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片田舎のおっさん、剣聖になる ~ただの田舎の剣術師範だったのに、大成した弟子たちが俺を放ってくれない件~  作者: 佐賀崎しげる
第四章

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第128話 片田舎のおっさん、乗り込む

「魔法が……?」

「ええ、幸いながら学舎から離れると先ほどのように使えるのですが……中では何故か、まったく」


 困り顔を浮かべながら、キネラさんが。

 魔法が使えない。それはまさしく一大事である。俺なんかではその原因や魔法の作用機序なんて分からないが、異常であることに変わりはない。

 あわせて、狼の影にここまで苦戦していた理由も納得する。大半の魔術師学院に勤める者にとって、唯一最大の攻撃手段である魔法が封じられたとしたら。それはもう、どうしようもないだろう。


「ちなみに、今までこのようなことは」

「ありません、一度も。それはフィッセルさんも同様かと」

「うん。調子の良し悪しはあるけど、使えなくなったことはない」


 一応聞いてみるが、まあ予想通りの答えであった。

 俺の身に例えてみれば、ある日突然剣が振れなくなった、というのと同義である。流石になんの前触れもなくそれが起こるのは明らかにおかしい。だが、実際にそのおかしいことが今目の前で起きてしまっている。


 逆に言えば、何か原因がなければそんなことは起きようがない。こんなことが自然的に発生するわけがないから、誰かが何かやらかしたと考えるのが妥当だが、さて。


「原因を探った方がよさそうですね……っとぉ!」

「賛成。魔法が使えないままは困る」


 こうして話している間も、影の襲撃は止まらない。

 襲い来る狼型のそれを斬り伏せながらの会話。このままじゃジリ貧だし、こんなのを放置して尻尾巻いて逃げるわけにもいかない。幸いながら対処自体は俺でも十分に出来そうなので、こいつらを蹴散らしながら学舎内を探ってみるか。


「俺が中に入って調べてみます。フィッセルはどうする?」

「私も行く。剣魔法が使えなくとも、先生に教わった剣術がある」

「心強い限りだ。でも無理はしないようにね」


 キネラさんも学舎の中に入らなければいつも通り魔法が使えるみたいだし、そうであればこの程度の相手に後れを取ることもないだろう。後顧の憂いがないというのは、結構心理的に助かるところである。


「……分かりました。生徒たちの保護はお任せください」

「はい。そちらは頼みます」


 魔術師学院の学生は多かれ少なかれ魔法の心得がある者ばかりだ。数字上の戦力としては数えられるかもしれない。

 しかし、彼らのほとんどは実戦経験がない。いきなりこんな状況下で戦えというには些か無理がある。


 なので誰かが守らなきゃいけないわけだが、そこは先生方に期待させてもらうとしよう。

 それに、キネラさんなら上手くやってくれるだろうという何となくの信頼もある。これでも人を見る目はそれなりにあるつもりだからね。


「とりあえず蹴散らしながら中を一通り見て回る。それでいいかな」

「うん。問題ない」


 そうと決まれば突撃である。ここで待っていても事態は好転しそうにないから、さっさと突っ込むが吉というものだ。

 魔術師学院はかなり広いからな。今のところ学舎の外への被害は抑えられているようだが、これが外に広まるとなればちょっと洒落にならない。

 臨時とは言え講師になった以上は、生徒たちを守らねばならぬというもの。まあその立場がなくとも、一介の剣士として立ち会ってしまったからには見過ごせない状況なのだが。


 今回の目的は大きく二つ。

 この敵対的な影が出てきている原因を突き止めることと、突如魔法が使えなくなった原因を突き止めること。

 困ったことは、その両方とも原因に全く予測が付かないということだ。キネラさんやフィッセルもさっぱり分からないということだから、結果として虱潰しに叩いていくしかなくなる。


