第113話 片田舎のおっさん、活路を見いだす
「ふっ!」
二度三度。フィッセルが踏み込みながら木剣を振り回す。
その都度剣先からは魔力の奔流が流れ、凄まじいスピードで俺の方へと迫ってくる。同時に彼女自身も間合いを詰めて来るもんだから、見なきゃいけない対象と範囲が一気に広がった。
「よっ……うお!?」
迫り来る魔法の斬撃の一つを、木剣でいなす。
先ほど彼女の剣撃を防いだ時とは一段も二段も違う衝撃が、手首から腕にかけて痺れるように走った。
直感で分かる。
これはヤバい。まともに受けたらいかんやつだ。間合いの外から攻撃出来る上に、その速度も威力も段違いに上がっている。端的に言って、かなりずるい。
ただまあ、彼女なりに手加減というか、これが演習であるということは分かっているらしい。
そうじゃなければ、魔法を受けた木剣が真っ二つに切れているはずである。それでも襲い来る衝撃が本物なあたり、彼女の実力の高さを窺わせるね。
俺は、他の剣魔法の使い手は知らない。
そもそも魔術師と戦った経験すら乏しいし、唯一の相手と言えるルーシーも武器は使わない純粋な魔術師だった。
それでも、フィッセルの剣魔法の完成度がかなり高いことは分かるし、相手にしていて物凄く厄介であることも一連の流れでよく分かった。
ルーシーの魔法と違い、フィッセルの剣魔法は動きのベースが剣術である。
なので、攻撃の『起こり』はまだ分かりやすい。どのような体勢からどのような斬撃が繰り出されるのか、ある程度は予測が出来るからだ。しかも彼女は俺の元門弟である、動きの知識もほぼ同じものだ。
しかし、ルーシーとの最大の違いは魔術師本人であるフィッセルも突っ込んでくる点にある。
魔法だけを見ていたらフィッセルの突撃に対応出来ないし、フィッセルの動きだけに注視していると剣魔法に足元を掬われる。
さらに加えて、本人は必ずしも突撃しなくてよい、という選択肢を常にとれるところが嫌らしい。
つまり、反撃を食らいそうな時は斬撃を飛ばしながら安全に下がれるのである。そして、安全に下がれない位置まで踏み込まなきゃいけない必要性が低い。
アリューシアの時にやったような、不意を突いて掴み攻撃、みたいなことも極めて難しいのである。掴みが届く範囲にフィッセルが居ることがまずないのだ。
「……えいっ」
「おっとぉ!」
なんて考えていると、魔法の斬撃の隙間からフィッセルの木剣が鋭く顔を覗かせた。
くそ、分かってはいたがめちゃくちゃにやりづらいな! やっぱ反則じゃないかなこれは!
単純な手数の多さで言えば多分、スレナの方が多い。しかしながら、距離を問わず常に飛んでくる攻撃はスレナ以上に反撃の機会が少ない。
「っとっと!」
結果、フィッセルの遠近交えた攻撃をひたすら俺が躱すという、まああまり見た目がよろしくない戦況に陥った。
かろうじて被弾は免れているものの、ペースは完全にフィッセルが握っている。
その証拠に俺は汗が出始めているが、対する彼女の顔色は涼しいままだ。余計なプレッシャーを感じなければ、焦る必要もない。精神的な余裕があれば、体力の消耗も避けられる。
「むう……やっぱり抜けない」
しかし、その表情は涼しいままではあるものの、優れてはいなかった。
どうやら俺の守りを抜け切れないところで満足出来ていない様子である。
いや確かに格好悪い負け方は出来ないと心に誓ったばかりだし、今回の手合わせは俺からやろうかと言った手前余計にその心情は強いんだが、こいつはちょっと旗色が悪いぞ。どうしよう。抜かれるのも時間の問題な気がしてきた。
「……じゃあ、こうする」
「おっ……?」
呟くと同時、フィッセルの気配が変わる。
動きは変わっていない。先程までと同じだ。だが今のこのタイミングを契機に、襲い掛かってくる魔法の波長が変わった。
