第12話 片田舎のおっさん、対峙する
夜にあげる予定でしたが、ランキングが嬉しかったので昼の更新にしました。
先ほどまで騒がしかった周囲の喧噪が、瞬く間に消える。
否、消えたのではなく、俺が閉ざしたのだ。
目と耳に入ってくる情報の標的はヘンブリッツのみ。
精神の波を水平に落ち着かせ、駆け出した相手を観察する。
うむ、いい気迫だ。
ただし、少しばかり逸りが見えるな。
「――カァッ!」
気合十分な威勢とともに、ヘンブリッツの踏み込みが入る。
んんー。上段突き、と見せかけてからの左胴打ち、かな。
悪くはない手だが、そう動くとどうしても前の足が出っぱなしになるんだよね。だから読まれたり躱されたりすると、今度は回避が難しい。
「――しっ!」
俺の読み通りに襲い来る木刀を、上から被せるように迎え撃つ。
後ろに退いて躱してもよかったが、そうすると仕切り直しになる。折角読みが当たったのだし格好いいところを見せておきたい。
その欲が、俺に迎撃を選択させた。
カンッと、木刀同士がぶつかり合う音が修練場に響く。
突きと違って払い打ちは出がかりを潰して力の方向を曲げてやればそこまで力は要らないから、かかる労力が少なくていいな。
上から被せた木刀をそのままくるりと小手先で回す。
相手の木刀を掬い取るように動かしてやれば力があらぬ方向へ抜けてしまい、結果ヘンブリッツ君は体勢を崩すって寸法よ。
「~~~~ッ!?」
おお、びっくりしているなあヘンブリッツ君。
だが残念、木刀は君の気持ちを待ってはくれないのである。
回した木刀の勢いを保ちながら、彼の首元へと一直線に奔らせる。
そのまま一撃、と行きたかったがここは寸止めだ。
別に彼を仕留める必要はないからな。それに今の角度とスピードで入ったら多分ヤバい。それくらいには読みも動きも上手く運べた打ち合いだった。
「うお、あれを返すのか……すげえな……」
「副団長の切り込みが見えてるのか……? 嘘だろ……」
む、いかん。上手く行ったからか、少し集中が解けてしまった。
雑音が耳に入る。これでは指南役失格もいいところだ。
改めて集中しなければ。
ここまで来て格好悪いところ見せたくないしね!
「――まだまだッ!」
寸止めの木刀を下ろすと、すぐさま突貫してくるヘンブリッツ。
大上段からの右袈裟切り、か。今度はパワーで押し込もうという魂胆だな。
しかしまたしても残念。
一直線に強い力というのは、横合いからの力にめっぽう弱いのである。
木刀を縦に添え、上からの力を受け流す。
鍔が無いため手を巻き添えにしないよう気を付けねばならない。ヘンブリッツの力も相当なものだから、流し方を間違えれば俺が被弾する。
「よ……あっ」
袈裟切りを流し、肩を入れ替えて木刀の持ち手側で打撃を繰り出す。
「ぅぶっ!?」
やべ。
寸止めのつもりが顎先にぶち当ててしまった。
ヘンブリッツの首が縦に跳ねる。
「す、すまない! 大丈夫かい?」
慌てて声を掛けるが、彼の眼はまだまだ闘志と熱意を保っており、それはまだこの模擬戦が終わらないことを暗示していた。
「――心配無用! 行きます!」
軽く首を回したヘンブリッツは、仕切り直しと言わんばかりに更に勢いを増して襲い掛かってくる。
うん、さっきよりも速い。
下段からの斬り上げ。
半歩退いて躱す。
更に踏み込み、返す刀で胴打ち。
木刀で防ぐ。
あ、また顔面が空いてるな。
いや、ここで同じ手を打つのは些か見栄えもよくない。
おっと、ここで回転斬りか。
悪くない連携、そして素晴らしいスピード。
じゃあ俺も失敬して、くるっとな。
「……ッ!?」
今の状態だと俺の視界からヘンブリッツの顔は覗けない。
彼が回っている一瞬の間に、俺も彼の後ろに回り込んだからだ。
だがそれでも、彼が驚いているだろうことは分かった。
だって剣が止まっているからね。
「一本」
がら空きとなった彼の後頭部へ木刀を下ろす。