 ただし、今回の敵に関しては一つだけ利点がある。

 何故かは知らないが相手に耐久性がなく、得物の切れ味を気にする必要がない。

 つまり、刃毀れなどを気にせずに斬りまくれるということだ。これが人間や生きた獣相手ではそうもいかなくなるからね。


「よし、気合入れて行こうか」

「うん」

「お気をつけて! 私は寮を守ることに専念します!」


 キネラさんからの言葉を背に受け、いざ学舎内に突入。

 正面から走り込んでみると、早速何体かの影がこちらに気付いて襲い掛かってくるところであった。


「っと、早速か!」


 突っ込んできた影に一太刀を見舞う。続くフィッセルも魔法が使えない中、流麗と言っていい剣筋で複数の影を上手に相手取っていた。

 手合わせした時にも思ったけど綺麗で、それでいてかつ実戦的な剣だ。これなら背中を預けてもまったく問題はないだろう。


 斬り伏せた影が、その場で泡のように消える。

 何回か斬ってみて思ったけど、やっぱり物質的なものじゃないな。倒した後に死体が残らないってのは後の掃除をしなくて楽だな、なんて思いながら、また廊下の角から湧いてきた影を叩き斬る。


 それでも剣撃が効いているのは、相手がそういう性質なのか、それとも俺の持つ剣が特別なのか。フィッセルの持っている剣でも同じように倒せているところからして、多分前者かな。

 魔法が使えないのに魔法以外で倒せないとかだったらかなりヤバかった。


「影は一種類だけ、か……?」


 いくつか倒して気付いたこととしては、敵として湧いて出てくる影が今のところ狼型の一つしかないということ。

 野生の狼のような知性は感じられず、また連携も見られない。ただただ個別に敵を見つけては突っ込んできているということ。

 それと、こいつらは別に何もない空間から突如として現れるわけではなく、しっかりとどこかから生まれてこちらに突っ込んできているらしい、ということ。


 となると、恐らくだが。


「多分、親玉が居る」

「俺もそう思うね」


 どうやらフィッセルも俺と同様の仮説を立てたらしい。

 あまりこういうのには詳しくないが、こいつらは多分何かの眷属的なアレだ。召喚といってもいいかもしれん。


「魔法はやっぱり出せない感じかい?」

「うん……。魔力を練ろうとすると何かに邪魔される」


 フィッセルは未だ剣魔法を扱えず、純粋な剣技だけで対応していた。それでも俺と遜色ない動きが出来ているのは、普段から魔法に頼り過ぎない訓練と意識を積み重ねている結果だろう。


「となると、親玉の居そうな場所だけど……心当たりとかは?」

「んん……」


 このまま学舎内を全部探索し回ってもいいっちゃいいんだが、出来れば最低限の目星くらいは立てておきたい。それに俺は学院の中を全部知っているわけでもないからね。当てずっぽうに動いて無駄に体力と時間を消費するのも避けたいところだ。


「地下、とか……?」

「ふむ……」


 魔術師学院地下。

 確か、ブラウン教頭が近寄るなと言っていた場所。フィッセルもその地下に何があるのかは知らないらしい。

 気になると言えば気にはなるな。わざわざ近寄るなと忠告された場所に自分から出向くのもどうかと思うが、今は状況が状況だ。少しでも可能性があるならば探索先の候補に入れておくべきだろう。


「よし、とりあえずは地下を目指そう。当てが外れたらその時はその時で」

「分かった。地下はこっち」


 とりあえずの行先を定め、フィッセルの先導のもと学院の中を走り回る。


 遭遇する影を撃退し、進み、また出くわし、また倒す。

 何度かそれを繰り返してほぼ確信を抱いたのだが、やっぱりこいつらは無から生まれ出ているわけではなく、どこかに定められた拠点から出てきているということだ。

 その証拠に、地下へ向かうと決めてから、後ろから影に襲われていない。すべて前から出てきている。つまり、目的地から生まれている可能性が高い。


「どうやら、当たりを引いたかな?」


 地下への入り口は、学舎中央にある階段の横手にあった。やや奥まった場所に、大仰とも言える扉が聳えている。

 ただし、その圧力を感じるほどの扉は今は半開きになっており、特に破壊された様子もなかった。


「誰かが、先に入ったのか……?」

「普段は閉じられてる。鍵がどこにあるかは私も知らない」


 中からあの狼型の影が生まれて外に出てきたとしても、普通に考えたらこの扉はなんらかの形で損傷しているはずである。だって普段は閉じてるはずなんだから、あの影どもも出てこれないはずだ。

