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片田舎のおっさん、剣聖になる ~ただの田舎の剣術師範だったのに、大成した弟子たちが俺を放ってくれない件~  作者: 佐賀崎しげる
第五章

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第134話 片田舎のおっさん、手紙を受け取る

「それじゃ、いってきます」

「ん。いってらっしゃい」


 早朝。玄関先でミュイとの挨拶を交わした後、今となっては随分と慣れ親しんだ新居を発つ。

 まあ新居と言っても実質はルーシーのお下がりなんだけども。こういうのは気の持ちようも大事なのだ。多分。


 俺としてもバルトレーンに来てからの宿暮らしを除けば、実家のビデン村以外で、しかも他人と生活するというのは初めての経験。

 今のところはこの奇妙な共同生活も上手くいっているが、そろそろ俺もミュイもこの環境に対し、心身ともに落ち着いてくる頃合いだ。変な諍いや不満が生まれないよう、今まで以上に気を配っていくべきだろう。


「うはぁ……今日はまた一段と暑いな……」


 それはそれとして。

 今日も朝から元気に降り注ぐ太陽の光に思わず目を細め、そしてちょっとした愚痴が出る。

 そう。暑いのである。つまり、夏である。


 レベリス王国は年間を通して比較的安定した気候だ。それは片田舎のビデン村であっても、首都のバルトレーンであってもあまり変わらない。

 気候が安定している故に、気温も比較的安定してはいる。しかしそれは何も年がら年中過ごしやすいというわけではなく、ちゃんと寒い時は寒いし暑い時は暑いのである。


 で、最近暑くなってきたなあと思っていたところ、本日は非常にお天気が良いわけだ。


 そんな暑さ寒さに負けないよう、俺も人並みには鍛えているつもりなんだけど、そういう耐性というものが年々落ちているような気もする。これが年を取るということか。

 その点を考えるとおやじ殿なんか凄いな。齢六十を超えても俺なんかより全然元気だ。あのようになりたいと志はあるものの、その道は未だに遠そうである。


「外でこれだと、真昼の修練場とかちょっとやばそうだな……」


 これから向かう先である騎士団庁舎の修練場のことを考える。


 王国中から才覚ある者を選び抜いたレベリオ騎士団の騎士たち。屈強であることは間違いない。

 されど、どこまで行っても所詮は人間。こう暑いと、その暑さにやられて倒れる人が出やしないかと少し心配になる。


 まあ、そうなる前に鍛錬を切り上げる判断を下すのも、指南役である俺やアリューシアの務めなんだけどさ。

 道場でも元気に跳ね回っていた子供がばったり倒れるなんてことは稀にあった。騎士たちは道場の子供に比べればその辺りの自制心というか、加減はしっかりしているだろうけれど、それでも武に熱心な者たちである。行き過ぎないようにちゃんと見ておかなければならない。


「ミュイもあまり身体が丈夫じゃなさそうだし、そこも要注意かなぁ」


 無論それは騎士たちに限らず、ミュイや魔術師学院で剣魔法科を学ぶ者も同様だ。


 一応今も、時々魔術師学院の方に顔を出してはいる。

 とは言っても、俺が当初頼まれて見ていた頃と比べて受講人数も随分増えたから、俺も全員の顔と名前が一致するかと問われれば結構怪しい。多分ぱっと出てくるのはそれこそ最初の五人くらいだろう。

 これが毎日通っているとかなら覚えられるんだけど、顔を合わせる機会が少ないと覚える機会も少ない。そして忘れる機会が多い。


 で、その生徒たちは今何をしているかと言うと、お休みである。どうやら学院には夏期休暇と冬期休暇というものがあるらしい。羨ましい限りだ。


 いやまあ、道場時代にも休みの日は設けていたし、なんなら俺が道場主なわけだから、休もうと思えばいくらでも休めた。

 騎士団での指南役だって、俺が好きでほぼ毎日顔を出しているだけであって、こちらも同じく休もうと思えば休めるだろう。


 ただ結局、必要以上に休んだ後というのは自分が思っている以上に身体が動かない。なんだか折角地道に積み上げてきたものが一瞬で崩れ落ちそうな気がしてしまい、今までの人生で休みを謳歌したという経験があまりない。小さい頃はそれこそ無我夢中で剣を振っていたわけだし。


