第124話 片田舎のおっさん、成長を感じる
「おっ、良くなってきたじゃないか」
「そうでしょう! そうでしょう! とりゃー!」
キネラさんと思いがけぬランチをともにし、教会でイブロイからスフェンドヤードバニアの情勢を聞いた翌週。
随分と馴染んできた週一回の剣魔法科の講義に出、相も変わらず皆の剣筋を見ていたところ。
シンディをはじめ、割と皆の動きが良くなっていることに気付く。
勿論、今日一日でいきなり上手くなったわけではないだろう。剣術もそうだが、武術とか武芸とかいうのはいきなりどーんと上達したりはしない。すべては毎日の積み重ねがあってこそだ。
しかしながらどんな道筋であっても、明確な違いが分かるタイミング、というものも同時に存在する。俺が見る限りでは、それが今日の授業であった、ということだろう。
「自分なりのコツを掴んだのかな。いいことだ」
「えっへん!」
素直に褒めてみると、これまた素直な返事。
なんだかこの性格はクルニを思い出すな。持ち前の明るさといい無尽蔵の体力といい、結構似通っているところがあると思っている。
「……しゅっ!」
「はっ! はっ!」
「二人も大分安定してきたね。いい感じだ」
シンディから一旦目を離し、他の子たちの剣筋にも着目する。
うん、ルーマイトもネイジアも良い形が出来上がりつつあるな。ルーマイトは元々家でも剣術を少し習っていたようだし、ネイジアはこの面子の中だと身体つきが抜群に良い。二人とも素養と素質がそれぞれあるから、ちゃんとした指導を受ければ上達もそれなりに早いというものだ。
「……ふん」
「ミュイも上手くなってるよ。その調子」
「……ふんっ」
相変わらずこっちは素直じゃないが、剣は割と素直である。
ミュイはその性格とは裏腹に、扱う剣筋は結構癖がない。元々剣を扱うことをしてこなかったために、俺やフィッセルの教えを素直に吸収した結果だろうなと思う。
「よっ! ……ほっ!」
「おお、いいね。大分軸が安定してきた」
「……ふっ、この程度、こなして、みせますわ……! ぜぇ……」
同じくフレドーラも、拙いながら形が出来てきている。
しかし彼女は相変わらず体力がないなあ。こればっかりは長い時間をかけた基礎鍛錬が大事だから、現時点では何とも言い難いけれども、ここは継続的に頑張ってもらうしかなさそうだ。
彼女たち二人には、下地がない。真っ白な布と同じだ。
だからこそ、染まりやすい。その上でどれだけの才能が眠っているかはまだ未知数なものの、これから鍛錬を続けていけばどこまで行くのかな、と淡い期待と興味を持ってしまう程度には、教えている五人はそこそこ優秀に思えた。
「これも全部ベリル先生のおかげ」
「全部じゃないよ。彼らの努力と、勿論フィッセルの努力もあるさ」
「ぶい」
そんな俺たちのやり取りを横で聞いていたフィッセルが、すかさず俺を立ててくれる。
別にそこまでのヨイショは必要ないんだが、まあすべてを否定するわけにもいかない。適度に頂きつつ、ただしそれが俺の力だけではないことも合わせて伝えておく。
俺には多少なり、剣を教える方の才能があった。それは客観的にみても多分事実だろうとは思う。
けれど、どれだけ教える側が優れていても、教わる側に最低限の素養がなければ開花はない。その点で言えば、この五人は最低限以上には剣の素質があったと言える。
さらに言えば、彼らは俺が一から剣を教えたわけでもない。ルーマイトは家でも習っていたそうだから少し例外だとしても、他の四人はフィッセルが初めての師であるはず。
なので、彼らの成長はフィッセルの手柄でもあるのだ。
「この調子で反復練習していけば、基礎的な部分は問題ないと思うよ。この後はどうするのかな、フィッセル先生」
「ん……素振りに加えて、魔力の錬成を並行していくことにする」
「ふむ」
ここでなるほど、と同意出来ないのが魔法を使えない弊害だな。魔力の錬成と言われても、俺にはさっぱり分からない。
多分フィッセルの想定しているところで行けば、ここからが剣魔法の本領なのだろう。剣を振るだけではなく、振った剣に魔力を乗せて攻撃出来るようになるのがこの魔法の醍醐味だ。
「最近は基礎魔法の成績もいいからな。ベリルさん、あんたのおかげだ」
「あ、それは僕も同じです。なんだか集中力が以前と違う気がして」
「ははは、それはいいことだね。ありがとう」
ネイジアとルーマイトが素振りを一休みして、魔法について少し言及する。
どうやらこの講義が、彼らの成長に良い影響を齎しているらしい。そうであれば嬉しい限りだ。俺に魔法のことは分からないが、道を極めていくという過程においては剣術も魔法も同等であるはず。
その上での心構えや精神状態というものも、多少なり応用が利く、ということになるのかな。
「それに最近は、素振り千回とかの無茶も言われないからな」