「でっ!?」
コツン、と。硬質な音が響いた。
「……続けるかい?」
うーん、久々に好い手合いと戦えている実感が、俺の気分を僅かながら高揚させているのかもしれない。普段ならこんな問い掛け、決してしないだろうし。
「――無論!!」
返答と同時、四度ヘンブリッツが突貫してくる。
そうして俺とヘンブリッツは、都合十分ほどの打ち合いを演じた。
「……参り、ました……!」
肩で息をするヘンブリッツがついに膝をつき、悔しさに溢れた声で降参を告げる。
いやー、長かった。
普通打ち合いってこんなに長時間するもんじゃないからね。ヘンブリッツ君のスタミナに驚くばかりである。
でもまあ久々にいい運動になった。
何とか俺の面目も保てただろうし、悪くない結果だろう。
「す、すげえ……!」
「あの副団長が、一太刀も触れることが出来ずに……!?」
「なんだあの反応速度……」
集中を解いた途端、周囲の声が耳に溢れかえる。
いやいや、そんな驚くことじゃなかろうに。
事実、ヘンブリッツ君のスピードとパワーは大したものだった。
ただ少しばかり、動きが直線的だっただけである。俺はその隙を突いて、ちょっと横槍を入れただけに過ぎないのだ。特別なことは何もしていない。
「流石の御手前でした、先生」
「ああ、ありがとうアリューシア」
惜しみない賞賛に笑顔を乗せて、アリューシアが一言。
いつの間にか用意されていたタオルを受け取り、模擬戦で流した汗を拭う。
「ふふん。どうでしたかヘンブリッツ」
「……完敗です。よもやこれ程とは……ベリル殿にはとんだ失礼を」
「いや、俺は気にしてないよ。いきなりこんな男が現れては、そこに疑問を感じるのも尤もだと思う」
先程までの殺気は見事に霧散し、彼が俺を見る視線も変わったように感じる。
しかし、それ以上にアリューシアのドヤ顔が目立つ。
あんまりそういうのはやめて欲しい。俺が恥ずかしいわ。
「けど、何とか俺が教えられることもありそうでよかったよ」
「またご謙遜を。先生から学ぶことは皆、数多くあります」
話を逸らすために呟くと、すかさずアリューシアの反応が入る。
いや別に謙遜じゃないんだけどなあ。
俺はただちょっと剣術を嗜んでおり、常人よりも少し反応速度が速いだけのおっさんである。今回はヘンブリッツ君のスタイルと相性がよかっただけのこと。
それに、彼と俺とでは年齢の差、ひいては経験の差がある。こういう対人の駆け引きってのは一朝一夕で身に付くようなもんじゃないからね。
多分、俺が彼と同い年の時に彼と戦っていれば、結果はまた違っていただろう。
逆に言うと、俺とヘンブリッツ君の差ってのはそれくらいだ。
「皆も集まっておりますので、このまま指南を続けましょうか」
「うん、分かった」
先ほどの打ち合いから、ヘンブリッツ君以外からも俺を見る目が一気に変わったことが分かる。
うんうん、少なくとも懐疑的な視線が無くなるとやりやすくていいな。
中身は冴えないおっさんだが、俺だって邪険にされるよりは馴染んでくれた方がありがたい。それに、道場以外で剣を教えるというのも新鮮だ。
「さて、それじゃあ先ずは皆の剣の腕を見て回ろうか」
「ふふ、お手柔らかにお願いしますね、先生」
そう話しながら周りを眺めると、尊敬と畏怖、そして緊張の眼差しが俺を射抜く。
うーーん。疑念の視線はなくなったにしてもこれはちょっと。
「……では、皆もそれでいいかな?」
「は、はい!!」
「……そ、そんなに固まらなくてもいいからね?」
声を掛けてみると、正しくガチガチに固まった騎士たちの声が響く。
いやそこまで畏まらなくても。特別指南役とかいうポジションを頂いているとはいえ、俺はしがないおっさんやぞ。
……まあ、いいか。
そこら辺は仲良くやってれば、自然と解消されていくだろう。
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