 そんなわけで、ミュイは今お休みの真っただ中である。だもんで、彼女からいってらっしゃいの声を受けて家を出る、というのは結構貴重な経験だったりする。ちょっと背中がむず痒くもあるけれど。

 誰かに見送られながら家を出るというのも悪くないものだ。普通はこれが嫁さんだったり自分の子供だったりするんだろうが、生憎とそんな生活とはまだまだ縁が遠そうである。


「おはようございます。暑いですねえ」

「やあベリルさん。いやはや、すっかり夏ですな」


 そんなことを考えながら歩いていると、騎士団庁舎の正門前へと辿り着く。

 今日も今日とて立派にお務めを果たしている王国守備隊の方々とご挨拶。流石に彼らは暑いからといって休むわけにもいかない。本当にご苦労様です。


 挨拶を交わした守備隊の人は笑顔で応対してくれたものの、額にはじんわりと汗が浮かんでいた。街の治安を守る人が軽装というわけにもいかんだろうし、俺なんかよりもかなり暑さを感じているだろう。


「本日も稽古ですかな。水分補給もお忘れなく」

「ありがとうございます。そちらこそお気をつけて」


 すれ違いざま労いを頂き、いつもの様に庁舎の中へと入る。

 うん、直射日光に当たらないだけで大分マシではあるな。特に騎士団庁舎ともなると建物自体が広く大きいため、風通しもそこそこに良い。空気が篭るとそれだけでヤバい暑さになるからな。家の窓も夏の間はしっかり開けておかねば。


「よいしょ、と。やってるね」


 庁舎の中を抜けて、修練場へ。

 早朝にも関わらず、そこそこの人数が各々訓練に精を出していた。こう暑いとついつい怠けたくもなるものだが、志の高い騎士たちにそういう気持ちはなさそうで何よりだ。


 ちなみに割と細かいことだが、庁舎の修練場に向かうには敷地内の中庭を通らなきゃいけない。その関係上、外から訓練の風景は見えないようになっている。

 防犯上の理由とか外交上の理由とか、まあ色々とあるらしい。俺としては折角頑張っているところなんだから、市井の皆様に見せてもいいんじゃないかなとは思うものの、これはあくまで小市民である俺の意見だ。それでもなお、秘匿する価値と理由があるということだろう。


「先生。おはようございます」

「やあ、おはようアリューシア」


 修練場に顔を出したところで、騎士団長であるアリューシアから声を掛けられる。

 相変わらず涼しい表情をしているが、やっぱり暑いものは暑いらしい。正門を守っている守備隊の方々と同じく、その額には運動からではないじんわりとした汗が浮かんでいた。


 こういうところを見ると、失礼だとは思うが彼女も一人の人間なのだなと感じる。

 うちの道場に居た頃はもっと感情豊かで幼かったはずなんだけどな。今ではすっかり成熟した一人の女性、の域を少し飛び越えたところに居る気がしてならない。


「すっかり暑くなったけど、皆は相変わらずだね」

「ええ。こまめな休憩と水分補給は徹底させています」

「流石」


 そんな彼女は暑さ、もっと言えば気候や天候が、戦う人間のコンディションにどう影響し得るかをよく心得ている。


 時たまぶっ倒れたり、動けなくなったりするのを根性が足らんだとか言うふざけた指導者がいるが、俺からしたらそんなもん教える側の無知と怠慢だと言わざるを得ない。

 人間には各々閾値こそ多少異なるものの、はっきりとした限界というものがある。その限界を一度超えてしまえば、どんな達人も動けなくなるのだ。


 当然それは、普段から鍛え上げられているレベリオの騎士であっても同様である。無論騎士たるもの、限界を超えて頑張らなければならない時はあるだろう。だがそれは少なくとも、訓練の時ではない。


