第135話 片田舎のおっさん、手紙を検める
封蝋を指で引っ掻き、中の手紙を抜き取る。
どうやら、枚数は全部で二枚。思った通りそう文章量があるわけでもなく、今このタイミングでさっと読めそうな感じであった。
「どれどれ……」
アリューシアに少し目配せをした後、内容を検める。
まず書かれていたのは、ひとまず元気そうでよかったという安堵の感情。おやじ殿の癖はあるが達筆な文字で、その言葉が綴られていた。
俺に子供は居ないが、きっと自分に子供が出来たら親元を離れた後もこうやって心配するんだろうな。ミュイが相手で一緒に暮らしていてもそうなんだから、血を分けた子供となると尚更そうなりそうである。
実際、アリューシアと定期的に交わしていた文でも、気になっていたのは彼女が元気にやっているかどうかだった。まあ彼女の場合は元気過ぎるくらいに現在進行形で活躍しているわけだけど。
「……やっぱり気になるよなあ……」
で、続いた言葉はミュイに関して。
これは流石に文面で一から十まで説明し切れるものではなかったため、かなり経緯を掻い摘んで結果を書いた記憶がある。
事情はどうあれ、四十五年間親元を離れずにいた年老いた雛が、いきなり他所の子供の面倒を見ることになったわけだから、親として気が気でないのはなんとなく分かる。とにかく詳しく説明しろ、という言葉が結構強めの文言で書かれていた。
おやじ殿からは、嫁を見つけるまで帰ってくるな、なんて言われたものの、たまの里帰りくらいは問題ないだろう。事実、ミュイに関する諸々は手紙だけではどうにも説明しづらい。ミュイも丁度魔術師学院が休みに入ったこともあって、タイミング的にも良さそうではある。
これは近いうちに一度ビデン村に一時帰省することも視野に入るな、なんて考えつつ二枚目をめくり、手紙の残りの文へと視線を進めると。
「……あぁ、そう言えばもうその季節だったか」
最後に綴られていたのは、都合が付くのなら一旦ビデン村に帰ってこいというもの。これに関してはそこまで強いものではなく、可能であれば、みたいな感じである。
そして更に、わざわざ首都へ放り出した俺を呼び戻す理由も、ミュイの存在があるからというだけの話ではなかった。
「何かありましたか?」
一通り手紙を読み終えたタイミングを見計らって、アリューシアが声を掛けてくる。
まあ、彼女になら話をしても何ら問題ない内容である。ミュイのことも知っているし、そもそも彼女はビデン村の元門下生だ。村の事情にも勿論精通している。
「ほとんど他愛のない話だね。見るかい?」
「……よいのですか?」
「少なくとも、アリューシアに見られて困ることは書いてないよ」
少し遠慮がちに答える彼女だが、言った通りアリューシアに見られて困る内容は何も書いていない。俺がビデン村を離れることになった理由も最初に話しているし、俺の置かれている状況も良く分かっている。
宛先こそ俺に宛てられているが、後半の内容に限って言うのであればこれは騎士団、もっと正確に言えばアリューシアに宛てたもの。
何故なら俺がビデン村に帰るということは、一定期間騎士団を空けるということだ。その権限は当然、騎士団長である彼女が握っている。
「……ではお言葉に甘えて、拝読します」
「どうぞ」
やや逡巡していた彼女だが、本当に見られて困ることが特に書いていないので、そのまま読んでくれと手紙を渡す。
別に口頭で説明してもいいっちゃいいんだけど、一応とはいえ俺は特別指南役という役目を国王から仰せつかっている。そんな俺を纏まった期間別の所に動かすためには、たとえ建前であろうと理由は必要だ。
その理由付けとして、本人から口頭で聞いたのでは、やや弱く感じる。通せはするだろうが、言伝ではない物証を付け加えた方が理屈としてはより通る。
まあ勿論、内容的にはたかだか俺が少し帰省するかもしれない、くらいのごく小さいことだ。それでも、レベリオ騎士団という地位も権威も力もある団体であるからこそ、そういう守備面はしっかりしておくに越したことはない。誰にどこからどう突っ込まれるか分かったもんじゃないしね。
