第110話 片田舎のおっさん、学院へ行く
ルーシーから事情を伝えられたその翌日。言われた通り騎士団庁舎ではなく、北区にある魔術師学院の方へと俺は足を運んでいた。
時間に余裕もあるし、今日はミュイを連れているわけじゃないから自宅から学院までのんびり歩きである。様々な景色に目を預けながらゆっくり歩くというのも、中々趣深くて良いものだ。
「お、あの店今度行ってみようかな」
散策がてら進む中、こぢんまりとした飲食店らしき建物を見つけ、心の中でチェックしておく。
やはり首都バルトレーン、まだまだ俺の知らないところが多い。少しずつでも地理の情報を更新していかなきゃな。
中央区には騎士団庁舎や冒険者ギルド支部といった、レベリス王国の中枢を担う組織を中心に、様々な組織団体の建物がある。
レベリス王宮ほどではないが全体的に建物の背が高く、繁栄している様子がよく分かるようになっている。
反面、商業地区の西区なんかは露店も含めて多数の店が揃っているが、建物の高さはそこまででもない。都会は都会なんだが、どっちかと言えばごった返した下町の雰囲気を感じる区画だ。まああくまで中央区との比較だから、西区も栄えていることには違いないが。
今日の目的地である北区には目玉である王宮の他、魔術師学院やスフェン教の教会などがある。あとは主に貴族とかお偉いさん方の自宅だったり別宅だったりがあるそうだ。
中央区にも北区にも住宅区画はあるが、一般市民の大半は一大住宅区域である東区に住んでいるらしい。クルニやフィッセルも確か東区に住んでいたな。中央区や北区は地価も高く、おいそれと住める場所じゃないとは誰の言葉だったか。
中心から少し外れているとはいえ、そんな中央区に家を構えてしまったことに今更ながら少し尻込みしてしまうが、まあ貰っちゃったもんは仕方ない。十二分に活用していくとしよう。
朝から活発に動く人の波を見ながら、独り歩を進める。
ちなみにミュイだが、折角だから一緒に行こうと思ったのに、恥ずかしかったのか今日は早めに一人で家を出てしまった。
学院の案内をしてもらった時とか入学の時とか、一緒に行くこともあったんだけど、どうも今回は彼女的に勝手が違うらしい。朝飯をいつものように掻っ込むと、そそくさと家を出ていった。
「俺と一緒に歩くのはやっぱりあんまりよくないのかねぇ……」
多分、制服を着て俺と並んで歩くのが嫌だったのかな、とは思う。
ミュイが魔術師学院に通うようになってから今まで、彼女と俺は同時に家を出ることがほとんどなかった。学院は授業の時間が決まっているが、俺の特別指南役という仕事は明確に始まりと終わりが決まっていないため、細かいところで時間の融通が利いたからである。
これまでもふらりと市場に立ち寄ったり、たまたま出くわしたりして歩いたことはあれど、やっぱり制服を着ていると気恥ずかしさとかもあるんだろうか。
兄妹と言うには流石に年が離れすぎている。なによりまったく顔が似ていない。
かといって、親子と言うにはそこまでの関係値もいまいち築けていないだろうな、というのが正直なところ。
市井から変な目で見られてはいないはずだから、そこは助かっているけれども。
俺としては娘みたいな感覚なんだけど、ミュイから見たら俺ってどういうポジションなんだろうな。
保護者であることは立ち位置的にも間違いないとは思うのだが。そこら辺を改めて聞くのもなんだかなあという感じなので、彼女の真意は未だ闇の中だ。別に焦ることでもないし、無理やり問いただすような内容でもないから、まあゆっくりと彼女の中で現状を咀嚼してくれればいいな、なんて思っている。
「あ、先生」
「やあフィッセル。待たせたかな」
「ん、全然」
そんなことをぼけーっと考えながら歩いていると、魔術師学院の正門へと辿り着く。
そこにはローブを羽織った黒髪の女性、フィッセル・ハーベラーが立っていた。
今日は実際にフィッセルがどうやって剣魔法を教えているのか、その講義内容を見学させてもらう予定だ。とは言っても、俺に魔法のことはてんで分からないから、本当にただの見学になる可能性もある。
ルーシーは別にそれでもいいとは言ってくれたが、やっぱり場違い感が凄いんだよなあ。弟子も居る手前、格好悪いところはあまり見せたくないが、それでもちょっと帰りたい気持ちは湧いてくる。
「ミュイは?」
「ああ、今日は先に行ったよ。なんだか一緒に行くのは恥ずかしいみたいで」
「そう」
フィッセルも俺がミュイと一緒に来ると思っていたのだろう、その疑問に答えると彼女は無表情のまま頷いた。
彼女が一体どうやって剣魔法を教えているのか、そこへの興味は確かにある。ルーシー曰く「へったくそ」らしいが、俺なんかの意見で改善出来るところであれば、授業が終わった後にでもこっそり教える予定だ。
「じゃあ教室に向かう。今日の講義は午前中にある」
「そうか、早速だね」
正門を潜り、すいすいと学舎の方へと足を進めていくフィッセル。ここに来るのは三度目だが、やはり建物の大きさ、敷地の広さは他とは比べ物にならない。下手したらこの敷地の中に、うちのビデン村が全部入ってしまうんじゃないかってくらいには広い。
いやまあ田舎は田舎で、畑が広かったり無駄に土地が広かったりするからそうでもないか。昔は俺も村の中でひたすら走り回っていたな。懐かしい記憶である。
「フィッセル先生、おはようございます!」
「ん、おはよう」
学院の中を歩いていると、フィッセルがすれ違った生徒たちから挨拶を受けていた。
