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片田舎のおっさん、剣聖になる ~ただの田舎の剣術師範だったのに、大成した弟子たちが俺を放ってくれない件~  作者: 佐賀崎しげる
第四章

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第116話 片田舎のおっさん、肉を焼く

「やあバルデル、お邪魔するよ」

「おう先生。いらっしゃいませだぜ」


 フィッセルとともに魔術師学院へと赴いた翌日。

 俺は預けていた剣を受け取るため、午前の修練を終わらせた後にバルデル鍛冶屋へと立ち寄っていた。


「あの剣なら研ぎ終わってるぜ。ちょっと待ってな」

「ああ、うん。悪いね」


 俺の用件を手早く察知したバルデルは、それだけ言い残すとカウンターの奥へと消えていく。

 彼が剣を取りに行っている間、手狭ながら良質の武器が並べられている壁を眺めていた。


 何回か通って分かったのだが、バルデルの鍛冶屋は端的に言って大繁盛している、というほどではない。


 店もそんなに大きくないし、品揃えもめちゃくちゃ豊富というわけでもない。

 繁盛具合で言えば、アリューシアに連れられてバルトレーンに来た時に立ち寄った、レベリオ騎士団御用達の鍛冶屋の方がよっぽど客入りは良い。あそこは店も広いし品揃えも沢山あったし、何より試技場があった。


 しかし、じゃあこの鍛冶屋が売り上げに困窮しているかと問われれば、そうでもなさそうなのである。

 バルデルは鍛冶師ではあるが、元剣士でもある。残念ながらと言うか何と言うか、剣士としての腕自体はそこまで高いものではなかったが、剣を振れる鍛冶師、というだけで結構貴重な存在だ。


 結果、騎士団や守備隊というよりは、スレナのような冒険者に重宝されているらしかった。

 確かに画一的な装備を求められる団体さんよりは、個人個人の力量や技量、好みに合った武具を作れる冒険者の方が彼の強みは合っている気はする。


 一応バルデルも元弟子なもんで、食うに困っているほどだったらどうしようかなあ、なんて思っていたが、そんな心配は無用な様子であった。まあ本人も好きなことで飯が食えているのならそれでいいのだろう。

 逆にここは見習いや弟子を取っている気配はないし、見たところバルデル一人で回している。客が増えすぎてもそのニーズに応えられない、という側面もありそうだ。


「待たせたな先生」

「いや大丈夫。武器を眺めているだけでも楽しいものさ」

「そうかい。先生も剣を打ってみるか?」

「ははは、それは流石にね」


 バルデルから赤鞘の剣を受け取る。

 そのままの流れで剣を鞘から抜いてみると、窓から差し込む光にあてられて、仄かに煌めく赤い剣身がよく映えていた。


「うん、相変わらずいい仕事だ」

「まあな」


 初めてこの剣を手にした時と同じような艶。やはり研ぎに出したのは正解だったようで、新品同様の輝きをその剣は放っていた。


「そういや先生、スレナのやつも気にしてたぜ」

「そうか。もしまた訪ねてきたら、大変気に入っていると伝えてほしいかな」

「ああ、任された」


 バルトレーンに来てから再度紡がれた奇妙な縁によって手に入れた、ゼノ・グレイブル製の剣。未だに俺なんかには不相応じゃないか、という思いがなくなったわけではないものの、良いものはやはり良い。

 この剣の持ち主として恥ずかしくないよう、更なる研鑽に努めねばならないなと、気持ちも新たにされるものである。


「そう言えば、スレナは元気にしているかい」

「元気っぽいぜ。相変わらず飛び回ってるらしいけどな」

「それは何よりだ」


 普段から騎士団に居るアリューシアやクルニ、また魔法師団に所属しているフィッセルと違い、スレナは冒険者である。それも最高位のブラックランクだ。前述した子たちに比べると、如何に首都バルトレーンとは言え会える機会は格段に少ない。

 名うての冒険者となれば、仕事柄バルトレーンから離れることも多い。彼らの職務は国に紐づいていないからな。あくまで名目上はだが。


 まあ俺の道場で面倒を見ていた頃から二十年は経っているから、彼女もいい大人だ。今更俺が気に掛けることでもないが、こうやって再び縁が交わったのなら気になるというものである。