「……なるほど」
そんなことを考えていると、アリューシアも手紙を読み終わったようで、その顔を上げる。
彼女の顔には、手紙を読んだ上での納得の表情が彩られていた。
「思い返せば、あれは毎年この季節でしたね」
「そうそう。だから向こうとしても人手が欲しいんだろうね」
おやじ殿がわざわざ俺を呼び返そうとした理由について、当然のことながらアリューシアにも当たりはついている。
年に一度。大体初夏から晩夏の間。つまり、今の時期とぴったり合致している。
言ってみれば一種のお祭りのようなものである。正確に言えば、毎年この時期にはとある現象に基づく狩りがあって、その余興みたいな感じで村が盛り上がる。
無論、ただお祭りがあるだけでは俺を呼び戻す理由として小さい。
つまり、その狩りにそれなりの戦力が必要だということだ。
「規模は……まだ流石に分かりませんか」
「そうだね。これから調査していくと思うよ」
俺はビデン村しか知らないが、多分辺境の村とかは大体こういうのがあるんじゃないかと思っている。
レベリス王国という国家が樹立してはいるものの、じゃあその統治下は全て安全なのかと問われれば、その実まったくそうではない。
とんでもない大物が出たとか、大災害が起きただとか、そういう事態になれば流石に騎士団や魔法師団も動く。場合によっては冒険者だって動くだろう。
しかし、騎士団の人員は有限だ。魔術師なんてもっと有限だし、騎士や魔術師より遥かに数の多い冒険者や王国守備隊だって、人的資源という意味で見れば有限である。然るに、対応する事件事象に対しては優先順位を付けていくしかない。
その優先順位を付けていく中で、まるで無視は出来ないが、さりとて国家の危機ほどではない程度の問題は、どんどん後回しにされていく。
別にそれが悪いと言うわけじゃない。誰にだって限界はあるし、その限界を見極めて最大限の効率を取りに行くのはどこの組織だってやっていること。
一方で、そういう微妙な位置付けの問題を身内だけで解決してきたからこそ、わざわざ高い金を出して騎士団や冒険者に依頼を出そうとはならないわけだ。
実際に俺が記憶している限りでは、ビデン村の狩りに外部の人間を大勢連れてきたことはない。時々傭兵や冒険者などの村への滞在と時期が重なって、もののついでみたいに手伝ってもらった、みたいなことはあるが、それくらいである。
「そんなわけで、出来れば二、三週間くらいちょっとお休みを頂きたいかな」
「構いませんよ。もとより特別指南役は、何も先生を縛ろうという目的ではありませんから」
「そりゃありがたい」
そしてその狩りに参加するため――ついでにミュイを実家に紹介するため――に申請した休みは、いとも簡単にあっけなく承認された。
いやまあ、この組織の最高権力者はアリューシアだから、彼女がうんと頷けばそれで大丈夫ではあるんだけどさ。何か書類とか書いた方がいいのかなくらいには思っていた。
「ただ一応、書類にサインだけして頂ければと」
「ああ、分かった」
と思っていたら、どうやらそういう書類があるらしい。
俺としても、勝手にさぼっているとも思われたくないしね。それくらいはやっぱりやっておくべきだろう。
「いつ頃発たれますか?」
「んー……とりあえずミュイに事情を説明してから考えるよ。今すぐってほどじゃないけど、遅くなりすぎても意味がない」
「分かりました」
俺が指南役の仕事を纏まった期間休むことについて、具体的にどういう手続きが必要になるのかは知らない。もしかしたら紙ペラ一枚の書類で済むかもしれないし、俺なんかでは想像出来ないような複雑な手順を踏むのかもしれない。
しかしどちらにせよ、アリューシアが分かりましたと言うのなら、それはそれで任せておいた方が良いということだ。