「ほう?」
「むー」
続いて放たれたネイジアの言葉に、少し興味が躍る。
フィッセルはなんだかむくれている……というか、これは少し恥ずかしがっているのか? こういうところ、彼女もなんだかんだでまだ若いんだなあと思わせるね。
「ぜぇ……はぁ……。最近は、剣撃に魔力を乗せる方法も教わっていますのよ。内容は難しいですけれど……」
「へえ、そうなんだ」
息を整えたフレドーラが会話に入ってきた。
まあ俺が居る時にやってもらってもいいんだけど、そうすると俺が完全にただの置物になっちゃうからな。フィッセルの判断は妥当というものだろう。
週二回の剣魔法科の講義。
そのうち俺が居る時は剣術の動きと体力づくりを中心に行い、俺が居ない時――今まで通りフィッセルが講師をする時は、むやみやたらに剣を振らせるのではなく、剣魔法の使い方を教えるようになったということか。
じゃあ最初からそれをやればよかったじゃん、という突っ込みも出てきそうなところだが、これに関しては簡単に予測が立つ。
というのも、フィッセル自身が剣術と魔法、そしてそれを融合した剣魔法。いったいどうやって教えていけばいいのかを分かっていなかったのだろうと思う。
考えた結果、彼女は自分が習った通り……つまり、最初に剣術を叩き込んでから魔法を教えようとした。しかしながら、フィッセルは確かに俺の道場を卒業したが、教える側というのは初めての経験のはずである。
なのでとりあえず素振りをさせようという結論に達したのだろう。その様子を見てルーシーが「へったくそ」と言ってしまったのも、今思い返せば無理もない。彼女は魔法の達人だが、剣の達人ではないのだ。
まあ実際、フィッセルの教え方に問題がなかったと言えば嘘になる。だからこそ俺も様子を見て口を出そうと思ったわけだし。
けれど、この短い期間の中でフィッセルも自分なりに教え方や教える順序というものを考えるようになったようで。それは素直に喜ばしいことだ。
剣は俺が、魔法はフィッセルが。
そして肝心の剣の教え方は、俺のやり方を見て盗んでいる、ということだろう。
「難しくはない。私が出来るんだから皆出来る」
「それはちょっと難しいんじゃないかな……」
「フィッセル先生は優秀ですからそう言えるんですわ……」
フィッセルは確かに優秀だし天才と言ってもいいが、実践派かつ感覚派だからなあ。
そこら辺、理論立てて後輩たちに教えるというのはまだちょっと難しいのかもしれない。剣術も理論は大事だが、魔法はそれ以上に大事だろうしね。
「でも、気持ちの面で一本芯を持っておくのは大事……だと思う」
「そうだね。それはフィッセルの言う通り」
やり通す意思。折れない心。掲げた目標。憧れ。
別に内容は割と何でもいいが、そういうメンタルを支えるものってのは結構大事だ。俺だって、おやじ殿という身近かつ高い目標があったからこそ、幼少時から今日まで剣を振り続けてこれたわけだし。
今でも、その目標に追いつけている気は微塵もしないんだけどさ。あの人マジで強すぎると思う。
まあ俺の身の上話は別にいいや。今大事なのは、フィッセルがちゃんと教える側として考え、成長しているということ。
その成長が感じられただけでも、剣魔法科の臨時講師として赴いた価値があるというものだ。
「そろそろ、打ち込み稽古や掛かり稽古を取り入れてもいいかもしれないね」
「と言いますと?」
「要は組み打ち……実際に人を前にして振り合うことだね。ただ一人で剣を振って走ってばっかりじゃ、いい加減飽きるだろう?」
魔法にも色々あると思うが、少なくとも剣魔法は戦うための技術である。
ただのお飾りとして習得するならそれでもいいのかもしれないが、この五人はそこで止まることを望んでいないだろうしな。それに言った通り、どれだけ意欲的でもずっと同じことの繰り返しだけでは絶対に飽きが来る。
騎士団庁舎のように木人でもあればいいんだが、まさか魔術師学院に持ち込むわけにもいかんしなあ。
「そいつはいい。俄然楽しみになってきた」
この提案に、いの一番に食いついてきたのがネイジアであった。
彼は五人の中でも一番好戦的というか、武人らしさがある。
勿論、最初から好き勝手やらせると怪我や変な癖のもとになるから、型のような動きを繰り返してからにはなる。それでも、ただ中空に向かって剣を振り下ろすだけよりはよっぽど刺激にはなるはず。
「分かった。全員ぼこぼこにする」
「それはやめようね」
「……うー」
師としての強さを見せる分にはいいと思うけど、ぼこぼこはやめようねぼこぼこは。
ただまあこれは彼ら生徒だけでなく、フィッセルへの提案でもある。彼女はどこかぽやっとしているし、ことさら好戦的というわけでもないが、その本質は割と脳筋だ。