「それじゃ、邪魔したね」

「おう。また何かあったら遠慮なく言ってくれ」


 ゼノ・グレイブル製の剣を預けていた間、代わりに腰に差していた剣を返却して、店を発つ。

 うむ、やはりいつもの剣だと腰が落ち着くな。見た目は些か派手だが、もうこの剣の重量や重心に俺の身体が馴染んでしまっている。


「さて、と」


 今日やることは終わった。

 騎士団の鍛錬も恙なく終えたし、預けていた剣もこうして俺の手元に返ってきている。あとやることと言えば、家に帰ってミュイと食卓を囲むくらい。ただそうするには、少しばかりまだ日が高い。


「……食材の買い足しでもしておこうかな」


 家に向かおうとした足を、西区へと向ける。


 数日に一度、ミュイと一緒に西区まで出掛けて食材を買い込んではいるが、やはり育ち盛りの子供といい大人が一緒に住んでいれば、そこそこ以上に備蓄は減っていく。

 幸い金銭面では今のところ苦労していないので、ミュイにも人並み以上の生活は送らせてあげられているはずだ。

 元々俺が持っていた貯蓄と、特別指南役としての給料、イブロイから貰った金一封。そして恐らくだが、魔術師学院からも臨時講師代が出る見込みだ。まあ最後のやつは、良い意味であまりアテにはしていないが。


 イブロイからの謝礼は一時的なものだが、これだけ元手と収入があれば、大人一人と子供一人を養うくらいはわけない。幸い宿代からも解放されたし、ミュイが独り立ちするまではしっかりと面倒を見ていく所存である。


「……おっ、ブロック肉が安いじゃないか」


 お金回りのことを考えながら、西区の市場へと足を運ぶ。

 金に余裕があると言っても、それはイコール無駄遣いをしていいわけではない。無論、かけるべきところにかけるべきではあるが、逆に言えばかけずともいいところではしっかり節約していくのが常道である。


「いらっしゃい。最近仕入れが豊富でね、肉は安くなってるよ」

「へえ、そりゃありがたい」


 肉屋のおっちゃんと二言三言交わしながら、並べられた肉を吟味していく。


 バルトレーンでは南区が一大農業地域になっているが、主となっているのは畑作農業だ。ただそれでも、全部が全部畑作というわけではなく、畜産農業もそれなりに盛んである。

 ビデン村のような田舎だと町付きの狩人が居たりするんだが、バルトレーンにも都市付きの狩人って居るのかな。それとも畜産だけで凡そ賄えてしまっているのだろうか。


「じゃあこのブロック肉を貰おうかな」

「あいよ、毎度あり」


 まあ、別に俺が深く考える必要もないんだけどね、そういうの。

 どちらにせよ、今のこのバルトレーンには肉が豊富に仕入れられており、つまりは需要と供給が安定している。その恩恵を授かれるのであれば、何も文句はないのである。俺は別に狩りで生計を立てているわけでもないしね。


「さてと」


 ついつい安かったから肉を買ってしまったが、まあそのうち使い切るだろう。

 俺はそこまで大食漢ってわけでもないけどそれなりには食べるし、ミュイも育ち盛りだからそこそこ食べる。剣を学んでいるのだから、ちゃんと食べてしっかり身体を鍛えていかないとね。


 手早くついでの買い出しを済ませた俺は、そのまま足を中央区の自宅へと向ける。


 相変わらず賑やかな街だ。地元のビデン村だとこの時間は大体、樵の木を落とす音と、鳥やら動物やらの鳴き声が響く程度なんだが、首都バルトレーンともなると人の音が多大にある。


 長年片田舎に篭っていた俺でも、しっかり大都市の生活に慣れてきている辺り、どこでも住めば都ってのはそういうことだろうな。逆に、こういう都会での利便性を知ってしまったら、再度田舎に引き篭るのはちょっと抵抗が生まれるかもしれない。