「しかし、早朝からアリューシアが居るのは少し珍しいね」

「先生に特別指南役をお任せしてからは、業務に集中出来ておりますので」

「それは何より」


 アリューシアは、騎士団長の職位と騎士団付き指南役の職位を兼任している。レベリス王国の騎士団長ともなればただでさえ忙しいはずなのに、それに加えて部下たちの鍛錬も見るとなると、彼女以外の人間にはとてもじゃないがこなせない激務となる。

 俺なんかの頑張りで彼女の負担が少しでも軽減されるのなら、それは喜ばしいことだ。彼女は国の至宝と言っても過言ではないくらいに文武両道だからね。


「それと、本日は先生にお渡しするものがあります」

「うん?」


 そして、そんな彼女は俺が指南役として就くことになってから、俺が教える時は修練場に顔を出す頻度を減らしたらしい。言った通り、本来の職務に集中出来ているということだろう。

 だが、今日敢えて俺と顔を出すタイミングを合わせたのは、どうやら何か渡すものがあるという理由らしかった。


 当然と言えば当然だが、心当たりは何一つない。

 特段プレゼントなどを貰う理由もないし、逆に騎士団や王族から何かを下賜される理由もない、はず。


「こちらです」


 一体何が出てくるのだろうかと思いを馳せていた俺の前に差し出されたのは、掌からやや飛び出す程度の大きさの封筒であった。


「……手紙?」

「はい。ビデン村からのようです」

「あぁー……」


 言われて思い出した。

 そう言えば、ミュイとともに暮らすようになった時、近況報告も兼ねて実家に宛てて手紙を書いたんだった。こちらに来てから色々と立て込んでいた所為で、出したことすらすっかり忘れていた。手紙が返ってくることを想定していなかったとも言う。


「検閲は?」

「特には。差出人と宛先から不要と判断しました」

「そうか」


 しばし手の上で転がしてみるが、彼女の言う通り封蝋を開けた跡はなかった。


 これが俺の手に直接渡っていたのなら特に問題はないのだが、宛先が俺とは言えど騎士団庁舎に届いた以上、その管轄はアリューシアとなる。俺の身分にしても騎士団預かりだしね。

 彼女は相応の事情と理由があれば、こういう郵便物への検査も可能だ。まあ、今回はそれを発揮しなかったらしい。ほぼ間違いなく、別に見られても問題ない他愛もない内容だろうけど。


「ふむ。気になるしここで開けちゃうか」


 しかしそれは、内容が気にならないというわけでもない。

 ビデン村の道場に居た時も、アリューシアと文の交換はしていた。だが、当時はまさか自分が地元から離れるとは思ってもいなかったし、実家から手紙が送られてくるのも当然ながら初めてだ。


 封筒の厚みから見ても、そう何枚も手紙が入っているとは思えない。内容が気になって稽古に身が入らなくなる可能性を考えると、さっさとここで中身を検めてしまった方がいいだろう。


「さてさて」


 一体何が書かれていることやら。

 未だ嫁どころか恋仲すら微塵も気配がない俺に対する不満や愚痴でないことを祈るばかりだ。

第五章開始となります。

今後とも末永くお付き合い頂けますと幸いです。

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― 新着の感想 ―
いつも楽しく読ませてもらってます。この第5章が好きです。いつか逆に両親が首都観光にくる話も読んでみたいですw
[一言] 「だもんで」という静岡近辺の言葉がいきなり出てきてちょっと興奮した
[気になる点] 今まで出てきたお嫁さん候補はみんな「いってらっしゃい」って見送るタイプではないよなーなどと
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