彼女は無理なお願いに分かりましたとは返さないし、彼女に無理なことはほとんどない、と思っている。他人に過剰な信頼を置くのはどうかとは思うが、まあアリューシアだしな、で大体何とかなってしまうのも彼女の凄いところである。
「団長、ベリル殿。おはようございます」
「やあ、おはようヘンブリッツ君」
「はい、おはようございます」
そんなやり取りを交わしていたら、騎士団の副団長であるヘンブリッツが修練場へと顔を覗かせた。
彼もアリューシアほどではないが、毎日忙しい。それでもほぼ欠かさず修練場に来ている辺り、その志の高さというものが窺い知れる。
彼の膂力というのは俺にもアリューシアにもない独自の強みだ。単純な腕力で対抗出来るのは恐らく、ぎりぎりでクルニくらいだろう。そのクルニだって、彼とまともに打ち合えばほとんど勝てない。
「あ、そうだ。ヘンブリッツ君にも言っておこうと思うんだけど」
「はい、なんでしょう」
折角騎士団のツートップが揃っていることだし、俺の帰省について一声かけておこう。いずれアリューシアから遠からず共有されるだろうが、騎士団の運営に関わる人間に早めに伝えておくに越したことはない。
「ちょっと地元の事情もあって、しばらく騎士団を離れることになりそうだから」
「……なるほど。期間はどの程度を御予定で?」
「多分、二、三週間くらいになると思う」
「承知致しました」
アリューシアもそうだけどヘンブリッツ君も話が早いな。十秒くらいで話が終わってしまったぞ。
別に根掘り葉掘り聞かれても問題のない内容ではあるけれど、こうやって俺の言葉を真っ直ぐ信頼してくれるのは実にありがたい。
特別指南役という肩書が作用しているところは多分にあるだろう。それでも組織を担う重役から信頼されるというのはありがたいものだ。別に悪さをしようなんて考えていないけどさ。
「里帰りは良いものです。私も時折、羽を伸ばしたくなります故」
「ああいや、別に理由はそれだけじゃないんだけどね」
「となると?」
感慨深そうに言葉を綴るヘンブリッツに、それだけじゃないよと付け加えておく。
そもそも俺は、嫁を見つけるまで帰ってくるなとおやじ殿に言われた身である。これが単純に地元で羽を伸ばしたくなったからなんとなく帰ってきた、などであれば即座に村から追い出されそうだ。あのおやじはそれくらいはやる。
「毎年この時期、村周辺にはサーベルボアの群れが出るんだ。そのためだね」
「サーベルボア……なるほど」
俺が理由を告げると、彼は得心がいったとばかりに頷く。
サーベルボア。
食用として広く知られているボアの亜種みたいなもんである。主な違いは、普通のボアに比べて非常に気性が荒いこと。獲物を突き刺すかの如く大きな牙が生えていること。その二つだ。
別にサーベルボアも食える。ボアと同じく身が引き締まっていてやや硬いが、まあまあ美味しい。あとついでに牙や毛皮なんかはそれなりの値で取引される。
しかし前述した特徴もあって、わざわざ狩ろうって人はそう多くない。
狩人として狙うには危険が大きすぎるし、その危険に見合った報酬があるかと言われれば微妙。時折冒険者ギルドに駆除の依頼が上がるそうだが、消化率はそこまで高くないという。昔、ビデン村に滞在していた冒険者が世間話の延長で愚痴っていた記憶が蘇る。
で、そういうそれなりに厄介ではあるが、とは言え大きな問題とまでは言いにくい……そんな事象は世間様からどんどん後回しにされていくわけだ。
結果、ビデン村のような小さい組織は問題の自己解決を迫られる。そして、幸か不幸かビデン村はこれまで自己解決出来ていた。
「とすれば、ベリル殿が一旦戻り群れの規模を調査、把握。然るのちに騎士団なり冒険者なりに依頼を出すという流れですな」
「えっ、違うよ?」
「違いますよ?」
「えっ」
おかしいな。
俺とアリューシア、そしてヘンブリッツ君とで認識の齟齬があるぞ。
一般的に想定される考え方や対処法としては、ヘンブリッツ君の方が正しいです。




