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片田舎のおっさん、剣聖になる ~ただの田舎の剣術師範だったのに、大成した弟子たちが俺を放ってくれない件~  作者: 佐賀崎しげる
第一章

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第13話 アリューシア・シトラス

 ――やはり、先生は凄い。

 ヘンブリッツの言いがかりから突然始まった模擬戦ではあるが、かえって幸いだった。こうして先生の強さを皆の前で披露することが出来たのだから。


「流石の御手前でした、先生」

「ああ、ありがとうアリューシア」


 十分もの長時間、打ち合いを演じた先生を労わるべくタオル片手に近付く。

 先生は大粒の汗をかいてはいたものの、その息遣いに荒さはなく。体力的にもまだまだ動けることを感じさせる。

 対するヘンブリッツは肩で息をしているというのに。



 打ち合いは、ほぼ一方的な展開だった。

 先生に一つの被弾もないのに「ほぼ」と評したのは、先生が徹底して後の先を取りに行っていたからだ。先生の強みを考えれば、そのスタイルは不思議ではない。


 最初の胴打ちから次の袈裟切り、その後の打ち合い。

 それら全てを、先生は()()()()()()()()()()()()



 この人は、反応速度と動体視力の域が常人のそれではない。

 他の技術も十分に高いレベルだが、その二点は明らかに常軌を逸している。

 私でもあそこまで完璧に後の先を取り続けるのは不可能だ。


 それを涼しい顔してやり遂げる天才。

 それがベリル・ガーデナントという傑物だった。


「けど、何とか俺が教えられることもありそうでよかったよ」

「またご謙遜を。先生から学ぶことは皆、数多くあります」


 だがその本人はどうにも謙虚と言うか、自分の強さを自覚していない節がある。

 このレベルに達している人物が自分を「まあまあ」程度の剣士と思い込んでいることはいっそ滑稽でもあるが、私はそれを敢えて突かない。


 強さを鼻にかけるでもなく、慇懃無礼でもなく。 

 自身の強さに自分で折り合いをつけ、自然体を保てる姿もまた好感が持てると考えているからだ。



 まだまだ、先生には教わることが多い。

 それは、餞別の剣を賜った時から変わっていない気持ちだった。




 ◇




「アリューシア。これを君に渡したいと思う」

「これは……?」


 ――それは、何年前の出来事だったか。

 随分と昔のことのように思えるし、昨日のことのようにも思える。


 先生の下で剣を学んで四年。

 自分でも驚くほど、日に日に強くなっていることが分かった。


 でも、それでも届かない。あの頂にはまだ届かない。

 すべてを見通す剣。

 極限まで無駄を削ぎ落とした動き。

 究極ともいえる自然体を体現した構え。


 私程度が先生の域に到達するにはまだまだ不足。


 そう思っていたのに。

 あの日私に手渡されたのは、免許皆伝を意味する餞別の剣だった。


「君は十分に強くなった。俺が教えられることはもうないよ」

「そんな、先生! 私はまだ……!」


 認められたのは素直に嬉しい。

 しかし現状の実力に自身が満足しているかと問われれば、間違いなく否だった。私はまだ先生の足元にすら及んでいない。こんな体たらくで何が免許皆伝か。


「勿論、道場を離れるかどうかは君が決めていい。ただ、本当に俺が教えられることがほとんど残っていないんだ。それは理解してほしいな」

「…………」


 先生の声、そして表情からは若干の申し訳なさと、それでも真摯な姿勢が十分に伝わってきた。同時に、気付いてしまった。


 ああ、きっとこの人は、自分自身の力を分かっていないのだ。

 謙遜に謙遜を重ね、自分の底を決めつけてしまっている。

 先生の実力は言い方こそ悪いが、こんな田舎の剣術道場師範で収まるような器ではない。けれど、この限定された場所ではそれに気付くことすら許されなかった。


「……分かりました。謹んで、拝受致します」


 そうして、私はビデン村の道場を離れた。

 彼に、もっと相応しい場所を用意するために。


 その後、私の足は自然とレベリオ騎士団へと向かっていた。

 この国で一番の剣の道を示せる場所。

 私の思い付く限りでは、そこが最善だと思えたからだ。




「只今より、騎士団選抜試験、実技を開始する!」


 教官役と思われる騎士の厳しい声が響く。

 

 先ずは、候補生同士の模擬戦。そこから成績の良かったものが選抜され、更に教官との模擬戦。そうして実技の検定を終えていく。


 騎士団への入団は、私からすれば呆気ないものだった。

 誰も彼も、剣が遅すぎる。先生の方が三倍は速い。教官役と呼ばれている練達すらも、先生に比べれば倍以上、反応の速度が違った。


 先生の速度に慣れ、それが頂であると認識していた私にとって、ここは正しく路傍の通過点。苦戦などしようがなかった。


 結果。

 実技、筆記ともに満点で通過した私はビデン村を離れてすぐ、レベリオ騎士団の一員となった。


 そこから騎士団長の座に昇り詰めるまでは、まあそれなりに色々とあった。

 やはり国の直轄機関ともなれば、単純な剣の力でのし上がれるほど甘くはない。親が商人の出だったから、多少はそういう腹芸にも免疫があったのは幸いだった。






「……ふふ、相変わらずあの人は変わりませんね」


 返ってきた手紙を読み返しながら、一人耽る。

 ビデン村を離れてからも、私は定期的に先生へ文を飛ばしていた。主に私の現状を知って欲しいことと、繋がりを保っていたいという個人的な欲求から。


 そんな私にも彼は、しっかりと返事を寄越してくれる。浅ましく、そして重たい女だと思われていないか、それだけが若干の気がかりだ。

 文面を見る限りそう邪険には扱われていないはずだが、こればかりは本人に聞かないと分からない。聞く度胸も中々ないけれど。


 先生の謙遜っぷりは、私が卒業した後も変わっていないようだった。

 でも逆に、それでこそ先生だなとも思う。


 目を閉じて浮かぶのは、朗らかな微笑みを湛えながら剣を握る先生の姿。

 自然と、帯剣した鞘に指が伸びる。


「やっと、認可が下りましたよ、先生」


 もう少しだけ、待っていてください。

 今、貴方の実力に相応しい舞台を用意しますから。

ハイファン日間1位

ハイファン週間7位

総合日間2位

皆様の応援のおかげでここまでこれました! ありがとうございます!


今後ですが、休日は昼更新、平日は夜更新で進めていこうと考えています。

また、誤字報告も助かっています。読者の皆様には重ねてお礼申し上げます。

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― 新着の感想 ―
[一言] 三倍か。三倍っていうと赤い人だけど、まあ強さ比較の代名詞という感じで使ってるのかな? リアルで三倍速かったら既に人間じゃないし。
[良い点] やたら怒鳴ってキツいことさせりゃ強くなると思ってるバカ師範じゃなく きちんと教えるべきポイントを押さえて教えるタイプの師匠は 読んでてストレス無くていいです [気になる点] 言葉で、見える…
[良い点] 手を抜いてるわけでもない彼自身にさえ気づけない実力って何だろう。圧倒的な高い壁でも見たのだろうか。 [気になる点] 素晴らしい師匠には出会えたけど本人にとって最適な師匠ではなかったって事で…
感想一覧
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