具体的に言えば、魔法の斬撃が飛んでくる速度にばらつきが出始めた。
えっマジで。
それ速度の調整も出来るの? そいつはおじさん聞いてないですね。
「凄いね、剣魔法ってのは!」
「うん。でも、ベリル先生の剣技があってこそ」
思わずまろび出た感嘆とも愚痴ともとれる言葉に、フィッセルが反応する。
剣速が速いだけでも厄介だが、時間差攻撃を織り交ぜられるともっと厄介だ。来ると思った攻撃がすぐにやってこず、代わりに他の斬撃だったりフィッセル本体が飛んでくるようになった。
いなすにしても、木剣の攻撃と違って魔法はぱっと見た目での威力の算定が難しい。力加減を間違えると俺の態勢が崩されるし、余計な隙を生んでしまうからやたらと神経を使う。
「このっ!」
やってきた魔法の斬撃をいなす。その間にフィッセルの木剣が飛んでくる。それを躱すとまた距離を取られ、魔法の斬撃が飛んでくる。この繰り返しだ。反撃を差し込む隙間がない。
正確に言えば出来なくはないのだが、無理やり行くとほぼ間違いなく俺も被弾する。あの威力の魔法が直撃することを考えたら、中々採用しづらい手段であった。
どうする。
アリューシアの時のような手は通じにくい。スレナのように針の穴に満たない隙がないわけではないが、それを刺し通すには距離があり過ぎる。
ロゼを打倒した時のような力業は通用しない。今俺が持っているのはただの木剣だから。
距離。
距離さえ十分に潰せれば、活路も見出せるはずなんだが。
――あ、そうか。
「……こう、かな!」
いつものループ。魔法の斬撃をいなしたと思ったらフィッセルがやってくる。そしてそれを迎撃すると、彼女はまた距離を取る。
その距離を取る瞬間。隙とも言えない僅かな間隙。
ここに、木剣を無理やり差し込む。
つまりは、投擲であった。
「……わあっ!?」
常に冷静にペースを掌握していたフィッセルが、驚愕の声を上げる。
無理もない。距離を離したと思ったら、目の前に回転する木剣が飛んできたのである。
「よいしょっと!」
「む……っ!」
数瞬ではあるが、確かに彼女の動きが止まる。フィッセルは機敏な反応を見せて木剣を叩き落としたものの、それでも想定外のアクションに対して一瞬、思考と動作の空白が生まれた。
その隙を逃さず距離を詰め、彼女の襟首を取る。
「一本」
「……むぅ……やられた……」
そのまま足をかけて転ばせて、一本。
最後は剣魔法どころか剣術もあまり関係なくなってしまったが、広い意味で戦う術の発揮と考えてもらえれば嬉しいところである。
「す、凄まじいです! 私、感動しましたぁ!!」
その結果に一番に歓声を上げたのはシンディ。
興奮冷めやらぬといった様相で、ぱたぱたと身振り手振りを加えながらその感情を伝えてくれる。
「あの攻撃を捌き切るのか……いや、すげえな」
「さ、流石フィッセル先生の先生ですね……!」
「素晴らしいですわ……素晴らしいですわ……!」
他の子たちからの感想も、まあそこまで悪くはなかったようで何より。これで卑怯だとか言われたら、おじさんちょっと凹んでたかもしれん。
「……ふん」
最初から最後まで、黙って観戦していたミュイが鼻を鳴らす。
しかしその表情は、どこか満足気であった。
「凄まじい練度だったよ。流石だね」
「……飛び道具への想定が出来てなかった。まだまだ鍛錬が足りない」
転がしたフィッセルの手を取り、立たせながら互いを讃える。
アリューシアとやった時もそうだったんだけど、基本的に一定値以上の技術を持っている者が相手だと、俺の身体能力や技術ではすぐに限界が来る。
なのでそういった手合いに勝つには自然と搦め手だったり、一瞬の隙を突いて何とか捻じ込む、みたいな手法が増えていく。
