行ったことがない。素質こそあったがまだまだ発展途上だったし、その当時は経験を積める利点よりも、彼女を危険に晒してしまうリスクを避けた。
その間に彼女はレベリオ騎士団の入団試験にいつの間にか合格し、村の道場を離れた。
レベリオの騎士として、一端の剣士として、自分の力がどこまで通用するのか。そして、過去の自分と比べてどこまで成長したのか。それを知りたいという欲は実によく理解出来る。
加えて彼女は、最近ツヴァイヘンダーを手にしてから頓に成長著しい。エヴァンスとの打ち合いでも滅多に負けなくなっていることから、技術が向上していることは間違いないだろう。
その成果を実感する手段としてサーベルボアの群れの対処というのは、まあ一応論理の筋として通ってはいる。それを了承するかどうかはまた別の話だが。
「……理由は分かった。けれど、事前の相談もなしにいきなり押しかけるのはいただけない。俺は騎士じゃないけど、それでも騎士の模範足り得るとは言えないだろう」
「うぐっ……はいっす……」
まずは至極真っ当な突っ込みから入れておく。
騎士たちへの周知が突然で、俺に伺いを立てる時間的余裕がなかった、という側面は確かにあるかもしれない。だからと言って、いきなりやってきて一緒に連れて行ってくださいはどう考えても都合が良すぎる。
「ヘンブリッツ君も、押し切られたという理由だけでは弱いと思う。君は上司なんだから、毅然とした態度を取って対応するか、最低でも俺に報告はあって然るべきじゃないかな」
「はっ。……返す言葉もございません」
加えて、ヘンブリッツ君が取った行動もあまりよろしくない。
部下の失態は上司の責任である。クルニのこの行動を明確に失態というにはどうかという疑問は残るにしても、自分勝手な行動を知っておきながら諫めなかった副団長にも多少なり責任はあるだろう。
「つまり俺は今、ほんの少しだけ怒っています」
「はい……」
続く俺の言葉に、二人はしょんぼりと頭を下げた。
勿論、ここで折檻してやろうとか、怒鳴りつけてやろうだとかそういうつもりは一切ない。俺自身言葉にはしたが別にそれほど怒っているわけでもないし、その内容もまた声を荒げて糾弾するまでもない些事である。
しかしながら、けじめは必要だ。
確かに俺はビデン村からの手紙で一時地元に帰ることを決めた。中々に突然の出来事だったし、そのために書類やスケジュールを調整してくれた騎士団への義理もある。
けれどそれはアリューシアが大丈夫だと認めた以上、騎士団が認可した行動に当たる。そこに事前の交渉があったヘンブリッツ君はともかく、クルニが勝手に付いて来ることには一言物申しておかなければならない気がするのだ。
「なので、今後そのような勢いだけでの行動は慎むように。俺からは以上」
「は、はい!」
また前述した通り、これは尾を引っ張ってぐちぐち言う問題の話でもない。
叱る時はその原因と改善要望を出来るだけ短くまとめた上で、長引かせないことが大事だ。これが一期一会なら口酸っぱく言ってもいいのかもしれないが、彼らとは今後とも長い付き合いになる予定である。
そしてたとえそれがポーズであっても、起こした行動に対してどう思っているかを伝える必要性もある。
叙任を受けた騎士である以上、ルールとモラルの両方をしっかりと守ってもらいたいからね。
まあそれ以前に人影が疎らとは言え、名高いレベリオの騎士を往来で叱るというのはかなり外面的に辛い。よって、こういうのは出来る限り手短に済ますに限るのだ。
「で、ヘンブリッツ君はいいとして、クルニが付いて来るかどうかだけど。ミュイはどう思う?」
「……えっ、アタシ?」
「うん」
ここで話の中心にミュイを放り込む。完全に外野を決め込んでいたであろう彼女は俺に話題を振られた途端、豆鉄砲を食らったような顔をしていた。
今回の帰省は俺もそうだがミュイも主役である。なので、彼女がならんと申すのであればそれはまかり通らない。決断を丸投げするわけじゃないが、それでもミュイが嫌だと言った者を俺の一存で連れて行きます、はやっぱり締まりが悪いのである。