 少なくともミュイが魔術師学院を卒業して独り立ちするまでは、バルトレーンで生活していく腹積もりではある。

 そこから先は、分からない。レベリオ騎士団の特別指南役だって一生続けられるお役目じゃないだろうし、実家の道場のこともあるし。


 多分その辺りも考えた上で、おやじ殿は俺をこっちに寄越させたんだとは思う。


 しかし跡継ぎってのは中々難しい話だ。俺自身があまり積極的じゃないというのもあるにはあるだろうが、それでもただ世継ぎを生ませるためだけに女性に負担を強いるわけにもいかない。

 そこら辺を全部ひっくるめて相思相愛の末、というのが理想的な道筋ではあるだろう。


 弟子たちが、俺のことをそう悪くなく想ってくれている、というのは分かる。

 分かるがしかし、じゃあそういうことで、ともならないのがまた難しいところ。こっちの問題の解決には、もう少し時間がかかりそうだ。


「ただいまーっと」


 悶々とそんなことを考えながら歩いていると、気が付けば我が家。

 こっちに引っ越してきたばっかりの頃は道なんてほとんど分かっちゃいなかったが、短くない時間過ごしていると、自然とある程度地理も覚えてくるというものか。特に迷うことなく、俺は自宅への帰還を果たしていた。


「ん。おかえり」


 俺の声を受けて、ミュイが顔を覗かせる。


「……どしたの、それ」

「ああ、これ? 安かったから買ってきた」

「ふぅん」


 その目が、俺の左手に釣り下がっている肉塊に向いた。


「ミュイは本当に肉が好きだねえ」

「うっせ」


 その視線を少しからかってみれば、返ってきたのはちょっと拗ねたような声。

 こうやって好きな食べ物の話題で茶化せる程度には、悪くない暮らしを提供しているつもりではある。彼女はその生い立ちからあまり我が儘を言うタイプじゃないから、目に見えない不安や不満が溜まらないようにしないとな。


「今日は肉メインにしようか」

「……ん」


 折角買ってきた肉である、食卓に並べなければ意味がない。

 というわけで、今日はがっつりと肉を使った料理と洒落込もう。とは言っても、俺もミュイもそんな手の込んだものは作れないけれど。


 俺が作る時も男料理に毛が生えたようなもんだし、ミュイが作る時も大体煮込み系である。彼女も最近は肉や野菜をカットする技術もちょっと上向いたようで、明らかに不揃いなゴロゴロした具材は減ってきた。


 剣と魔法を学ぶこととなっても、それだけやってれば一生暮らせるようになるほど、この世は甘い世界でもない。アリューシアやスレナ、フィッセルたちが異常なのであって、全体の平均値をあそこに求めるのは流石に酷だ。


 料理もその一つだが、独り立ちしていくためには必要な知識であり技術である。俺なんかが教えられることはあまり多くないが、それでも後見人になった最低限の務めは果たさないとね。


「今日は何作ろうか。とは言っても、そんなにメニューは豊富じゃないけど」

「ん……焼いたのがいい」

「よし、そうしよう」


 お姫様の鶴の一声で、今日の晩飯のメニューが決まる。

 よーし、おじさん腕を振るっちゃうぞ。とは言っても肉焼いて味を付けるだけなんですけどね。

先日発売された書籍版では、この章にあたるシーンで誤字がありました。申し訳ありません。

誤字は卵みたいなもので、出版されると孵化します。厄介です。


ちなみに、おじさんの料理スキルはそこまで高くありません。

ミュイの料理スキルはかなり低いです。

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― 新着の感想 ―
[一言] この世界は、魔法とか魔道具とかがある世界 フィッセルが魔道具屋で鑑定してたくらいに一般的みたいだよ
[気になる点] 最近読み始めたのでこの世界での食品の保存について気になります。 ミュイと住み始めてすぐのころにスープを翌日まで残したりしていますし、お肉もブロックで買っていますがどのように保管するので…
[良い点] 誤字は卵みたいなもので、出版されると孵化します。厄介です。 こう言う例え方を見ると紛れもなく『プロの作家』なんだな、と再認識させられますね(^-^) [一言] 誤脱は印刷物の永遠の課題で…
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