剣術そのものがというより、どっちかと言えば戦いに対する経験値が物を言う段階だから、重ねた年齢の分、ギリギリ俺が勝利を手繰り寄せられた、といった感じだろう。
正攻法では、あの手数を掻い潜って反撃を浴びせるのはかなり厳しい。
それが分かっただけでも十分な収穫だ。別に喧嘩を売るつもりはないが、魔術師を相手に馬鹿正直に戦っては勝ち目が薄いことはよーく理解出来た。
「けどよ、最後に剣をぶん投げたのはアリなのか?」
「んー、これが試合ならどうだろうね。けれど、実戦なら十分あり得る話だよ」
「先生の言う通り。戦いでは使えるものは何でも使う。逆に拘る必要はない。下手な拘りを見せたら負ける」
「なるほどな……」
ネイジアの疑問に、それぞれが答える。
フィッセルは若いながら、戦闘に対する心得というものがよく備わっている。だいたい同じ年齢のクルニとの大きな違いはここだ。その精神は既にアリューシアやスレナと同等レベルに高まっており、この辺りはルーシーの教えがよかったのかな、なんてことも思う。
「剣魔法も魔術も、その手段の一つ、と……」
「その通り。学んでくれるのは嬉しいけど、必要以上に拘ることはない」
自身が修めている剣魔法に対し、拘りや趣向がないと言えば嘘になるだろう。だがそれを少なくとも表には出さず、あくまで手段の一つとして教えようとしている姿勢は高く評価出来る。
この辺の割り切りは、フィッセル生来の性格があってこそかな。普通は自分の習得している技術は贔屓目で見てしまうものだしね。
「……アタシも、そんなふうになれっかな」
「なれるさ」
ぽつりと言葉を零したミュイ。
その声に肯定を返しながら頭をわしわしと撫でてやると、俯きがちに顔を背ける。
「……やめろ」
「ははは」
「やめろって……!」
でもこれ本気の拒否じゃないんですよね。ただ恥ずかしがっているだけである。俺はミュイに詳しいんだ。
「あ! ミュイさんずるいですよ! 私もああなりたいのです!」
「そうだな、それは俺も同じだ」
「はは、皆なれるさ。きっとね」
俺なんかでも、レベリオ騎士団の指南役という立場になれた……いや、なってしまったのだ。これからの努力と運次第ではあるだろうが、若い芽を俺の言葉で摘んでしまうこともない。
そして、それが叶うかは本人の努力と、教え導く側の努力にかかっている。俺もフィッセルも、なんだか責任重大になっちゃったな。
「先生。先生」
「ん?」
「ぶい」
「……そうだね、フィッセルも一段と強くなった。偉いぞ」
「ふふっ」
いつの間にか俺の真横にスライドしてきたフィッセルも、なんだか撫でてほしそうだったので撫でてやる。
そう言えば、ビデン村からバルトレーンに出てきて幾人かの弟子と再会したが、こうやって改めて褒めてやることはあまりなかったように思う。
甘やかすわけじゃないけど、曲がりなりにも剣を教えた子がこうして立派に成長していると、やっぱり嬉しくなるものだ。おじさんの鼻も自然と高くなるというものよ。
「あ、あのー……ベリルさん、講義の続きを……」
「おっと、そうだった」
片手でミュイ、片手でフィッセルをわしゃわしゃしていると、遠慮がちにルーマイト君の声が耳に届いた。
いかんいかん、今は剣魔法科の講義中だった。あまり撫でるばかりしていても仕方がない。講義の続きと行こう。
「それじゃあ折角外に来たことだし、気分良く素振りと行こうか」
「はい!」
俺の声に、生徒たちの反応が元気よく響き渡る。
快晴の青空の下、先ほどよりも一層目を輝かせた生徒たちに囲まれ、指導のひと時を過ごした。
どんどんこすい手が増えるおじさん。仕方ないね皆強いんだから。
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1巻に引き続きめちゃくちゃ格好いいので、是非ぜひお買い求めください。