身体を動かす生徒たちを見ながら自分だけ監督に徹するのは、心身ともにやきもきしたことだろう。俺はほぼ毎日騎士団庁舎で身体を動かしているからいいんだけどね。魔法師団所属となると、そうもいかないだろうし。
「来週からは少しずつ、そういうののやり方も教えていこうか」
「うん」
当面の方向性を改めて確認したところで、今日はここら辺でお開きかな。
何度か教えていて分かったが、魔術師学院の講義は大体一回で一時間くらいである。その間隔であの鐘がなるから、教える側としても計画が立てやすくて助かる仕組みだ。
「お」
と思っていたら、丁度ゴォンと、講義の終わりを告げる鐘が鳴った。
地味に気になるんだけど、この音はどこから出ているんだろう。見える範囲ではそんなに大きな鐘や仕掛けのようなものは見当たらないんだが、これも魔法の力だったりするんだろうか。
「本日もありがとうございました」
「うん、お疲れ様」
「お疲れ様でした!」
ルーマイトのお礼を皮切りに、互いに終わりの挨拶を交わす。
うんうん、やっぱりこういうのも地味だけど大事だよな。何事にも礼節は必要だ。特に彼らは殺し合いをしに来ているわけじゃないからね。
「あ、そうだベリルさん、少しいいですか?」
「ん?」
さて、今日の出張も終わったし帰りはまた散策がてら歩いて家まで行こうかな、とか考えていたところ。ルーマイトから声を掛けられる。
なんだろう。剣術についての質問とかかな。彼はネイジアなどとはまた違った方向で勤勉さがある。気質で言えば、どちらかと言えば剣士というよりは魔術師向きだろう。
「今週末なんですが、お時間あったりしますか?」
「? まあ、空けようと思えば空けられるけど……何かあったかい?」
しかし出てきたのは、剣に関する質問ではなく予定の確認であった。
なんだろう。別にやることと言えば騎士団庁舎での鍛錬くらいだから、事前に予定さえ分かっていればアリューシアに言えば空けられるとは思うが。
俺の返答を受け取ったルーマイトは、少し声のトーンを落として続けた。
「シンディの誕生日なんです。それでちょっとしたお祝いをやるんですけど、ベリルさんにも来てもらえないかな、と」
「へえ、それはめでたい」
誕生日かあ。
おじさんもう四十五だから、年齢を重ねる日にそれほど思い入れもないんだけど、学生の身分となるとこれもまた大事なイベントだろう。
「でも、俺も参加しちゃっていいのかな」
「ええ、是非お願いします」
しかしながら、そんなお若い集団に俺みたいなおっさんが混じってしまっていいのだろうかという疑問も出てくる。
当然それを伝えてみれば、返ってきたのは肯定的な言葉であった。
いやまあ、誘われている時点でそれは察しろという話かもしれないが、それでも軽く三十程度は年が離れているのである。ちょっと遠慮がちになってしまうのも無理はないと思いたい。
「……ちなみにミュイも行く感じ?」
「…………断るのも悪いだろ……」
「ははは、そうだね」
どうやら仲間外れのような事態には陥っていないらしい。不器用ながらも、そして周りに支えられながらではあるが、少しずつ友好の輪を広げられているようでおじさんとしては何よりである。
「それじゃあ折角のお誘いだし、少しお邪魔させてもらおうかな」
「はい! 彼女も喜ぶと思います」
ふむ、そうと決まれば何かプレゼントでも考えておいた方がいいだろう。
まさかゲストとして呼ばれた年長者が、祝われる者に対して手ぶらで赴くわけにもいくまい。
とは言っても年頃の女の子、それも学生が喜びそうなものというのもぱっと思いつかない。あまり高額だったり貴重なものを渡すのもどうかと思うし、ここら辺は西区でもぶらつきながら考えてみるか。
「夕方から寮の食堂でやる予定って聞いた。案内は私がする」
「うん、頼むよ」
当たり前だが、フィッセルもお呼ばれしているようだ。まあ俺を呼んでフィッセルを呼ばないことになっても訳が分からんしなあ。
とりあえず当日はお言葉に甘えて、彼女の案内で寮に入らせてもらうことにしよう。こんなおっさんが夕刻に一人で学生寮にお邪魔しようとしたら、下手したら警備兵とかに捕まりそうで怖い。
「よし、じゃあ皆、次の講義に遅れないようにね」
「はい! では失礼します!」
俺の声掛けに、やや駆け足で去って行く生徒たち。
うーん、青春だなあ。学業に精を出し、友情を育み、成長していく。俺はおやじ殿やお袋から最低限の教養は教わったつもりだが、それでもこういった集団生活にはあまり縁がない。
道場での生活も集団には違いないが、別に弟子たちと生活を共にしていたわけではないのだ。
少しばかり羨ましい気持ちが芽生えつつ、ミュイもこの生活の中で心身ともに成長して欲しいと願いつつ。
今日の講義は終わりを告げる。
本作の書籍第4巻が先日重版出来と相成りました。
ご購入いただいた皆様ありがとうございます。