「うぅ……お願いしますっす! ミュイちゃん!」
「……ちゃん付けはやめろ」
「じゃあミュイさん!」
どうやら彼女の一存で今後数週間の身の振り方が決まると察したクルニが、どうにか許可を貰えないかと頼み込んでいる。そしてミュイが嫌っているちゃん付けをしてしまったことで、少し好感度が下がっていた。
「別に……悪人じゃないんだろ?」
「そうだね。それは俺が保証しよう」
そもそも悪人がレベリオの騎士になれるわけがないが、その辺りを説明してもミュイはしっくりこないだろう。なので、俺の口から彼女の為人を保証しておくことにする。
「じゃあアタシは別にいいよ」
「ほんとっすか! ありがとうございますっす!」
あまり思考に時間をかけず、ミュイは思いの外あっさりとクルニの同行を許した。
俺としても、彼女が駄々をこねさえしなければ連れて行ってあげてもいいかなとは考えていた。行動の順序によくない点はあったとしても、今の自分の実力を計りたいという気持ちは分かるからだ。
お姫様の許可も出たということで、これからビデン村に向かう人員としては俺、ミュイ、ヘンブリッツ、クルニの四人となる。当初の予定からは倍増してしまったが、まあ大丈夫だろう。実家は田舎なだけあってそれなりに広いし、寝泊まりする分には何も問題はない。
「ただし。クルニとヘンブリッツ君には滞在中、道場の掃除を手伝って貰います」
「はい! 分かりましたっす!」
「問題ありません。この度はご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした」
あとはまあ、一応罰と言うほどでもないが、勝手に付いて来ることになったクルニとそれを知りながら見逃したヘンブリッツ君には少しだけ働いてもらうとしよう。
彼らも俺がそれを告げた理由についてはっきりと理解している。別に道場の掃除くらい罰でもなんでもないけれど、感情的なしこりを残さない意味でも、こういう分かりやすいものはあってもいいだろう。
「そう言えば、四人に加えて荷物もあるけど、馬車は大丈夫かな」
「そこは問題ないかと。信頼のおける御者に依頼しておりますので」
「それはよかった」
ヘンブリッツ君に馬車の依頼を頼んだ時点では、頭数として三人の予定だった。しかしそこにクルニが加わることで、用意された馬車に乗り切らなかったらどうしようと思っていたんだけど、どうやらその心配はしなくてよいとのこと。
というかもしかして、馬車の手配がやたらと高額だったのはレベリオ騎士団御用達の馬車を用意したからでは? おじさんはちょっと訝しんだ。
「ヘンブリッツ・ドラウト様。お待たせ致しました」
「お、丁度来たようですな」
そんな思いを巡らせていると、どうやらお目当ての馬車が到着した様子。
「おぉ……」
現れたのは、四頭立ての立派なキャリッジ。貴族が好んで使いそうな華美な装飾こそないものの、四人と人数分の荷物を加えても十分快適に乗れるであろう大きさだ。明らかに安物ではない。
「どうぞ、ベリル殿とミュイ殿から」
「あ、ああ。そうさせてもらうよ」
思っていたものより数段豪華な馬車に面食らってしまったものの、いつまでも立ち呆けているわけにもいかないわけで。
段差でミュイが転んでしまわないように注意しながら、各々で馬車に乗り込む。座面もしっかりしていて、内装に関しても派手さはないが堅実に纏まっていた。あまり見た目が派手派手しいと俺もミュイも気疲れしてしまいそうなので、このチョイスは正しいように思えるね。
「では、参ります」
全員が乗り込んだことを確認し、やや年配の御者が合図を出す。
さてさて、久しぶりの里帰りだ。実家に着いたらそれはそれであまりゆっくりはしていられないだろうから、今はこの行程をのんびり楽しむとしよう。
ヘンブリッツ君が依頼した馬車はおじさんの想定より二ランクくらい上のやつです。
皆様明けましておめでとうございます。
本年もおっさん剣聖をよろしくお願いいたします。