 しかし現実に、扉は開いている。破壊の跡がない以上は誰かが鍵を開けて、この地下に侵入したのは間違いないだろう。


 となると、誰かがどこかにある鍵を奪って地下に侵入したか。

 あるいは、鍵の保管場所を知っている人物がそれを持ち出して侵入したかのどちらか。


「……行ってみるしかないか」

「うん……」


 覚悟を決めて、扉の奥へと足を踏み入れる。

 ここから先はフィッセルもまったく知らない未知の領域。魔術師学院という立地上、そうヘンテコな地理ではないと思いたいが、学院内でも禁域とされている区画である。何が飛び出してきてもいいように心構えはしておくべきだろう。


 扉の先は思ったよりも広い通路といった感じで、下方向に向かう階段が緩やかに伸びている。先は見通せない。結構な深さがありそうだ。


「よっと」


 相変わらず散発的に襲ってくる影を一突き。

 通路の幅があまりないから、横や縦には剣を振れない。自然と突き主体になるわけで、ここは相手の知性のなさに助けられている。こっちを視認すると単純に襲い掛かってくるだけだから、慣れてしまった分戦闘というよりもはや作業に近くなっていた。


「先生、大丈夫?」

「ああ、この程度なら問題ないよ。念のため後ろに気を付けて」

「分かった」


 フィッセルとも横に並んで歩くわけにはいかないので、俺が前に出る形だ。まずないとは思うが、こんなところで挟撃なんてされたらたまったもんじゃない。背中は彼女に任せて慎重に進むとしよう。


「ん、また扉だ。開いてるね」


 こういう単調な道を進んでいるとどうにも時間感覚が狂う。長かったようにも短かったようにも思えるが、階段を降りた先、入り口とはまた趣の違った扉が現れた。

 質素かつ簡素な扉だ。かなりの年季も感じる。勝手な予想だけどこの扉が先で、入り口の重厚な扉が後に作られたような気がするな。それくらいは時代の差というか、そういうものを感じた。


「……部屋、か?」


 扉を潜った先は、先ほどまでの通路と違ってある程度の広さを持った空間になっている様子だった。

 少ないながら明かりが灯っているということは、ここは長らく単純に封印されていたわけではなく、誰かが通っていたものと思われる。その頻度や目的はまったく不明だが。


「……先生、あれ……」

「ん……」


 後方からフィッセルがぴょこんと部屋を覗く。その視線の先に何かを見つけ、彼女にしては珍しく驚愕の感情が色濃く出ている声を発した。


「ひ、ひひ……ッひひひひ……!」


 果たして中に居たのは。

 すすり泣くような声を断続的に小さく響かせながら、部屋の隅で膝から崩れ落ちている老人。


 魔術師学院教頭、ファウステス・ブラウンであった。

【速報】おじいちゃん、こわれる


本作のシリーズ累計が50万部を突破致しました。

ご購入いただいたすべての皆様に厚く御礼申し上げます。

今後とも御愛顧のほど、何卒よろしくお願い申し上げます。

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― 新着の感想 ―
コミカライズから読んでるけどだいぶ展開違うんだなぁ
[一言] たまたま知る機会があり現時点での最後まで読破したけど、面白い。 続きが気になる。 良い点、気になる点については物語が完結してからでないと正しく語れないと思っているけど、少なくとも気持ちよく読…
[良い点] 教頭無事生きてたようで何より 専門家だからこそやらかすことだってあるさ
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