彼女はやっぱり先生なんだなあと、感慨に耽るばかりである。
それを言えばアリューシアなんて騎士団長だし、スレナとかトップクラスの冒険者だし、大成した子は他にも居るのだが、何故だかフィッセルに対しては親のような目線を持ってしまう。多分、クルニとかも同じタイプ。クルニが人に何かを教えている様は、今のところあまり想像がつかないけれど。
「そう言えば、剣魔法科を受講している生徒ってどれくらい居るんだい?」
歩きがてら、気になったことを聞いてみる。
キネラさん曰く、あまり人気がないとのことだったが、実際に教えているのは何人くらいなんだろうか。流石に一人二人ってことはないと思うが、逆にあまり多くてもフィッセルも困るだろう。
教える時は当たり前だが、対象の数が少ないほど楽だ。その個人だけに合わせて教え方を考えればいい。
しかしそれが多人数となると、ちょっと話が変わってくる。特に魔法なんて、才能の多寡がものを言う世界だ。スタート地点も違えば、各々が思い描くゴールだって大きく変わってくるだろう。
「……今居るのは五人。少ない」
「そっか……」
フィッセルがその表情を変えることなく答えてくれる。だが声色には、少ししょんぼりとした雰囲気が混じっていた。
確かに五人はちょっと少ない気がするなあ。キネラさんによれば、この魔術師学院には今六百人くらいが通っているはずだから、割合としてはかなり少ない。
やっぱり魔法を教える場所で剣を学ぶというのは、それだけ邪道に映るのだろうか。曲がりなりにも剣を学び、そして剣を教えている身としては寂しい気持ちもある。
「でも先生が居ればきっと大丈夫。人気も出る」
「そ、そうかな……?」
アリューシアとかスレナもそうなんだけど、この俺に対する無条件の信頼みたいなものは一体何なんだろうな。嬉しくないことはないのだが、時々その期待と信頼の大きさに俺の心がはちきれそうになるよ。
「ここ。今日はこの教室でやる」
しばらく学院の学舎内を歩いたところ、一つの部屋の前でフィッセルが足を止めた。
この扉の奥に、五人の生徒が待ち構えているということか。俺が教えるわけじゃないけど、ちょっと緊張してきた。
多分「何だこのおっさんは」みたいな視線を浴びることになるんだろう。道場で剣を教えていた頃には味わわなかった感覚である。その視線に晒されたのは騎士団庁舎に行った時が初めてだったが、未だに慣れる気はしないね。
まあいいか。別に俺が教鞭を執ることが決まっているわけじゃないし、今日はあくまで見学である。気楽に行こう。
「皆、おはよう」
そんな俺の覚悟の完了を他所に、フィッセルが教室の扉を開ける。
彼女に続いて中に入ると、フィッセルが言った通り、五人の生徒らしき人物が椅子に腰掛けて待っていた。
そしてその中にミュイも居た。やっぱり剣魔法科を取ってるんだね。
彼らもミュイと同じく、青を基調とした学院の制服に袖を通している。やっぱりこういうのって統一感があっていいよな。レベリオ騎士団の騎士も、全員正装で鎧を着ていたらかなり映える。まあ普段は練習着で木剣を振り回してる姿を見ることの方が圧倒的に多いんだけど。
彼らの視線は分かりやすく、奇異と疑問の感情が見て取れた。まあ普通はそうだろうな。いつも通り剣魔法科の授業を取っていたら、その先生が知らんおっさんを突然連れてきたのである。そりゃ誰だこいつって思うよ。
「おはようございます!」
フィッセルの挨拶に、学生と思われる女性の声が響く。
しかし声を上げたのはその一人だけであった。他の生徒は軽く会釈したり、目線だけを寄越したりとそんな感じ。
うーん。別にフィッセルが嫌われている、とまでは言わないが、なんだかあまり積極的な姿勢の子が居ないようにも思える。さっきデカい声で挨拶してた子はやる気満々っぽいけど、他の子はどうなんだろうな。
「フィッセル先生。その方は?」
とか思っていたら、生徒の一人が疑問の声を発していた。
クルニやフィッセルよりも少し年下くらいの男性だ。短く整えられた焦げ茶色の髪に、やや切れ長の目。その身が纏っているオーラみたいなものを何となく感じる。
これ多分、サラキア王女とかグレン王子と同じタイプな気がする。となると、この子は貴族の御子息さんとかそんな感じなんだろうか。いや完全に俺の独断と偏見だけどさ。
「この人はベリル先生。私の剣術の先生。つまり皆の先生の先生」
そんな彼の疑問に、フィッセルがややドヤ顔で応じる。
なんか俺の元弟子たちはなんだろうな、やっぱり皆ドヤ顔好きなのかな。
「初めまして、ベリル・ガーデナントといいます。今日は彼女とルーシー……学院長に頼まれて、お邪魔させて頂いてます。私のことは気にせずに、普段通りやって頂ければ」
とりあえずの挨拶を済ませ、手早くフィッセルにバトンタッチ。
今日の俺はあくまで見学者である。まずはフィッセルがどのような教え方をしているのかをよく見て、そこから俺が口を出せそうなら、横槍にならない程度に口添えする。プランとしてはこんな感じだった。
俺の言葉に対する反応は予想通りだったけどね。大体納得と疑問が半々くらいの塩梅である。
まあ俺への反応は割とどうでもいいんだ。まずはフィッセルのお手並み拝見といこう。
「じゃあ今日の授業を始める。皆木剣持って、素振り千回」
「フィッセル、ちょっと待とうか」
秒で口を入れてしまった。
そんなこと俺の道場でもやってなかったでしょ。




